第Ⅲ章 イギリス:情報・コミュニケーション保障の現状と課題
6. 平等法と障害者の差別禁止
6.1平等法の背景123
最初に述べたように、イギリスでは、1944年の障害者(雇用)法で、障害者の割当雇用 制度が設けられたが、達成率が1993年で19%と低かった。アメリカの障害者差別禁止法
(ADA)にも影響を受けて、1995年に障害者差別禁止法(Disability Discrimination Act:
DDA)が成立し、雇用保障のみならず、教育やその他のさまざまな領域での障害を理由と した差別を禁止する包括的な法律である。
その後、欧州共同体(EC)の指令を履行することや、障害者以外の分野の差別禁止法や 解釈、対応などに差異があった。そこで、さまざまな差別禁止法を統合して、差別禁止の 枠組みを調整し、平等を促進するために2010年に平等法が制定された。
6.2平等法の内容
2010年平等法は、年齢、障害、婚姻、人種、宗教・信条、性別、性転換、性的志向を理 由とする差別を禁止する包括的な差別禁止法である。この平等法によって、各差別に共通 する差別概念や差別禁止の仕組みが導入された。ただし、障害者差別についての独自の規 定も設けられている。
この平等法のなかで、障害者は次のように規定されている。「身体的又は精神的な機能 障害を有する者であり、この機能障害によって通常の日常生活を行う能力に、実質的かつ 長時間にわたり悪影響を受けている者(平等法6条1項、2項)。過去に障害を有している 者も含む(同条4項)。」イギリスでは障害者手帳制度はなく、平等法に規定された障害者 にあたるかどうかは、審判所で判断をすることになっている。
平等法において、障害者差別等にあたるとされる行為は次の点である。①障害を理由と した「直接差別」、②視覚障害者にも他の人と同様に採用時に筆記試験を課すなどの「間接 的差別」、③障害により病気休暇を取ったら、病気休暇を理由に解雇されるなどの「障害に 起因する差別」、④手の不自由な人に筆記試験で筆記補助者等を用意しないなどの「調整義 務の不履行を理由とする差別」、⑤障害を理由に障害者の尊厳や品位を傷つけたりするなど の「ハラスメント」、⑥障害者差別があったと訴えたりしたことに対する「報復的取扱い」、
⑦差別行為や違法行為を行う者を助けるよう指示することである。
これらの差別に取り組むために、バリアフリーなどの物質的な調整義務、支援者や支援 のための機器を提供するなどの補助的な支援の提供による調整義務などを行政や民間事業
123 障害者差別禁止法および平等法については、長谷川聡(2012)「イギリス」障害者職 業総合センター編『欧米の障害者雇用法制及び施策の動向と課題』独立行政法人高齢・
障害・求職者雇用支援機構、長谷川聡(2011)「イギリスの障害者差別禁止法制」内閣 府『障害者差別禁止部会』(第2回資料、2011年1月31日)を参照にした。
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者などが負うことになる。なお、雇用場面については、調整措置をする際の財政的支援と して、「就労へのアクセス支援事業」(Access To Work)がある。
差別救済のための機関として、第一に、「助言斡旋仲裁局」(Advisory Conciliation and Arbitration Service)があり、紛争の発生・本格化を予防し、良好な労使関係を構築する こ と を 目 的 と し て い る 。 第 二 に 、「 平 等 人 権 委 員 会 」(Equality and Human Right Commission)があり、これまでの障害権利委員会や性差別機会均等委員会、人種平等委 員会等を解散・統合して、これらの機能強化を図り、平等法の遵守状況について調査・質 問・勧告を行う権限や、平等法の具体化のための行為準則を制定する権限がある。第三に、
裁判所・審判所であり、裁判を通して補償金の支払いや勧告により救済をする。
6.3聴覚障害者の権利保障と課題
聴覚障害者団体の平等法に対する評価を伺うと、平等法によって改善された点、課題と して残っている点がある。以下、各聴覚障害者団体のインタビュー調査を下に確認してお きたい。まず、平等法によって障害者差別禁止の改善された2点をみておきたい。
