第Ⅲ章 イギリス:情報・コミュニケーション保障の現状と課題
2. 手話通訳の発展
まず、イギリスで手話通訳がどのように発展してきたのかを見ておこう97。
(1) 19世紀半ば:牧師により手話通訳が始まる
19世紀半ばに、牧師がろう者を支援するために手話通訳を行うようになったのが手話 通訳のはじまりである。その結果、ろう者が教会に集まるようになり、更に教会に手話 通訳を依頼するようになった。
(2) 1920年代 手話通訳制度と資格の確立
1920年代には、手話通訳の訓練の必要性が議論され、制度や資格の確立が求められる ようになった。そのため、「ろう福祉試験委員会」(Deaf Welfare Examination Board:
DWEB)が設立され、手話通訳として働く場合は、認定書(Diplomas)を得なければな らなくなった。
(3) 1970年代 ソーシャルワーカーによる手話通訳
1970年代になると聴覚障害に対応するソーシャルワーカーが手話通訳をするようにな り、牧師に頼る時代ではなくなった。ただし、牧師が手話通訳をしていたころは、牧師 はろう者と関わる中で手話通訳を行っていたが、ろう者との関わりがないまま、手話通 訳を始めるケースが多くなった。その結果、ソーシャルワーカーの技術では話が通じな いとろう者から不満の声が起きた。
1977年からイギリスろう協会(British Deaf Association:BDA)が政府(当時の保健・
社会保障省(Department of Health and Social Security: DHSS))と協働で、手話技術向 上と登録制度を確立することを目的に、3年間で手話通訳者を養成するプロジェクト (BDA/DHSS Communication Skill Project, 1977年4月から1981年12月まで)が実施さ れた(アメリカのギャローデット大学の准教授がコンサルタントとして加わった)。これに より、手話通訳者の登録制度が開始され、手話通訳者の実情が把握できるようになった。
合わせて、アメリカに倣って、「手話通訳指導者協会」(the Standing Conference of
Interpreter Trainers: SCIT)が1977年に設立された。この協会の設立の趣旨は良かっ
たが、次のような問題があった。
(1)(ロビー活動や1973年リハビリテーション法に基づく)アメリカモデルがイギリス
の実情に合わなかった。
(2)手話通訳者の最低限必要な能力に目が向き、技術向上を目的できなかった。
97 セントラル・ランカシャー大学の「手話・デフスタディ国際研究所」(University of Central Lancashire, International Institute for sign language and deaf studies)のろ う研究上級講師(Senior Lecturer of Deaf Studies)のクラーク・デンマーク氏(Mr. Clark Denmark)の講義(2012年11月13日)およびT. Stewart, Simpson (1991) “A Stimulus to Learning, A Measure of Ability”,In Susan Gregory & Gillian M.
Hartley(eds.)(1991)Constructing Deafness, Open University, pp.217-225.
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(3)ろう福祉試験委員会(DWEB)はすでに資格認定制度を持っていた。
(4)試験の結果だけを用いて登録することに矛盾が生じた。例えば、DWEB の資格認定
の下、手話通訳者として経験のある人でも、この試験を受け、合格しないと登録でき なかった。
(5)ろう者が運営メンバーに加わっていないことが、ろう福祉試験委員会(DWEB)等か ら問題視された。
(6)他の関係団体との連携なしに設立したため、理解をえられなかった。
(4) 1980年 ろう者コミュニケーション促進協議会(CACDP)
手話通訳指導者協会(SCIT)の上記の問題を克服するために、1980年12月に「ろう 者コミュニケーション促進協議会」(Council for the Advancement of Communication
with Deaf People:CACDP)がつくられた。この組織は12の関係各団体の代表者2名
により構成されるが、2名のうち1人以上がろう者であることを条件とされた(ろう者 と健聴が半々となるようにされた)。1982 年に開始された手話通訳の登録については、
1981年までにDWEBに5年間登録し、活動していた人にも加入が認められた。ただし、
5年以内に CACDP の試験を受けなければならない。受けない場合は、登録から抹消さ れることとなった。
スコットランドでは、後に「ろう者のための通訳者スコットランド協会」(the Scottish Association of Interpreters for the Deaf(SAID))、さらに「スコットランド手話通訳者協 会」(the Scottish Association of Sign Language Interpreters (SASLI))となる、「ろう 者のためのスコットランド協会」(the Scottish Association for the Deaf(SAD))が、手 話コミュニケーション技術の訓練と試験に、初級、上級、プロの3段階制を設け、5年 に1度更新されていた。この方式がイングランド・ウェールズ・北アイルランドのCACDP に採用されることになった。
(5) CACDPの試験
イギリスにおける認定制度は、時代により違いがある。1983年にできた最初のCACDP の試験では、ステージⅠ、Ⅱ、Ⅲに分けられていた。ステージⅢに合格した121名中112 名は以前の古い認定制度(DWEB)の合格者で、全くの新しく合格した人は9人だった。
ステージⅢの手話通訳者だけが手話通訳者登録ができた。
なお、この試験はろう者も受験ができた。セントラル・ランカシャー大学のクラーク・
デンマーク氏は実際にステージⅢに合格した。最初はろう者が試験を受けることに驚か れたが、健聴者と一緒に手話通訳を学んだ。試験では、聞き取り通訳の代わりに、文章 を読んで手話表現した。また、ろう者の手話表現を文章化するなどして対応がなされた。
