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□その他

□循環 圏減衰

〔]衝突

図7・1

このデータからわかることは次のようなことである。

● 第2次授業では、循環説を支持する子どもがかなりの割合で増えている。

● 第1次授業では、それほど循環説を支持する子どもが増えていない。

第2次授業では、衝突説を支持する子どもがかなりの割合で減っている。

第1次授業では、それほど衝突説を支持する子どもが減っていない。

第2次授業では、減衰説を支持する子どもがいなくなった。

第1次授業では、減衰説が増えている。

第1次では、第2次に比べてその他の電流概念を支持する子どもがより多

い。

第1次授業では、事前事後を通して電流概念を把握できなかった子どもが

多い。

 このことから言えることは、次のようなことではないだろうか。

 第一に、授業のねらいそのままの結果が出ていることである。

 予想されたことではあるが、第2次授業では、科学的な電流概念の形成がねら いの主眼であった。より科学的な見方と見られる循環説を支持する子どもが増え

るように授業を工夫したことが、そのまま結果に現れていると見てよい。

 第1次授業のねらいは、子どもが科学の営みを経験し、科学とはどういうもの なのかを知るというものであった。本来的な意味で科学を経験すれば、当然循環

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説が支持されるようになってしかるべきではあるが、第5章で述べたとおり、子 ども達の経験はまだ浅く、適切なベースドメインを引き出したり、要素間の関係 を適切に写像したりするまでには至っていなかった。このため、科学の営みを経 験したとしても、ごく限られた範囲のことでしかなかったのだろう。

 第二に、多様な電流概念の導出という面では、第1次授業の方がその傾向は強 いことである。これら3つの範疇には属さない電流概念を持つ子どもが第1次授 業ではより多く見られた。細かく見れば、電流についての見方はさらに分類でき

る。例えば、安藤らは、方向・循環非循環・交差非交差・増減の場所などの観点 から10個のパターンで分類している。36こうしたより詳しい分類を行ったとす れば、第1次授業で形成した子どもの電流概念はかなり多様なものであると言う

ことができる。

 現在の日本の理科教育が、科学的な概念の獲得ということを目指している限り においては、多様性を持ったまま授業を終えることは、むしろマイナスに評価さ れることかもしれない。しかし、子ども達がお互いの考えを交流して、電流に対 する見方を深めて行くには、多様な見方が存在した方がよい。友達の見方を肯定 するも否定するも、根拠を述べてお互いの合意の上でその見方の地位を高めたり、

低めたりする営みは、まさに科学者の世界における理論構築の過程に似ている。

 今回の授業では、子ども達の経験の不十分さから、科学的な電流概念の形成に は至らなかったが、科学の営みを経験する意味ではよかったのではないだろうか。

 第三は、子どもの概念を転換したと言えるかどうかである。

 概念転換の必要条件をセットにした形で概念転換のモデルを提唱したPosner らに説によると、概念転換のための満足すべき条件は次のものである。

 ● 先行概念への不満(dissatisfaction)力弐生じなければならない。

 ●理解可能な(intelhgible)新しい考え方(alternative)が、利用可能な    (avaiable)ものでなければならない。

 ● 新しい考え方は、もっともらしく(plausible)なければならない。

 ● 新しい考え方は、生産的(f士uitfUl)であると思えるものでなければならない。

   (先行概念よりも、生産的でなくてはならない)

 第2次授業の事後調査において、確かに子ども達は科学的な概念を受け入れた ように見えるが、それがPosnerらの言う条件のどこまでに位置付くかというと、

とりあえずplausibleな考え方としてまでかもしれない。なぜならば、応用の局 面において示された課題は、水流モデルで考えれば、解決可能と思われたが、ほ

とんどの子ども達は解くことができなかったからである。

 ただし、理科の授業とはそもそもそういうものであるかもしれない。特に一単 元を終えた時点で、十分な概念転換を起こせるかというと、それはかなり難しい        126

作業になるだろう。

 子ども達に電流に関する概念転換があるとすれば、いくつもの学習経験を経た 後々のことであろうと予想できる。そのときに、今回の授業で得た循環説が実り  多いものであると認められたら、初めて概念転換が起こったと言えるだろう。そ

ういう意味で、今回の授業で概念転換は必ずしも起こったとは言えないが、将来 に向けてそうなる可能性のあるalternativeを持たせることには成功したと言 えるのではないだろうか。

第2節 子どもの電流概念の様相 1 抵抗的な見方

抵抗的な見方 70人

60人 50人 40人 30人 20人 10人  人

抵抗 その他

圏第1次授業 團第2次授業

図7−2

 上のグラフ(図7−2)は、抵抗的な見方ができたかどうか調査した事後調査 の結果を示したものである。問としては「電流の流れやすさって何で決まると思 いますか」というものである。(資料21参照)

 数字の上では、第1次授業の方が抵抗的な見方をしている子どもが多い。抵抗 的な見方だと分類されるのは、障害物のようなものを想定した記述、豆電球や電 熱線が回路に入ると流れにくくなるというような記述である。

 このデータから言えることは、電流に関する事象のうち、抵抗に関わる電流の 振る舞いの記述は、第1次授業の方が多く、電流の流れに関してより科学的な見 方をしている第2次授業の子ども達よりもむしろ勝っていた。これは、電流によ る発熱現象について、数時間かけてメタファーを生かした記述を行った第1次授 業の子ども達の方が、より科学的な見方が育ったと言うことであろう。前項の電

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流の流れそのものの見方に関する場合と同じように、授業のねらいが変われば、

当然ねらった部分に関しては、概念の発展があって当然ではあろう。

 発熱現象に関する扱い方の違いを見てみると、端的に言えば、第1次授業は、

電熱線の発熱の記述、第2次授業は電熱線の発熱の予測である。ということは、

記述でメタファーを生かす方がより効果的かというと、必ずしもそうは言えない。

電流による発熱現象に関わって費やした時間が、第1次は4単位時間、第2次は 1単位時間である。時間との比例関係から言えば、違いが出ても当然である。

 ただ、第2次授業の子ども達の記述を見ると、「豆電球や電熱線の数が多いと 流れにくくなる。」というような具体的な電流回路を構成する部品と結びついて 記述している例が多い。それに対して、第1次授業の子ども達は、純粋にメタフ

ァーによる記述で「網のような邪魔者があるかどうか」などの記述が多かった。

事象を離れないと言う意味では、第2次授業の子ども達の方がより科学的と言え るかもしれない。

2 電流の高速移動説について

豆電球がすぐつく理由 45人

40人 35人 30人 25人 20人 15人 10人 5人  人

第1回目授業 第2回目授業

ロ速さ 函電子

□その他