第7章 わが国における必要経費計上要件への検討
第 4 節 法人税法との比較-支払給与を中心として-
(1)所得税法における給与とその例外
所得税法も法人税法も、必要経費(損金)をまずは定義し、その後に別段の定めとして、
必要経費(損金)にならないものを個別に例外として規定するという形式を採っている。
また、その例外規定については、所得税法と法人税法の間で納税主体を勘案した差異が生 まれているように見受けられる。所得税法であれば主に生計を一にする親族間取引につい ての規定や家事消費との区別についての規定がそうであろうし、他方で法人税であれば、
一般に公正妥当な会計処理の基準との妥当性比較から導かれる別段の定めがある。これら の差異は納税主体を勘案した結果生まれた大きな差異であると思われる。
しかしながら、法人税法の中でも多くを占めるのはやはり、関係会社間の取引における ものや、同族会社等の親族間の取引による別段の定めである。つまり、ここで独立当事者 間原則である、arm’s length の考えを用いるならば、腕の届く範囲内の取引においては、
80 東京地裁平成25年10月17日判決(平成24年(行ウ)第638号)LEX/DB【文献番号】25515313。
81 最高裁平成27年3月10日判決(平成26年(あ)第948号)LEX/DB【文献番号】25447123。
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独立の第三者との取引に照らし、合理的でなければ必要経費に算入しない、もしくは、腕 の届く範囲内となるだけで必要経費に算入しないという扱いを、所得税、法人税ともに受 けることになっている。したがって、所得税法も、法人税法も、まずは独立の第三者との 取引を原則として、課税所得計算を行っていると解されよう。
こうした背景を踏まえて、以下では、所得税法と法人税法の共通の必要経費である支払 給与について検討していくことにする。
所得税法37条における給与は、課税年度中(暦年)に従業員等に支払う賃金または賃金 支払債務であり、かつ、「(所得税法37条1項に規定する事業所得における必要経費に該当 するためには)、当該事業について生じた費用であること、すなわち業務との関連性がなけ ればならないとともに、業務の遂行上必要であることを要し、更にその必要性の判断にお いても、単に事業主の主観的判断のみによるのではなく、客観的に必要経費として認識で きるものでなければならないと解すべきである(括弧内筆者)」82ことが要件とされる。
ここで、客観的という用語が、所得税の個人という法的主体の主観を排除する目的で使 われていることが理解されるものであるし、またそうすることで、支払給与の相当性(信 用)を担保している。このことは、前節で述べたとおりである。したがって、所得税法37 条における支払給与は、①事業関連性、②客観性83でもって必要経費に相当するか否かとい う判断がなされているのである。
また、所得税法37条の別段の定めである所得税法56条について軽く検討を行う。なお、
この詳しい検討については、別章を設けているのでそちらを参照していただきたい。この 所得税法 56 条については、「金額の相当性を一般的に要求しないとしても、親族間におい て支払われる対価について、業務上必要であるという理由で、そのまま必要経費と認める ことは所得の恣意的な移転を肯定することになってしまう」84という意見があるが、しかし、
このような意見からは、逆に金額の相当性こそが所得税56条の適用範囲から外れる手がか りとなることを強調しておきたい。
所得税法 56 条とは、「生計を一にする」配偶者その他の親族が事業から受ける対価を必 要経費に算入せず、また、当該配偶者その他の親族の収入にも算入しないという規定であ り、実際には、事業主たる納税者からみた「生計を一にする」配偶者その他の親族を、そ の事業主の納税主体の中に組み入れ、世帯単位課税としているものである。当該規定の目 的は、同一生計内という、親族間での客観性のない取引における所得分割による租税回避 行為の防止であるが、事業主と同一生計とみなされる個人は、実際の労働の対価を報酬と して受けられず、実質無収入とされて扶養控除を受けるのみとなるという問題を抱えてい た。また他方で、個人事業と同一事業であっても法人成りさえしていれば、役員報酬とし て給与収入を受けられるという、法的主体間の不公平が存在していた。
82 山口地裁平成7年6月27日判決(平成5年(行ウ)第1号)LEX/DB【文献番号】28020330。
83 ここでいう客観性とは、正規の簿記の原則に従った原始記録の保存であると思われる。また、以下の本 節で用いられる客観性において同義である。
84 碓井光明「必要経費の意義と範囲」『日税研論集』Vol.31、36頁。
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そこで、所得税法 56条の例外規定として、新たに所得税法57条が制定され、所轄税務 署長への届出が必要という事前承認を要件として、①事業関連性、②客観性、③(同業者 と比較した)支払賃金の相当性85、の3つの要件を兼ね備えれば、たとえ「生計を一にする」
親族間での給与の支払いでも、その必要経費性を認めることとなった。またここで、所得 税法37条と比較して③の要件が付加されていることは、注目すべき点である86。
しかしながら、この規定はあくまでも納税者たる事業主に従事して働く親族に適用され ることを前提としているために、親族間における独立した事業同士での報酬の受け渡しま では勘案されていなかった。そのため、近年の妻弁護士事件87、妻税理士事件88をはじめと して、親族間での必要経費計上において、多大な禍根を残すことになっているのである。
