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第3節   授業における子どもの電流概念

  メタファーを位置づけた授業はおおよそ、次のような問題に取り組む形で進んだ。

 これらの学習活動は、電流に関わる現象について記述する活動である。現象の裏に  どのような電流に関わる振る舞いや仕組みの違いがあるのか、自分の考えを絵や文  で表現し、友達と交流することにより、電流概念を形成することをねらっている。

       〈第1次授業のおける学習課題〉

⑤豆電球はスイッチを入れたら点灯して、切ると消灯する。この事象   を見て、電流がどうなってそういうことが起こるのか、絵や文で説   明してみましょう。(閉じた回路と開いた回路の違い)

⑥導線は光らないが、豆電球の中のフィラメントは光る。この事象を   見て、電流がどうなってそういうことが起こるのか、絵や文で説明   してみましょう。(導線の質による発光の仕方の違い)

⑦電熱線と鉄線では同じ強さの電流でも発熱の程度が違う。この事象   を見て、電流がどうなってそういうことが起こるのか、絵や文で説   明してみましょう。(導線の質による発熱の仕方の違い)

⑧1Aと0.4Aでは、同じ電熱線でも発熱の程度が違う。この事象

  を見て、電流がどうなってそういうことが起こるのか、絵や文で説   明してみましょう。(電流の強さによる発熱の仕方の違い)

⑨「同じ電熱線でも、電流の強い方が強く発熱する。」「電流の強さが   同じでも、材質が違うと発熱の仕方が違う。」この二つのことを同   じたとえを使って説明してみよう。(電流の強さと導線の質双方に   よる発熱の違い)

1 〈閉じた回路と開いた回路の違い〉をどう見ているか

(1)学習活動のねらい

    この学習活動は、一連の課題の最初のものである。子ども達をこれから取り組   む学習に慣れさせる意味から、比較的単純な現象を選定した。また、「スイッチを   入れたときと切ったときとで電流の振る舞いがどう違うか」をイメージしたその   記述は、電流の流れを基本的にどう見ているかを把握するのに役立っように思う。

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特に、「乾電池から電気が飛び出して、非常に速いスピードで回って元に戻る」と 見るのか、それとも「回路が開いているときにも、電気が回路全体につまってい て、スイッチが入ると一斉に動く」と見るのかを把握できるように思われる。こ のことはつまり「開いているときは電気は、導線や豆電球にはない。」と見るか「開 いているときにも電気は、導線や豆電球に存在する。」と見るかである。後者は、

電子の存在への気づきが期待できるかもしれない。

(2)〈閉じた回路と開いた回路の違い〉への子ども達の見方

〈6年1組の場合〉

  おおかたの子ども達は、

●Tくん…電流はやっぱり電池の中にあるんだと思う。

●Sくん…プラスからスイッチまで行き、スイッチを入れたら豆電球を通り一周      通る。

の意見に代表されるように「乾電池は電気の貯蔵庫」「回路が閉じた瞬間に乾電池 から電気が出て帰ってくる」という見方をしていた。しかし一方では少数派なが

ら、

●Jくん…金具が離れているときも電流は常に流れている。金具のはしっこで電      流は止まっている。金具がくっついたときにすぐに流れる。

という見方を提案する子どもがいた。この点について、それに反対する子ども達

は、

●Mさん…既に線に電気があるなら、さわったときに痛い(電気を感じる)はず。

●Nくん…何もしていないのに電流が流れるのはおかしいと思った。

と反論していた。

多くの子ども達にとって、回路が開いているときも電流が流れているというのは、

受け入れがたい見方であった。これを主張した子どもも、反論に対して答えるこ とはできなかった。

〈6年2組の場合〉

  このクラスでは、「電気が止まっている状態」を記述した子どもがいた。次のよ       37

うな図を描いている。

図5−4

 この考え方は、自由電子の考え方に近づく可能性を秘めている。この段階での ほとんどの子どもの考え方は、

●Kくん…スイッチを入れると電池から電流が来て金具がくっついているので電      流がその部分を流れる。

というように、「乾電池から電気が来る」というもので、回路が開いているときに は、電気は乾電池の中にしかないという見方である。しかし、この子どもだけは 電気(この段階では電子については未習である)は、乾電池の中にだけあるので はないという見方をしている。また、

