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1 患者をアセスメントする

 患者と良好な関係を維持する、患者に定期的な内服を勧める、患者に継続的な受診を促すなど、

医療者が支援する際には、患者がそれを判断するための認知機能を保持していることが前提とな る。

 「患者と医療者との会話にズレがある」「繰り返し説明しても、内服を間違えることが多い」「受 診日を間違えて来院される」など、一見すると“患者の性格”として判断されやすいエピソード の背景には、他の要因が関連している可能性がある。「今の患者は正確な判断が難しい状態なの かもしれない・・・」と、視点を変えたり情報を増やして検討を重ねることが必要となる。

 患者理解を深めるために、認知機能と特に関連のある要因について概観する。

 第一の要因として、脳器質的な疾患がある。例えば、進行性多巣性白質脳症(PML)や中枢 神経原発悪性リンパ腫(PCNSL)などによって重篤な認知機能障害を伴い、「眼科的には異常は ないのに独歩しにくい」「上肢は動くのに、検査時の署名が難しい」といった問題が生じること がある。一方、明らかに重篤な症状はなくとも、「手帳の申請手続きについて説明したのに、忘 れている」「内服薬が変わったのに、以前と同じ飲み方をされている」など、ささいな物忘れや 勘違いが脳機能障害のサインとなる可能性もある(6-15 HIV 関連神経認知障害 参照)。

 「あれ? 患者さん、いつもと何かが違う・・・」という医療者の感覚や経験の積み重ねが、洗 練されたアセスメントとなり、それをメディカルチームで情報共有することで疾患の早期発見や 早期支援につながる。

 第二に、精神神経科的疾患がある。脳器質的疾患を精査した上で明らかな異常はなくとも、患 者との間でミスコミュニケーションが生じることがある。例えば、患者が精神遅滞(知的障害)

や発達障害を合併している場合、通常の説明では理解が促進されないことがある。応対を平易な 表現に変えたり、キーパーソンに同席してもらうといった、より患者が受け取りやすい医療的支 援を工夫することが必要となる。

 また、急性期の症状として幻覚妄想や躁症状を伴う患者、自傷や他害の可能性がある患者は、

通常のメディカルチームだけでは対応できないことがある。適宜、緊急時を想定した院内マニュ アルの作成や、精神神経科スタッフをまじえた定期的なチームカンファレンスの開催、精神神経 科病棟への転科や、精神神経科病棟を併設している他院との連携などが考慮される。

 近年、特に注目されているのは、アルコール依存や薬物依存(合法ドラッグを含む)との関連 である。そのようなケースは診断に難渋するだけではなく、「酩酊状態のため、抗 HIV 薬を定期 的に内服できない」「薬物使用によってセーファーセックスが難しい」など、服薬支援や性行為 の予防介入からも依存症治療が必要となることがある。

 第三に、HIV 感染の判明に伴う喪失感がある。一般身体疾患の場合は家族や支持的な人的資 源を有効に活用できることがあるが、HIV 感染の場合は原則として本人告知が前提で、社会的 偏見もあって孤独を感じやすい状況にあり、治療や医療的支援の意思決定は患者 1 人に託される ことになりやすい。

HIV 感染症患者の心理的支援

HIV 感染症の臨床経過 167

2 患者に寄り添う

 近年の HIV 感染の多くは男性の同性間による性感染症であり、患者によっては同性を好むと いう性的指向を隠したまま夫婦関係を維持して生活している場合もある。「HIV のことを好意あ るパートナーに話したら嫌われてしまうのではないか」「性的指向を家族に暴露されるのではな いか」「今後も夫婦生活は上手にやっていけるのだろうか」など、HIV 感染が判明することで従 来の生活基盤を失う恐怖にさらされることになる。たとえ周囲のフォローがあったとしても、「ど うして発症してしまったのだろう・・・」「これからどうやって生きていけばいいのか・・・」など、

患者本人が頭の中を整理するには、医療者が考えている以上に時間がかかる。

 また、AIDS 発症時には長期入院が必要となる場合があり、身体的喪失や社会的喪失、経済的 損失を同時に伴いやすい。医療者は、これらの喪失感を最小限にとどめる支援を提供するととも に、喪失感に対する自己対処能力や患者の耐性をアセスメントし、今後予想される喪失感への適 切な支援が適宜求められる。

