第Ⅴ章 日本の障害者制度改革と情報アクセス・コミュニケーション保障 . 139
4. 障害者総合支援法における意志疎通支援事業
障害者総合支援法の前身は障害者自立支援法である。我が国の障害者福祉施策はここ 10年で大きく変動している。2004年に支援費制度(措置制度から利用契約制度)を導入 したが、在宅福祉制度の利用等が膨らみ支援費制度の維持が困難になり、2006年に応益 負担を原則とする障害者自立支援法が施行された。障害者自立支援法はその名称のとお り「障害者の自立」を求めた内容になっている。この応益負担の導入は、これまで無料 で利用してきた各市町村の手話通訳等派遣事業に大きな影響を与えた。
障害者自立支援法の大きな特徴は、以下の三つである。
一つは、身体障害、知的障害、精神障害の三障害が統合されたこと。
二つは、介護等給付、訓練等給付、地域支援事業という事業別の給付体系となったこと。
三つは、障害者福祉サービスを利用すると一割の応益負担(定率負担)をかけたこと である。
そのため重い障害を抱える障害当事者から、「障害が重く支援を必要とすればするほど 個人の負担が重くのしかかる仕組みであり、他の人との平等の観点から著しく不公平で あり、人権侵害である。」と多くの不満が出た。その結果、全国各地から障害者自立支援 法に対する違憲訴訟が起きた。2009 年の夏に政権交代があり、2010 年1 月に厚生労働 省と訴訟団との間で和解による合意文書が取り交わされた。その後、障がい者制度改革 推進会議の下に障害者総合福祉部会(部会委員は55名)が設けられ、約一年半にわたっ て障害者自立支援法に代わる障害者総合福祉法(仮称)を策定するための議論を行ない、
2011年8月に「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言(骨格提言)160を 国に提出した。ところが、上記の基本合意や骨格提言の主旨がほとんど反映されず障害 者自立支援法を手直しした厚生労働省案が部会に示され、2012年6月に障害者総合支援 法が成立し、2013年4月に施行された。
障害者総合支援法の正式名称は、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援する ための法律」である。障害者総合支援法は、「障害者の自立」の代わりに「基本的人権を 享有する個人としての尊厳」を明記し、さらに基本理念として「障害の有無によって分 け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現」「身 近な場所において必要な日常生活又は社会生活を営むための支援を受けられることによ り社会参加の機会の確保」「どこで誰と生活するかについての選択の機会の確保」「地域 社会において他の人々と共生することを妨げられないこと」「日常生活及び社会生活を営 む上で障壁となるような社会における事物、制度、観念その他一切のものの除去に資す ること」が追加された。この理念は障害者基本法の目的、定義、地域社会における共生 等に基づいたものである。障害者総合支援法は障害者自立支援法の手直しで出された法
160 http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/sougoufukusi/dl/0916-1a.pdf 参照
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律であるが、共生社会を目指した方向に障害者福祉サービスを提供していく姿勢に一歩 踏み出したことは評価できよう。
従前の障害者自立支援法の地域生活支援事業には、手話通訳や要約筆記による支援(派 遣又は養成)を総称していたコミュニケーション支援事業があった。この事業について は、市町村と都道府県が行う事業の差異が明確でなく、市町村との役割分担が明確でな かったこと、広域的な派遣について都道府県の関与が明確でなかったこと、財政的な事 情の理由等でコミュニケーション支援事業を実施していない市町村が数多くあり地域格 差の問題等の課題があった。特に地域格差の問題は深刻である。平成24年2月20日の 厚生労働省障害保健福祉関係主管課長会議で配布された資料によると、手話通訳派遣事 業の実施率は、74.1%(1750市町村のうち1296市町村が実施)、手話通訳の設置事業の 実施率は、29.3%(1750 市町村のうち 512 市町村が実施)、要約筆記派遣事業の実施率 は、49.1%(1750市町村のうち859市町村が実施)となっていて、特に手話通訳派遣制 度の要である設置事業は 29.3%と非常に低い。障害者総合支援法ではそれらの課題を解 消するために、コミュニケーション支援事業の名称を変えて意志疎通支援事業の強化を 図った161。
