第二章 名詞句と名詞句にまつわる問題
2.8 前置詞
2.8.1 tiɔ 51 〈着〉 、khoʔ 21 〈□〉 、kaʔ 44 〈□〉
2.8.1.3 V+tiɔ 51 〈着〉
tiɔ51〈着〉とkaʔ44〈□〉は両者とも非意志的な点においては、一致している。しかし、両 者にも違いが存在する。その違いはtiɔ51〈着〉とkaʔ44〈□〉が動詞として使用されるときに 現れる。
(227) a. peʔ21 kaʔ44 phuŋ35phoŋ21 , tɔ44 mɔ21 li tshoʔ21 . 笔 □ 缝缝 驮 无 □ 出
ペン ある 隙間 取る NEG ? 出る
「ペンが隙間にあって、取り出せない。」
b. * peʔ21 tiɔ51 phuŋ35phoŋ21 , tɔ44 mɔ21 li tshoʔ21 . 笔 □ 缝缝 驮 无 □ 出
ペン ある 隙間 取る NEG ? 出る
「ペンが隙間にあって、取り出せない。」
(228) a. moʔ44 tshia51 , kaʔ44 saŋ44kyŋ51 mɔ21li tuŋ43 o . 无 车 □ 三宫 无 □ 转 去
NEG 車 いる 三宮 NEG ? 帰る 行く
「電車がないから、三宮にいて帰れない。」
b. *moʔ44 tshia51 , tiɔ51 saŋ44kyŋ51 mɔ21 li tuŋ43 o . 无 车 □ 三宫 无 □ 转 去
NEG 車 いる 三宮 NEG ? 帰る 行く
「電車がないから、三宮にいて帰れない。」
(227)は物の所在を表しているが、単に存在するのでなく、その場所から取れない状況で ある。(228)は人間の例であるが、移動手段がなく、身動きが取れない状況にある。これらの ような状況においては、(227a)(228a)のように、kaʔ44〈□〉が選択される。(227b)(228b)のよ うに、tiɔ51〈着〉を使用すると、不自然な表現となる。
tiɔ51〈着〉と kaʔ44〈□〉のこのような違いから、tiɔ51〈着〉は何らかの動作が行われた結 果としての存在場所を表すことができる。以下に、例文を示す。
(229) i44iɔŋ44 kua21 tiɔ tshiɔŋ21mia21 . 衣裳 挂 着 墙壁
服 掛ける ある 壁
「服は壁に掛けている。」
(230) tsy51 eŋ51 tiɔ tɔ51meŋ21 . 书 □ 着 桌面
本 置く ある 机
「本は机に置いている。」
(231) iʔ44 khia42 tiɔ hy43 . 伊 □ 着 许
3SG 立つ いる あそこ
「彼はあそこに立っている。」
(232) iʔ44 sɔi42 tiɔ hy43 . 伊 坐 着 许
3SG 坐る いる あそこ
「彼はあそこに座っている。」
(229)(230)では tiɔ51〈着〉を用いて、物を移動された後の存在場所を表している。一方、
(231)(232)は人間が動作の後の存在場所を、tiɔ51〈着〉を用いて導入している。
V+tiɔ51においては、tiɔ51〈着〉は常に本来の声調が失い、軽声として実現される。
以上に述べたtiɔ51〈着〉、khoʔ21〈□〉、kaʔ44〈□〉の違いは次の表2.6のようにまとめるこ とができる。
表2.6: tiɔ51〈着〉、khoʔ21〈□〉、kaʔ44〈□〉の違い
未然 既然 意志的 非意志的 動詞の前 動詞の後ろ
tiɔ51〈着〉 × 〇 × 〇 〇 〇
khoʔ21〈□〉 〇 〇 〇 × 〇 ×
kaʔ44〈□〉 × 〇 × 〇 〇 〇
2.8.2 thøŋ21〈□〉45、iu44〈由〉
文中に起点を表す名詞を導入する前置詞も2つ存在する。それぞれthøŋ21〈□〉とiu44〈由〉
である。まずthøŋ21〈□〉の使用例を確認しよう。
(233) iʔ44 kœ21 ŋ35ŋa51 thyŋ21 kɔ35soʔ21 kiaŋ44 . 伊 叫 □□ □ 高速 行
3SG 呼ぶ 1PL から 高速 歩く
「それ(カーナビ)が我々に高速から行くようにと言っている。」
45 音声的にthiŋ21として実現されることもある。
(234) ŋ35ŋa51 thyŋ44 tsie43 tԑ43 .