 場合によっては、これらの要因が複合的に関連することもある。

 患者の感情の揺れ動きは、感染の疑いを感じた時からすでに始まっている。したがって、医療 者はアセスメントと並行して患者への支持的援助が求められる。

 特に初診の場合は、他患の対応に追われる場合であっても十分な時間を提供できる環境が望ま しく、患者の不安や緊張をほぐすことで、のちの継続的支援につながりやすい。通院中は気分が 安定していても帰宅後に変化を伴うこともあるため、補助的支援として電話相談が可能であるな ど、“十分に支援できる体制があること”を伝える。

 一方、関係性が維持された後は、支持的援助のみでは本来患者に備わっている自己対処能力が 賦活されにくいことがある。医療者にはバランスのよいアセスメント機能と支持的援助の両方が 求められる。

 以下に、支持的援助のポイントを挙げる。

⑴ 患者の話を最後まで聴く

(医療者が途中で話を遮ることで、必要な情報を得られないことがある)

⑵ 患者が話した内容と医療者の理解に差がないように確認し、伝え返す

(可能であれば、冊子やノートなどを用いて視覚的効果も活用する)

⑶ 患者の自己決定や自主性を尊重する

(患者の認知機能に障害がある場合は、抗 HIV 薬の内服開始、心理検査の実施、MRI や SPECT による脳画像による評価、その他の疾患の精査、キーパーソンの探索などを検討し、

支援する)

 現在の治療において優先されるのは抗 HIV 薬の内服アドヒアランスの維持であり、医療者の 初診時からの継続的な関わりは内服維持要因の 1 つである。医療者の異動などに伴って患者の受 診や内服が途切れることのないよう、特定の医療者が単独で患者を抱えることなく、メディカル チームで患者を見守るように心掛けたい。

HIV 感染症患者の心理的支援

168 HIV 感染症の臨床経過

3 カウンセラー(心理士)の支援

 心理士による支援には、主に“心理検査”と“カウンセリング”がある。

 心理検査では、患者の脳機能(=認知機能)や性格特徴などを検討する。脳器質的疾患や精神 神経科的疾患あるいは HAND などの診断補助機能があり、医療者が患者にアプローチする上で のアセスメント機能も有する。当院では、継続的に関わっている医療者が患者の生活状況や受診 状況の細かな変化をアセスメントし、必要に応じて心理検査を勧めている。抗 HIV 薬の内服前 後によって検査結果にも変化を認めるため、継時的に再検査を実施している。

 一方、カウンセリングには、患者が病気を抱えながらも生活を維持していくための居場所とし ての機能や支持的援助機能を有する。当院の心理士は初診時から患者とお会いし、再診時に、患 者との良好な関係を維持している医療者がカウンセリングを勧めることで、継続的な支援を提供 している。その際、紹介元の医療者と心理士との間で事前にカンファレンスをおこない、患者情 報の共有や医療者のニーズだけではなく、患者のニーズやモチベーションにも配慮して、支援方 法について定期的に検討を重ねている。

 患者の生活状況や心身の状況によってカウンセリングの内容は異なるものの、主に以下のよう な内容を支援として提供している。

⑴ HIV 感染の判明に伴い、変化した状況に適応するための支援

例:疾患の受容促進、新たな職業選択に対する不安の軽減、内服維持のための生活環境の調整 など

⑵ HIV 感染前後の精神症状の評価やメンタルヘルス支援(精神神経科への紹介を含む)

例:不眠の軽減、アルコール依存や薬物依存の状況把握、行動範囲の拡充や活動の促進など

⑶ 人間関係やセクシャリティに関する支援

例:職場内での人間関係の改善、家族に HIV 感染を伝えることへの葛藤の軽減、パートナー との関係の改善など

⑷ 緩和ケアやターミナルケアとしての支援

例:入院時の体調変化による不安の軽減、孤立感や実存的葛藤の軽減など

 一般的に、カウンセリングは患者だけではなく、家族やパートナーも対象としている(遺族も 含む)。また、カウンセリングの提供は院内に限らず、保健所での陽性告知前後に応対したり、

心理士不在の病院に訪問することも可能である(=派遣カウンセリング)。

 以下は、カウンセリングの導入や派遣カウンセリングに関する相談施設である。

・カウンセリングの準備や導入について

北海道大学病院 HIV 相談室 HIV カウンセラー(臨床心理士)

受付時間:9:00 ~ 17:00 月~金曜日 連絡先:011-706-7025

・派遣カウンセリングについて

社会福祉法人 はばたき福祉事業団 北海道支部

受付時間:10:00 ~ 17:00 火、水、金曜日 連絡先:011-551-4439

・中核拠点病院へのカウンセラー(相談員)の配置について 公益財団法人 エイズ予防財団 連絡先:03-5259-1811

HIV 感染症患者の心理的支援