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22 支149 842 1461 23
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731 842 596
i670 615 465 787 669 614
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1432 1397 2728
1163 549 791 16e9 976 1428
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すぐれたものもあるが,一一一一Hの経験を細大となく書きつづる平板羅列型に終る ものが多く,分量の多いもの,必ずしも,内容がすぐれているとは限らない。
この傾向は,女児の方に多く見られる。また,逮足という新しい経験を,何の 感動も,印象も添さず,極めて,無感覚に400字たらずであっさりと書きあげ
てしまう型もあって,作文があまり好きでない男児に,比較釣多く見られた。交字量から見た作文能力の型
遠足俘:文の方が,課題作文に比べると総体的に分量が多くなっているが,な お,簡人別に:文字量という点から見ると,次のような現象があることがわかる。
(1)文字量:が,多少いずれかの独こ大体きまっているもの。
3嗣の遠足作文の個人鋼文字量を見ると,時期によって,分量にかなり繊入 があるごとがわかる。しかし,そういう中でも, どの場舎でも多くかく方と か,その反対に,いつでもこの程度の二二であるといった,比較的,二字量が ぎまっているものがある。こうした型に属するものは,内容評価の方でも,常 に4か5とか,あるいは,1,2といったように,作文旧記がほぼ定まってい
る。これらは,自分の経験なり,感想を表現するに際して,多少の出入はあっ
てもすでに,きまった叙述態度,叙述量ともいうべきものをもっているとみら れる。もちろん,あとで見るように,作文を書く場合の,蓑現対象への興味や
関心の度合によって,叙述に伸縮があり,その結果分星1こ増減があることは,いうまでもないが,そのような考慮をはらいながら見ると,そうした傾向が認
められるのである。./2)文字量に増減のゆれのあるもの
(1)のような傾向に対して,書くたびに分量の増減の差がはなはだしいものが ある。これらは,特甥の例を除いては,中・下位クラJik 1 多く,作交を書く時 の閣心の度合,気分によって非常に左右されるようである。
これら(1)と(2)の型を通して,さらに次のようなことがいえる。
経験なり感想なりを表現する場・含に,どの場合でも,呉体的描写や説明を多 く使って,表現しようとすることを全藏的に精細に叙述しようとし,従って常
に相当の分量を必要とするものと,表現しようとする対象に焦点をあてて,簡
潔にまとめて書くものとがある。これらは,今までに,文章表現における叙述
W9
型と構想型という二つの型,特徴として,とりあげられたものであるが,中学 年の段階で,すでに,そうした型の発生,あるいは,傾向が存することが認め
られる。なお,この現象は,傾向的にではあるが,男児に後者のタイプが多く,女児に前者のタイプが多い,また,男児でも,理数科系統の学科がすぐれてい
るものに,後考のタイプが多く,他教科に比べて騨語科がずぬけてすぐれてい るものに,前者のタイプで特に優秀な者が見受けられた。2. 主題意識の発達
作文を書くという言語活動の中で,最も中心的な力である主題意識が,中学 年になっていちじるしくついてきたことは,課題作文の中で,認められたこと
であるが,遠足の作文を書かせた場舎,次のように,興味ある結果が現われた。「○日に行った遠足のことを作文にかいてもらう」という条件のもとに書いた
遠足作文の題が年次を追うごとに分化し,その種類も増加していったことであ
る。(比較のために,高学年(5年)の分もあげておく。)
4年1学期(春の遠足)
題(7種)
遠足 春の遠足 遠足のH 雨でのびた遠足 のびた遠足 村山貯水池 ユネスコ村
男20入 女24人
(男16人 女正8人
( 1 0
( 0 2
( 1 1
( 0 2
( 1 0
( 1 1
計44人 計34人)
1)
2 ) 2 ) 2 ) 1 ) 2 )
iO/e
77. 4 2.3 4.5 4.5 4.5 2.3 4.5
80%近くの者は,ただ遠足の題で書いている。ごく数人の子が遠足の中から 何かもう少ししぼって書きたいという意欲が出て,こうした題名をつけたと思
われる。事実,「村山貯水池」と題して書いた子は,清景が躍如として,よく書 けていた。4年2学期(秋の遠足)
題G5種)
遠足
たのしい遠足 たのしい秋の遠足秋の遠足
男17人中 女25人中 計42人
( 4 5 9 )
( 韮 1 2 )
( 4 7 11)
( O 5 5 )
110
% 21.3
4.8 26.2
1L8
