3. 全試験を通しての結果の比較と解析
3.1 ヒト試料を用いたin vitroデータおよび非臨床データ
リナグリプチンの膜透過性,蛋白結合,トランスポーターの関与,ならびにチトクロム
P450
による代謝,阻害および誘導に関してin vitroで検討を行った。これらの結果の詳細はCTD 2.6.4
に記載されている。血漿蛋白結合
マウス,ラット,ウサギ(雌のみ),イヌ,カニクイザルおよびヒトの血漿にてin vitro平衡透 析法によりリナグリプチンの蛋白結合率を測定した。マウス,ラットおよびヒトの血漿で蛋白 結合率に濃度依存性が認められた。30 nMを上回る濃度における蛋白結合率は
75%~89%であ
った[CTD 5.3.2.1-1,U -1420-01;CTD 4.2.2.3-2, U -2596]。しかし 30 nM
未満の濃度では,ラット,マウスおよびヒトの血漿において蛋白結合率は濃度の低下とともに上昇した(最大で 約
99%)[CTD 5.3.2.1-2,U -1216-01;CTD 4.2.2.3-2,U -2596,CTD 4.2.2.3-1,U -2155]。
ヒト血漿において,10 mg経口投与後の
C
max(試験1218.3:18.8 nM)と同程度の濃度である 20 nM
におけるリナグリプチンの蛋白結合率は約84%であり,一方, 2 nM
での蛋白結合率は98.8%
であった。これは
2 nM
と20 nM
の間で非結合型分率が10
倍以上増加することを意味する。ヒ トに臨床用量を投与した後の血漿中濃度において,血漿蛋白結合率は濃度依存的に変化する。濃度依存的な蛋白結合を図
3.1: 1
に示す。fB=蛋白結合率
曲線は回帰曲線を示す。回帰式は下図中に示す。
引用元:CTD 5.3.2.1-2,U 1216-01,Figure 9: 3より作成
図3.1: 1 ヒト血漿における[3H]リナグリプチンの血漿蛋白結合率の濃度依存性
また,DPP-4欠損ラットおよび
DPP-4
ノックアウトマウスの血漿中では濃度依存的な血漿蛋白 結合がみられないが,DPP-4の遺伝子型が野生型の動物では濃度依存的な血漿蛋白結合となる 理由は,標的である血漿中可溶性DPP-4
に対してリナグリプチンは高親和性で飽和的な結合を[3H]linagliptin concentration in plasma at equilibrium[nM]
示すためであることが示された[CTD 5.3.2.1-2,
U -1216-01
;CTD 4.2.2.3-1, U -2155]。 DPP-4
ノックアウトマウスにおいてリナグリプチンの終末相における半減期およびMRT
は野生型マ ウスに比べて短縮し,その見かけの分布容積(V(ss))は野生型マウスより小さかった。またDPP-4
ノックアウトマウスでは見かけの分布容積(V(ss))は用量によらずほぼ一定であったが,野生型マウスでは
1 mg/kg
および10 mg/kg
の間で用量の増加とともに低下した[CTD 2.6.4,4.3
項]。したがって,血漿中
DPP-4
へのリナグリプチンの結合が飽和することが,リナグリプチンの濃 度依存的な蛋白結合の要因であると考えられる。ヒトでの臨床用量投与後の血漿蛋白結合は,主に
DPP-4
によって決定されると考えられる。リナグリプチンが高濃度になると蛋白結合はDPP-4
非依存的となると考えられる(fB=約 78%,図 3.1: 1
参照)。リナグリプチン約600 nM
で のヒト血清アルブミンおよびリナグリプチン約2000 nM
でのα1酸性糖蛋白へのリナグリプチ ンの結合率は,それぞれf
B=48.2%および 32.8%であり,アルブミンまたは
α1酸性糖蛋白のい ずれによってもリナグリプチンのDPP-4
非依存的な蛋白結合は完全には説明できないことが示 唆された[CTD 5.3.2.1-2,U -1216-01]。ただし,in vivoにおけるアルブミンまたはα1酸性糖 蛋白へのリナグリプチンの結合は,単離・精製した蛋白のin vitroにおける結合とは異なる可能 性も考えられるので,この結果は慎重に解釈する必要がある。腎機能障害または肝機能障害の患者の血漿において,リナグリプチンのin vitroの血漿蛋白結合 率には大きな変化はなかった[CTD 5.3.2.1-4,U -2250-01]。
親化合物のほかに,薬理活性をもたない代謝物
CD 1790
の血漿蛋白結合率についても,1,10および
100 nM
