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所得税法創設時から太平洋戦争終戦時までの必要経費規定の変遷

第 6 章 必要経費規定の変遷とその背景

第 1 節 所得税法創設時から太平洋戦争終戦時までの必要経費規定の変遷

繰り返しになるが、明治20(1887)年勅令第5号としてわが国で初めての所得税法が創 設された。この当時の所得税法は、「凡ソ人民ノ資産又ハ営業其他ヨリ生スル所得」を課税 の対象とすることとし2、他方で「営利ノ事業ニ属セサル一時ノ所得」を課税の対象から除 外していた3ことから考えると、制限的所得概念を前提としていたと考えられる4。またこれ は、この所得税法が、制限的所得概念の支配的であったイギリスおよびプロイセンの法制 を模範として起草されたという歴史的事情にも合致している5。したがって、現行の包括的 所得概念を採用する所得税法とは異なった所得概念を採用していることから、後述する昭

和22(1947)年改正までの所得税法を「戦前所得税法」として以下記述することにする。

その後、明治 32(1899)年法律第17 号における全文改正によって、分類所得課税が採 用され、法人所得に課税する第一種所得、公社債利子に課税する第二種所得と分かれ、個 人における所得は第三種所得と分類された。また、個人における所得は、法人の所得とは 違い、身体を資本とする勤労による所得を含むことや、個人特有の消費や犠牲と投資との 区別を行わなければならないことが特徴とされた。

さらに、第三種所得の中でも勤労所得については、明治32年改正時の税制検討委員会に おいて「(前略)資産より生ずる所得と、勤労より生ずる所得との間に租税の負担力に差等 あるは他言を要せざる所にして、前者は所得者の一身の外に独立存在するが故にその収入 確実にして、生存中間断なく所得を生ずるのみならず、死後之を子孫に継承することを得

2 明治20年所得税法1条。

3 同法3条3項。

4 雪岡重喜「所得税創設期の事情と創設当時の所得税」『財政』第2巻第9号、27-28頁。当該頁には「この 営利の事業に属さない一時の所得を課税外におくことの規定は、所得税の課税対象を経常的、反復的な所 得に求めようとする所得源泉税が、所得税課税理論として支配的であったから、表現こそ変れ、その後永 く、昭和22年11月改正で一時所得に対する課税が始まるまで、常に、所得税法に置かれていたのである。

」とある。

5 末永英男「初期所得税法における所得計算構造―明治期初期所得税法を中心として― 」『近畿大学九州 工学部研究報告(理工学編)』第24号、81-85頁参照。

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るに反し、後者は所得者の一身に付随するものなるが故に、その収入不確実にして、疾病 死亡により直にその収入を減損若くは消滅せしむるの差あり。之に加えて前者は資産所得 と同時に勤労所得を享受し得ると雖も、後者は勤労所得の外他の所得を享受するの途なき ものなり。」6として、資産所得、勤労所得、資産勤労共所得に分けて、それぞれの負担の公 平について斟酌し、特に勤労所得については、「蓋し勤労所得者がその老衰又は死亡する迄 に、相当の所得を生ずべき資産を得んが為には、勤労所得の四割を貯蓄するの必要あるも のと計算し、(後略)」7として、勤労所得についてその一部を所得から控除するという勤労 所得控除を検討していた。しかし、結局は、明治32年の戦前所得税法改正時には採用され ず、後の大正2(1913)年改正においてようやく実現することになる。

その後、わが国の太平洋戦争前の所得税法においては、大正9(1920)年、昭和15(1940)

年の2回にわたって全面的な改正があったが、山林所得・退職所得は別として、「営利の事 業ニ属セサル一時ノ所得」8と、「営利ヲ目的トスル継続的行為ヨリ生ジタルニ非ザル一時ノ 所得」9だけは、一貫して課税の対象から除外されてきた。換言すれば、戦前所得税法は、

その成立以来、課税所得の範囲は拡大したにせよ、一貫して制限的所得概念を採用し続け ていたことになる。したがって課税ベースについても、拡大する範囲の制限があったとい うことであり、これは後に制限的所得概念における分類所得税の限界として表れ、昭和22 年度税制改正において、「現行分類所得税及び綜合所得税の種別はこれを廃止し、(中略)

あらゆる所得を綜合して1本の超過累進税率により課税する制度に改めること」によって、

全面的に包括的所得概念を採用する契機にもなるのである10

以上のように、戦前所得税法下では制限的所得概念を採用していたことが確認できるの であるが、しかし、それは漸次拡大していた。それに伴って、所得計算規定がどのように 変遷したのかについて、繰り返しになるが、明治20年所得税法から再度検討を行う。

明治20年所得税法のその第2条は、「所得ハ左ノ定則ニ拠テ算出スヘシ」として、その 第 1 項は、公債証書等の証券の利子、非営業貸金・預金の利子、株式の利益配当金、俸給 等に係る所得については、「直ニ其金額ヲ以テ所得トス」11として収入金額そのものが所得 金額とされていた12。そして、続く第2項には、「第1項ヲ除クノ外資産又ハ営業其他ヨリ 生スルモノハ其種類ニ応シ収入金高若クハ収入物品代価中ヨリ国税、地方税、区町村費、

