第 6 章 必要経費規定の変遷とその背景
第 3 節 一時所得に見る租税法固有の個別対応における費用と収益の対応
所得税法 34 条2項が定める一時所得の金額は、「その年中の一時所得に係る総収入金額 からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収 入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し、その残額から一 時所得の特別控除額を控除した金額とする。」とあるように、支出については、債務の確定 というよりも、その受ける収入との個別対応、あるいは投下資本としての意味合いを強く 持ち、そのため事業所得等に用いられる必要経費とは性質を異にしているものと解される44 が、実質的には事業所得等の必要経費に含まれる発生主義が一時所得には含まれないため
40 政府税制調査会、前掲注29、43頁。
41 植松守雄編『注解所得税法〔五訂版〕』(大蔵財務協会、2011)197頁。
42 同上、968頁。
43 同上、968頁。
44 谷口教授は所法34条2項の規定について、「この規定が『限る』という文言を用いているのは、偶発的 利得については、それを得るために支出をしても、収入の発生が偶然の要素によって左右されるので、収 入の発生に繋がらなかった支出は、所得の処分ないし消費として、その控除を認めず、支出が収入を発生 させた場合に『限って』その支出の控除を認めるようにするために、収入・支出の対応関係を個別的・直................
接的対応関係に限定した...........
ものと解される(傍点筆者)。」と述べている(谷口勢津夫『税法基本講義[第 3 版]』(弘文堂、2012)300頁)。
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に、このような条文の書きぶりになったのではないかと考えられる。なぜならば、一時所 得とは、昭和 38 年答申にもあったように、「個々の独立した行為又は原因に基づいて発生 する」と考えられているからである。また、その考え方の下、所得税基本通達34-1によっ て例示がなされていると考えた場合に、例示には、実際に受け取った所得およびその源泉 が明確なものしか挙がっていないことからも裏付けられる。
そして、一時所得につき、発生主義がその損益計算に用いられないということは、現金 主義により収益と費用を認識しているということであるが、それはすなわち一時的・偶発 的な利得をできる限り確実性をもって客観的に認識したいからだと考えられる45。
したがって、一時所得に係る収入金額は、一時的・偶発的利得という特性を有すること を考慮に入れても、何故その収入を得たのかが個別具体的であるものであって、「一時的・
偶発的な利得である一時所得について、偶発的利得に対応する投下資本の回収が想定でき ないがゆえに、法34条2項において『必要経費』ではなく『収入を得るために支出した金 額』との文言が用いられていると解されている」46とする考えもあるが、そもそも所法34 条2項中の括弧書き内が示すように、当該支出は「その収入を生じた行為をするため、又 はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る」のである。すなわち、その 支出額は、「投下資本の回収部分」47ではなく「投下資本」そのものといえる。そして、そ れが前述したような役務提供の対価でない限りにおいて、たとえば所基通34-1(10)が示 すような遺失物の所有権が自己に帰属した場合、その遺失物が現金と交換できる場合は、
遺失物の交換価値で評価されて所得金額となり、一方で、その遺失物を得るために直接要 した現金支出があれば、それが一時所得算定上の支出となるのである。また、同34-1(5)
が示すように、支出を伴わない収入も一時所得に含まれると考えてよいであろう。
ここまでの考えを外れ馬券の経費性が争われた競馬脱税事件48に置き換えて考えてみる と、当たり馬券以外の外れ馬券は投下資本そのものではないので控除されないことになり49、 さらに当該所得区分は一時所得となると解される。そして、一時所得を一回性の取引によ る所得とみる考えからは、1レース毎の投下資本が支出となり、そのレース内のみでの収入
45 「(現金主義会計は、)客観的でかつ確実性に富むが、それによって行なわれる損益の計算は、合理的 であるということはできない。飯野利夫『財務会計論〔三訂版〕』(同文舘、1995)11-12頁、括弧内筆 者)。」
46 岩崎政明「納税者と法人とが保険料を負担した養老保険に係る一時所得の計算」『ジュリスト』No.140 7、175頁。
