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所得税法 56 条の新たな文理解釈における根拠

第 8 章 所得税法 56 条の新解釈 ― 2 要件独立説の見地から ―

第 3 節 所得税法 56 条の新たな文理解釈における根拠

ここまでの検討を踏まえて、所得税法 56 条の運用は、生計要件と事業要件の 2 要件 からなる運用ではなく、生計要件のみでの運用に固執しているのは間違いのないところ であろう。そこで、本章では、本来的に所得税法56条が定める生計要件と事業要件の2 要件を、生計要件に固執しない、それぞれを独立させた解釈が可能である根拠を示し、

生計要件と事業要件を各々独立して解釈した場合の法的適合性について検討していく。

(1)生計要件

まず、主な判例の検討結果であるが、次頁【図表 1】に示すとおり、裁判所の生計要 件の判断には一定の硬直性がみてとれる。生計要件を充たすとする判断には、次の3点 を主な判断材料にしている。(なお、同居と別居も検討の対象ではあるが、所得税法基 本通達 2-47 を勘案した場合、大きな材料とはいえないであろう。)①生計費の支払い が共通になっているか否か、②生計費の支払いが個別になされていても、按分の方法を 用いているか否か、③自己の計算と責任において日常の生計費を支出しているか否か、

である。

45 田中、前掲注3、38頁。

46 田中、前掲注8、215頁。

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【図表 1】主な判例にみる「生計要件」および「事業要件」の認定基準と判定事項

①において、生計費が共通である場合は生計の独立要件としては論外であろう。②は 微妙なところではあるが(家計簿に按分の証拠があるとして、証拠品として提出したもの の、領収書の日付が不明確であるなど、証拠として不適当とされた事例47がある。)、按 分の方法にはその恣意性というよりも、按分比率の根拠が無い場合がほとんどであるた め、独立の要件としては採用しがたいのは大いに認めるところである。しかし、その一 方で、家事関連費が按分で計算するのを認められている48のに対し、生計費の按分が認

47 徳島地裁平成9228日判決(平成6年(行ウ)第7号)LEX/DB【文献番号】28040445。

48 国税庁が発行している『青色申告の決算の手引き(一般用)』によると、2.必要経費の整理の中に、「① 衣料費や食費などの家事上の費用、②店舗兼住宅について支払った地代家賃や火災保険料、固定資産 税、修繕費などのうち、住宅部分に対応する費用、③水道料や電気料、燃料費などのうちに含まれて いる家事分の費用は、必要経費にはなりません。※ ②や③などの費用を家事関連費といいますが、家 事関連費の家事分と事業分との区分は、使用面積や保険金額、点灯時間などの適切な基準によってあ ん分して計算します。」という文がある。その一方で、所得税法施行令96条には、以下のとおり定め てある。

法第45条第1項第1号(必要経費とされない家事関連費)に規定する政令で定める経費は、次に掲 げる経費以外の経費とする。

1.家事上の経費に関連する経費の主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべ き業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合におけ る当該部分に相当する経費

2.前号に掲げるもののほか、青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者に 係る家事上の経費に関連する経費のうち、取引の記録等に基づいて、不動産所得、事業所得又は山林 所得を生ずべき業務の遂行上直接必要であつたことが明らかにされる部分の金額に相当する経費

したがって、明文中には家事関連費の按分計算の規定はなく、個人事業者に対して、通例・慣習的 に簡便法として按分計算が認められていると解釈できる。

このことは、「事業所得に係る必要経費についてみれば、その範囲が必ずしも明確ではなく、本来、

必要経費に算入できない家事関連経費について混入を防止する制度的担保が存在しない。」として税制 調査会における平成17年の「個人所得課税における論点整理」にも示されている。

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められていないのは少々合理性を欠いているのではないだろうかという疑問がある49。 なぜなら、家事関連費の按分計算は、家事費と必要経費を分ける計算であり、例えば、

使用時間等を用いれば一定の根拠が明確に示されているとされる。したがって、その方 法に沿った生計費の按分計算は、世帯員それぞれの所得を用いて、その世帯員の所得に 応じて生計費総額を按分する方法となり、家事関連費の按分計算と比較した場合、唯一 合理性のある方法となると考えられる。下【図表 2】50に示すように、妻税理士事件に おいて、この唯一の方法を用いた場合、妻の最適生計費按分比率は、多くても2割弱で あり、裁判で争ったおおよそ4割という妻の生計費負担割合は、夫に比べて重いことに なる。つまり、生計費の支出割合だけを考えると、むしろ妻が夫を養っていることにな るのであり、このような場合は夫の家計における経済的支配から独立していると判断さ れてよいのではないだろうか。