●Bさん…電流がとぎれずにぐるぐる回ればつく。電流がどこかでとぎれている     から消える。

●Tさん…電流はず一と回っているから、回っているものが途中で切れていると、

    電流が前へ進めなくなってつかない。

のように、連続した水や大量の粒のように、とぎれることなく進む電流のイメー ジを持つ子どもがいたことが2組の特徴であった。

〈6年3組の場合〉

  このクラスは、「古い電気と新しい電気」「元気のいい電気と疲れた電気」とい 38

うように、パワーの消費による電気そのものの変化を主張する子ども達の意見が 強く反映された。つまり、

●1さん…スイッチを入れたら新しい電流が流れる。スイッチを切ると、古い電     流が戻ってくる。

●Tさん…電気は弱っていたり、元気になることがある。

 というような、回路の開閉と電流のパワーの差を関係づけたような意見が見ら れた。このクラスは積極的に「〜のような」という比喩的な説明を用いる子ども が多くいて、そのわかりやすさから、その意見の賛意を示す子供が増えたと考え

られる。ちなみに、多くの子どもに影響を与えたのは、

●Uくん…電気はサラリーマン。電池は家。導線は通勤道路、豆電球は会社。ス      イッチは工事区域。豆電球で仕事をして、乾電池で力を回復し、また      会社に向かう。スイッチが切れていると工事中で通れないので、会社      である豆電球に迎えないので、仕事ができない。よって豆電球はつか      ない。

というものであった。

もう一つのこのクラスの特徴は、衝突に基づく説明が色濃く出たことである。

●Sくん…電池の中の電気の力が導線の中にたまっている電気をすごい力で押し      だし、豆電球のところで一気に反発して電気を出す。

●Nくん…プラス極の電流は既に豆電球の方に行っている。一方マイナス極は遠      回りして、豆電球に行く。しかし、途中で門がある。それがスイッチ      である。スイッチ(門)を開けば、マイナス極の電流が通って、スイ      ッチ(門)を閉めれば、マイナス極の電流は通れなくなってしまう。

 この子ども達は、衝突説でも「プラスの電気とマイナスの電気」というように 電気に種類を想定している。そしてその二種類の電気の衝突あるいは反発によっ て豆電球が光との見方をしているようである。

 このクラスでは、比喩的な説明が積極的になされていたが、そのわかりやすさ から、かえって誤概念を助長してしまう結果になったようである。それぞれの解 釈を批判的に見る術を持たず、単にわかりやすいという判断基準で子どもが影響

を与え合っていた印象を持った。

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〈考察〉

  クラスそれぞれで特徴はあるものの、共通するのは多くの子ども達は「乾電池  を電気の貯蔵庫」と見ていること、「開いた回路では、導線や豆電球には電気(電

子)はない。」と見ていることである。これに対して「開いた回路でも、回路全体  に電気が流れている」「回路全体に電気がつまっている。」などの見方もあったが、

非常に少数であった。しかし後者の見方が、話し合いの場に出されることによっ  て、前者の見方を持った子ども達の問に一石を投じたのは確かで、友達の考えを  聞いた上で、自分の考えを改めて書く場面では、見方を変更した子どももいた。

  次にメタファーの面から見てみると、つまっていて移動するものとしての見方、

つまり流体や大量の粒として電流を見る見方は、「乾電池は押し出すはたらきを するポンプのようなもので、貯蔵庫ではない。」「回路が開いているときにも、電 子は回路の全体にある。」という見方につながるメタファーだと考えられる。

  また、衝突説に基づく記述が多く見られた。それは、非常にplausibleな説明  で、子ども達が現段階でそれが誤りだと証明する術を持たないことから、強固に  すらなっている。豆電球部分で衝突するから光るのだという見方は、理科教育の 知見でも、非常に強く保持され続ける見方の一つであるとよく指摘される(例え  ば、身元宏治,1992等)。今後、この衝突説をいかに乗り越えて、科学的な電  流概念に導くかが課題となっていくであろう。

2〈導線の質による発光の仕方の違い〉をどう見ているか

(1)学習活動のねらい

   導線の質の違いとは、エナメル線と豆電球内のフィラメントの違いである。子ど   も達への問いは、「導線は光らないが、豆電球の中のフィラメントは光る。この事   象を見て、電流がどうなってそういうことが起こるのか、絵や文で説明してみまし   よう。」というものである。指導上のねらいとしては、この現象に関する記述は、

  本単元で扱う中心的な現象である電流による電熱線の発熱の前段階という位置づ   けである。つまり、これまで小学4年までの理科学習の中でよく登場した豆電球と、

  新しく出てくる電熱線との橋渡し的な意味がある。

   次に、研究上のねらいを述べる。事前調査の中で、子ども達のほとんどは、豆電   球は発光するとともに発熱もするという見方を持っていた。そこで、この場面で豆   電球の発光現象についての記述を求め、さらにこの後電熱線の発熱現象の記述を求   めた。この二つを比較することにより、発光現象と発熱現象における電流の振る舞   いのとらえ方の違いを明確にしょうという意図がある。

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