ART に伴う腎障害
HIV 感染症に伴う慢性合併症 ~ HIV 感染症と腎障害~
HIV 感染症に伴う腎障害としては、HIV 関連腎症(HIV associated nephropathy:HIVAN)、
HIV 関連免疫複合体型腎炎(HIV -associated immune complex renal disease:HIV-ICD)や抗 HIV 療法(antiretrovairal therapy=ART)による薬剤性腎障害、糖尿病、高血圧など HIV 治療 に伴う代謝異常に起因した腎障害などがあげられる。近年 HIV 感染患者の高齢化により透析導 入例も認めるようになり、透析についても概説する。
HIV 遺伝子が腎組織内に発現して発症するネフローゼ症候群で、経過は急速であり、数ヶ月 以内に末期腎不全に至る。病理所見は巣状分節性糸球体硬化症を示す。米国における HIVAN の 96%以上黒人に発症することから遺伝的素因が強く関与すると考えられている1)。本邦での最近 の報告例も黒人であった2)。治療は ART、ACE 阻害薬、アンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)、
ステロイドホルモンが用いられる。HIVAN と腎生検で診断がついた全ての患者は CD4 数にか かわらず ART 治療を開始することが推奨されている3)。
HIV 特異的な抗原により免疫複合体が形成されて基底膜やメサンギウムに沈着し、糸球体腎 炎が発症することがある。
病型としては膜性腎症、膜性増殖性糸球体腎炎、IgA 腎症、ループス様腎炎など多様な形態を 認める。HIV 関連腎炎も HIV 非関連腎炎と似たような経過をたどることが報告されている4)。 HIV 感染患者は B 型肝炎ウイルス、C 型肝炎ウイルスの合併が多い。そのため肝炎ウイルスに よる腎炎、腎障害を来すことがあるが、治療は IFN などのウイルスに対する治療が中心である がステロイド治療を行う場合がある。
HIV 患者は腎機能が正常でも腎炎を来すことがあるため、定期的な検尿が必要である。
ART によって発生する腎障害は、NRTI(核酸系逆転写阻害剤)と PI(プロテアーゼ阻害 剤)の投与によるものが多い。NRTI のなかでも TDF による腎尿細管障害がよく検討されて いる。Nelson らは TDF による重篤な腎障害の発現率は 0.5% と報告しているが5)、本邦からの Nishijima らの報告では、ベースラインから推定糸球体濾過量(eGFR)が 25%を腎機能低下と 定義した場合に、19.6%の症例が腎機能障害を発症した6)。TDF による腎毒性は近位尿細管障害、
リン再吸収障害、クレアチニンクリアランスの低下、蛋白尿などが特徴とされている。TDF の すみやかな投与中止により腎障害が改善する可逆性変化であることが多いが、Yoshino らによる と TDF の投与期間が長いと回復率が悪い傾向が示された7)。PI である IDV は尿細管で結晶化 することで、腎結石が出現しやすい。結晶により亜急性もしくは慢性の尿再間質性腎炎を引き 起こすことがある。腎結石を予防するため少なくとも 1 日 1.5L 以上の飲水が推奨されている8)。
HIV 感染症の臨床経過 105 HIV 感染症に伴う慢性合併症 ~ HIV 感染症と腎障害~
また、PI である ATV も腎結石を生じやすいことが知られており、尿路結石の症状の出現に注 意を要する。
尿細管障害を早期に発見するためには、尿蛋白、潜血などの一般検尿だけでなく、尿細管障害 マーカーである N- アセチル -D- グルコサミン= NAG(NAG/Cr)、尿中β2ミクログロブリン
=β2MG(β2MG/Cr)を定期的にフォローすることを推奨する。
4 慢性腎臓病
HIV 感染者の長期生存に伴って、慢性腎臓病(CKD)を合併する患者が増加している。柳澤 らの報告では、HIV 患者において推定 GFR60㎖ /min /1.73㎡未満(CKD ステージ 3 以上)は 9.4%
認められている。そのうち 55.4%が高血圧を、27.0% が糖尿病を合併していた9)。当施設での HIV 患者における CKD ステージ 3 以上の割合は 7.9% であった10)。CKD 患者のマネージメント については、日本腎臓学会より CKD 診療ガイド 2012 が発表されており、参照されることが望 ましい11)。関谷らは、透析導入となった HIV 感染者 10 例について TDF 内服歴は 1 例もなく、
直接的な腎毒性よりも、ART により誘発される二次的な糖尿病、高脂血症などの代謝異常と高 血圧が、CKD 発症と悪化に関与したと推察している12)。ART による腎毒性も注意が必要であ るが、代謝異常と高血圧に対する管理の重要性を示唆する報告である。
CKD 患者を腎臓専門医に紹介するタイミングは下記を参照。
腎臓専門医に紹介するタイミング
1 高度の蛋白尿(尿蛋白 /Cr 比 0.5g/gCr 以上、または 2+ 以上)
2 蛋白尿と血尿がともに陽性(1+ 以上)
