第Ⅴ章 日本の障害者制度改革と情報アクセス・コミュニケーション保障 . 139
3. 改正障害者基本法
3.1言語等の意思疎通手段の選択の確保
2011年8月5日に公布された改正障害者基本法「(地域社会における共生等)第3条3 項 全て障害者は、可能な限り、言語(手話を含む。)その他の意志疎通のための手段に ついての選択の機会が確保されるとともに、情報の取得又は利用のための手段について の選択の機会の拡大が図られること。」
上記第3条3項は、改正前の障害者基本法にはなかった条文であり、改正法案で初め て新設された。この条項の特徴は三点ある。
一つは、言語に手話が含まれたこと。
二つは、意志疎通のための手段の選択の確保。
三つは、情報の取得又は利用のための手段の選択の確保。
この三点が、障害者基本法の基本的理念に相当する条文に書かれたことの意義は非常 に大きい。ここに至るまでの経緯と背景を以下に説明したい。
推進会議は12月17日に障害者制度改革の推進のための第二次意見をとりまとめ推進 本部に提出した。第二次意見は、障害者基本法の抜本的改正を求め、改正内容に言及し た。改正内容のうち「基本理念」に関する推進会議の問題認識として
①基本的人権の享有主体
②地域社会で生活する権利
③自己決定の権利とその保障
④情報アクセスと言語・コミュニケーションの保障
の四点を提起し、④の問題認識を踏まえて、以下の二つの観点を盛り込むことを提案 した。一つは、障害者のあらゆる生活分野において、情報へのアクセスを確保する施策 を促進すること、二つは、言語には音声言語とともに手話等の非音声言語が含まれるこ とを確認し、必要な言語の使用及びコミュニケーション手段の利用が保障されることで ある。
以上の意見(提言)に基づき、2011年2月14日(第30回)の推進会議で内閣府法制 局は基本法改正案152を推進会議に提起した。内閣府法制局が提起してきた当初の改正案 は、「全て障害者は、可能な限り、情報の取得若しくは利用又は意思疎通のための手段に ついての選択の機会が確保されること。」であった。推進会議で繰り返し議論されてきた
「手話の言語性や非音声言語」や「権利としての保障という観点」での記述はなく、「可 能な限り」の語句が示しているように「最大限の努力をする」という意味合いになって いる。
内閣府企画官は手話の言語性について、「手話のところでございますが、先ほど閣議決
152 http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_30/pdf/s1.pdf 参照
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定を御案内いただきましたけれども、手話その他の非音声言語等の定義を明確化し、法 整備も含めた必要な措置を講ずるというのが閣議決定の内容でございます。我々も閣議 決定及び二次意見を踏まえて検討いたしましたが、この基本法の中で手話というものを 規定する必要というものが、立法技術的には特にないというふうなことを考えてござい まして、逆に手話というものを法定するということであれば、それに対応した法律とい うものが別途検討される必要があろうかと思いますが、ただ、法整備も含めて必要な措 置を講ずるのところで、障害者基本法改正という意味では、手話というものを法定する ということが、この法律の構成上は必要がないのではないかと、現在、考えているとこ ろでございます。」と発言している(第30回議事録より抜粋153)。つまり、第二次意見や 閣議決定にも拘らず内閣府企画官は手話を法定化する考えはないと明言している。内閣 総理大臣他各省庁の大臣が集う閣議の決定に行政府職員が従わない姿勢にはただただ恐 れ入るしかない。立法技術的にその必要がないと断じる根拠が述べられていないので推 測の域を超えることができないが、手話のみならず言語に関する法律上の規定は知りう る限り我が国においてはほとんどない154。前例のないことを法定化する場合、既存の法 体系との整合性や法的手段としての妥当性を考慮しなければならないから、徹底した前 例主義を前提にする内閣府法制局は新規のことを採用したがらない。このことを立法技 術という言葉を用いて拒んだのではなかろうか155。
その後、政治折衝や事務局の調整等の動きにより、一転して「言語(手話を含む。)」
が入ることになった。再び、内閣府企画官の説明「前回の会議で、これも時間をかけて ご議論させていただきました手話についてでございます。ごらんいただきますとおり、
