第 5 章 雑損控除の対象となる範囲
第 2 節 雑損控除対象資産の範囲
(1)「生活に通常必要な動産」および「生活に通常必要な資産」の範囲
個人が有する資産を事業用資産とそれ以外の生活用資産の 2 つに分けて資産損失の制 度を見るならば、事業用固定資産、山林、業務用資産(災害等による損失を受けた場合を 除く)は、基本的に事業用資産であり、その他の資産は生活用資産であるということがで きる。このようにみると、生活用資産の範囲は幅広いが、その内容としては、譲渡時にお いて非課税規定のある生活に通常必要な動産(所得税法9条1項9号)および、その施 行令に定める一個又は一組の価額が30万円超でない貴金属等が挙げられる(所得税法施 行令 25 条)。他方で、生活に通常必要な不動産を定める規定は所得税法上にはないが、
個人で所有する土地、建物については租税特別措置法上にその範囲の規定がある(租税特 別措置法 31条1項)。これは、所得税法本法ではなく、土地政策の一環として租税特別 措置法によって申告分離課税とすることで、譲渡の態様により軽課あるいは重課する仕組 みがあることに起因する11。
したがって、生活用資産は、さらに生活に通常必要な資産と、それ以外の生活に通常必 要でない資産との 2 つに分けることができる。このうち、生活に通常必要な資産につい てのみ、災害等により生じた損失の金額を、雑損控除として控除することとされている(所 得税法72条1項)。この両者の区別は、法令上必ずしも明確ではなく、判例を見る限り、
法の合理的解釈や適切な社会通念、あるいは常識的判断などに委ねられた部分も少なから ずある。その例として、以下に少し紹介することにする。
例えば、マカオのホテル付属のカジノのチップが「生活に通常必要な資産」にあたり、
雑損控除があてはまるか否かが争われた判決では、その控訴審12において、雑損控除は、
「納税者の担税力が減少するのが通例であるから、その点に着目して所得金額(課税標準)
から一定額の控除を行うとしたもの」とした上で、「生活に通常必要でない資産が災害等 によって失われても直ちに生活の基盤が脅かされるものではなく、納税者の担税力が減少 するわけでもない」と述べた。その上で、射こう的行為の手段となる動産に該当するか否 かについては、その動産の客観的性質上、担税力の減少の徴表となり得ないようなものが これに該当するとした。この点、生活に通常必要な資産とそうでない資産を、わが国の憲 法25条で定める「健康で文化的な最低限度の生活」を営むための資産、換言すれば生存 権に係わる資産と考える視点で切り分けているとも考えられる。
34-35頁)。
11 村井泰人「生活用資産を巡る所得税法上の諸問題」『税大ジャーナル』No.10、198頁。
12 大阪高裁平成8年11月8日(平成8年(行コ)第5号)LEX/DB【文献番号】28021551。
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そして、その視点から、「生活に通常必要」か否かについてさらに検討を加えていくと、
給与所得者の自家用車の譲渡損を給与所得と損益通算できるか否かについて争った有名 な判決である「サラリーマン・マイカー訴訟」にたどり着く。この第1審13で原告は、一 般的な家庭用資産を、①生活に必要な資産(最低限度の生活に必要な資産)、②生活に通 常必要でない資産、③①、②以外の一般資産の 3 種類に区分した上で、本件自家用車を
③に区分できるとして、その譲渡損につき給与所得との損益通算可能を主張した。
しかし、第1審判決では、このような区分は、「生活に通常必要」な動産の非課税を定 めた所得税法9条1項9号の改正経過をみても、昭和25年の税制改正においては「生活 に通常必要な家具、…」とあったものが、昭和 40 年の全文改正で、「生活の用に供する 家具、…」のように変わったのみで、「最低限度の生活に必要な動産」などと制限してい ないこと、所得税法9条1項9号の委任を受けた所得税法施行令25条も、「生活に通常 必要」な動産のうちで高価なものを除くというよりは、ただ、非課税の具体的範囲を委任 したものと解するのが相当として、原告の 3 種類の区分を退けたが、本件自家用車はそ の自家用車の使用状況等を踏まえると原告の日常生活に必要なものとして密接に関連し ていることから「生活に通常必要」な動産であるとした。
また、第2審判決14では、上記した3種類の区分においても、「生活に通常必要」な動 産は非課税であるから、その見合いとして譲渡による損失もないものとみなし、後者につ いては原則どおり譲渡による所得に課税するとともに、損失については特定の損失と所得 との間でのみ控除を認めていると解するのが相当であって、「一般資産」のような第三の 資産概念を持ち込む解釈には賛同することはできないとしている。しかし、本件自動車の 資産区分はその使用態様からみて「生活に通常必要」でない資産に該当するものと解する のが相当とした。