□□ □ ここ 底
1PL から ここ 入る
「私たちはここから入ろう。」
(235) thyŋ44 tœ35œ42 kiaŋ44 ?
□ □□ 行
から Q 歩く
「どこから行く?」
thøŋ21〈□〉は後続する名詞との間に、声調交替が起こる。また、声調交替に合わせて、母 音も交替している。(233)は具体的な場所名詞で、(234)は場所指示詞 tsie43〈此〉を用いてい る。
同じ状況でiu44〈由〉を用いる発話例もある。(236)はそれである。
(236) iu44 tsie43 khui51 tԑ43 o . 由 此 开 底 去
から ここ 運転する 入る 行く
「ここから(運転して)入ってください。」
(233)~(235)の例文においても、thøŋ21〈□〉をiu44〈由〉に置き換えることができる。
(237) iʔ44 kœ21 ŋ35ŋa51 iu44 kɔ35soʔ21 kiaŋ44 . 伊 叫 □□ 由 高速 行
3SG 呼ぶ 1PL から 高速 歩く
「それ(カーナビ)が我々に高速から行くようにと言っている。」
(238) ŋ35ŋa51 iu35 tsie43 tԑ43 .
□□ 由 此 底
1PL から ここ 入る
「私たちはここから入ろう。」
(239) iu21 tœ44œ42 kiaŋ44 ? 由 □□ 行
から Q 歩く
「どこから行く?」
場所の起点を表す際には、thøŋ21〈□〉とiu44〈由〉は自由に入れ替えることができる。両 者の違いについては、現時点では明らかではない。
しかし、時間の起点を表す際には、iu44〈由〉しか使用できない。thøŋ21〈□〉にはその機 能がない46。
(240) a. iu44 ŋu44lieŋ43 siɔŋ51
kau21 seʔ44tieŋ43 . 由 5点 上 遘 10点
から 5時 仕事する まで 10時
「5時から10時まで仕事をする。」
b.* thøŋ21 ŋu44lieŋ43 siɔŋ51
kau21 seʔ44tieŋ43 .
□ 5点 上 遘 10点
から 5時 仕事する まで 10時
「5時から10時まで仕事をする。」
以上は起点を表す前置詞thøŋ21〈□〉とiu44〈由〉の使用状況である。次に、両者の省略に ついて、しかし、場所や時間の起点を提示しているのに、前置詞thøŋ21〈□〉とiu44〈由〉を 用いない例文も存在する。以下に提示する。
(241) seŋ44siɔ44ue44 Ø siɔŋ44ŋai43 khiɔʔ44 yŋ44laŋ44 , ia44 siʔ44kaʔ44 tiŋ43 kui21lieŋ21tsyŋ51 . 先 蜀回 Ø 上海 去 云南 也 是该 等 几 点钟
前 一回 上海 行く 雲南 も COP 待つ Q 時間
「前回上海から雲南へ行くときも、何時間も待っていたのだ。」
(241)のような単純に二点間の移動の場合では、「起点+移動動詞+終着点」の構文で表現 される。起点を表す前置詞を用いる必要がない。
(242) Ø tsie43 khui51 tshoʔ21 tsu44 siʔ44kaʔ44 kau21mue21 hyʔ44 siɔ44 piʔ44 khuaŋ44tɔ43. Ø 此 开 出 就 是该 遘 尾 许 蜀 □ 环 岛
ここ 運転する 出る すぐ COP さっき あれ NUM-CL ロータリー
「ここから運転して出ると、先のあの交差点のロータリーだ。」
また、(242)のように、動詞句において出処であると明示する〈出〉がある場合においても、
起点を表す前置詞を用いる必要がない。
