ギルクリストがFWC在職時に著した、あるいは著作の指導や監修を務めたとされる 作品について、それらの情報を箇条書きで示す。
ここではダース、ジョーンズ、ケーシャヴァン、プリケット、ローバック、スィッデ ィーキー、ヴァルシュネーヤの文献と、山根著の『Fort William College刊行物リスト (1)』を基に、一覧表を作成することとする。
尚、一覧表はジャンル別に、Ⅰ.語学書、Ⅱ.宗教・倫理・科学・政治、Ⅲ.歴史・伝記、
Ⅳ.物語文学、Ⅴ.詩集・詩注釈・選集、Ⅵ.ジャンル不明、の6つに分類し、アルファベ ット順に表記することとする。以下の一覧表では著作をジャンル別に分類したが、実際 にはこれらの作品の多くは、複数のジャンルにまたがっていた。
Ⅰ.語学書
(1)A Grammar of the Hindoostanee Language (1796)
第1版はクロニクル印刷所、第2版は1809年にカルカッタより出版。第1巻第3部 は、ヒンドゥスターニー語言語学の体系について書かれている。
(2)A New Theory of Persian Verbs, with their Hindoostanee Synonyms (1801) 英語とペルシア語で書かれている。トマス・ホリンベリー(Thomas Hollingberry)に よって、カルカッタのハルカーラー(Hirkarrah)印刷所より出版、第2 版は 1804 年 にカルカッタで出版。
(3)Baghi Oordoo, or the Rose Garden of Hindoostan, translated from Shuekh Suụdee’s Original Nursery or Persian Goolistan, of Sheeraz, by Meer Sher Ụlee Ufsos, for the use of the Hindoostanee Students at the College of Fort William (1802) ヒンドゥスターニー語の文法書。ギルクリストが指導・監修。2 巻もので、ヒンドゥ スターニー印刷所より出版。
(4)Dialogues, English and Hindoostanee; calculated to promote the colloquial intercourse of Europeans, on the most useful and familiar subjects, with the natives of India, upon their arrival in that country (1802(?))
語学書で、第1版はカルカッタ、第2版は1809年にエディンバラで出版。
132 (5)Hindee, Arabic Mirror (1802)
ヒンドゥスターニー語と関連のあるアラビア語単語に関する語学書。1802年にカルカ ッタで出版、1804年にラズヤ・ヌール・ムハンマドによって再版。
(6)Hindee(Hindoostanee?) Mashqeṇ(Exercises)(1801(2?))
FWCの学生のヒンドゥスターニー語の第1回・第2回試験用に、カルカッタで出版。
(7)Hindoostanee philology: comprising a dictionary, English and Hindoostanee; with a grammatical introduction; to which is prefixed a copper-plate, exhibiting a comparative view of the Roman and Oriental characters used in the Hindoostanee Language(1786)
第1版の第1巻は1786年にスチュワートとクーパーによってカルカッタで、第1版 の第2巻は1790年にクーパーとアップジョンによりカルカッタで、第2版は1巻も のとして1810年にエディンバラで、第3版は1825年にロンドンで、第4版は1850 年にロンドンで出版。
(8)Hindoostanee Principles(1801(2?)) 文法書。
(9)New Theory and Prospectus of Persian Verbs (‐Prospective?)(1804) 語学書。
(10)Practical Outlines, or a Sketch of Hindoostanee Orthoepy(1802) 語学書で、編集にはTārinī Caran Mitraも参加。カルカッタで出版。
(11)Shortest Road to the Hindostanee Language or Vice-Versa(1803) (12)The Anti-Jargonist(1803)
ヒンドゥスターニー語入門書、語彙集付き。1800年、FWC設立前にカルカッタから 出版していたThe Oriental Linguistを改訂し8折版で出版。
(13)The Hindee Dictionary(1802) カルカッタで出版。
(14)The Hindee Director, or Student’s Introductor to the Hindoostanee Language (1802)
文法解説を含む正音法と正書法の概論書。カルカッタより出版。
(15)The Hindee Directory(1802)
(16)The Hindee-Roman Orthoepigraphical Ultimatum(1804)
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東洋と西洋の言語の音声的区別を系統的に行うために作られた語学書で、カルカッタ のヒンドゥスターニー印刷所より出版。『シャクンタラー』の内容が引用されている。
第2版は1820年に出版。
(17)The Moral Preceptor, or Ukhlaq i-Hindee(1803)
サンスクリット語作品ヒトーパデーシャに基づいて著され、テレグラフ印刷所より出 版。ギルクリストの指導・監修下で、FWC ヒンドゥスターニー語科のインド人ネイ ティブらが翻訳・構成。ペルシア語の学者がヒンドゥスターニー語を、またヒンドゥ スターニー語を知っている者がペルシア語を学ぶ場合の入門的な文法書となってい る。
(18)TheOriental Linguist (1798)
語彙集、対話集、物語、詩等が含まれているヒンドゥスターニー語入門書。アラビア 語、ペルシア語、サンスクリット語、ウルドゥー語、ブラジ・バーシャー、英語が使 用されている。FWCのムンシーの助けを借りて、ギルクリストが著した。第2版は 1802(3?)年。
(19)The Stranger’s East India Guide to the Hindoostanee (1802(3?))
