(133. 6) 1 (28. 3) i (66. 4) 1 (73. 9)
うである。これ1こよる と,身長は,学級の男 子平均より上圓り,体 重も平均より徐々に多 くなっているが,胸囲 が常に足りない。健康
児とし、うi三P象¢ss.うけな
い。そのためか,出席
状態はあまりよい方で
はない。
3年の5月から6月にかけて27鷺(自転車事故で骨折,入院),10月前2臼,
12月・1月に.それぞれ1日ずつ計31日(249山中)も休んでいる。4年になっ てからは,6月目.3日,11月に4属,計7E(247日中)の休みである。
学棟に入るまでの生育歴をみると,安産,母乳で育ち,歩行は生後12か月,
意味のあることばを欝い始めたのは,16か月後で,あまり早くない。それは,
生後2年たつまで離乳しなかったことにもよるであろう。それと生後1歳〜2
歳の間に重い病気をしている。かかりやすい病気は,へんとうせん,中耳炎,胃腸障害である。母親は,耳が遠くて正しく聞きとれないと報告している。
運動能力は,ふつうなみにある。
社会性の状態
社会性のテストの結果は,
家庭での生活習慣 3 道徳性判断 3 社会的常識 2 パーソナリティ 1 総合評点 3
で,■e・一一ソナリティを除いては,ふつうである。そして,これは揖親からの報
161
告や,かれの実際の行動の観察によっても,一応うなずかれよう。
食事のあとかたづけ,買物に行く,など,家事の手伝いはかなりするようで あり,親やきょうだいとも仲よくやっているようである。ことに,母親に対し
ては,愛情をもっている。近所の子どもたちともよく遊んでいると,母親は見、ている。ただ,この友人関係に関してだけは,学校と家庭とで,くいちがいが
あるようである。友人関係
4年(3ユ.4.17)の時,交友蘭係をしらべるために仲のよい友だち5人をあげ
させた。かれは5入の男児を友だちとしてあげたが,その5人からは友人とし
て扱ってもらえず,たった1人からしか,:友人としてあげてもらえなかった。また,同時に行った,学校内での親切な人,がまん強い人,明朗な入,よくで
きる人,礼儀正しい人,運動のできる人などの10項目中,どの項にも0反応で,学級中teつた1点(前記の友人の項)という最も悪い反応状態であった。この
ように,学級のだれからも認められず,愛されてもいないという点に,パーソナリティに何かの欠点があると思われる。しかも,こういう友入関係は,今に
始まったことではなく,2年(29.6.i1)に行ったソシオグラムでも, 彼がひ とりあげた男児からは反応がなく,だれからも好かれないのみか,きらいな人として,3人の学友から指摘されている。また,かれも,学級内の腕力が強
く,あばれん坊の男児3人をきらいな人としてあげている。こういう友人関係であるためか,かれの作文「ともだち」には,いつも近所
の:友人と,きょうだいが登場していて,学級の友だちについては書かれている ことがない。しかし,先生に紺する関係は好ましい。
教節関係
2年目なるとき,担任の先生がかわったが,
……まだ(た)せんせいがぼくだぢ(たち)のくみにくれぼいんだける(ど)もし こなかコ(っ)だか(たら)ぼくわ(は)かなしいですける(ど)しょがな:い。
というように先生に対しては思慕の情をよせている。2年に行った調査(29.6.