47 水野教授は、「必要経費とは、(中略)所得を稼得するための投下資本の回収部分」と述べている(水 野忠恒『租税法[第5版]』(有斐閣、2013)247頁)。したがって、投下資本の回収部分とはいえない当 該支出は、必要経費性を持たないことになる。
48 大阪地裁平成25年5月23日判決(平成23年(わ)第625号)LEX/DB【文献番号】25445678。
49 この点について、渡辺教授は、「外れ馬券の所得獲得性はゼロである。これは競馬を行ったという満足 に吸収され、当該支出はどこからも控除されず、課税されるべきものと考える。上記(人絹)先物事件判 決が、いみじくも、『当たらない時は券代全額を損するものである』としているが、この姿こそが本来の 費用収益対応の原則である。本件では、本件所得を雑所得に認定した上で、本来あるべき費用収益対応の 原則までも拡大解釈している点に、筆者は誤りがあると考える(渡辺 充「馬券払戻金の所得区分と外れ 馬券の必要経費該当性」『旬刊速報税理』2013年7月1日号、37頁)。(括弧内筆者)」として、ほぼ同旨 を述べている。
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と支出の損益差額が所得となると考えられる50。つまり、当該所得は「一回性の所得計算の 集合体」と解される。
このように、一時所得は、その支出と収入との対応が直接的であるものから対価そのも のが全く無いものまでという、いわば投下資本としての対価の発生が明確なものから不明 確なものまでをも含むものであって、経費と対応する収入を必ずしも定義付けられないた めに、必要経費という文言を避けているのであり、そして、その中でも発生主義的な期間 対応の損益計算が求められるものを対価性があるとして一時所得から外していると考えら れるのである。さらに、譲渡所得の取得費控除についても、上記と同様に「投下資本とし ての対価の発生が明確なものから不明確なもの(取得費がないもの)までをも含む」とい えるため、これもまた、必要経費という文言を避けていると考えられ、この点、一時所得 が、昭和22年改正において他の一時的所得(譲渡所得、退職所得等)と同様に、その2分 の1控除後の所得を総合して課税されることになった51ことと平仄を合わせることになるの である。
また、一時所得は、同様に個人所得総合課税の対象となる事業所得や不動産所得と違い、
「非継続性」要件をもつことから継続性、反復性を前提においていない。このことからも、
一時所得の計算につき、発生主義は否定され、現金主義による収入と支出の差額のみが一 時所得の課税ベースとなっていることがわかる。
以上のことから、一時所得の計算につき、必要経費という文言が使われていないのは、
その計算が完全な現金主義によって行われるものであり、よって現金収入とそれに起因す る現金支出(現金支出を伴わないものも含む)という関係に限定されることになるからで あるといえよう。すなわち、事業所得等の必要経費よりも一時所得に係る支出の方が、よ り狭く解釈されることになる。そうであればこそ、「一時所得の金額の計算上控除される金 額は、『経費』とか『費用』という概念になじまないものが多い」52ということになり、所 法34条2項の文理解釈上、「(所得税法34条2項は、)一時所得に係る収入を得た個人の担 税力に応じた課税を図る趣旨のものであり、同項が『その収入を得るために支出した金額』
を一時所得の金額の計算上控除するとしたのは、一時所得に係る収入のうちこのような支 出額に相当する部分が個人の担税力を増加させるものではないことを考慮したものと解さ れる(括弧内筆者)」53ことになるのであろう。
50 田部井氏も同旨を述べている( 田部井敏雄「競馬による所得をめぐる税務上の問題点」『税理』第56 巻第5号、118頁)。また、同氏は続けて「『万馬券を当てたら、外れ馬券を拾い集めたものが得をする』
との批判もあるが、(中略)、ましてネット購入となればそのような不正行為は想定しがたいからこのよ うな批判は当たらない。」(同上、118頁)と述べている。
この点につき、馬券の特性から少し述べると、通常の馬券売り場で購入した当たり馬券は、換金される と無くなるが、外れ馬券は換金されないため手元に残る。同じ投票方式(単勝、馬連等)は、同じ馬券に 並べて記載され整理されるため、投票した本人でさえ同レースの当たり馬券における投下資本が不明とな り易いことに留意したい。このような購入形態から考えれば、ネット購入以外での馬券における投下資本 の客観性は無いに等しいと考えられる。
51 植松、前掲注41、648頁。
52 武田昌輔監修『DHCコンメンタール所得税法(2)』(第一法規、加除式)2653頁。
53 最高裁平成24年1月16日判決(平成23年(行ヒ)第104/105号)LEX/DB【文献番号】25444111。