第 4 章 課税単位と人的控除
第 1 節 基礎的人的控除とその機能 ―配偶者控除を中心として―
前章において、所得控除の機能を、性質からの分類と「生計を一にする」規定から確認 したが、本章では、それを踏まえて基礎的人的控除の機能について、主に配偶者控除を中 心として確認していきたい。したがって、個人だけでなく、課税単位の点からも検討を行 ったほうがよいとも思われる6ため、本節では、まず、夫婦を基礎とした消費単位に着目し て、基礎的人的控除の中でも配偶者控除について、その位置付けおよび機能を中心に考察 し、課税単位の具体的な検討は、後の節において行うことにする。
(1)基礎的の意味と配偶者控除の位置づけ
人的控除に基礎的という接頭語を付けるのは、逆言すれば、人的控除に基礎的でないも のが含まれるということを示すことでもある。前述したように、基礎的でない人的控除と しては、寡婦(夫)控除、障害者控除、勤労学生控除が挙げられる。これらは、納税者個 人の生活を考慮した人的控除というよりも、特に社会的弱者の保護等という社会政策的見 地から措置されるものであって、社会政策目的控除といえる7。
一方で、基礎的な人的控除として、基礎控除と扶養控除とが挙げられる。これらはどち らも世帯を顧みた上で........
最小生活費には課税しないという課税制約から導かれるものである。
この点、配偶者控除が①基礎的人的控除に含まれるとするのか、それとも昨今の配偶者控 除廃止論にみる、配偶者控除を特定の政策目的控除として捉える考え方、つまり配偶者控 除が②基礎的でない社会政策目的控除に含まれるとするのかが問題となる。
まず、配偶者控除を①基礎的人的控除として考えた場合、「所得のうち本人およびその家 族の最低限度の生活を維持するために必要な部分は担税力をもたない」とする論理から、
納税者からみた世帯の構成員である配偶者に与えられた控除は、他の世帯構成員に与えら れる扶養控除と同様に、基礎的人的控除と考えるのが無理のない理解であろう。家族の一 構成員として与えられる控除は、「最小生活費には課税しない」という文言どおりに、家計 第1号、33頁)。
6 水野忠恒教授は、この点について「(前略)、人的控除は、家族構成における租税負担を配慮する役割を もつため、課税単位とも密接に関係する」と述べている(水野忠恒、前掲注11、81頁)。
7 中里実教授は、この点について「一定の支出の存在を前提としてそれに対する控除を認めるというもの では必ずしもなく、納税者の一定の人的特性に基づいて政策的に控除を認めるというもの」として、課税 理論の観点からではなく、あくまでも福祉政策等の観点から議論すべき問題としている(中里 実「所得 控除制度の経済学的意義」『日税研論集』52号、120-121頁参照)。つまり、障害者控除については一定の 追加的支出が前提となる場合があるが、寡婦(夫)控除や勤労学生控除についてそれは前提とはならない という考え方である。
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消費を勘案し、それを担税力の減殺要因と考えるのみであって、性差については特に言及 の必要はない。この点について、三木義一教授は次のように述べている。
「ジェンダー研究者による配偶者控除の廃止論が従来から主張されているが、その主張 の多くは配偶者控除を『働かないということを税制上優遇する制度』とか、『専業主婦の夫 を優遇するにすぎない制度』と理解し、その廃止を求めている。しかし、このような理解 は配偶者控除の正しい理解とはいえないのである。憲法は第25条で『健康で文化的な最低 限度の生活』を保障し、所得のある者には最低生活費を控除することを命じている。これ が前述の基礎控除である。(中略)。ところで、家事労働が所得を生み出さないということ 自体が実は問題であるが、専業主婦には家事労働からの所得はないとされ、そして現行の 夫婦別産制により夫の給与等に対する持ち分もない。つまり専業主婦は無所得者であり、
基礎控除という制度を利用できない。しかも、国家は専業主婦に社会給付をするわけでは ない。そうすると、この人たちの最低生活費はどこが負担しているのだろうか。いうまで もなく、夫のものとされている、夫名義の所得からである。そこで、夫の所得から所得の ない配偶者の最低生活分を控除するのが配偶者控除なのである。つまり、OLが自分の最低 生活費を基礎控除として引いているのと同様に、専業主婦も自分の最低生活費を(夫の所 得から)引いているだけのとこである。これが配偶者控除の本来の性格である。優遇でも 何でもなく、所得のない者にも基礎控除分の最低生活費を課税上除く工夫がされているだ けの話である。」8
つまり、わが国所得税法の下での基礎控除は、所得のある者のみが受けられることにな るが、所得のない世帯構成員はそれを受けることができないという点を、扶養者たる納税 者の基礎的人的控除に付け替えることで、各人の基礎控除相当分として考えるのである。