①障害者自立支援法第77条第1項第2号に規定されている「手話通訳等」を障害者総合 支援法第77条第1項第6号において「手話通訳等」から「意思疎通支援」と名称を変 更した。
②障害がある者と障害がない者との意志疎通を支援する手段は、手話通訳、要約筆記に限 らず、盲ろう者への触手話、指点字、盲ろう者や視覚障害者への点字、代読、代筆等、
知的障害や発達障害がある者とのコミュニケーションや意思の伝達等があるため、概念 的に広く解釈できるようにした。
③市町村と都道府県が行う意志疎通支援を行う者の養成については、市町村の必須事業に し、その役割分担として、市町村は奉仕員の養成、都道府県は、手話通訳者、要約筆記 者、盲ろう者向け通訳・介助員の養成を行うこととした。
また、市町村と都道府県が行う意志疎通支援を行う者の派遣の役割分担について、
④市町村は、手話通訳者及び要約筆記者の派遣、都道府県は盲ろう者向け通訳・介助員の 派遣
⑤複数市町村の住民が参加する障害者団体等の会議、研修、講演、講義等や専門性の高い 分野等、都道府県が派遣できない場合などにおける手話通訳者及び要約筆記者の派遣
を行うようにした。広域的な派遣については、市町村が派遣することができない場合 があるので、広域的な派遣が必要な場合は都道府県の必須事業とし、
①専門性の高い意志疎通支援を行う者を派遣する事業
161 服部剛「障害者総合支援法における地域生活支援事業(特に意志疎通支援関係)」手話 通訳問題研究123号2013年
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②意志疎通支援(手話通訳や要約筆記)を行う者の派遣に係る市町村相互間の連絡調整 が新たに加わった。
障害者総合支援法における意志疎通支援事業の特徴について、厚生労働省障害保健部 企画課自立支援室長は次のように述べている162。「今回の法改正では仲介という手段的行 為から意志疎通という目的行為へと、その支援範囲を広げたと捉えることができる。」支 援範囲を広げたことについて、少し長くなるが、「ケースワークや相談の場面においても、
援助する側と利用者の人間関係をつくる際にコミュニケーション技術(スキル)は必要 になる。相談相手よっては非言語コミュニケーションも重要なスキルとなるし、さまざ まな支援機器なども駆使して、その人その人に応じたよりよいコミュニケーション環境 を設定することは専門職が行うことではなく、もはや合理的配慮として当然のことであ る。しかしながら、コミュニケーションについての議論は往々にしてスキルのアップや 新しい機器(ツール)の開発など、手段的な議論が主となってしまい、個々人の障害特 性に根差した問題なのか、その人が置かれている環境の問題なのかが曖昧になってしま う場合がある。通訳、要約、代読、代筆、サポートなど、仲介する人の技術(スキル)
やiPadなどのコミュニケーション支援機器があればよいという短絡的な議論となること は避けなければならない。」と述べている。
さらに「情報取得」について、「情報取得における平等性を確保するためには、(中略)
すべての情報をあまねく伝達することが最終目標なのである。コミュニケーションスキ ルやツールは、そのための手段であって目的ではない。選択権を受け手側に与えること こそ平等と言える。(中略)「仲介」という行為も、介在する人の能力や機器の性能によ りなんらかのフイルターがかかってしまったとしたら、人の知る権利は守られないこと になってしまう。権利性を確保すること、このことは障害者に固有のことを言っている のではなく、情報バリアフリー社会を情報ユニバーサル社会に変化させていく原動力と なる非常に重い課題である。共生社会とは、その上に構築されることを忘れてはならな い。(中略)社会の一員として生きていくためには意志疎通が不可欠であり、単に物事を 知るだけのことから、分かる、理解できた、というレベルまでを目標にしなければ、真 の意味での情報保障やコミュニケーション保障がなされたと言えない。そしてそのため には。地域で生きる誰でもが、誰かのための意志疎通支援者となり得るのだということ を共有したいと思う。」と述べている。障害者総合支援法では、障害者自立支援法でいう 仲介という手段的行為から意志疎通という目的行為へと、その支援範囲を広げたことが 大きな特徴であり、最終目標への方向性についての記述は、今後の情報アクセス保障や コミュニケーション保障の法整備に向けた取り組みへの大きな示唆となっている。
これについては、聴覚障害者制度改革推進中央本部も同様の見解を以下のように述べ
162 君島淳二「障害者総合支援法に期待すること~仲介から意志疎通へ~」ノーマライゼ ーション6月号2013年