において平衡透析法および高速液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析法(HPLC-MS/MS)により,検討を行った[CTD 5.3.2.1-3,U
1951-01]。ラット,サルおよび
ヒトにおいて,10および100 nM
では,CD 1790の血漿蛋白結合は高かったが,濃度によらず 一定であった(ラット,サル,ヒトで,それぞれ89.3,97.1,94.7%)。1 nM
では透析物の濃度 が定量下限(LLOQ)を下回ったため,蛋白結合率を正確に算出できなかった。親化合物であ るリナグリプチンで認められた濃度依存的な蛋白結合は,主な代謝物であるCD 1790
ではみら れないと考えられた。血球への移行
血球への[14
C]放射能の移行は濃度依存的であり,リナグリプチンの非結合型分率が増すと血球
移行も増加した(5 mgの[14C]リナグリプチンの静脈内投与後の最大 C
blood cells/C
plasma比の幾何平均値は
0.378[1.5
時間値,その時点の血漿中リナグリプチン濃度の幾何平均値:79.7 nM])。臨床用量付近の用量を経口投与したときのリナグリプチン濃度範囲では,血漿中の遊離型のリナ グリプチンは少ないことが示されている[CTD 2.6.4,4.1項]。したがって
10 mg
の[14C]リナグ
リプチンの経口投与後の血球への移行は無視できる程度であった(最大C
blood cells/C
plasma比の平 均値は0.0668
[3時間値,その時点の血漿中リナグリプチン濃度の幾何平均値:11.0 nM])
[CTD5.3.3.1-2,試験 1218.7]。In vitro
試験からも同様の結果が得られている[CTD 5.3.2.3-1,U -2476-01]。
in vitroにおける代謝
In vitroのヒト肝ミクロソームおよびヒト肝細胞を用いた試験の結果,
[
14C]リナグリプチンは代
謝をあまり受けなかった。これは,ヒト[CTD 5.3.2.3-6,U -1751]および動物においてリナ グリプチンが主に未変化体のまま排泄されるという結果と一致していた。in vitro試験の結果か らリナグリプチンは
CYP3A4
によって代謝されることが示された。リナグリプチンの代謝に他 のCYP
酵素の寄与は示されなかった。CYP3A4
は主な代謝物であるCD 1790
の形成に関与して いる[CTD 5.3.2.2-1,U -2525-02]。ヒト腎ミクロソームおよびモノアミンオキシダーゼによ る[14C]リナグリプチンの代謝は認められなかった[CTD 5.3.2.2-1,U -2525-02]。
ラットにおいて,リナグリプチン
6
または60 mg/kg
を1
日1
回4
日間反復経口投与したとき,チトクロム
P450
活性に大きな影響は認められなかった[CTD 4.2.2.4-5,U -2193]。またラッ ト[CTD 4.2.2.4-5,U -2193]およびヒト肝細胞を用いたin vivo試験[CTD 5.3.2.2-2,U -1198-02]において,酵素誘導(CYP1A2,2B6
および3A4)を示唆する所見は認められな
かった。したがってリナグリプチンは肝チトクロム
P450
を誘導しないと考えられる。リナグリプチンはヒト肝ミクロソーム中での
CYP3A4
活性を競合的に弱く(Ki=115 µM)阻害
し[CTD 5.3.2.2-3,U -1012],モノアミンオキシダーゼB(MAO-B)が触媒するキヌラミン
の脱アミノ化をK
i=2.39 µM
で阻害した[CTD 5.3.2.2-1,U -2525-02]。リナグリプチンは,ヒ ト肝ミクロソーム中のCYP3A4
の低度から中程度の不可逆的阻害剤であることが明らかにされ ている(kinact=0.027 min
-1~0.041 min-1)[CTD 5.3.2.2-3,U -1012]。リナグリプチンの臨床用 量投与後の血漿中濃度が低nM
の範囲であることを考えれば,上記の結果は臨床的に問題にな るものではないと考えられる。リナグリプチンは,その他のCYP
アイソザイムを阻害しなかっ た(検討したチトクロム:1A1,1A2,2A6,2B6,2C8,2C9,2C19,2D6,2E1および4A11)
[CTD 5.3.2.2-3,U -1012]。
ヒト肝ミクロソームを用いて
CD 1790
によるチトクロムP450
の阻害についても検討した[CTD5.3.2.2-4, U 1515-01]。CD 1790
はCYP2C9