11)でも,新しい受持の先生を大好きと答えている。
162
家庭環境の状態
:父の職業はペンキ屋,学歴は,両親とも小学校卒で,準じく東京都(新宿区〉
の出身,かれも東京で生まれ,以来,両親から離れて生活したことはない。
家庭環境診断テスト(田挙式,日本文化科学社)によって,それぞれの項目
に.,つぎの評点を得た。家庭の一般的状態 3 子供のための施設 2
文イヒ自勺)1犬態 3
家庭の一般的ふんいぎ 2 両親の教育的関心 2 総評 2
これによると,家庭の一般的状態と文化的状態がふつうのほかは,他は平均
より悪い。しかも,この調査をした4年の終りごろの家庭状況はよくなっているのであ
って,以前はもっとひどい状態にあった。父親は結核を患って寝たり起きたりしている。両親,70歳をすぎた父の叔母,
兄姉,弟2人という家族構成で,九畳の家に生活している。したがって本人の
ための勉強机もないという状態である。ラジオも最近兄のはたらきで買ったも ので3年のころまでは家になかった。経済状態がどんなであるか想像がつこう。父親は酒好きで,酔うと母親や子供たちを叱りつける。かれは「おっかなくて,
びくびく」している。両親はよくけんかをする。かれが1の年ごろ,母がしば
らく家を出ていたということもあった。こういう状態だから教育的関心が低くなるのも当然である。病弱で,酒飲み
の父は,すぐ叱りつけたり,たたいたりして子供たちからおそれられている。母親は,子供の教育についても関心があり,そういう点でも,父親と意見があ わないで,口げんかは絶えまがないと,かれは訴えている。子供の教育にまで 手が届かないというのが実状であろう。学級の80%の者が保育園経歴をもって いるのに,かれは,保育園にいかなかった。そして就学時までには,なまえ以
外の文字は教えてもらえなかった。163
こういう状況の中で,かれの学校生活が始まったわけである。かれの書語能
力が低いのは,こういう環境と切り離しては考えられない。学習態度
木村勇二の学習態度はあまり積極的ではない。しかし,教室での態度はそれ
庶どふまじめなものではない。ことに中学年になってからはよくなっている。ただ,象庭での学習があまりなされていない(家人々Cみてもらわないで,自分
でする)から,二三効果はそれほどあがらない。観察記録から,かれの学習態
痩を拾ってみよう029年11月5臼(金) 第1等時 算数
算数の時,うちで調べて来た者として手をあげたし,いっしょうけんめいに学習し ていた。
30年9月27日(火) 第2校時 国語
送りがなということばやことがらを教えた後,教師が,「ながれている しらない とおりすぎる なげた おちてぎた」といって,それらの語を児童にノートに書かせ る。次にr流ている 知ない 通すぎる 投た 落て来た」
と板書して,蕎自が書いたノートと比べて誤りを気づかせていわせる。ノートに送り 字をしないでいたものに,木村勇二,H・0・S(男), U(女)などがいた。
31年4月21巳(土) 第1校時 国語
きのうだされた宿題のかきとりを書かせたが,本籾勇二は20字中正答6字,誤讐14 字という成績であった。
29年12月3日(金) 第2校時 テスト
かたかな書字力テストの時,隣りのM女のをよくぬすみ見をする。ついに,ノーート を机の上に持ちだしてぬすみ見をしょうとした。周囲の者に注意されて,いまいまし そうにしまいこむ。
30年1月27霞(木) 第1存亡,国語
指名されて答えるとき,「ね,ぼくのうちでね,ね……e」というように,「ね」を連発 するくせがある。
30年12月9日(金) 第2校時 国語
Nが欠席で,返してもらったテストの紙が机の上においてあワたのを「Oくん」と 呼んで「その紙を机の中へ入れてやれよ。」と注意して机の中へしまいこませた。
31年6月8罠(金) 第2〜3時 休み時間 屋上
164友人がいない。集団の遊びの中に力晩てもらえない。M児をひっぱりこんで遜ぼう とするが,Mは集闇の遊びに加わりたいので,「よせよ,お前なんかきらいだよ。」とい つた。
30年6月9H(木) 第2〜3時 休み時間
休み時機で,男の子はたいてい屋上や外へ遊びに出ているが,ひとり残ってクレヨ ソで絵をかいていた。「絵が好きなの。」ときいたら,「うん」と癒えた。「絵を児ぜて」と いったが,はずかしがってみせてはくれなかった。
32年9月281ヨ (ti:)
2遡澗前金校生徒が神?欝外苑に行って写生会をした。審査の結果,木村勇二はS女 とともに,学年の優秀作として発表された。
これらの観察行動二言によっても,木村勇二の学習態度を中心に,かれの能
力,{生格などが浮かび上がってくる。これらは今まで種々な面から見てきたかれの特徴の原閃や結果として興味深くみられる。最後にラ家庭での読書の状態
をみよう。家庭での読書の状態
低学年のころから読書は好きな:方であったが,まんがや雑誌が主で読書内容
はあまり高くはなかった。3年になっても同様で,1日に2時蘭ほども読む。
童話も少しは読むようになったがすきなものはあいかわらず雑誌と漫1画で,学
習向きの雑誌や,娯楽雑誌をかりて読む04年になると読書はとても好きにな
って,読む本の種類も冒険・探検・作:文交点と広がってきたが,やはり雑誌が
主であり,柔道やちゃんばらの本を読みたいと思っている。ひとりでさびしい 時やおもしろくない時に読書をするというかれにしては,こういう興味本位の
読:莚i:になるのは当然であろう。
新聞・ラジナ・テレビセこは,3年のころまでは接近していなかった。おとな の新聞は,家でもとっていたが,文字力の劣るかれには見る興味もなかったら しい(子供新喪はとらない)oラジオは家になかった。しかし,4年になってラ ジオを買ってからは,毎臼喜んで聞いており,新聞も蒔々見る程度になり,テ
レビも近所の家のを兇に行くようになったQ子供のための蔵書はふつうの本5
冊,』絵本10冊,雑誌5冊,計20冊程度であるQ以上のことを中心にして,木村勇二の作:文能力について次のような診断がで 165