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第 8 章 所得税法 56 条の新解釈 ― 2 要件独立説の見地から ―

第 1 節 所得税法 56 条の沿革

(1)シャウプ勧告を前身とする所得税法56条

所得税法56条は、シャウプ勧告を受けて昭和25年の税制改正において創設された規 定である。戦前及び戦後しばらく採用されていた消費単位課税主義での所得合算課税4の 廃止に伴い、シャウプ勧告はその当時の我が国の多くの個人事業の実態が、事業主が家 族全体の協力を享受し、家族個々人の財産を共同管理・使用することによってその事業 を遂行していたこと、またその事業に従事した個人へその労務や役務提供への対価とし て支払う慣習が一般的に存在しないことを鑑み、個人単位課税施行において個々人を主 眼に置いた課税の公平を実現し、「要領のよい納税者」の抜け道を封じるために「①納 税者と同居する配偶者および未成年者の資産所得は、納税者の申告書に記載させ合算し て課税する、②納税者の経営する事業に雇用されている配偶者および未成年者の所得は、

1 所得税法56条の規定のうち、「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族」を「生計要件」とし ている。

2 所得税法56条の規定のうち、「事業に従事したことその他の事由」を、「事業要件」としている。

3 田中教授は、「生計要件については、大別して二つの考え方があるように思われる。もっとも、これ らは必ずしも対立する関係にあったり、いずれかを選択すべき関係にあったりするものではなく、生 計要件の持つ二つの性格のいずれかに力点を置いた見方というべきであろう。その一つは、消費生活 における、居住者と他の親族との共同関係とする考え方である。…もう一つ別の考え方は、消費生活 において、居住者にその親族が依存または従属しているかどうか(依存関係。より正確には、消費生 活における『支配従属関係』…)という視点を重視するものである。」(田中 治「親族が事業から受 ける対価」『税務事例研究』77巻、32-33頁。)と述べており、生計要件を、消費生活における共同関 係と、消費生活における「支配従属関係」との二つに分ける学説を示されている。筆者は、特に後者 の、消費生活の「支配従属関係」と関連して、事業要件を「支配従属関係」に近い概念である、

「arm’s-length rule」により、二つに分ける説を展開する。

4 田中 治「所得課税の原則と制度改革の視点」『税理』4712号、16頁。

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納税者の所得に合算する」5を内容とする勧告を行った。上記シャウプ勧告を受けて、昭 和25年の税制改正で戦後所得税法は、原則世帯単位課税から個人単位課税に移行した。

しかし、納税者の経営する事業から納税者と生計を一にする配偶者その他の親族に支 払われた所得については、納税者の所得とする「みなす事業所得」の規定(旧所得税法第

11条の2)が設けられたことによって、シャウプ勧告のとおりに6、上記②を個人単位課

税の例外規定とすることになった。なお、昭和 27 年の改正で、本条の整備が行われ、

納税者と生計を一にする配偶者その他の親族が当該納税義務者の経営する事業から所得 を受ける場合においては、当該親族の当該所得の収入金額に相当する金額は、当該納税 者の事業所得の金額の計算上これを必要経費に算入されないこととされた。一方、当該 親族の当該所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、当該納税義務者の事業所 得の金額の計算上必要経費に算入するものとされた。この場合において、当該親族の所 得の金額の計算については、当該事業から受けた所得の収入金額及び当該所得の金額の 計算上必要経費に算入すべき金額は、いずれもないものとみなすこととされた。

また、同年の改正において、個人事業者に対する青色申告制度の普及を奨励する見地 から、青色申告者について、当該事業に専従する親族に支払う給与の必要経費算入(控除 額限度方式)を認める専従者控除制度が創設され、本条に第2項として追加されている。

昭和 32 年の改正では、納税者と生計を一にする親族が、当該納税者の経営する事業か ら受ける所得の範囲に不動産所得と山林所得が追加された。昭和 36 年の改正では、青 色申告者とのバランスから白色申告者に対しても一定の控除を認める白色専従者控除制 度が設けられ、本条に第 3 項として追加されている。昭和 40 年には所得税法の全文改 正が行われ、本条から専従者控除制度の規定が分離され、本条は第 56 条、専従者挫除 の規定は第57条として置き換えられた。そして昭和42年の改正において青色事業専従 者給与の限度額が分離され、現在に至っている7

