第 6 章 必要経費規定の変遷とその背景
第 2 節 戦後所得税法における必要経費規定の変遷
先述したように、太平洋戦争後の昭和22(1947)年の所得税法の全文改正(昭和22 年 法律27号)は、包括的所得概念および、申告納税制度の採用という画期的なものであった
(以下、昭和 40 年全文改正までの所得税法を「旧所得税法」という)。しかし、必要経費 に関しては、従来、旧所得税法施行規則10条に規定されていたものが、旧所得税法10条2 項に移されただけで、その規定の内容に変化はなかった。その後、昭和22年の一部改正(昭 和22年法律142号)及び昭和23年の一部改正(昭和23年法律107号)が行われたが、
必要経費については、「種苗、蚕種又は肥料の購買費、家畜等の飼養料、仕入品の原価、原 料品の代価、土地、家屋その他の物件又は業務に係る公租公課、使用人の給料、収入を得 るために必要な負債の利子その他収入を得るために必要な経費」とされ(旧所得税法10条2 項)、昭和15年改正後の所得税法における必要経費とその範囲を同じくしていた27。 しかし、その後のシャウプ勧告に基づいて行われた昭和25(1950)年税制改正(昭和25 年法律71号)では、棚卸資産の評価方法について選択適用が採用され(旧所得税法10条4)、 青色申告制度の採用に伴い、青色申告の恩典として、貸倒準備金の必要経費算入が認めら れた(同法施行規則10の4)。また、「損害保険契約に基き支払をなす保険料、固定資産の 減価償却費で命令で定めるもの」を必要経費に算入する旨を明示するとともに(同法10条 2 項)、源泉徴収加算税額、重加算税額、延滞加算税額、所得税・富裕税、市町村民税を必 要経費に算入しないものとした(同条2項但書、および同条3項)。
一方で、家事関連費においては目覚ましい改正があった。それは、家事関連費のうち、
主たる部分が収入を得るために必要であり、その部分を明らかに区分できる場合には、そ の部分を必要経費に算入できるとされ(旧所得税法10条2項)、また、青色申告者におい ては、収入を得るために必要な部分を明らかに区分できる場合には、その部分が主たる部 分でなくとも、その部分を必要経費に算入することができるとされたことである(旧所得 税法施行規則10条9号)。なお、これらは現行所得税法においても所得税法施行令に同様 の規定がある(所得税法施行令96-1、同96-2参照)。また、この措置は、従来家事関連
24 植松守雄「所得税法における『課税所得』をめぐって」『一橋論叢』第77巻第2号、133-141頁参照。
25 大蔵省主税局通達昭和2年1月6日付主秘1号「所得税法施行に関する取扱方通牒」
26 松山、前掲注16、244頁。
27 同上、244-245頁。
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費は、単純に家事費と同様として必要経費の控除を否定されてきたのに対し、適切に記帳 を行っている青色申告者を念頭におき、その記帳事実を基に、事業遂行上必要である部分 のみを対象として、控除範囲を拡大することを企図したと考えられる。
その後、昭和39(1964)年までの間に行われた旧所得税法の一部改正により、必要経費 の範囲は徐々に拡大され、法人の取扱いとの公平を加味した青色事業専従者控除の創設(昭 和27年)、繰延資産の償却額の必要経費算入規定の追加(昭和34年)、いわゆる白色申告 者の事業専従者控除の創設(昭和36年)等が行われた。
そして、昭和37(1962)年税制改正(昭和37年法律44号)では、旧所得税法10条2 項で「事業用の固定資産その他これに準ずるものとして命令で定めるものの損失」を必要 経費とする旨を定めた。これを受けて、旧所得税法施行規則9条の10において、「事業用 の固定資産の取り壊し、除却、滅失その他の事由(譲渡所得の基因となる事由を除く。)に よる当該固定資産の損失の金額(保険金、損害賠償金等により補てんされた金額を除く。)」 を必要経費に算入することとした。これにより、事業用固定資産の損失が所得税法上初め て必要経費として認められることとなった。また、所得税法9条の4において、被災事業 用資産の損失に該当する場合には、3年間の繰越控除を認めることとされた28。
以上のように、包括的所得概念の採用のみならず、法人との取扱いにおける公平さを意 識したこと、換言すれば、個人所得税法における所得計算が、企業会計の収支計算に接近 したことによって必要経費の範囲が拡大したといえる。また、この接近は、昭和40(1965)