待ちに待った遠足 ぼくらの遠足 みんなの遠足 遠足の日
爾の遠足
雨の中の遠足 遠足の日の朝 10月18日高麗神祉 高麗村 無題
(遠足不参加煮)
5年1学期(春の遠足)
題(17種)
遠足 春の遠足
楽しい春の遠:足 楽しい遠足 楽しい遠足縮模湖 楽しかった遠足 ぼくらの遠足 待ちに待った遠足 楽しかった郊外教援 春の郊外教授「相模湖」つかれた遠足
相模湖
弁天島弁天島でのひととき 学校から弁天島まで
電車の中
遠足のN
(遠足不参加者)
5年2学期}毫ニセよ,
題
遠足(えんそく)
秋の遠足
0玉00011一21玉1 ︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵ 20五110GO2003 ︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶ 211重!11!4正玉4
男20人中 女24人中 計44人
32藍30G121三!2正正1002 20−312020001000112
さらに.これが,27種に.なっている。
男17人中 女27人中
( 3 2
( 1 6 111
︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶ 5226正214五11311玉王14
計44人 5 ) 7 )
8444444454442222222922 45533530333833333 %L4︒生62生乞乳二2乞氏乞臥乳2・2・ 正
3
%
IL3
i5.8
秋の遠足醤油髭学 楽い・遠足 たのしかった遠足 たのしかった秋の遠足 たのしい秋の遠足 たのしい野田の遠驚 遠足の一潟 つまらない遠足 秋の校外教擾 野田市へ校外教授 清水公園 溝水公園の下 戸醤油工場見学 キッP 一一マソ醤油見学 野田醤油作見学 野田醤抽見学 醤油工場見学 野蹴蓄抽工場見学
しよゆ(しょうゆ)見学 第七工場見学
︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵︵
しょうゆのできるまでの見学(
野田帝見学 ( 醤播の知識 (
〜会(園)で行った遠足 .〈
こまっていた先生 (
(遠足不参加者) (
000000001!1111111010011012 13221!−王001001︵︶001011iO102 ︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶︶ 玉32211111圭21三21王11董11211重4 37553333335335333333353332644222222422422222224222
このように,同じ,遠足の文を書くにあたって,はじめは,大ざっぱな題
「遠足」で書いていたものが,だんだん,圃有な題を欲するようになるという
ことは,主題意識が培われてきた一つの証明ではなかろうか。朝起きて顔を洗
ってごはんを食べてからに始まる,遠足の経験を,時閥を追って,ただ平板に 羅列L,ていく,低い段階では,題はなんでもよかったのであるが,そうした平板な叙述にあき,何か,まとめて書こうとする気持が,この遠足交を書かせた 際の題のつけ方に現われていると思われるのである。これらの題では,六体に おいて,はっきりした題名をつけたものが,叙述もたしかであった0
11..2
ただ,せっかく,新しく題を選んでおきながら,その主題をもりあがらせる
ような構想や叙述の力が伴なわないものもあり,「たのしい遠足」がたのしそう に書かれていないという,1主題の展開力の貧しさ,叙述力の不足をあらわしているものがあって,課題作文にみられた主題を展開する力の足りなさが,遠足
文め中にも具体的に添されている。(書くに.あたって,教師は,特別,催々に 題をつけるようにとは,指示していない。)このことの裏づけとなると思われるものに,夏休みが終った2年の2学期初め,自由作:文を書かせたところ,題を つけて書いたもの25人(男子17中30入,女子29人中ユ5人)で,他の2!人
の者は,題なしの作文を書いたことである。そういう無題の作文はただ,なんとなく遊んだことや,したことが書き流さ
れていて,主題意識はきわめて低く,叙述に.もまとまりがないものであった。なお,題をつけたもので,「あそんだこと」「おまつりのこと」「うみへいったこ と」ヂいなか1 こいつたこと」など「……すること」という形式の題が半分ほどあ ったが,「おまつi)」「ぷうる」「さつえい」という題陰形式で書いた作文内容と 比べた場合,やや劣り,主題意識のつく過程を表わしているように思われた。
これら,主題意識による題屋と叙述展開との関係をみると次のようになる。
4年1学期 題目7種
このうち,「村山貯水池」(G.A.)は,主題に即してみごとに展開されてお り,「のびた遠足」(S、K.)「ユネスコ村!(N. H:., H:. C.)の作は,一応主 題にふれているが,ただ叙述力がそれに伴なわない。「雨でのびた遠足」(N.