備荒儲蓄金、製造品ノ原質物代価、販売品ノ原価、種代、肥料、営利事業に屬スル場所物

6 大蔵省編纂『明治大正財政史 第六巻』第5編内国税(上)(経済往来社、1957)1019頁。

7 同上、1019-20頁。

8 初出、明治32年所得税法(明治32年2月13日法律第17号)第5条1項5号。

9 初出、昭和15年所得税法(昭和15年3月29日法律第24号)第11条6項。

10 大蔵省財政史室編『昭和財政史-終戦から講話まで- 第7巻租税(1)』(東洋経済新報社、1977)250 頁。詳しくは後述するが、この後、シャウプ勧告による昭和25年税制改正において雑所得が追加され、わ が国に包括所得概念が完全に採用されることとなる。

11 雪岡重喜『調査資料 所得税・法人税制度史草稿』(大蔵省主税局調査課、1955)2頁。

12 市岡正一『所得税法同細則註解』(弘學館藏、1887)4頁。

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件ノ借入料、修繕料、雇人給料、負債ノ利子及雑費ヲ除キタルモノヲ以テ所得トス」13とし て、第1項と分けて第2項を「出費ヲ要シテ利益ヲ生ズルモノノ所得ノ算定方ヲ定ムルモ ノ」14と位置づけ、一般に、利益を得る際に必要な出費を必要経費として考えていたようで ある。つまり、例示としてではあるが、このとき既に必要経費の通則的規定としての役割 を果たしていたといえる15

しかし、必要経費が明文として措置されるのは、その後の明治32年の全文改正まで待た ねばならない。戦前所得税法第 4 条において課税所得を「総収入金額ヨリ必要ノ経費ヲ控 除シタル予算年額ニ拠ル」とし、その「必要ノ経費」の内容を同法施行規則第 1 条におい て「総収入金額ヨリ控除スヘキモノハ種苗蚕種肥料ノ購買費、家畜其ノ他ノ飼養料、仕入 品ノ原価、原料品ノ代価、場所物件ノ修繕費、其ノ借入料、場所物件又ハ業務ニ係ル公課、

雇人ノ給料其ノ他其ノ収入ヲ得ルニ必要ナル経費ニ限ル」として例示した。また、その後 の但書きで、「但家事上ノ費用及之ト関連スルモノハ之ヲ控除セス。」として、家事費排除 を明確にした。

また、この明治32年所得税法の「必要ノ経費」の範囲は非常に狭く解されているのが特 徴であり16、例えば、家賃収入の基因となる家屋などの固定資産を取得するための借入金利 子やその損害保険料、また、減価償却費のような業務用資産にかかる費用でさえも、その 必要経費性が否認されていたのである17

しかしながら、明治32年所得税法の「必要ノ経費」とは、武本宗重郎氏によれば、「(施 行規則に例示のあるような)収入を得るために必要な経費に限り、家事上の費用およびこ れと関連する費用はその収入を得るために必要なものとはいいがたく、その性質上、(稼得 した)所得によって支払われるものであるため、これらは控除しないこととした。したが って、必要経費であるか否かは、実際上において種々の疑問を生ずるものではあるが、要 するに所得を得るために必要な経費は、所得と直接因果関係を有するもので、さらに義務 の確定したもの(括弧内筆者)」と解されており18、ここでの特筆すべき点は、既に家事費 および家事関連費への考察が行われ、そしてそれらは所得の消費場面であるから控除され ないとされていることと、必要経費の要件として、直接因果関係と、義務(債務)の確定 したものであることを要求していることである。

つまり、わが国の現行所得税法における必要経費の特性ともいうべきものが、既にこの

13 市岡、前掲注12、2頁。

14 同上、5頁。

15 この点、碓井教授も、「第2条1項に定める所得を除き、包括的に(各種所得共通に)必要経費を定めて いる」と述べている(碓井光明「必要経費の意義と範囲」『日税研論集』31号、4頁)。

16 松山 修「所得税法第37条に規定する直接性に関する一考察」『税大論叢』74号、242頁。

17 明治32年4月1日付大蔵大臣内訓である所得税法施行上取扱方心得第3條では、「第三種ノ所得ヲ計算ス ル為メ総収入金額ヨリ控除スヘキ経費ハソノ収入ヲ得ルニ必要ナルモノニ限ル趣旨ナルヲ以テ家事上兼用 スル場所物件ノ修繕費、借入料、公課、家事用ニ使用スル雇人ノ給料又ハ所得ノ起因ニアラサル負債ノ利 子ノ如キハ之ヲ控除スヘカラサルモノトス(大蔵省『所得税法施行上取扱方心得』(大蔵省、1899)」とし ている。

18 武本宗重郎『改正所得税法釈義』(同文舘、1913)132-133頁。