そのほか、出処が場所ではなく、人である場合にはthøŋ21〈□〉やiu44〈由〉を用いること
46 李滨(2014)《闽东古田方言研究》では、本論文のthøŋ21〈□〉に相当するものとして、[t‘uŋ55]をあげており、漢 字表記として〈通〉を与えられている(p206)。もし、福清方言のthøŋ21も〈通〉であれば、元々は「通る」を意味 する動詞であった可能性が大きい。そうであれば、場所の起点しか表せないことがわかる。ただ、現在の福清方 言においては、動詞としての用例が見つかっていない。
ができない。代わりにkœŋ42〈共〉を用いなければならない。
(243) iʔ44 kœŋ42 tuŋ44hoʔ44 mԑ43, ka44tsieŋ44 eʔ44 tsha51 sioʔ21puaŋ21. 伊 共 同学 买 价钱 会 差 蜀半
3SG に 同級生 買う 値段 AUX 差 半分
「彼女は同級から買うから、値段は半分違うだろう。」
2.8.3 kau21〈遘〉
福清方言においては、普通話の〈到北京去〉「北京へ行く」のような表現が存在しない。場 所を直接移動動詞に後接して表現するのが一般的である。したがって移動表現においては、
〈到〉に相当するkau21〈遘〉には前置詞としての機能がない。
発話データには、次の(244)のようなkau21〈遘〉を使用した発話例がある。時間の前に〈遘〉
が用いられている。
(244) kau21 seʔ44tieŋ43 si21ieʔ21kui21uŋ51 , tsiaʔ44 kau21 siɔŋ44ŋai43. 遘 十 点 四十几分 乍 遘 上海
まで 十時 四十何分 やっと 到着する 上海
「10時40何分までになって、やっと上海に到着した。」
(245) Ø seʔ44tieŋ43 si21ieʔ21kui21uŋ51 , tsiaʔ44 kau21 siɔŋ44ŋai43. Ø 十 点 四十几分 乍 遘 上海
十時 四十何分 やっと 到着する 上海
「10時40何分に、やっと上海に到着した。」
(244)の文からkau21〈遘〉を取り除いて(245)も表現として自然である。両者の違いは、(244)
は客観的に時間を述べているのに対して、(245)は話し手の主観が関与していることである。
2.8.4 lie42〈离〉
前置詞lie42〈离〉は二点間の距離を表し、終着点を導く。
(246) lyʔ44 tshuɔ21 lie42 hoʔ44toŋ44 liɔ44
uɔŋ42 ? 汝 厝 离 学堂 □ □
2SG 家 離れる 学校 どれくらい 遠い
「あなたの家から学校までどれぐらい遠いの?」
二点間の距離を表す場合は、上記のkau21〈遘〉に置き換えて表現することも可能である。
(247) lyʔ44 tshuɔ21 kau21 hoʔ44toŋ44 liɔ44
uɔŋ42 ? 汝 厝 遘 学堂 □ □
2SG 家 まで 学校 どれくらい 遠い
「あなたの家から学校までどれぐらい遠いの?」
2.8.5 kœŋ42〈共〉
前置詞 kœŋ42〈共〉は動作対象を導入する役割を果たす。ただし、導入された名詞句が後 続する動詞句との関係性によって、どういった対象となるかが決定される。
2.8.2で述べたように、起点を表す際には、場所の場合は、thøŋ21〈□〉やiu44〈由〉を用い
る。しかし、人の場合は、つまり「誰かのところから」を意味する場合では、kœŋ42〈共〉を 用いなければならない。以下に例を再掲する。
(248) iʔ44 kœŋ42 tuŋ44hoʔ44 mԑ43, ka44tsieŋ44 eʔ44 tsha51 sioʔ21puaŋ21. =(243) 伊 共 同学 买 价钱 会 差 蜀半
