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演習討議が実施されたのは、イギリス政府のインド統治を正当化するという目的による ものであったのではないかとの見解を示した。
第6章と第7章では、FWCにおいて活動した代表的な教職員を挙げ、彼らの経歴や 彼らが行った活動について述べた。
第6章では、ギルクリストの経歴や活動を述べ、彼が、FWCの構想段階からウェル ズリーに協力した、数少ない人物の1人であったと指摘した。また、ギルクリストの著 作・翻訳活動についても説明した。さらに、ギルクリストが考案したヒンドゥスターニ ー語正書法についても取り上げ、FWCの学生が公開演習討議で使用したヒンドゥスタ ーニー語原稿中の表記との比較も行った。
第7章では、ギルクリストらヒンドゥスターニー語担当以外のFWC教員について、
その経歴や、彼らのFWCでの活動を中心に取り上げた。取り上げた人物は、ブキャナ ン、ケアリー、ディンウィディーである。ブキャナンに関しては、彼が講義を行うだけ でなく、副学長として、学生に対してキリスト教に基づく道徳教育を行う責任を担って いたのではないかとの見解を述べた。ケアリーに関しては、彼が、キリスト教布教とい う視点から、官吏へのインド諸語教育を重要と見なしていたことを指摘した。また、デ ィンウィディーのFWCにおける活動は、ウェルズリーの理想が実を結ばなかった一例 であると述べた。
以上を踏まえると、次の結論が導かれる。
FWCは、インド統治関連業務の需要の高まりに応じて構想された組織であった。そ の設立を実現することが出来たのは、ウェルズリー総督の実行力と、ギルクリストの協 力によるところが大きい。
ウェルズリーは、FWCにインド諸語教育機関以上の役割を期待していた。設立後間 もなく計画は頓挫したものの、当初の計画でのFWCは、インド諸語以外にも法律、自 然科学、道徳教育に至るまで、インド派遣書記の資質を総合的に習得させる役割を担っ ていた。
FWCは、カレッジと呼ぶにふさわしい形で、法的に組織されていた。FWCにおいて は、学期制、学籍制度、開講科目、試験制度、公開演習討議等について、「FWC法」に よって細かく規定されていた。これらの規定を変更する必要が生じた場合には、その都 度「FWC法」が改正された。「FWC法」は何度も改正され、時に教員の意見が反映さ れる場合もあった。教員の意見が採用された例としては、学期制についての規定が挙げ
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本論文中では、HCの組織についても言及した。HCの設立によって、FWCの欠点で ある教育環境と費用という課題が、解消されることとなった。FWCは、インドへ派遣 される官吏への教育の在り方を、イギリス政府や EIC の取締役会が模索する契機をも たらした。この点においても、FWCの存在意義を見出すことが出来る。
FWCに関する研究では、設立後間もなく取締役会から縮小命令を受け、規模が縮小 されたことに焦点が当てられることが多い。科目の開講は、取締役会によって制限され、
FWC設立目的のうち、イギリス人官吏がイギリスで中断した科目の教育を行うという 目的は達成できなかった。しかし、本論文で取り上げた通り、FWCは、多くの文官を、
さらには軍官をも輩出している。卒業生は学位を授与され、その多くがインド行政関連 の業務に就いた。従って、FWCは、総体的に見て、インドで業務に就くイギリス人官 吏の養成には成功したと言える。
FWC における開講科目は、FWC の外部と内部の両方において、実施の是非が検討 された。先にも述べたが、FWCにおける開講科目は、取締役会からの圧力を受けて制 限された。開講の継続を認められたのは、ほとんどがインド諸語科目であった。しかし、
それらインド諸語科目も、科目によってFWC内で重視される程度が異なっていた。イ ンドで業務を行う上で役立つか、学習を通してインドの思想を学ぶことが出来るか、学 生が関心を持っているか等といった視点により、FWCでその科目が開講される価値が あるかどうかが左右された。
試験の実施頻度に関する文献記述は、諸説ある。しかし、成績優秀者への表彰は、少 なくとも初期のFWCにおいては行われていたことが確認される。その後試験が授業の 代わりに実施されるようになっていったことは、先行研究ではほとんど言及されてこな かったことである。
本論で述べた通り、公開演習討議の論題からは、イギリスのインド支配を正当化する 意図が読み取れる。FWCが当時の一般の「大学」と異なっていた点は、イギリスのイ ンド統治を円滑に行えるようにするために設立されたことであった。
FWCは、組織の内外において様々な連携を取りながら、インド諸語の出版活動を行 った。イギリス人教員はインド人ムンシーを指揮し、文学作品の翻訳や出版を行った。
インド人ムンシーとの接触を通して、イギリス人の教員や学生は、インド諸語について の理解を深めた。これらのことから、FWCは、イギリス人とインド人との交流の場を