(1) 平等法による改善点
① 監視機関の設置や複合的差別問題への対応
以前の障害者差別禁止法(DDA)は、1995年に制定されたが、監視機関がなかったり、
雇用主責任があいまいであったり、障害者の定義が医学的な問題があることとされたり、
障害者自身に周知されていないなど、その効力が弱く不十分な面が多かった。これらの点 では、平等人権委員会の監視機関が設置されたこと、差別禁止のみならず、差別の先の「平 等」という概念が法定されたこと、障害者の定義が社会生活をいとなむことができるかが 障害の判断の材料となるなど前進している。特に、その他の差別問題と統合的に実施され るので、たとえば、移民で女性の障害者等への複合的な差別の問題について対処しやすく なった(RADおよびAHLより)。
② 合理的調整のとり方
就労場面では企業等は「就労へのアクセス支援事業」(ATW)が使えるので、企業負担 は重くはない。地域のスポーツクラブでも会員から手話通訳の要望があれば、原則として は断ることはできない。手話通訳料が高くて支払うことができない場合は、その代わりに 何ができるのかを考えなければならない。例えば、通常1対10で対応している部分を、
障害者については、1対1で対応するなどの工夫を行う。障害者の合理的調整にきちんと 対応できていなければ、どこも評判が悪くなるので、裁判が望まれているわけではない。
ほとんどの障害者差別の苦情は、裁判に至らず、和解金で済まされている。裁判は最終的 な手段であると考えられている(RADより)。
71 (2) 平等法の課題
次に、平等法に関する障害者差別禁止についての問題や課題は、次の4つが挙げられる。
① 合理的調整の責任のあいまいさ
ろうの親が学校の先生と話をするような時に手話通訳が必要だが、そのことが学校に分 かってもらえないことがある。また、ろう者がアパートに住む場合、(パトライトのような)
必要設備機器の準備は行政が行うべきだが、それが出来ないケースも多い。平等法の問題 は、合理的調整の範囲と言えるかどうかの判断があいまいになっているところにある。合 理的調整の解釈の違いで対応に大きな差が出てくる。刑事法は判断が白黒はっきりするが、
平等法はさまざまな要因を踏まえて判断するので、その解釈によって違いがでてくる
(RADより)。
② 多様な差別の中で薄まる障害者差別問題
(BDAやRAD、AHLでも共通して指摘されていたが)人種差別、宗教差別や性差別な どの対象の多い差別問題のなかで障害者問題が埋没してしまっているという問題がある。
以前の障害者差別禁止法では、障害者が多数参加した委員会で検討がなされたが、現在の 平等人権委員会は、女性代表、宗教の代表、人種の代表などと一緒に差別の検証などの検 討を行っており、障害者問題がごく少数の問題となってしまい、障害者差別禁止の意味合 いが薄まっていることである。
③ 差別に取り組む社会的背景
2008年秋のリーマンショックなどによる経済の低迷や、障害者の権利を重視してきた労 働党から、経済成長を重視する保守党への政権交代などによって、平等法への対応が弱ま り、平等は「権利」から「企業負担」になっていると思われてきているようである。企業 に対しては、障害者雇用を進めること、障害者の顧客ニーズを汲み取ることが、企業利益 につながることを訴えて行く必要がある。また、一般の市民へも周知が十分ではなく、一 般市民の啓発活動が重要である(AHLより)。
④ 法律を生かすための取り組み
法律があるだけでは効果は無い。平等法は、ろう者や難聴者にとってアクセスビリティ が保障される法律になっていることは間違いない。この法律を有効に活用し、障害者の権 利を守るように働きかけていくことが重要である。たとえば、手話通訳を依頼することは、
コストとしては高いサービスだが、手話通訳を利用するという合理的調整を求め、病院が 手話通訳を依頼しないことを裁判に訴えたが、その結果、病院がその費用を支払うべきと いう判決がでている(AHLより)。
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