K.)は,主題にややふれている。
4年2学期
「遠足のβの朝」(O.S.),「高麗神社」(H. K.)は主題に即してよく書け ている。
しかし,「雨の遠足」(K.E。)「雨の中の遠足」(T.1.)では,文中に,爾 の降ったことなど…言もふれていないというものもある。最初,主題をきめて
霧こうとしながら,叙述を重ねるうちに,題を書いた時の意識がうすれ,文中
に,展隔されずに二三ってしまうのである。このことは,課題作文の中で,たと えば,「わたくしの家」などで,最初に家族の紹介を始め,「うちのおねえさんは113
デパートに.つとめています。」と書いて,次には,デパーFの方に意識が流れて しまい,あとはデパ・一一トに遊びに行った叙述で終ってしまって,結局,主題外 れの文となってしまう過程と同じ現象であろう。
比較のために,5年1学期の遠足文を見ると,「弁天島でのひととき」(0.
S.)「学校から弁天島まで」(H.A.)「つかれた遠足」などをはじめとして,
題目に即してよくまとめて書かれているものが冒立って多くなっているQまだ
中には,題9に即して書かれてはいるが,叙述性に乏しいうらみのあるもの,主題とははなれている,または,主題の気分が表現されていないものなどが,
数人あったが,しかし,全体としては,題目の数が示すように,意識としては,
山立ってついてきていることがわかる。なお,概して,「たのしい遠足」とか
「待ちに.まった遠足」とかいうような概念的なきまりきった題を選ぶ者の方が いきいきした主題の展開がみられないという現象があった。
中学年にみられた主題意識の発達に関連して,この期になると,主題に即し
て,重点的に表現をあんばいする能力も,上位の子にはついてくる。たとえば,4年の2学期(31.10.)秋の遠足では,せっかくの昼休みのころから雨が降っ
てきて,その前後はただ歩いただけ。見たものは,朝鮮の若回目の墓とか,天 下大将軍,地下女将軍の将軍標とか,二学年前のつりがねとかで,遊びたいさ
かりの男児たちに.はおもしろくない遠足であったらしい。「遠足の作文を書いて もらいます。」といった時に,(31.10. 23.火)「つまらない遠足」という声もか かったくらいである。言語能力が上位で,作文もいつも5の評価をとる男児Oは,書くことに気
のりがしないで,最初の15分ぐらいは,鉛筆をけずったり,周囲をながめたり いたずらをしていて書かない。そのうち,rうん,たくさん書かなくてもよい事 Fを思いついたぞ。」と泓回して,書きだした。題は「遠足の朝」。そして,15分もかからないうちにまとめてしまった。400字たらずの短い文であったが内容 は,前の晩から,弟と早起きの競争をしょうと約束し,うまく,弟にだしぬか れ,あわてて,遠足に行くために,学校へ出かけて行くという,遠足の朝のは
ずんだ気持と二二がいきいきと書かれてあった。遠足の日の朝 (4年2学期)0男