それ以前にギルクリストが著していた文法書を改訂したもの。第1 版はカルカッタ、
第2版は1808年にロンドン、第3版(大幅に増補改訂)も1820年にロンドンで出 版。
(20)Utaleeqi Hindee, or the Hindee Moral Preceptor (1803)
第1巻。シェイク・サーディーの著作の英訳版。ギルクリストが指導・監修を務め、
ヒンドゥスターニー語科ミール・バハードゥル・アリーがペルシア語から翻訳した寓 話を収めた語学書。ヒンドゥスターニー印刷所より出版。ペルシア語の学者がヒンド ゥスターニー語を、またヒンドゥスターニー語を知っている者がペルシア語を学ぶ場 合の入門的な文法書となっている。
Ⅱ.宗教・倫理・科学・政治
(21)Hidayut-ul-Islam, or a collection of the forms and ceremonies of the Moohummudan religion in Arabic and Hindoostanee(1804)
ギルクリストが翻訳・監修を務めた、アラビア語祈祷書の翻訳。ヒンドゥスターニー 印刷所より第1巻が出版(第2巻は未印刷)。
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Ⅳ.物語文学
(22)Bagh o Bahar or the Garden and the Spring, a Translation into the Hindoostanee tongue of the celebrated Persian Tale, entitled Qis̤s̤ue Chuhar Durvesh, by Meer Umman, under the superintendence of John Gilchrist, for the use of the Students in the College of Fort William(1802(3?)(4?))
第1版はギルクリストの監修下でFWCの学生用にミール・アンマンがペルシア語か らヒンドゥスターニー語に訳したもので、120ページから成る。1801年4 月までに 完成していたとされる『4人の托鉢僧』(Char Darvesh )が、同年11月2日に評議員 会から印刷許可を受け、異なるタイトルで印刷された。第2版は1813年にローバッ クの監督下でグラーム・アクバルが翻訳した寓話集。共にカルカッタのヒンドゥスタ ーニー印刷所より出版。
(23)Gooli Bukawulee, a Tale translated from the Persian, by Moonshee Nihal Chund, for the use of the Students, in the New College at Fort William(1804)
ギルクリストが監修を務めた寓話集。カルカッタのヒンドゥスターニー印刷所から出 版。
(24) Nusri Benuzeer (1803)
ギルクリストの監修下で、FWCのヒンドゥスターニー語科の学生のために、ミール・
フサインが韻文で著した寓話集を、ミール・バハードゥル・アリーが散文に翻訳した もの。カルカッタのヒンドゥスターニー印刷所より出版。
(25)Prem Sagar, or the History of the Hindoo Deity Sree Kr̤is̤hn̤, contained in the 10tHChapter of Sree Bhaguvat of Vyasudeva(1810年)
ギルクリストの希望により、バガヴァタ・プラーナ第10 巻のブラジ・バーシャー版 をカリー・ボーリーにラッルーラールが翻訳した物語文学。サンスクリット印刷所よ り出版。1803年に一部発表され、1810年に完全版が出版された。
(26) Rajneeti, or Tales, exhibiting the Moral Doctrines, and the Civil and Military Policy of the Hindoos(1802(9?))
