第7章 わが国における必要経費計上要件への検討
第 2 節 アメリカ判例法にみる必要性の判断
(1)アメリカ内国歳入法典における必要経費要件の変遷-判例法を中心として-
アメリカにおける必要経費控除は、後にみるように、主に判例法によって発展してきた と解される。その必要経費を定める IRC§162(a)in general において、“ordinary and necessary”の訳語としての「通常かつ必要」の要件が、必要経費性の判断基準であることは 前にも述べたが、アメリカにおける必要経費の制度は、その形式においては1919年所得税 法に遡る。しかし、その淵源は所得を得るために負担した使用料、労賃、修理費等の控除 を認めた1894年法に見ることができる。
1894年法は、“Wilson tariff act” (ウィルソン関税法)と称されるが、法人の控除制度 について、「実際に負担した事業運用経費を超過する純利益、又は所得」が、課税所得であ るとし、事業経費、運用経費の控除を認めている。個人の場合には「事業(business)、勤 務(occupation)、職業(profession)を維持するために実際に負担した必要(necessary)
経費は控除する」とし、初めて“necessary”の語を用いて必要経費控除を認めた27。それらの 他には、負債利子、税金、損失、貸倒金(bad debt)の控除が認められることになった。
上記からは“necessary”が、所得に寄与した経費を特定するための語として誕生したこと が見てとれる。これは、1864 年法で初めて“ordinary”が実際に支払われた経費を特定する ために使用された28のと同様に、“necessary”は、実際に負担した事業運用経費を特定するた
27 cf.Revenue Act of 1894, 28 Stat. 553.
28 Barnard Wolfman, Professors and the “ordinary and necessary” business expense, University of Pennsylvania Law Review (vol.112 no.8, 1964) p.1092.note 15.
96
めの語句として誕生したことは興味深い。しかし、“ordinary”と同時に規定されているわけ ではなく、ただ単に修飾語が入れ替わっただけという可能性も捨てきれないであろう。こ のように、1894年法では、必要経費を包括的に規定しておらず、わが国の特定支出控除の 要件のごとく「通常必要な使用料」や「通常必要とされる修理費」などというように、経 費を限定するような規定ぶりを採用しているものではない。したがって、“ordinary”や
“necessary”の語句は、形容詞として単に経費控除を限定するための用語として用いられる ことを期待されているものではなかったといえる29。同時に、課税庁側にとっても、都合よ く「必要経費」の範囲を狭く解釈すべきではないことは、必要経費の立法過程においても いわれていることである30。そこで、アメリカにおける“ordinary and necessary”の存在意 義について、碓井教授の論文を引用して要約することにしたい。
まず、「第1に、事業ないし企業は、利益目的を持って活動しているものであって、最終 的には利益を実現することを目指して個々の支出をなすのが通例であるけれども、支出の 態様がまちまちであるばかりでなく、当該支出の収益への貢献度も多様である。事業主体 の判断は、帳簿およびそれを基礎とする申告書に示されるわけであるが、社会生活の実態 からみて、利益の処分、消費支出と考えられるものは、事業とかすかな関係を有するから といって控除を許容すべきものではない。かくて、利益処分や消費支出と事業経費とを区 別する基準が必要となるのであって、その基準が『通常かつ必要』なのである。『通常かつ 必要』の要件は、利益処分、消費支出に相当する支出を排除し、真に投下資本に相当する 部分を認識するために設けられているのである」31とするが、これはわが国の必要経費にお いても同様となる部分である。
さらに続けて、「第2に、粗所得の規定と異なって、経費控除に関して特に『通常かつ必 要』の要件を設けたことには別の理由がある。控除額が多いほど課税標準を縮小すること になり、納税者に有利となるので、納税者が事業経費の名目で個人的満足を達成したいと 思うことは、当然に予想される。この場合、納税者の主観的判断のみに依拠するならば、
課税標準が侵食されることは明らかである。そこで、『通常かつ必要』という客観的基準を 設けることによって課税標準の侵食を防止することにしたのである(下線筆者)。」32として、
主に、消費支出との区別および、課税庁、司法側の客観的な基準として、「通常かつ必要」
の要件があると述べている。なお、このことは、「通常かつ必要」かの判断が、当該支払が 当該納税者から見て「通常かつ必要」か否かではなく、「抜け目のない企業家(hard headed
businessman)」33から見て「通常かつ必要」か否かで判断される34ことからも理解できる。
29 石島 弘「アメリカ連邦所得税法における必要経費について-給与所得の必要経費を中心に-」『沖大 法学論叢』第2巻第1号、83頁。
30 Erwin N. Griswold, Argument Against the Doctrine that Deduction should be narrowly const rued a matter of Legislative Grace,Harvard L. Review (vol.56,1943) p.1145.
