第 2 章 包括的所得概念下における所得控除
第 1 節 所得控除の発展の背景
第 1 章でも述べたように、個人の能力としての所得は、基本的人権思想の影響を少なか らず受けるため、所得控除の背景に重要であるものとして、18 世紀に確立した自由権的基 本権と20世紀に確立した社会権的生存権が想起される。これらは、日本国憲法にも定めら れているものであり(自由権として第12条~第14条、生存権として第25条、財産権の保 障として第 29 条が該当する)、所得控除は憲法上の要請ともみることができる。この点に ついて、北野弘久教授が、「われわれは、応能負担原則を日本国憲法から抽出することが可 能である。憲法一三条は租税のあり方についても『個人の尊重』を行うことを要請する。
一四条の『法の下の平等』は、租税面では能力に応じて平等であることを意味する。…、
二五条は租税面でも『健康で文化的な最低限度の生活』を保障することを要求する。そし て二九条は一定の生存権的財産権のみを基本的人権として保障するものであって、そのこ とは租税面にも妥当する。このように、日本国憲法では法原則として応能負担原則が抽出 される」9と述べている。そして、そこでの注記として、「財政学で論議されている垂直的公 平(vertical equity)と水平的公平(horizontal equity)との関係についてコメントを加え ておきたい。どちらかと言えば、応能負担原則の概念は垂直的公平に、負担公平原則の概 念は水平的公平に親近性を持つ。筆者は、税法学的には、あくまで垂直的公平の確保が課 題とされねばならないと考えている。個別の法制度を対象とする法律学上の議論としては、
まず、個別の租税制度における応能負担原則が追求されねばならない。応能負担原則の徹 底的追求が、結局において水平的公平の意味での負担公平原則の実現に資する」10と述べて いる。また、上記した負担公平原則は利益説11に、応能負担原則は犠牲説(能力説)12に結 びつき、これらも、それぞれ憲法第14条と憲法第25 条の意義から導かれると考えられる ことから、これら全てから構成される「負担の公平」は、憲法上の要請ということができ るのである。そして、「負担の公平」は、租税法の基本原則であるから、担税力算定面での 主観的事情の斟酌を定める所得控除と結びついていくのである。
このように、所得控除を憲法上の要請とみると、その機能としての一面である「最低生 活費には課税しない」ことは、憲法第25条から主に導出されることになる13が、最低生活
9 北野弘久『税法学原論[第四版]』(青林書院、2000)126-127頁。
10 同上、128頁。
11 国家契約説をもとに、租税と国家給付との間に報償関係(給付と反対給付)があるという考え方を前提 とする説であり、租税は国家から受ける利益の程度に対応して配分されるべきであるから、応益負担と結 びつく(井藤半彌『新版租税原則学説の原則と生成』(千倉書房、1969)279頁、金子 弘『租税法〔第 20版〕』(弘文堂、2015)20頁参照)。
12 国家は一方的な公益の提供をするから、当然に課税権を持ち、国民は当然にそれを負担する義務を負う。
そして、その負担義務は各人の給付能力(担税力)に応じて負担されることになる(井藤、同上、333頁、
金子、同上、20頁)。
13 この点、北野弘久教授は、課税最低限の問題は第25条の社会権の機能に係わるのではなく、同条の「公 権力からの干渉されない」という意味での自由権の機能にあるとし、また、課税最低限度額を定めるもの として、基礎控除、配偶者控除、扶養控除の基礎的人的控除のみを挙げているのは興味深い(北野、前掲 注9、129-134頁)。
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費について免税すべきだとの主張は、そうした小さな所得にまで課税するとなると、いた ずらに徴収費を多額にするだけで無意味だという考え方、すなわち、財政学における最小 徴税費の原則に一つの根拠を持つものとも考えられる14。この点について、課税標準の算定 過程に存在する所得控除は、税率を乗ずる前の所得が零であるような場合、最小徴税費の 原則を満たし、徴税上の便宜に資することになるのは間違いのないところであろう15。
そして、所得控除が租税原則を所与とすることにより導出される最重要の機能は、やは り「負担の公平」の実現であろう。この際、その実現に資するのが応益負担か、あるいは 応能負担のどちらか、という二分論は、結局利益説と能力説による対立でしかなく、不適 当である。個人が租税を負担する際は、その公平性につき両者は補完しあう関係であろう16。
その「負担の公平」の基礎となる、日本国憲法第14条第1項によって要請される平等は、
絶対的平等だけではなく、合理的な事由に基づく差別(区別)が許されるという意味にお ける相対的平等でもある。そのため、不合理な事由に基づく差別的な取扱いの規定がその 内容を問われることになるが、租税立法に際しては一定の裁量が認められることも事実で あり、そのため「負担の公平」は立法裁量の限界の問題として論じられる17。そして、「負 担の公平」は、そのまま租税に関する「公正の原則」、または「公正な配分原則」につなが り、それらにおける「公正」という語は、そのままの意味に解釈すべきものではなく、国 家経費支弁という目的を達成する一手段としての課税を遂行するにあたって、合目的にこ れを実行すべしという意に解すべきものである。したがって、「公正」という概念は、「合 目的性」または「合理性」の意味に解すべきであり18、そしてその「合目的性」は、法律の 意図どおりに租税の徴収を行なう「合法性の原則」にも連なるものとなる。
14 渡辺、前掲注1、75頁。
15 泉美之松氏は、手数における税額控除との比較においてではあるが、「税額控除は、所得控除よりも手 続的には厄介である」とし、「所得控除の結果課税所得が零になれば、税率を適用して税額を算出する必要 がなくて、納税者でなくなる。これに対して、税額控除の場合には税率を適用して税額を算出し、それか ら税額控除を行なって納税額が零となって始めて納税者でなくなるものを見出すということになる。殊に、
