第7章 わが国における必要経費計上要件への検討
第 3 節 必要経費の不算入規定としての家事費と家事関連費
(1)家事費と家事関連費を定める条文への検討
必要経費の計上要件についてこれまで検討してきたが、それをひとまず置き、次は必要 経費への不算入規定をどう捉えるかについて考察してみたい。わが国における所得税法上 での必要経費不算入は、そのまま家事費となることを意味する。したがって、まずは家事 費を定める所得税法45条について検討を行う。所得税法45条1項1号は、「家事上の経費 及びこれに関連する経費で政令で定めるもの」を事業所得等の必要経費に算入しないこと を定めている。この点、田中教授は、「必要経費から排除される家事関連費の範囲は法の委 任により政令で定められるが、これを具体化する際の基準は示されておらず、委任立法と しては十全なものとはいえない」65と述べておられるが、これに関しては、前記した昭和38 年答申において、「個々の事情に鑑み具体的な規定をあえて置かないこととした」としてい ることを見ても、家事関連費の範囲の測定方法におけるめざましい進歩でもない限り、委 任立法としては不満が残るが、家事費という個別的要素を含む部分に立ち入ろうとする以 上、それはやむを得ないと考える。
また、所得税基本通達はどう考えているかというと、家事関連費の主たる部分が、事業 所得等を生ずべき業務の遂行上必要であるか否かは、「その支出する金額のうち当該業務の 遂行上必要な部分が 50%を超えるかどうかにより判定する」として形式的な基準を置きつ つも、「(必要な部分が)50%以下であっても、その必要である部分を明らかに区分するこ とができる場合には、当該必要である部分に相当する金額を必要経費に算入して差し支え ない(括弧内筆者)」(所得税基本通達45-2)とし、弾力的に運用しているようである。
このように、家事関連費に関する法令および通達の考え方は必ずしも整合的なものでは ない66。家事費、家事関連費は、所得税法 45条により必要経費算入から除外されるが、そ の一方で、委任を受けた政令および、その関連通達では「個々の事情に鑑み」家事関連費 の一部には必要経費の部分を含むものがあるとして、「必要な部分」を必要経費として認め ることになっている(所得税法施行令96-1、同96-2、所得税基本通達45-1、同45-2 参照)。これは、必要経費と家事費との区分を、所得稼得行為との関連性という視点から考 えると区分が難しくなるので、家事費に属する費用を定め、必要経費(所得獲得行為との 関連性)と家事費の両面からこの区分を明らかにすべきであるという考え方67を示したもの であり、昭和25年の法改正を受け継いだものとみることができよう。
65 田中 治「家事関連費の必要経費該当性」『税務事例研究』vol.143、42頁。
66 同上、43頁。
67 山田二郎「必要経費論」金子宏編著『所得税の理論と課題』(税務経理協会、1996)86頁。
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ここで、家事費と必要経費の峻別への検討の具体例として、所得税法上の交際費、寄附 金、旅費交通費の問題を挙げてみたい。所得税法上の交際費や寄附金については、法人税 法のように特別の規定がない(所得控除としての寄附金控除は除く)ことから、個々の支 出毎にその必要経費性を判断する必要がある。しかし、「必要経費」と「家事費」の要素を 分別することは難しく、しかもこれらの支出は一般に家事費的要素が大きいと考えられる ことから、当該費用を「必要経費」とするのは、事業遂行上その支出の必要性が特に強い 場合、あるいは専ら事業遂行上の必要に基づく場合などに限ることが適当であろう68。
この点、交際費の必要経費該当性を争った判例として、弁護士が弁護士会等の役員等の 活動につき支払った費用の必要経費性を争った弁護士交際費事件があるが、その第一審69で は、「ある活動が当該弁護士の所得税法上の『事業』に該当するか否かは、主観によって判 断されるのではなく、当該活動の営利性や有償性の有無、継続性や反復性の有無等を総合 考慮し、社会通念に照らして客観的に判断されるべきものであるというのが相当」とし、
上に挙げた判例を踏襲し、当該交際費の必要経費性を否定したが、続く第二審70では、弁護 士会等の活動は、第一審と同じく「事業所得を生ずべき業務」に該当しないとしながらも、
当該活動が弁護士として行う事業所得を生ずべき業務に密接に関係する.......
