第7章 わが国における必要経費計上要件への検討
第 1 節 現行所得税法における必要経費の意義
(1)必要経費規定への検討
繰り返しになるが、現行所得税法における必要経費の通則的規定は、所得税法37条4にあ る。その第 1 項において、条文を見る限り、必要経費は、売上原価のように収入に直接対 応する個別対応の費用と、販売費、一般管理費のように、収入との直接的関連はないが、
期間的に関連しているとしてその歴年の費用とする、一般対応あるいは期間対応の費用の2 種類がある。
前者の個別対応となる売上原価等については、「当該収入金額を得るため直接に要した費 用の額」と定められている。これについて、明治32年所得税法の必要経費規定である「収 入ヲ得ルニ必要ナル経費ニ限ル」との差異は、「直接に」という文言以外には見受けられな いが、このことから、「直接に」という文言には、現行法にはあって、明治 32 年所得税法 にはなかったものとの区別を言外に含んでいると解される。それは、前節の沿革を振り返 って考えると、家事関連費に含まれる内での業務に関連するとされる必要経費と、収益に 直接因果関係のない費用として整理することができ、その意味で、この区別を包括的所得 概念の採用による影響と位置付けることができる。
3 Samuel A. Donaldson, “Federal Income Taxation of Individuals” (West,a,Thomson business,20 05). p.202
4 第三十七条(必要経費)
その年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は雑所得の金額(事業所得の金額及び雑所得の金額の うち山林の伐採又は譲渡に係るもの並びに雑所得の金額のうち第三十五条第三項(公的年金等の定義)に 規定する公的年金等に係るものを除く。)の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるもの を除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の 額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却 費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。
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他方で、後者の費用である、一般対応あるいは期間対応の費用は、「直接に」収入との直 接関連性を外された費用ではあるが、しかし、収入との一般的、あるいは期間的な対応が あるとして計上を許されるものである以上、収入との対応が第一義になければならない。
したがって、所得税法 37 条の条文において、販売費、一般管理費について、「その他これ らの所得を生ずべき業務について生じた費用」と定めているのは、企業会計からの要請を 考慮した結果と考えられる。また、販売費、一般管理費とは、それぞれ会計上の勘定科目 としては営業費用の例示となる。そして、販売費は販売に伴って生じた全ての経費を、一 般管理費は、全体的に企業の一般的な監視監督に伴って生ずる費用全般をそれぞれ指すも のということができる5。
つまり、一般対応あるいは期間対応の費用については、企業会計原則における費用収益 対応の原則に基づいて計上されるものであり、また、それが期間税である所得税と結びつ くことで、適正な期間損益計算の下、公正な期間課税所得の計算を行うことを担保するも のであるということができよう。
しかし、販売費、一般管理費を期間対応費用の例示とすると、厳密には、損金の中には 営業外費用や特別損失に分類されるものがあるという反論もあるのであろうが、それにつ いては、益金の中にも営業外収益、特別利益に分類されるものがあり、したがって、暦年 という期間の中で発生した収益および費用における企業会計上の個別の分類には、それ自 体意味が無いという反論をすることができよう。逆に、この反論から、公正な期間課税所 得の計算上で重要になるのは、暦年という期間の内外における厳密な区分と、発生した費 用の法的計上根拠(収益についても同様)ということが鮮明になるのである。
また、所得税法 37 条の条文の中で他に着目すべき文言は、「別段の定めがあるものを除 き」の部分と、債務確定基準を定めたものとされる「(償却費以外の費用でその年において 債務の確定しないものを除く。)」の部分である。
ここで、「別段の定めがあるものを除き」とわざわざ定めてあることについては、換言す れば、所得税法37条が原則であって他の別段の定めは例外ということはいうまでもないが、