上記の立法の経緯からみれば、所得税法 56 条の立法を促したのは、その当時のわが 国の個人事業は、基本的に事業主(戸主)の支配的影響力のもとにあり、個々の家族によ る労務提供、財産の提供などは対価を支払う関係が存在しないか、あるいは対価を支払 う事実があっても、その対価の支払が恣意的な所得分散のために行われるという認識が 根幹にあったということができる。もっとも、親族間で対価を支払う場合、「心付け」

として、他の取引と比較して多額な給与を渡すということは往々にしてあったとしても、

対価の支払が恣意的な所得分散のために行われる状況は、仮装の取引でしかありえない であろう。

5 シャウプ使節団『日本税制報告書』第1巻(General Headquarters, Supreme Commander for the Allied Powers、1949)53-54頁。

6 上記①は、資産合算制度として、昭和25年の税制改正により整備されたが、早くも昭和26年の税 制改正により廃止されている。その後昭和32年にて復活し、法整備されたが、昭和63年に廃止とな った。

7 武田昌輔「DHCコンメンタール所得税法」(第一法規、加除式)4191頁。

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田中教授は、上記のような認識について、「事業主による事業の支配と対価の決定に おいて、従として働く家族の自立性の欠如を前提にするものといってよい。所得税法56 条は、事業主が自らの所得を分散する目的で生計を一にする親族への支払対価を、支払 いの事実がないにもかかわらず支払ったことにする、もしくは、著しく多い金額を支払 うことによって必要経費の額を水増しするような、個人単位課税であればこそ起こりう る親族間の仮装の取引を取り除くことによって、公正な事業所得を算定するための規定 であるといえよう。」8と述べている。

よって、少なくとも所得税法 56 条の立法の当初は、戦後「家」制度が民法上廃止さ れたとはいえ、我が国の個人事業はなおも事業主(戸主)による事実上の支配関係を残し つつ、世帯ぐるみで合理的な対価関係によることなく、相互扶助という社会的な観念の 元に営まれていたという、社会的な現実を直視していたものと見てよいであろう。

事業の実態が上記のようなものである限りにおいては、事業主の家族への支払対価を 認めないという取扱いは正当である。しかし、問題は、このような社会的基盤が失われ た場合、つまり、事業主と他の親族間において事業上の支配従属関係が見出せない、い わゆる互いに独立した事業を営む場合、あるいは、もともと事業主に帰属すべき事業所 得を、事業主が恣意的に家族間に分割する余地がおよそありえない場合にまで、なおも 形式的に所得税法56条の適用を強制すべきか否かである。所得税法56条の規定を過度 に形式的に運用することの問題は、すでに昭和27年において、所得税法56条を制約す る形で、現行の所得税法57条9にあたる青色専従者給与の制度が創設されたことから見 ても明らかである。

(2)所得税法56条と同法57条との関連性

専従者給与制度の創設は、親族が事業主に対して現に労務を提供し、それに対して事 業主が適正な給与を支払い、あるいは当該親族がこれを受け取るという経済実態そのも のを、単に親族であるという理由のみで排除することは課税計算の合理性から認められ ない、という理解が強まったことによるものと思われる10。また、当該立法は、戦後の 民主化の一環として、家族間における個人の自立、尊重を謳いつつ、課税関係において

8 田中 治「税法の解釈における規定の趣旨目的の意義」『税法学 第100回大会記念号―租税法律主 義の現在と課題―』、217頁。

9 (事業に専従する親族がある場合の必要経費の特例等)第57

青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者と生計を一にする配偶者その 他の親族(年齢15歳未満である者を除く。)で専らその居住者の営む前条に規定する事業に従事する もの(以下この条において「青色事業専従者」という。)が当該事業から次項の書類に記載されている 方法に従いその記載されている金額の範囲内において給与の支払を受けた場合には、前条の規定にか かわらず、その給与の金額でその労務に従事した期間、労務の性質及びその提供の程度、その事業の 種類及び規模、その事業と同種の事業でその規模が類似するものが支給する給与の状況その他の政令 で定める状況に照らしその労務の対価として相当であると認められるものは、その居住者のその給与 の支給に係る年分の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上 必要経費に算入し、かつ、当該青色事業専従者の当該年分の給与所得に係る収入金額とする。

10 田中、前掲注8、217-218頁。