(2)法人税法における給与とその例外
一方、法人税法22条3項は、損金の額を1号から3号で以下のように規定している。
① 収益にかかる売上原価、完成工事原価その他これらに順ずる原価。
② 販売費、一般管理費その他の費用。
③ 損失の額で、「資本等取引」以外のもの。
法人が支払う給与については、原則として 2 号の「販売費、一般管理費その他の費用」
に該当することになる。そして2号の規定は、「債務確定主義」が採用されることから、一 般に次の要件を満たすことが求められている89。
① 当該費用に係る債務が成立していること。
② 当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。
③ その金額を合理的に算定することができるものであること。
しかしながら、同 22 条では、「別段の定めがあるものを除き」としていることから、支 払った給与は、原則として損金に算入され、別段の定めがあるものについてのみ損金経理 されることになると解される。
そして、給与における別段の定めとして、法人税法 34 条で「役員給与の損金不算入」、 同法36条では「過大な(特殊な関係にある)使用人給与の損金不算入」の規定が設けられ ている。このような役員や特殊関係使用人90の支払給与については、納税者の恣意性の介入 によって納税者の税負担の軽減が行われることが想定されるから、「不相当に高額な部分」
85 この相当性の判断は、arm’s length によって行われていると解しても良いであろう。つまり、独立の 第三者に照らして相当な給与の支払いであれば、必要経費として認められることになるのである。
86 所得税法37条および、先に挙げた必要経費の計上要件においても明文上の「相当な額」を用いての相当 性の判断は用いられてはいない。この「相当な額」は、主に別段の定めにおいて用いられており、(事業 上の)独立の第三者との比較のみで判断され、また、その第三者を何にするかという、納税者と課税庁の 双方の恣意性が働くという点において「不確定概念」となるものではあるが、一方で「arm’s length」の 根幹をなすものであるという点は興味深いものである。
87 最高裁平成16年11月2日判決(平成16年(行ツ)第23号)LEX/DB【文献番号】28092814。
88 最高裁平成17年7月5日判決(平成16年(行ツ)第248号)LEX/DB【文献番号】25420213。
89 法人税法基本通達2-2-12参照。
90 特殊関係使用人の範囲については、法人税法基本通達9-2-41で「生計を一にする」を準用することにな っている。
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の金額として政令で定める金額について、「別段の定め」が設けられている。
しかし、これを逆に考えると、役員給与も特殊関係使用人に対する給与も「相当」であ れば損金算入が認められるということができる。この相当性の判断は、「不相当に高額な部 分」として政令が定めることとなっているが、多分にarm’s lengthの考え方を用いている ものである。したがって、所得税法57条とほぼ同様に(事前届出の必要の有無の違いはあ るが)、①事業関連性、②客観性、③(同業者と比較した)支払給与の相当性でもって判断 され、不相当な部分は損金と認められないこととなるのである。
(3)小括
所得税法と法人税法の給与については、別段の定めを含めて、納税者からみた arm’s
length の範囲にあるか否かによって必要経費(損金)算入、不算入が決定されることにな
るといえよう。もちろん、事業関連性や、原始記録等による客観性も重要な要件ではある が、納税者から見て独立の第三者であれば、事業関連性と客観性は、給与の支払いにつき 当然に具備されていなければならない要件であるから、検討の埒外においてよいと思われ る。つまり、支払給与の必要経費(損金)性は、納税者からみたarm’s lengthの範囲にあ るか否かの判断に集約されていると解することができるのである。そして、これは、アメ リカ判例法における、支払報酬における合理性の基準(tests of reasonableness)とも結び つくものであり、総合すると、少なくとも給与の支払については、合理性と相当性とarm’s
lengthの判定は同義といえるのである。
おわりに
現行の必要経費の判定要素に含まれる「通常」性要件がわが国の必要経費規定の明文に 含まれていないことに対する理由として考えられるのは、「通常」性を必要性要件の中に含 めた上で、必要経費の客観性を担保するために用いているに過ぎないからということであ り、また、そうすることで、わが国の所得税法が通常性を明文にて規定していないことと 辻褄を合わせるためであると考えられる。
また、個人ではその事業における収入で消費生活を営む以上、その家事消費も念頭に置 くことになるため、必要経費として一概に定めることができず、必要経費が混在する家事 関連費が個人の場合には存在するという違いがあるが、家事関連費は、それを定める所得 税法45条とその政令および通達までを見ても判然とするものではなく、すべて納税者側の 尺度でその費用計上が行われ、課税庁側は、その計上された費用の合理性を原始記録等の 取引記録からの客観性で判断することになっているようである。
そして、原則として必要経費とならない家事関連費が例外的に必要経費となる場合とは、
各種所得を生ずべき業務の遂行上必要(事業関連性)であって、かつ、その必要となる部 分が明らかである場合と、青色申告者において、取引等の記録に基づいた(客観性を備え た)事業関連性がある場合の 2 つの場合のみである。これらをさらに整理すると、家事関