を競合的に阻害し,CYP3A4を不可逆的に阻害す ることが示された。CD 1790によるCYP3A4
の不可逆的な阻害によって相互作用を生じる可能 性を予測したところ,CYP3A4
による固有クリアランスが0.9
倍に低下すると予想された[CTD5.3.2.2-4,U -1515-01]。したがって
in vivoの条件下においてCYP
アイソザイムの阻害が生じ る可能性は低いと考えられた。CYP2C9阻害におけるIC
50値は15~20 µM
であった。臨床用量範囲での
CD 1790
の最高血漿中濃度がこの1000
分の1
未満であることを考えれば,CYP2C9阻害による臨床的に問題となる薬物動態的な相互作用の可能性は極めて低いと考えられる。
以上より,CYPを介する併用薬の代謝に
CD 1790
が影響を及ぼす可能性は低いと考えられる。膜透過性およびトランスポーターの関与
マンニトール,アテノロール,プロプラノロールを指標として,それぞれ,「低い」,「中程度」,
「高い」膜透過性を評価できる
Caco-2
細胞を用いて,apical側からbasal
側およびbasal
側からapical
側へのリナグリプチンの膜透過性を検討した[CTD 5.3.2.3-3,U -1795]。リナグリプチ ンの膜透過性は中程度に分類され,その固有膜透過速度は3.56×10
-6cm/sec
であった(マンニ トール:5.38×10-7cm/秒[平均値±8.2% CV]
;アテノロール:1.21×10-6cm/sec[平均値±12.2%
CV];プロプラノロール:2.01×10
-5cm/sec[平均値±3.0% CV])。また,シクロスポリン A
お よびベラパミルによって阻害される方向性輸送(efflux ratio:54.4[平均値± 12.2% CV])が認 められ,リナグリプチンはP-糖蛋白の基質であることが示された。このことは MDR1
発現LLC-PK1
細胞を用いたin vitro試験においても確認された[CTD 5.3.2.3-2,U -3019]。リナグリプチンはin vitroにおいて
P-糖蛋白を阻害するが,IC
50値は50 µM
より高く,臨床用 量であるリナグリプチン5 mg
投与後のC
maxはこの約3000
分の1
未満の濃度なので,臨床用量 投与後の血漿中濃度においてリナグリプチンがP-糖蛋白を阻害する可能性は低いと考えられ
た[CTD 5.3.2.3-3,U -1795,CTD 5.3.2.3-2,U -3019]。またリナグリプチン5 mg
のモル単 位に換算した用量は約10 µmol
であり,消化管内における相互作用の可能性も非常に低いと考 えられる。リナグリプチンはBCRP
およびMRP2
の基質でも阻害剤でもない[CTD 5.3.2.3-2,U -3019]。
リナグリプチンが
SLC
トランスポーターの基質または阻害剤であるか否かの検討を行った[CTD 5.3.2.3-2,U -3019]。その結果,リナグリプチンは
OATP8,OCT2,OAT4,OCTN1
および
OCTN2
の基質であることが明らかとなり,in vivoにおいてリナグリプチンはOATP8
を介して肝臓に,OCT2を介して腎臓に取り込まれ,OAT4,OCTN1および
OCTN2
を介して腎臓か ら分泌および再吸収される可能性が示唆された。OATP2,OATP8
およびOCTN1
の活性は,100 µM
のリナグリプチンによってわずかに阻害を受けた。またOCT1
およびOATP2
の活性はリナ グリプチンにより阻害され,IC50値はそれぞれ45.2 µM
および69.7 µM
であった。SLCトラン スポーターの阻害に必要なリナグリプチン濃度はµM
レベルであることから,臨床上での薬物 相互作用の可能性は低いと考えられる。ブタ腎臓上皮細胞由来
LLC-PK1
細胞を用いた試験において,リナグリプチンは腎臓から能動的 に分泌される可能性が示され[CTD 4.2.2.5-1,U -3418],このことはヒトでは臨床用量を上回
る高用量(最高600 mg)においてリナグリプチンの腎クリアランスが糸球体ろ過率を上回るこ
と[CTD 5.3.3.1-1,試験1218.1]とも一致していた。また本細胞株における輸送クリアランス
が飽和することから,リナグリプチンの蛋白結合が高親和性かつ低結合能であることが示唆さ れた[CTD 4.2.2.5-1,U -3418]。トランスポーターの基質または阻害剤としてのリナグリプチンについてのin vitroデータを以 下の表