手話につきましては、第3号で言語(手話を含む。)その他のという文言を意志疎通の手 段の前に挿入するという形で盛り込ませていただいたところでございます。念のために 申し上げますと、言語に手話が含まれるということを入念的といいますか、補足的に明 示したものでございまして、逆に手話以外の障害者権利条約において想定しているよう なその他の非音声言語は除かれているという意味ではございません。そういったものを 含めてすべて意志疎通の手段と読めると考えてございます(2011年4月18日、第31回 議事録から抜粋156)。」
「言語(手話含む。)」を追加したことの理由の説明がないが、いずれにせよ第二次意 見や閣議決定が反映された形になったことは相違ない。この手話の言語性の規定が盛り 込まれたことの影響は計りしれない。2013年に入って、北海道石狩市157や鳥取県158で手
153 http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_30/gijiroku.html 参照
154 我が国の言語観による影響も大きい。参考「ことばと国家」「言語の思想」等田中克彦 著、「国語という思想」イ・ヨンスク著、「国語100年」倉島長正著、「日本の多言語社 会」真田信治・庄司博史編者
155 「分かりやすい法律・条令の書き方(ぎょうせい)」磯崎陽輔著
156 http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_31/gijiroku.html 参照
157 http://www.city.ishikari.hokkaido.jp/citizen/life/kyoudou05467.html 石狩市公式サ
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話言語条例化の動きや、各地方市議会での手話言語法制定化を求める意見書提出の請 願・陳情の動きが活発になり、2013年10月8日、鳥取県において日本で初めてとなる 手話言語条例の採択が実現した。
改正前の障害者基本法では「障害者福祉の増進」が大きな目的であったが、改正法第1 条の目的において、「障害者福祉の増進」が削除され、「等しく基本的に人権を享有する かけがえのない個人として尊重される」を入れた。さらに第 3条1項の『地域社会にお ける共生等』と題する基本理念規定において「基本的人権を享有する個人としてその尊 厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する。」とされた。第 3条3項の言語やコミュニケーションの手段の選択が、従来の福祉サービスとして限定的 に提供されるのではなく、権利の主体として自ら手段を選択できる環境(すべての分野 において)を整備していく姿勢を示すことができたことは大いに評価したい。例えば、
通信や放送における字幕付与や手話通訳の挿入、医療、教育、選挙権、被選挙権の行使、
司法アクセス等、情報アクセスやコミュニケーション保障の対象分野が拡がり、その法 的根拠を改正障害者基本法に求めることができる。
3.2 情報の利用におけるバリアフリー化等
『情報の利用におけるバリアフリー化等』と題する改正障害者基本法第22条の条文は 以下のとおりである。
「国及び地方公共団体は、障害者が円滑に情報を取得し及び利用し、その意思を表示 し、並びに他人との意志疎通を図ることができるようにするため、障害者が利用しやす い電子計算機及びその関連装置その他の情報通信機器の普及、電気通信及び放送の役務 の利用に関する障害者の利便の増進、障害者に対して情報を提供する施設の整備等が図 られるよう必要な施策を講じなければならない。
2 国及び地方公共団体は、災害その他非常の事態の場合に対しその安全を確保するため 必要な情報が迅速かつ的確に伝えられるよう必要な施策を講ずるものとするほか、行政 の情報化及び公共分野における情報通信技術の活用の推進に当たっては、障害者の利用 の便宜が図られるよう特に配慮しなければならない。
3 電気通信及び放送その他の情報の提供に係る役務の提供並びに電子計算機及びその関 連装置その他情報通信機器の製造等を行う事業者は、当該役務の提供又は当該機器の製 造等に当たっては、障害者の利用の便宜を図るよう努めなければならない。」
上記第22条の大きな特徴は3点ある。
一つは、改正前の障害者基本法では障害者が情報を利用することと、その意思を表示で
イト参照
158 http://www.pref.tottori.lg.jp/220879.htm 鳥取県公式サイト参照