税額控除の結果、納税をする必要ない人にまでも所得税の申告書を提出させるよりも、むしろ、昭和42年 の改正後のように所得控除にして、確定申告書提出の要否も、できる限りそうした所得控除を適用したと ころで、判定することとした方が適当であると考えられるのである(泉美之松『税についての基礎知識[九 訂版]』(税務経理協会、1983)157頁)。」と述べ、また、同様の趣旨を、植松守雄教授も「所得控除の結 果、課税所得が零になればもはや税率を適用するまでもないが、税額控除方式による場合は、税率を適用 して税額を算出し、それから税額控除をして初めて納付税額の有無が明らかになる。この差異は、課税最 低限の境界線にある所得者が多数にのぼる現状では、納税者及び税務当局の双方にとってその手数に大き な差異をもたらすことになろう。このような点で、課税最低限の判断等について所得控除による方がはる かに簡明である(植松守雄『注解所得税法 五訂版』(大蔵財務協会、2011)254-255頁)。」と述べている。
しかし、前述の北野教授は、課税最低限に関する控除を「応能負担原則の徹底からは、税額控除方式に改 められるべきである」とし、その論拠を少額所得者の受ける利益と課税最低限の調整の簡便さにみている が、それは、裏返せば高額所得者における租税負担の増大という意味での応能負担原則の徹底でしかなく、
また、課税負担の公平というより、累進税率とそのブラケットの問題でしかないことを付言しておく。
16 この点、忠 佐市教授は、「利益説、能力説のいずれの説によっても課税後所得の平準化はどちらの論理 によっても支持されることになろう。」と述べられている(忠 佐市『租税法の基本原理』(大蔵財務協会、
1979)152頁)。
17 立法裁量の問題とした判例として、「大島訴訟」(最高裁昭和60年3月27日判決、昭和55(行ツ)15 号、最高裁判所民事判例集第39巻2号247頁)が有名である。
18 井藤、前掲注11、271頁参照。
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ここで、公正の租税原則として、後述する A.ワーグナーの『公正の諸原則』における課 税の普遍性と平等性の2つが挙げられるが、これらは、18世紀末から 19世紀初頭にかけ てのフランス革命時代の自由主義、民主主義の思想が租税原則論に反映したものに他なら ない。特にフランスでは、革命以前の特権租税経済時代は、僧侶、騎士は課税を免除せら れ、町人、農民のみが租税を負担していた19。しかし、フランス革命前後の租税原則や人権 思想の発展により、18 世紀の思想家達は、納税者の同意に基づくことなしに課税はなされ ない「代表無くして課税無し」という考え方を強調した20。こうした考え方の影響を受けて、
1789年のフランス人権宣言は、第13条[租税の分担]21および第14条[租税に関与する 市民の権利]22を明記している。このような中で、四民平等と特権廃止論が叫ばれ、財政学 もこの新思想の影響を受け、従来の特権租税経済に対する反対論が台頭し、租税原則とし て「人民たるものは、身分階級の別なく納税すべし」という普遍性の原則と、「人民は、納 税についても平等たるべし」という平等性の原則、という2原則が樹立されたのである23。
また、所得を給付能力とみる19世紀の中頃までの能力主義者には、最初、所得を総所得 の意に解し、最小生活費の控除という考えはなかった。これは公正課税の要求たる普遍性 の原則に抵触すると解されたからである。しかし、最小生活費に給付能力が無いことが明 瞭となり、総所得より最小生活費を控除した残高(所得控除後の残高)、すなわち自由所得 を給付能力とする説が一般化したとき、公正課税の大原則の一つたる普遍性の原則に修正 を加えることが通説となった24。しかしながら、公正課税の他の要求たる平等性の原則は、
所得という給付能力に比例すること、または平等課税ということが、疑うことのできない 命題とされていた。所得比例課税論を採るものはいうに及ばず、所得累進税を採用する(大 多数の)学者も、これと平等性の原則とを調和せしめるために、所得累進税を給付能力に 比例する課税といい、平等性実施の手段として所得累進税を唱えた。これらはいずれも平 等性の原則を不可侵の鉄則として固守するものである25。
なぜこのような修正が起きたかといえば、19 世紀後半の普遍主義の台頭や社会政策思想
19 同上、272頁参照。
20 中里 実「フランスにおける租税法律主義の原則」(『公法の基本問題(田上穣治先生喜寿記念)』(有斐 閣、1984)428頁。
21 「公の武力の維持及び行政の支出のために共同の租税が不可欠である。共同の租税は全ての市民の間で その能力に応じて、平等に分担されなければならない。」この規定からは、租税の平等は、応能負担が前提 となっていることがうかがえる(初宿正典・辻村みよ子『新解説世界憲法集[第2版]』270頁参照)。
22 「全ての市民は、自ら、又はその代表者によって、公の租税の必要性を確認し、それを自由に承認し、
その使途を追跡し、かつその数額、基礎、取立て、および期間を決定する権利を持つ。」この規定からは、
市民(国民)が負担した租税の課税物件、およびその徴収方法、さらにはその使途を市民(もしくはその 代表者)の権利として保障していることがうかがえる(同上、270頁参照)。つまり、課税権者と徴収され る者との関係が国民の代表者と国民という、いわば同等な立場で構成されているということができよう。
このように、特権階級とそうでないものとの差別を徹底的に無くそうとする意思がこの宣言には感じられ る。
23 井藤、前掲注11、272-273頁参照。なお、普遍性の原則はそれぞれ水平的公平、平等性の原則は垂直的 公平に連なるものである。
24 井藤、前掲注11、334-336頁参照(括弧内筆者)。
25 同上、336頁参照。