31 碓井光明「米国連邦所得税における必要経費控除の研究(一)」『法学協会雑誌』第93巻第4号、557 頁。
32 同上、557頁。
33 e.g., Wohl v. United States, 267 F.2d 605 (5th Cir. 1959).
34 B. Forman Co., Inc. v. Commissioner of Internal Revenue, 453 F.2d 1144, 1160 (2nd Cir. 1972).
97
また、1933年の“Welch v. Helvering”連邦最高裁判決は、通常性の判断において「事業の 安全に影響する訴訟は一生に一度起こるかもしれないものであり、また弁護士の報酬は非 常に高く、反復して支払うということはありえないであろう。それにもかかわらず、その 支出は通常かつ必要な支出である。なぜなら、その目的のための支払は、金額の大小に関 係なく攻撃に対する防御方法として、共通しておりまた受け入れられている方法であるこ とを、私たちは経験から知っているからである」35として、その支出が通常にあたるか否か は、程度の問題であって、社会の生活様式(a way of life)から判断されねばならないもの と述べている。つまり、通常とその対義語となる異常との差異が程度問題と解される以上 は、その判断の尺度を社会の生活様式(a way of life)に委ねざるを得ないといっているに 過ぎないのである36。したがって、通常であるには当該支出が反復継続した支出であること は必要ではなく37、通常性は、時、場所、そして状況により変化するものであり、その判断 には、事業慣行や社会通念が重要な意義を持つことになるのである38。このように、通常性 においては支出の継続性よりもその事業における慣行的な様式を重視され判断される。
また、通常性をこのように考えると、「通常かつ必要」とは、結局のところ、「通常」と
「必要」はどちらか一方のみで成り立つものではなく、どちらか一方がもう片方に引きず られて判断される場面が多いように思われる。実際に、「通常かつ必要」を一括して問題と している場合であっても、その実体は通常性を問題にしているものが多いといわれている のである。このようにみると、やはり、「通常」かつ「必要」と別個に検討するのではなく
「通常かつ必要」として通常性を帯びた必要性というような捉え方をするのが正しいよう にも思えるのである。
しかしながら、少なくとも、事業目的が存在し、その目的に供する意図で発生する費用 に限って必要経費控除が可能とされるのであって、明らかに事業目的を有しないものは、
「必要」な事業経費ということはできない。したがって、「必要」の要件が法律的に無意味 であるということを述べる判決は見あたらないのである。もっとも、「必要」の要件を欠く ことを理由に控除を否認された事例は、後に述べる罰金への控除否認を除き、ほとんど見 られない。その理由は、前述のように、納税者の判断結果を尊重しなければならないとい うことに加えて、「必要」か否かを独立に論ずる実益に乏しく、「通常かつ必要」の要件を 一体として考察する必要があることによるものと思われる39。
このように、「通常かつ必要」の判断としては、納税者の主観的判断から生まれるものを、
法が後に律するという形をとらざるを得ないことから、結局のところ、事業経費自体の意 義によって理解する以外に方法がないという循環論に陥らざるを得なくなる。しかし、だ