年の所得税法・法人税法の全文改正のベースとなった昭和38年12月税制調査会「所得税 法及び法人税法の整備に関する答申」の内容に顕著に表われている。
例えば、その答申中の「4 所得の発生時期」において、「税法は、期間損益決定の原則 として、発生主義のうちいわゆる権利確定主義をとるものといわれているが、税法上個々 の規定について検討するときは、現行税法全体の構造としては、権利確定主義を中核とし ながらも、その具体的適用は相当広く弾力性に富み、経済の実態及び企業会計の進展に伴 つた期間損益決定についての一つの体形を形成しているものと考えられ、細目において際 の生ずるのは課税の公平という租税目的上の要請から当然としても、企業会計における場 合の発生主義と結果的には一致している面が多い」29として、企業会計に意識を置いている が、「しかしながら、(中略)税法が、法律として、すべての納税者について統一的に扱う 必要から、期間損益の決定を単に会計上の事実行為に立脚した基準にのみ委ねることがで きず、他に特別の定めがない場合の一般判定基準としては、なんらかの法的基準をもとめ らければならない」30として、権利確定主義を税法上における所得計算の基本的基準として いる。なお、法人税法と所得税法における取扱いは、できる限り一致させることが望まし いとしながらも、納税者の実態に即するという意味においては、不一致の生ずることはや
28 松山、前掲注16、245頁。
29 政府税制調査会「所得税法及び法人税法の整備に関する答申」(税制調査会、1963)15頁。
30 同上、15頁。
80 むを得ないと認められるとしている31。
また、続けて、「税法上損金(所得税法上の必要経費を含む、以下同じ。)の計上につい ては、まず、いわゆる費用収益対応の原則が適用され、さらにこれがいわゆる権利確定主 義に対応する債務確定の有無によつてテストされている。」32とし、費用収益対応の原則に より損金の発生を認識した後での債務確定の法的テストが行われることを明示しており、
「この点については、費用収益対応の原則を基本とする企業会計原則との間に若干の相違 点があるようにみえるが、損金の見積り計上を無制限に認めることは課税上弊害が大きい のみならず徴税技術上も困難であるため、税法上は相手方企業における収益計上の時期と 表裏の関係において債務を計上することを基本とし、個別的には、合理的な範囲において、
できる限り会計上の意味における費用収益対応の原則の実現を図る方向で考える(下線筆 者)」33とする。
しかし、ここでの、祖税法上の「合理的な範囲」における費用収益対応の原則の実現と は、権利確定主義のことを指すのか、私法でいうところの相当因果関係的なものを指すの かは判然としない。したがって、この点についてさらに以下で検討を加える。
この答申が考える費用収益対応は、「費用収益対応の考え方のもとに費用を控除するにあ たって、所得の基因となる事業等に関係はあるが、所得の形成に直接寄与していない経費 又は損失の取扱いをいかにすべきかという問題については、純資産増加説的な考え方に立 って、できるだけ広くこの種の経費又は損失を所得計算上控除すべしとする考え方と、家 事費を除外する所得計算の建前から、所得計算の純化を図るためには家事費との区分の困 難な経費等はできるだけこれを排除すべしとする考え方との広狭二様の考え方がある」と いうものであって、純資産増加説と個人所得税特有の家事費混入の問題とを所得計算上の 広狭と捉えた上で、「所得税の建前としては、事実上の経費と家事費とを峻別する後者の考 え方も当然無視することができないが、事業経費又は事業損失の計算については、できる 限り前者の考え方を取り入れる方向で整備を図ることが望ましいと考える」とし、事業経 費または事業損失の計算についてはできるだけ純資産増加説(包括的所得概念の別言、以 下同じ)に立脚し、計上する旨述べている。
そして、家事費関連費についても、「必要経費と認めない家事関連費に関する規定は、現 在それが抽象的であるため、交際費、接待費、寄附金等の経費につき必要経費に認めるべ きであるかどうかの判定が事実上困難である」ことを挙げ、「判定を容易にするために形式 的な基準を規定してこれを基に判定することも考えられるが、この種の経費は、その性質 上客観的にその基準を求めることは必ずしも容易ではなく、したがって、個々の事実判定 に委ねる方がかえって合理的であるとも考えられるので、規定上従来のような基本的な考 え方を表現するにとどめるのが適当である」として、交際費、・接待費・寄附金の必要経費
31 政府税制調査会、前掲注29、16頁。
32 同上、17頁。
33 同上、17頁。