ろう者であっても字の読めないろう者に通訳をしたり、健聴の手話通訳者が通訳できな い難解な通訳を橋渡したり、ろう者が手話で話をしたことを文字にしたりして通訳をす る実態もある。
大学での教育については、RNID(Royal National Institute for Deaf People 王立全国
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聴覚障害者協会、現Action on Hearing Loss:2011年に改名)による推進の下、イギリス の認定制度と異なる方法がとられた。
1992 年から新しい指導方法が採用され、レベルⅠ、Ⅱ、Ⅲという認定方法ではなく、
「登録有資格通訳者」(registered qualified interpreters (RQI))、「登録見習い通訳者」
(registered trainee interpreters (RTI)、StageⅢ、という新しい分類方法に変わった。
ただし、ステージⅢは以前と同じである。
1993年になると新しく手話通訳等事業所(Agency)が設立された。それまでは、ろう 者が手話通訳を必要な場合は、デフ・クラブに依頼をしていたが、それが変わり、1993 年からは、各地の手話通訳等事業所に依頼し、公式の派遣システムができた。
それがまた発展し、1994年になると全ての手話通訳者の名前や住所、働ける時間など の情報が整理され、登録簿(CACDP Directory)が作られた。それまでのレベルⅠ、Ⅱ、
Ⅲによる登録制度の際は、5年ごとの更新が義務付けられていた。しかし、ステージⅢ は資格が永久となった。そして、この制度に登録する手話通訳者は、新しく2つに分類 され、手話通訳報酬に差が設けられた。その2つの分類とは、BSLレベル3と4である。
「登録有資格通訳者」(RQI)は政府職業認定資格であるNVQ4レベルとされた98。 2002年に登録制度について協議を行うために、CACDPの専門委員会が設置され、そ の結果、2004年認定制度の方針(Licensing Policy & Career Structure)が作られた。
職業としての手話通訳の確立を目的に「独立登録委員会」(Independent Registration Panel(IRP))が設置され、手話通訳者協会(Association of Sign Language Interpreters:
ASLI)による「継続的な専門職発展プログラム」(Continuing Professional Development
program)や「指導者向け研修プログラム」(Mentor Training program)が確立された。
イギリスで手話通訳を行う場合は、2,3年の学習期間を要し、さらに職業に就いた後 も年に3回程度の研修を受けなければならないという義務ができた。
CACDPの「独立登録委員会」(Independent Registration Panel(IRP))は、2002年 4月より、BSL/英語手話通訳者について登録を開始した。なお、「見習い」(Trainee)通 訳者は、ベテランの手話通訳者に指導者として同行してもらって通訳を学ぶことになる。
①準見習いBSL/英語通訳者(Junior Trainee BSL/English Interpreter)
②見習いBSL/英語通訳者(Trainee BSL/English Interpreter)
③BSL/英語通訳者登録メンバー(Member of the Register of BSL/English Interpreter)
98 NVQとは、「全国職業資格」(National Vocational Qualification)の略であり、1986 年に導入された政府による各職種ごとの職務能力を評価判定する職業能力認証制度で ある。なお、2010年度以降はNQFという認証制度に変更になっている。参考)谷口雄 治(2010)「英国のNVQからQCFへの経過と背景について」『職業能力開発研究』(職 業能力開発総合大学校能力開発研究センター)第28号、pp.1-14。
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③の BSL/英語通訳者登録メンバーは、手話通訳の専門職資格としては最高の資格と
なっている。この登録メンバーとなるには、BSL/英語通訳に関する、セントラル・ラ ンカシャー大学の大学院卒業資格、リーズ大学の修士課程修了、リーズ大学の大学院卒 業資格、レベル6NVQ Diplomaの資格取得が求められる99。
①と②の準見習いおよび見習い通訳者については、ブリストル大学、ウォルバーハン プトン大学、ダーラム大学、セントラル・ランカシャー大学、リーズ大学、ベルファー スト生涯・高等教育研究所、City Lit(ミドルエセックス大学)のプログラムを修了する ことで登録できる。
なお、CACDPは2009年1月に「ろう者・盲ろう者コミュニケーション専門職全国登 録機関」(National Registers of Communication Professionals working with Deaf and Deaf-blind People: NRCPD)となった100。
99 ここの説明については、「全国キャリアサービス」(British Careers Service)の「イ ギリス手話通訳」(British Sign Language Interpreter)の解説を参照。
https://nationalcareersservice.direct.gov.uk/advice/planning/jobprofiles/Pages/britis hsignlanguageinterpreter.aspx
100 2006年8月に、口話通訳(lipspeaker)、速記記述者(speech to text reporters)、
盲ろう者通訳の登録を管理する「ACE/盲ろう者登録委員会」(ACE/Deafblind
Registration Panel)が設立された。2008年には電子または手動のノートテイクの登録
も追加された。この団体とIRPが2009年1月に統合されてできたのが、NRCPDであ る。出典)NRCPDウェッブサイトを参照。
http://www.nrcpd.org.uk/page.php?content=6
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