そしてこれは、前章でも述べた一人が重複して同じ控除を受けられないという考え方でも あり、個人単位課税に即した考え方とも整合する。
他方で、配偶者控除を②基礎的でない社会政策目的控除として考えた場合、例えば婚姻 の奨励という政策目的9が顕現された控除として捉えることができるため、特に性差の問題 として取り扱われやすいと考えられ、また、事実としてそう扱われてきた10。
しかしながら、日本国憲法は両性の本質的平等を定めており、それに基づく租税法規の 中では、性差の問題が現れるのは憲法違反であると捉えることができるが、配偶者控除を 定める所得税法83 条だけでなく、制度化に係わった昭和38年の税制調査会の検討等をみ ても、配偶者控除には特段性差の規定は設けられておらず、このことから、一方の性から
8 三木義一『日本の税金』(岩波新書、2003)33-35頁。
9 わが国の戦前の税制についての資料ではあるが、1941(昭和16)年1月22日に閣議決定された「人口 政策確立要綱」では、「第四、人口増加ノ方策」において、「(ト)扶養家族多キ者ノ負担ヲ軽減スルト共ニ 独身者ノ負担ヲ加重スル等租税政策ニ就キ人口政策トノ関係ヲ考慮スルコト」として、人口政策として婚 姻の奨励を税制上加味することがあった(石川準吉『国家総動員史』資料編第4(国家総動員史刊行会、
1976)1102-1103頁)。このような背景も踏まえて、配偶者控除を婚姻奨励目的の政策として捉えれば、性
差の問題として浮上してくると考えられる。
10 これもジェンダーからみた配偶者控除廃止論が採用される論理の一パターンである(全国婦人税理士連 盟『配偶者控除なんかいらない!?』(日本評論社、1994)10-27頁、171-173頁、176-190頁参照)。
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みた婚姻の奨励目的とはいいがたい。性差で憲法違反が問われるべきはむしろ寡婦(夫)
控除のほうであろう。もっとも社会政策として生活保護までを含めて考えた場合、母子加 算も含めて検討すべき課題となることは間違いのないところであろう。この点、「税と社会 保障の一体改革」は合理性をもつのであり、特に子どもを育てながら家計を維持するため に働く母親への配慮を政策的に行う必要があるのはいうまでもない。
以上から、配偶者控除は基礎的人的控除として捉えるほうが無理のない理解、というよ りもむしろ、憲法が定める両性の本質的平等という観点から合理的な理解となろう。
(2)「内助の功」の評価と配偶者控除
昭和36年税制調査会報告における配偶者控除創設時の議論で考慮されたように、専業主 婦による家事労働が「内助の功」と表現され、それを為すことによる帰属所得として、金 額に換算できない絶対的な所得があるのは事実である。だが、「内助の功」であったはずの 家事が、専業主婦の帰属所得を算出するという趣旨から、絶対的にではなく、相対的に第 三者に委託した場合の時間給等で貨幣価値に換算され、「家事の値段」が評価されることが ある。しかし、それぞれの家庭内の事情により家事の内容も異なることが容易に想像でき るため、相対的に貨幣価値に換算するねらいがどこにあるのかは不明である。したがって、
その「家事の値段」をもって配偶者控除の存否や控除額の増減を語るのは、逆に「内助の 功」であったはずの家事を、不当に貶める役割を果たすのではないかとも邪推し得る。
そもそも、貨幣というのは「交換の基準」であり、貨幣を介して交換されるものの価値 は等価であるとして構成される。家計を維持するためには外的な人的資本もしくは物的資 本と貨幣との交換が行なわれるが、配偶者が家事労働を行う場合は、人的資本と交換され る貨幣自体が家庭内部に存在してしまうので、交換する意味がないことになる。
このことは、世帯構成員を一つの共同体として捉えた場合にもあてはまり、結局この問 題は、「生計を一にする」中での所得分配として帰結する。つまり、所得税法 56 条の問題 とも密接な関係を持つことになる11。また、経済的な面からいえば、世帯構成員内での所得 移転や労働の提供に対する対価の支払いが貨幣で行われることは、同一の消費経済共同体 内での貨幣の移動に過ぎないので、家事に対する賃金の不払いは当然であると考えられる。
しかし、上記は「内助の功」を否定するものではない。貨幣的な価値のみで家事労働を 評価しようとせず、家族という生活単位を考えれば、貨幣の代わりに「愛情」が対価であ ってもそれは何ら不思議なことではなく、家事労働を「内助の功」と捉える考え方からは その方が自然であるように思われる。そして、「内助の功」とされる家事労働を、貨幣を得 るために行われるものではなく、むしろ家庭内に資本を蓄積するための労働と捉えれば、
家庭内の資本蓄積とは、具体的には将来の家庭生活を豊かにするための投資(子供の教育 費もこれに含まれるであろう)、つまり、消費活動における投資となるであろう。ここに、
11 拙稿「所得税法56条の適用範囲―租税法と家族法の接点を中心として―」(熊本学園大学、2010)第3 章39-41頁参照。