判決では、第1 審、第2 審のどちらも原告のいう「一般資産」の概念は認めなかった が、その自家用車の資産区分は、第 1審では「生活に通常必要」であるとされ、第 2 審 では「生活に通常必要」でないとして二つに分かれた。この「生活に通常必要」か否かの 判定は、動産においては雑損控除の可能、不可能や、損益通算の面で大きな違いがあるた め、再度、「生活に通常必要」か否かに絞って要件を整理してみたい。まず、第1審の事 実認定と第 2 審の事実認定との大きな違いは、勤務先における業務の用に供したことへ の認定、および通勤の用に供したことへの認定であり、第 1 審ではこれらの点を「生活 に通常用いている」ことへの事実認定としたのであるが、第 2 審では、勤務先における 業務のように供したことは、雇用契約上、使用者の負担において行われるべきものであり、
また、通勤の用に供したことについても、使用者負担で通勤区間の定期券代が支給されて いることから、自家用車を使う必要がなかったとして、これらの点を、逆に「生活に通常 必要」でないことへの判定材料としている。
「生活に通常必要」か否かの判定材料については、「ある動産が生活に通常必要かどう かを判断するためには、一般的に考えて現在のわが国でそれを所有することが『通常』か
13 神戸地裁昭和61年9月24日(昭和57年(行ウ)第12号)LEX/DB【文献番号】22001590。
14 大阪高裁昭和63年9月27日(昭和61年(行コ)第46号)LEX/DB【文献番号】22002512。
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つ『必要』であると考えられるかどうかが基準とな(る)(括弧内筆者)」15として、佐藤 教授が、アメリカ内国歳入法典162条にみる「通常かつ必要」を用いて説明している16。 この意味で、他の通常必要という規定の文言についても、「通常かつ必要」として考えて よいのではないかと考えられる。しかし、佐藤教授は、「ただ、例外的に、その所有者の 住む地方の特殊性として多くの人々の共通と考えられる要素は考慮すべきである」17とも 述べており、「生活に通常必要」な動産の判断基準は、地方の特殊性を考慮に入れた社会 通念によって判断されるといってよいと考えられる。
したがって、動産については少なくとも「健康で文化的な最低限度の生活」を営むため の資産というような生存権からのアプローチは当てはまらないと判断される。つまり、動 産はあくまでも購入した個人的財産であって、それが「生活に通常必要」であれば譲渡時 非課税や雑損控除の対象となり、「生活に通常必要」でなければ一般の個人資産として扱 われるのみとしてまとめることができる。
ここで、動産ではなく不動産の場合はどうなるのであろうかという疑問が想起される。
この点に関しても、「生活に通常必要でない」資産として、所得税法62条1項18およびそ れを受けた所得税法施行令178条1項2号19に規定がある。動産についての規定は今まで 見たとおり別にあるので、これらは、動産以外の資産(不動産、無形資産)についての規 定と考えられる。したがって、「生活に通常必要でない」不動産は、これらの規定に従っ て判定することになる。この点につき、リゾートホテルの一室の貸付に係る不動産所得の 損失を事業所得等と損益通算できるのかを争った事案をもとに検討してみたい。この事案 については、医師が争った事案と会社役員が争った事案とがあるが、両方ともその「主た る所有目的」が所得税法施行令178条1項2号に規定する「趣味、娯楽又は保養」にあ るのか、それとも「物件の貸付け」にあるのかで判断が分かれることとなった。
例えば、医師が争った事案においては、その購入目的につき、物件の貸付けや将来の売 却によって利益を得るため云々ということが主張され、これは盛岡地裁判決20においては 採用されたが、しかし、それは、「主観的意思」であり、その実態あるいは現況としてそ の「主観的意思」を採用することは、適正・公平な課税及び徴収を実現する上で問題があ り、「客観的意思」によって「主たる所有目的」を判断するべきであるとして、仙台高裁
15 佐藤英明「生活用動産の譲渡に関する所得税法の適用」『税務事例研究』6号、48頁。
16 この点につき、佐藤教授が「動産の使用態様というよりは、その通常必要性を判断する際の『社会』
の方に関係する要素なのである(同上、48頁)」と述べているのをみるかぎり、1933年の“Welch v.
Helvering”事件で最高裁が示した「その支出が通常にあたるか否かは、程度の問題であって、社会の生 活様式(a way of life)から判断されねばならない」という判定基準を参考にしていると考えられるため、
それから敷衍して「通常かつ必要」を用いているとしている。
17 同上、48頁。
18 所得税法62条(生活に通常必要でない資産の災害による損失)
居住者が、災害又は盗難若しくは横領により、生活に通常必要でない資産として政令で定めるものに ついて受けた損失の金額(保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金 額を除く。)は、政令で定めるところにより、その者のその損失を受けた日の属する年分又はその翌年分 の譲渡所得の金額の計算上控除すべき金額とみなす。
19 所得税法施行令178条1項2号に定める資産とは、「通常自己及び自己と生計を一にする親族が居住 の用に供しない家屋で主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で所有するものその他主として趣 味、娯楽、保養又は鑑賞の目的で所有する資産」である。
20 盛岡地裁平成11年12月10日判決(平成9年(行ウ)第8号)LEX/DB【文献番号】28050518。