3SG に 同級生 買う 値段 AUX 差 半分
「彼女は同級から買うから、値段は半分違うだろう。」
しかし、(248)における tuŋ44hoʔ44〈同学〉「同級生」が起点と解釈するのは、発話時の状況 や文脈に依拠するところが大きい。起点という解釈のほかに、受益対象として解釈すること も可能である。つまり、「同級生のために買った」という意味を表すことになる。
動作対象の動作主性の有無によって解釈が異なる。
(249) ŋuaʔ44 kœŋ42 siu21miŋ35 pha21 tieŋ35ŋua42 . 我 共 小明 拍 电话
1SG に 人名 掛ける 電話
「①私は小明に電話を掛ける。 ②私は小明の代わりに電話を掛ける。」
(249)の文は二義的である。つまり、「私は小明に電話を掛ける」のように、「小明」は単な
る「電話を掛ける」対象である場合と、「私は小明の代わりに電話を掛ける」のように「小明」
は受益対象である場合がある。
どちらの意味に解釈されるかは動作対象の「小明」に動作主性の有無によって決定される。
つまり、「小明」に動作主性がある場合には、単に電話を掛ける対象として、「私は小明に電 話を掛ける」の意味を表す。一方、「小明」に動作主性が低い若しくはない状況では、「私は 小明の代わりに電話を掛ける」のように、「小明」が受益対象としての解釈がなされる。
以下の2例はいずれも動作主性が感じられにくい動作対象である。
(250) ŋua43 kœŋ42 liaŋ44ŋɔ51 syŋ44 i44iɔŋ44 我 共 伲囝哥 颂 衣裳
1SG CAUS 子供 着る 服
「私は子供に服を着せる。」
(251) iʔ44 kœŋ42 iʔ44pa21
ho51 liaŋ . 伊 共 依伯 扶 □
3SG CAUS お年寄り 起こす 上がる
「彼はおじいさんを起こした。」
(250)(251)における動作対象である「子供(赤ちゃん)」と「お年寄り」のような場合では、
動作主性が低いと考えられ、kœŋ42〈共〉が受益対象を導いていると解釈されやすい。
動作対象が人称代名詞の場合では、しばしばkœŋ42〈共〉が省略される現象が見られる。
(252) tiŋ44 ŋa42, tsieʔ44 Ø ŋuaʔ21 lieŋ51 ŋa.
等 下 此 Ø 我 □ 啊
待つ ちょっと これ 私 持つ SFP
「ちょっと待って。これ、(私に)持ってください。」
(253) tiŋ44 ŋa42, tsieʔ44 kœŋ42 ŋuaʔ21 lieŋ51 ŋa.
等 下 此 共 我 □ 啊
待つ ちょっと これ に 私 持つ SFP
「ちょっと待って。これ、(私に)持ってください。」
(252)は kœŋ42〈共〉が省略された文である。(253)のように kœŋ42〈共〉を用いても文とし
ては自然である。
以上に述べたように、kœŋ42〈共〉は具体的にどのような対象を表すかは、動作対象が後続 する動詞句との関係によって決まる。そのため、kœŋ42〈共〉は前置詞に留まらず、接続詞と しての機能をも持つ。以下の例(254)~(256)を見られたい。
(254) ŋuaʔ44 kœŋ42 siu21miŋ35 khiɔ35 huʔ44tshiaŋ51 . 我 共 小明 去 福清
1SG と 人名 行く 地名
「私は小明と福清へ行く。」
(255) ŋuaʔ44 kœŋ42 siu21miŋ35 siʔ44 kaʔ44 tuŋ44hɔʔ44 . 「私と小明は同級生である。」 我 共 小明 是□ 同学
1SG と 人名 COP 同級生