ことから、必要経 費に該当すると判示した。
これは、上記した所得税法施行令96 条1号の規定を根拠として、「業務の遂行上必要」
であれば「業務への直接関連性」は不要としているようであるが、業務に密接に関連すれ ば足りるとするのは、個人における交際費において、その使途を拡張することに他ならな い。そして、個人における交際費とは、家事関連費であり、原則的には所得税法45条によ り必要経費への算入が否定されるものである。したがって、家事関連費とは、所得税法の 理念的には、計上を許しがたいが、それでも合理的に家事費と峻別され、客観的に業務と の関連性が認められるもののみが計上を許されるのであって、この点、当該判決において は、その合理性や客観性を家事費との峻別において必要とした法の理念を無視しているよ うに考えられてならない。なお、この事件は、上告審まで争われたが不受理となり、結局、
当該交際費の必要経費性は認められることとなった。
同様に、家事関連費における具体的な必要経費性の判断基準として、事業所得者等の通 勤費・旅費については給与所得者の通勤費・旅費に関する非課税規定を準用するとされて いる71ので、それを見てみることにしたい。給与所得者の通勤費・旅費に関する非課税規定
(所得税法9条1項4・5号)は、その範囲を、納税者において「通常必要」であると認め られる範囲としている。さらに、この非課税規定に該当しない通勤費・単身赴任者の帰宅
68 植松守雄「所得税法における『必要経費』と『家事費』」『一橋論叢』第80巻第5号、599-600頁。
なお、同旨の判例として、神戸地裁昭和35年6月6日判決、『行政裁判例集』11月6日1749頁(寄附金)、
大阪地裁昭和48年8月7日判決、『税務資料』70巻、782頁(交際費)が挙げられている。
69 東京地裁平成23年8月9日判決(平成21年(行ウ)第454号)LEX/DB【文献番号】25472529。
70 東京高裁平成24年9月19日判決(平成23年(行コ)第298号)LEX/DB【文献番号】25482739。
71 山田、前掲注67、86頁。
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旅費として5種類の特定支出72があるが(所得税法57条の2、2項1~5号)、これらにお いても、「通常必要」という文言が使われている(資格や研修に関わるものについては「直 接必要」となっている)。
また、上記に加えて、2012年度改正により新設された特定支出である新聞図書費および 交際費(それぞれ65万円の控除限度が設けられている)がある場合には、その特定支出の 額が給与所得控除額を超えるときには、この超える部分の金額を給与等の収入額から控除 して給与所得の金額を計算することとしている(同条2 項6号)。これについては、「直接 必要」かつ、給与支払者の証明を要件としている。
これらの、「通常必要」、および「直接必要」の用法は、通勤費・旅費に関しては、独立 の第三者から見た場合に、その旅程やその旅費が「通常必要」であるかを問うものであり、
それに加えて、所得税法施行令20条の2に規定する「その者の通勤に係る運賃、時間、距 離等の事情に照らし最も経済的かつ合理的と認められる通常の通勤の経路及び方法による 運賃等の額」という文言からは、経済的かつ合理的であることも要求されている。また、
資格取得費、交際費については、独立の第三者から見た場合に、その個人の職業あるいは 業務に「直接必要」であるかを問うていると考えられ、結局これらは支出の「合理性」の 有無に帰結する。
しかし、この「合理性」は、わが国における必要経費の規定に含まれていないことから、
通則的な判断基準とはなり得ない。例えば作家、評論家等の旅費の「合理性」について検 討してみると、彼らは、その日常の知見と作品や、人格と業務とが深く結びついて切り離 し難いところがあり、具体的な取材目的を持たない旅行経験などもいつの日か作品に表現 される場合があり得るが、この種の旅行費用等は、一般的知識教養を高めるための教育費 が「必要経費」と見られないのと同様に、一般的には「家事費」に属すると見ざるを得な い73。しかし、例えばその旅行の直接の成果として見聞記等が発表されたときは、その旅行 費用は当該収入に対する必要経費としての意味を持ち、その収入の限度で旅行費用等を控 除できると考えられる74。そして、このような「合理性」の判断は、前節で検討した “Welch
v. Helvering”判決における通常性の判断75とも非常に似通っているため、通常性と「合理性」
72 ①通常必要と認められる通勤費、②転任に伴う通常必要な転居費用、③職務の遂行に直接必要な技術又 は知識を習得することを目的として受講する研修(人の資格を取得するためのものを除く)費用、④資格 を取得するための支出で、その支出がその者の職務の遂行に直接必要なもの、⑤単身赴任に伴う、生計を 一にする配偶者その他の親族が居住する場所との間の旅行に通常要する支出の五種類である。
73 植松、前掲注68、600頁。なお、同様の事例として、アメリカの所得税法に “Hill v. Commissioner”
判決がある。この判例は、詳しくは後述するが、必要経費性を「(被用者において)雇用者の命令との関 係を前提にせず、経費性を納税者の営業又は事業の内容との関係で捉える」とした判例であり、その後の 個人所得の必要経費概念に、通達の変更等の大きな変化をもたらしたものである。
74 植松、前掲注68、600頁参照。しかしこの方法によるならば、一度支出未費用項目として、支出の年度 に全部資産計上する必要がある。なぜならわが国の所得税法は、過年度発生の所得の修正として増加修正 については納税者側の修正を認めるが、減額修正は、更正の請求により税務署長からの更正決定を待たね ばならないからである。もっとも、平成23年度税制改正によって、更正の請求が過去5年分認められるよう になったため、上記の方法によらずとも、過去に支出した費用を一応は、将来の収益に対応させることが 可能にはなると解されよう。
75 通常性の判断においては、支出の継続性よりもその事業における慣行的な様式(a way of life)を重視