ギルクリストの意思により、サンスクリット語作品『ヒトーパデーシャ』をブラジ・
バーシャーへラッルーラールが翻訳した物語文学。カルカッタのヒンドゥスターニー 印刷所より出版。大判4折版。第2版は1827年。
135 (27) The Hindee Manual, or Casket of India(1802)
ギルクリストが指導・監修を務めた。FWCの学生用に、FWC内のヒンドゥスターニ ー語の教養ある詩人や、ミール・バハードゥル・アリーを初めとするムンシーらによ って編纂された寓話集。この作品中には、Baghi Oordoo、Bagh-o Buhar(102ぺー ジ分)、Buetal Pucheesee、Madhonul、Sukcontula Natuk、Singhasun Butteesee、
Tota Kuhanee、Uthlaqi Hindee等が、ネイティブの文体の例として含まれている。
ローマ字、ナーガリー文字、ペルシア文字で印刷。第1巻は1802年、第2巻は1806 年に、カルカッタのヒンドゥスターニー印刷所より出版。
(28)The Hindee Story Teller or Nuqliyati-Hindee(1802-3)
第1版第1巻は1802年、第1版第2巻と第2版第1巻・第2巻は1806年に出版さ れた。寓話集で、ローマ字、ペルシア文字、ナーガリー文字をヒンドゥスターニー語 に適用する場合の解説書。これら3つの文字の比較が行われている。カルカッタのヒ ンドゥスターニー印刷所より出版。第1巻は英語、ペルシア語、ヒンドゥスターニー 語で108話、第2巻はペルシア語、ヒンドゥスターニー語で192話を収録。
(29)The Oriental Fabulist(1803)
FWC 学生用に創作された、イソップ物語等の寓話の数カ国語対訳書(英語、ヒンド ゥスターニー語、ペルシア語、アラビア語、ブラジ・バーシャー、ベンガル語、サン スクリット語)。ギルクリスト指導・監修の下、FWCのムンシーが著した。
(30)Tota Kuhanee, a Translation into the Hindoostanee Tongue, of the popular Persian Tales, entitled T̤oot̤ee Namu(1804)
ギルクリストの監修下で、サイイド・ハイデルとバクシュ・ハイダリがFWCの学生 のためにペルシア語から翻訳した寓話集。ヒンドゥスターニー印刷所より出版。1801 年に一部発表され、1802 年にナーガリー版、1804年にウルドゥー語版が出された。
(31)Lutifi Hindee(1810)
逸話集。カルカッタで出版。ナーガリー文字とペルシア文字が使用されている。
Ⅵ.ジャンル不明
(32) Subha Bilash(印刷年不明) サンスクリット印刷所より出版。
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上に挙げた一覧表によると、ギルクリストが著したもしくは指導・監修を手掛けたと される作品のおよそ3分の2は、語学書であった。但し、ギルクリストは物語文学作品 も多く手掛けているが、そうした物語文学も、FWCの学生やインド諸語初学者向けの 読み物として著されたものが多い。
ヴァルシュネーヤによると、ギルクリストは、ヒンドゥスターニー語文献印刷のため に、またそうした印刷の恩恵をFWCの学生が受けられるように、評議員会と以下のよ うなやり取りを行っていた。こうしたやり取りからは、ギルクリストがヒンドゥスター ニー語科の代表者として、ヒンドゥスターニー語の作品を出版するのに苦労があったこ とが窺える。その苦労の一例を、些か煩瑣ではあるが、細部に渡って紹介することとす る。
評議員会は、1801年11月に、様々な本からの抜粋を1つの著作として出版すること を決定したが、事前に評議員会からの出版許可を受けなければ、出版することは出来な いとした。ギルクリストは、1802年1月12日に評議員会に手紙を書いた。手紙の内容 は、学生の練習本200~300部の印刷費用が800~1,000ルピー程かかる見込みである こと、有用なヒンドゥスターニー語の文献がないので印刷せざるを得ないこと、評議員 会からそうした印刷への支援を受けたいと希望していること、FWCのために印刷が翌 年まで続けられる予定であること等を述べたものであり、印刷された本の説明と代金の 明細書も同封された。この手紙を受け、ムスキーン著の『マルシヤー』を、ギルクリス トが 375 ルピーを負担することで、500 部印刷することが許可された。評議員会は、
1801年6月30日付で、FWCが今後学生用の本の印刷にかかる費用を負担しないと決 定し、ギルクリストに出費の記録と印刷された文献の明細書を求めていた。1802 年 1 月12日付で、ギルクリストは評議員会のこの要求に応じた。ヒンドゥスターニー語の 文献が非常に少ないため、彼は様々な文献の出版を求めることを責務と考えていた。彼 は任務を全うするべく、以下のような条件を評議員会に書いて送った。
(1)ギルクリストを支援するために、政府127は学生用に出版されたギルクリストの本を、
市場価格で購入する。
(2)ギルクリストは、印刷する予定の本を、事前に印刷を認めてもらうために評議員会へ 提出する。
127 ここでの「政府」も、官吏へのヒンドゥスターニー語教育を必要としていた、ベンガル政府のことを 指していると考えられる。