35 Welch v. Commissioner of Internal Revenue, 290 U.S (1933)., at 111-114.
36 この点について、碓井教授は、「通常の判断にあたっては事業慣行とか社会通念とかが重要な意味を有 しているのである(碓井、前掲注31、556頁)。」と述べている。
37 Robinson Land & Lumber Co. of Alabama v. United States, 112 F. Supp. 33, 34 (D.C. Ala. 1953).
38 Supra.76., at 113.
39 碓井、前掲注31、555頁。なお、「通常かつ必要」の要件を一体としてみる考え方には、筆者は同意見 である。
98
からといって、単純に「通常かつ必要」の要件が無意味というわけではなく、次に述べる、
「通常かつ必要」に「合理性」の判断を初めて持ち込んだとされる “Hill v. Commissioner”
判決で示される「合理性(reasonable)」の判断において重要な意味をもつものである。こ れは、IRC162(a)(1)の「俸給もしくは実際に提供された人的役務に対するその他の報 酬(salaries or other compensation)の合理的な支給額(a reasonable allowance)」から の判断であるが、経費の控除について、「通常かつ必要」および「合理性」を新たに一括り にした判断を必要としていることを意味しているという点では特筆すべきであろう。
合理的な支給額(a reasonable allowance)における、アメリカの現行判例法上の立場と しては、「納税義務者が無限の金額を支払いもしくは負担した営業経費を控除として自動的 に認めていない」ことを示す。例えば、過度の報酬が支払われる場合には、(1)事業経費 とはならず、実質的な株主への利益配当の外観があるとか、(2)企業の所有者への贈与で あるとか、(3)利益配当でも贈与でもないが、金額が合理的でないとして、それぞれ控除 が認められていない40。また、経費が金額の面で合理的であらねばならないとしても、合理 性の問題は通常租税裁判所の第一審で審理される事実問題である41。
この点において、“Hill v. Commissioner”事件判決による影響を検討しておきたい。“Hill
v. Commissioner”事件判決とは、1950年の教員免許更新のための夏期講習の受講料が経費
として認められなかった事案である。なお、この判決の和訳にあたっては、石島教授の「ア メリカ連邦所得税法における必要経費について-給与所得の必要経費を中心に-」『沖大法 学論叢』第2巻第1号、67-110頁を参考にしている。
結論からいうと、この判決において裁判所は、「教員の地位を維持するためには、本件の 状況では夏期講習を受けることは適切な方法であるといえるから、この方法が、社会にお いて一般にまたは通常(ordinary)なされている方法であるかの判断の必要はなく、納税者 がとった方法が、その状況下で正常かつ自然な方法であることが、合理的な人(reasonable
man)の判断で認め得るものであればいい」と判示している42。
つまり、納税者が講習を受けて得る利益は、教師の地位の継続であるとして、裁判所は、
当該教育費は新しい職に就くための費用ではなく、納税者の現在の地位を保持するために 支出した経費であることを理由に、その控除を認めたのである。しかし、これは、教養を 高めるために要した経費の控除を否認した1921年の通達43を覆すものではなく、納税者の 現在の営業または事業を保持するための経費であれば、同通達の対象外とする判断である。
その後、課税庁は、この“Hill v. Commissioner”判決に沿った形で教育費の取扱いを、「教 員が自己の地位を維持することを目的として受講した夏期講習の経費は原則として、(中 略)IRC§162(a)が規定する通常かつ必要な経費として控除する。しかし教師の資格をも
40 宮谷俊胤「米国判例上にあらわれた控除について-〈通常かつ必要〉な経費を中心として-」『法と政治』
第17巻第4号、546頁。
41 同上、547頁。
42 181 F. 2d 906 (4th Cir.1950).
43 O.D.892, 4 Cum. Bull. 209 (1921).