【図表 2】妻税理士事件最適生計費按分比率

平成7年分 平成8年分 平成9年分 夫の総所得金額 ① 23,165,000 18,814,000 27,792,000 妻の総所得金額 ② 5,192,000 2,885,000 4,052,000 妻の最適生計費按分比率

0.183 0.133 0.127

(②÷(①+②)) 夫の最適生計費按分比率

0.817 0.867 0.873

(①÷(①+②))

③は最高裁昭和51年判決51において判示されているものであるが、生活費の支出が自 己の計算と責任によって支出された場合、つまり、領収書等により自己の支出が明確で あり、自分自身で計算した場合(他の生計を一にする親族に任せない場合)は、生計の独 立要件として認められることを示している。

したがって以上の①~③の判断基準では、③に当てはまる場合のみが生計要件から外 れることができることになる。また、家計における支配従属関係によって、生計要件を 二つに分ける考え方に上記①~③の判断基準を当てはめると、①と②は納税義務者であ る居住者に、経済的に依存または支配されている支配従属関係にあるため、生計要件に あたることになるし、③は、居住者等から生活費等をもらっていない限り、納税義務者 である居住者から経済的に独立しているため、生計要件にあたらないことになる。

以上の検討より、どちらの判断基準によっても③の場合のみが生計要件を充たさない

49 裁決事例集 No.43 - 127頁(平成4128日裁決)において、専従者給与の算定に請求人が按分比 率を用いた計算により算出した青色専従者給与の額が、合理的として認められている。これは、処分 庁ではなく、請求人自らが按分計算をした結果合理的であると認められるとして評価できる事案であ るとともに、納税者側の按分の合理性を問うものでもあるだろう。

50 平成12515日裁決(裁決事例集No.59‐75頁)より筆者作成。

51 最高裁昭和51318日判決(昭和48年(行ツ)第30号)LEX/DB【文献番号】21053570。

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ことになる。生計要件を充たさないということは、所得税法 56 条の適用範囲外である ことと同義であるため、対象親族への支払対価は必要経費に算入できることとなる。

ここで、この司法判断の硬直性を逆手にとるならば、経済的に独立していると認めら れる要件として上記③を充たす限り、所得税法 56 条は適用できないことになるのでは ないか。そうである場合、所得税法 56 条は文理解釈のみでその適用範囲を明確に捉え ることができる。さらにはそのことをもって、近年不確定概念化している「生計を一に する」の範囲を硬直化させることができることになる。したがって、「生計を一にする」

規定の法的安定性と予測可能性が担保されることになり、本来の所得税法 56 条の趣旨 である、家族間における所得移転の不透明さを考慮して、事実を適正に反映しない形で の恣意的な所得分割を防ぐ規定として再認識されるのではないかとも思えるのである。

もちろん、以上は仮定を離れてはいない論拠ではあるが、近年の所得税法 56 条に関 する司法の生計要件への判断硬直化をみると、司法が生計要件の判断において、居住者 から独立していると認める可能性としては高いだろうと推測されるものである。

(2)事業要件

次に、事業要件についてであるが、ここで、事業要件を限定的に解釈する場合、まず 必要なのが、契約の有無であろう。居住者の事業の一時的な手伝いに対していちいち契 約を取り交わすことは、よほどのことがない限りあり得ないと思われる。従属して対価 をもらう関係であれば専従者になれば足りるのであるし、そもそも一時的な手伝いに対 して多額の報酬が支払われることこそが、所得税法 56 条が元来想定している、実態の ない所得移転に該当するのではないかとも思える。したがって、個人間としての契約を 結んでいる状況を「arm’s-length」による事業要件の限定解釈の前提条件とする。個人 間契約、つまり私人間契約において民法91条52が適用されることになるが、これは公の 秩序に関係しないものであれば、法規定に契約が優先することを表すものである。

ここで、事業主とその「生計を一にする」親族とのの契約について検討すると、民法 上の契約は、ほぼすべて任意規定であるので、法規定による制限がない限り、契約が優 先することになる。「土地等の譲渡について売買契約という法形式が採用されている以 上、それが税負担の軽減を図るためであったとしても、実質的には交換であるとして課 税することはできない。」とされた事例である「東京高裁平成11年6月21日判決」53

52 民法第911項(任意規定と異なる意思表示)

「法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときはその意思に従 う。」

私人間の取引その他については私人間の規約が法律よりも優先して最高規範となるという原則をう たったものであり、近代市民法の根本精神とも言うべき私的目的の原則を述べたものである。

したがって、「公の秩序に関しない」規定であれば、契約当事者が、その規定とは異なる契約(特約)

をした場合は、その契約を優先させることとなり、裁判で決めることになった場合、裁判官はその契 約に従って判決を下さなければならないことになる。このような「公の秩序に関係しない」規定が任 意規定ということになる。

53 東京高裁平成11621日判決(平成10年(行コ)第108号)LEX/DB【文献番号】28042090。