さらにいえば、別段の定めに挙がっていない経費はすべて必要経費となるということもで きよう。そして、「債務の確定しないものを除く」ことから、租税法律主義の観点からは、
債務が確定している支出6は必要経費となり得ることも読み取れる。
もっとも、必要経費とは前章でも述べたとおり、費用収益対応の原則7という企業会計に 依拠した費用であるから、発生主義によって認識する企業会計の費用との差異として、「債
5 武田昌輔『DHC所得税務釈義』(第一法規、加除式)1803頁。
6 所得税基本通達37-2では、債務が確定しているか否かの判定として、債務の成立、原因事実の発生、合 理的算定可能の三条件を挙げている(大島隆夫・西野襄一『所得税法の考え方・読み方〔第2版〕』(税務 経理協会、1988)331頁)。
7 この点、金子教授は、「所法36条1項が広義の発生主義のうち権利確定主義を採用している(金子 宏『
租税法〔第20版〕』(弘文堂、2015)279頁)」と述べ、また、別頁で「継続的事業の所得を正確に算出 するためには、必要経費は、それが生み出すことに役立った収入と対応させ、その収入から控除しなけれ ばならない。これを費用収益対応の原則という(同上、284頁)」と述べている。
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務の確定しないものを除く」ことで、租税法における発生主義の範囲を限定していると解 することもできよう。
このように、所得税法における必要経費は、企業会計に依拠しながらも、費用の認識を 企業会計のそれより狭めることで、納税原資である現金を納税者に担保させるように努め ているのである。つまり、確実な課税と徴収の双方の実現を考慮して、総収入からの控除 項目である必要経費を、企業会計のそれより厳格に定めているのである。
したがって、必要経費の検討は、納税者側と課税庁側の双方から考慮されなければなら ない非常に慎重を極めるべき課題であり、同時に、納税者と課税庁において常に争点とな り得るものでもある。特に個人事業者や同族会社において、どこまでを必要経費にできる かという境界線は明確なものであるとはいえず、個人の裁量やモラルに依存することもし ばしばであり、この点で租税法律主義との対立がみられることになる。
(2)必要経費への計上要件
必要経費への計上要件として主に取り上げられるものとして、本章の「はじめに」でも 述べたとおり、①通常性、②必要性、③事業関連性の3点がある8が、所得税法の理念を考 慮すれば、①の通常性要件は、すでに所得税法の理念に含まれているといってよいと思わ れる。
なぜならば、昭和38年答申において、権利確定主義の及ぶ総体対応ではなく、個別対応 とされた一時所得を例に挙げて、何故に個別対応にされたかを検討すればよいと考えられ るからである。具体的には、一時所得の課税標準となる純所得の計算において、「総収入金 額-収入を得るために支出した金額-特別控除額」という算式と、他の所得の課税所得計 算式と比較した場合、「収入を得るために支出した金額」の部分が元来必要経費とされる部 分であるが、何故に他の事業所得等と同じく必要経費としなかったのかを考えればよい。
一時所得とは、昭和38年答申のいうように、一時的・偶発的要因の下に生まれる所得であ ることを特色とするものであるから、その所得に通常性9はないと解される。したがって、
あえて必要経費とせず、「収入を得るために支出した金額」とし、通常性要件を外したと考 えられるのであり、またこのことから、総体対応に含まれる必要経費には通常性要件は既 に含まれていると解される。
しかしながら、わが国の所得税法において、その理念の中に通常性要件が含まれている からといって、明文において規定されているわけではない。それ故、租税法律主義の観点
8 金子、前掲注7、283頁参照。
9 この場合の「通常」とは、経常という意味である。「通常」性による判定は、対義語としての「異常」
や「異例」を判定する場合であるとか、金額の相当性を判定する場合(渡辺 充「青色事業専従者の慰安 旅行費用と必要経費」北海道税務事例研究会編『判例戦略実務必携〈所得税編〉』(東林出版社、1997)
236頁)はもとより、継続・反復性というような多様な解釈を可能にするものであり、その点において不確 定概念として存在するといえる。次の②必要性要件にみるように、わが国の判例においては、特に必要性 を客観的に判定する尺度として「通常」という表現が用いられることが多い(碓井光明「必要経費の意義 と範囲」『日税研論集』Vol.31、34頁)。