3 GFR60㎖ /min /1.73㎡未満(CKD ステージ 3 以上)
腎障害を早期発見するための検査項目
(通常採血に加えて)
< 3-6 ヶ月に 1 度>
尿沈渣
尿蛋白(定量)
尿中クレアチニン 尿中 NAG(NAG/Cr)
尿中β2MG(β2MG/Cr)
106 HIV 感染症の臨床経過HIV 感染症に伴う慢性合併症 ~ HIV 感染症と腎障害~
CKD 治療の分担に関しては、ひとつの例を示す。
CKD 治療の分担
HIV 感染症担当医が中心
食事指導:減塩(6g/ 日以内)
血圧管理
血糖管理:糖尿病専門医との連携がより重要 脂質管理
貧血管理
腎排泄型薬剤の投与量・投与間隔の調整
カリウム・アシドーシス対策 尿毒症対策
腎代替療法の選択およびマネージメント 腎臓専門医が中心
(CKD ステージが進むに連れて、腎臓専門医のフォローアッ プ間隔を徐々に短くする必要あり)
5 透 析
CKD 患者は CKD に対する集学的治療を行なっても、腎機能が増悪し、末期腎不全となり腎 代替療法(血液透析、腹膜透析、腎臓移植)が必要となる場合があり、本邦では透析患者数は毎 年増加し、2012 年末には 309,946 人に達した13)。HIV 感染者でも例外ではなく、透析導入に至 ることがある。増加する HIV 感染透析患者に対し、HIV 感染患者透析医療ガイドラインが発表 された14)。北海道では北海道 HIV 透析ネットワークを立ち上げ、HIV 感染透析患者を受け入れ る体制を整え始めている。
http://www.hok-hiv.com/for-medic/dialysis-network/
HIV 感染症の臨床経過 107
■参考文献■
1 F.X.Lescure et.al.HIV-associated kidney glomerular diseases:chenges with time and HAART.Nephrol Dial Transplant.Jun;27(6):2349-55,2012
2 木村友則ら、HIV 関連腎症によりネフローゼ症候群と急激な腎機能低下をきたした 1 例.
日腎会誌 54(2) 94-98,2012
3 KDIGO Clinical Practice Guideline for Glomerulonephritis. Kindey Int Suppl Suppl 2 200-208,2012
4 Katz A.et.al.IgA nephritis in HIV-positive patients: a new HIV-associated nephropathy? Clin Nephrol;38:61,1992
5 Nelson MR,et.al.The safety of tenofovir disoproxil fumarate for the treatment of HIV infection in adults:the first 4 years.AIDS,21;1273-81,2007
6 Nishijima T.et.al.Impact of small body weight on tenofovir-associated renal dysfunction in HIV-infected patients: a retrospective cohort study of japanese patients.
PLoS One 6: e22661,2011
7 Yoshino M.et.al.Assessing recovery fo renal function after tenofovir disoproxil fumarate discontinuation.J Infect Chemother 18:169-174,2012
8 Cooper R.D.Tonelli M. Renal disease associated with antiretroviral therapy in the treatment of HIV.Nephron Clin Pract 118:c262-c268,2011
9 柳澤ら.HIV 感染者における慢性腎臓病の有病率に関する研究.感染症学雑誌 84:28-32, 2010
10)松岡ら.本邦での HIV 感染患者における CKD の予後とリスクファクターの解析.日腎会 誌 55(3) 417,2013
11)日本腎臓学会編 CKD 診療ガイド 2012 東京医学社 2012
12)関谷ら 末期腎不全に至った HIV 患者 10 症例の臨床的検討.透析会誌 43(7)581-586,
2010
13)日本透析医学会 図説 わが国の慢性透析療法の現況 2012 年 12 月 31 日現在 日本透析医 学会 2013
14)日本透析医会・日本透析医学会 HIV 感染患者透析医療ガイドライン 2010
(内科Ⅱ 腎臓グループ 柴崎 跡也 2013.07)
HIV 感染症に伴う慢性合併症 ~ HIV 感染症と腎障害~
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