第Ⅱ章 米国における情報アクセス・コミュニケーションの権利保障
3. 米国の制度のまとめと日本の制度への提言
3.2 日本の制度への提言
米国の制度を踏まえ、日本の制度に対する提言を、2013 年6 月に新しく成立した障 害者差別解消法、現在進行中の高松手話通訳訴訟に触れつつ、若干の提言を述べる。
82 なお、州裁判所、警察については、リハビリテーション法第504条により、約40年前 から「効果的なコミュニケーション」の提供が義務付けられてきた。
34 (1) 立法の重要性と障害者差別解消法
① 立法の重要性と日本に適合した制度設計
ⅰ) 立法の重要性
米国が、365日24時間無料の電話リレーサービス、100%のテレビ番組の字幕を 実現することができたのは、やはり、その根拠となる ADA を始めとする「法律」
が存在したからである。
情報アクセス・コミュニケーションの権利が、障害の有無にかかわらず、人間と して生きるために当然の権利であることに異論はないが、その権利の実現において は、善意、思いやりではなく、法律による明確な権利の保障及び義務付けが必要で あり、日本においても、立法が必要であることは言うまでもない。
ⅱ) 現在の日本に適合した制度設計
ただし、現在の日本と、ADA成立当時の米国とは、時代、背景が異なることから、
現在の日本に適合した制度設計が必須である。
例えば、米国では、電話リレーサービスが普及したが、現代の日本では聴覚障害 者の通信手段として、FAXだけでなく、メール(携帯、パソコン)やテレビ通話も 可能なスカイプ等の通信手段が発達している。
また、米国の「市民権」の観点から進んだ制度とは異なり、日本には「福祉」、「社 会保障」の観点から、行政による公費の手話通訳・要約筆記派遣制度があること等 背景が異なる。
このような点を踏まえて、現在の日本に適合した制度設計が必須である。
②日本の障害者差別解消法
日本においても、障害当事者、関係者による長年の運動の成果として、2013年6 月に「差別解消法」が成立した。日本においても、ようやく障害を理由とする差別 を禁止する法律が成立したことは、大きな第一歩である。
しかしながら、その内容は、公的機関のみならず民間機関についても法的義務を 規定する ADA と異なり、合理的配慮の提供につき、行政機関については法的義務 とするものの、民間機関については努力義務にとどまるという不十分なものであ る。いわば、1990 年に制定されたADA ではなく、約40年前である1973 年に制 定された、連邦政府から財政援助を受けている活動等についてのみ法的義務を規定 したリハビリテーション法504条に類似したものである。
差別解消法は、法成立から3年後の2016年の施行からさらに3年以内に見直し を行い、民間機関についても、法的義務に格上げすることを検討していくとしてい る。
立法後も、権利保障の実現に向けての道のりの長い取り組みが必要であり、ADA
35 も「まだ、、
約 20 年」なのである。日本の差別解消法も、今後の活動により、本当の 意味での「差別禁止法」に育てていきたい。
(2) 米国の制度から見た高松手話通訳訴訟83
① 事案
香川県高松市在住の聴覚障害者(手話を使うろう者)である母親が、健聴の長女(当 時高校3年生)が進学を希望する東京都内の専門学校の保護者説明会について、高松市 に手話通訳の派遣を申請した。しかし、市の行政内部の要綱、内規によれば、①派遣区 域は高松市内のみ、かつ、市長が特に必要であると認める程度の客観的な重要性に乏し い②専門学校は派遣対象外であるとの理由により、申請は却下された。
母親は、2012 年 2 月、市の却下処分、要綱、内規等は、憲法、障害者権利条約、障 害者基本法等に違反するものであり、高松市に対し、却下処分の取消、自己負担した通 訳費用5140円、慰謝料10万円を求めて訴訟提起した。現在も係争中である。
② 米国において本件のような事案が仮に生じた場合の「効果的なコミュニケーション」の 保障
ⅰ) 保護者説明会における「効果的なコミュニケーション」の保障
米国の制度であれば、本件のような事案が仮に生じた場合、専門学校に手話通訳を手 配し、費用負担の義務が生じる事案である。
つまり、ADA第3編と司法省施行規則が、専門学校に対し、「効果的なコミュニケー ション」の保障を義務付けしており、ADAのガイドラインによれば、保護者説明会の内 容の重要性等から判断して、適切な補助手段は手話通訳であるとされるべき場合である からである。
なお、米国においては、「効果的なコミュニケーション」の保障を義務付けられた主 体が費用を負担する制度となっており、日本のように行政による公費の手話通訳・要約 筆記派遣制度はない。
ⅱ) 訴訟における「効果的なコミュニケーション」の保障
訴訟段階においては、ADA 第 2 編と司法省施行規則裁判所の費用により、手話通訳 による情報保障・適正手続保障がなされる。
なお、訴訟の支援者である聴覚障害を持つ傍聴人の情報保障・適正手続保障について は、裁判所の裁量判断となる。
83 高松手話通訳訴訟については、http://takamatsu-haken.jimdo.com/を参照
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ⅲ) 訴訟費用、弁護士費用について
ADA第1 編~第3編に関する訴訟については、訴訟費用及び弁護士費用について、
敗訴者が負担する規定84がある。
本件は、ADA 第 3 編に関する訴訟であり、勝訴の場合、訴訟費用、弁護士費用は、
敗訴した相手の負担となるため、原告である母親の負担とはならない。
米国では、ADAが、「効果的なコミュニケーション」の保障が法的義務であると明確 に規定しているのに加え、本件のように実質的な損害額は、自己負担した通訳費用の
5,140 円であるという比較的損害賠償額の低い事件であっても、訴訟費用、弁護士費用
について心配することなく、訴訟を提起して権利を主張し、差別を是正しやすい制度と なっている。
③ 日本の制度の場合
ⅰ) 保護者説明会における専門学校の合理的配慮の提供
本件当時は、差別解消法は制定、施行されていなかったが、仮に施行されていたとし ても、民間機関である専門学校については、合理的配慮の提供は、努力義務にとどまり、
手話通訳を手配し、費用負担を行う法的義務は生じない。
ⅱ) 保護者説明会への行政による公費の手話通訳派遣
行政による公費の手話通訳派遣制度があるものの、各市町村の行政内部の要綱、内規 により、全国統一的な基準がなく、派遣範囲、対象が限定されている上に不明確である。
本件の高松市のように、専門学校の保護者説明会は、派遣対象外と判断し、派遣されな い場合もある。
これは、行政による手話通訳・要約筆記派遣制度の根本的な考え方が、行政によって 与えられる「福祉サービス」の枠内にとどまっており、「情報取得・コミュニケーショ ンの権利」という意識が低いことの表れである。
ⅲ) 訴訟における裁判所の合理的配慮の提供
本件当時は、差別解消法は制定、施行されていなかったが、裁判所は同法の適用外で ある。
本件のような民事、行政訴訟においては、ADAのように、裁判所が、公費で、訴訟当 事者のための手話通訳を手配し、情報保障・適正手続保障を行う法的義務の根拠となる 具体的法律はなく85、裁判所に、手話通訳を手配し、費用負担を行う法的義務は生じな
84 ADA第5編雑則 第12205条 弁護士費用
85裁判における情報保障への配慮については、障害者基本法29条に一般的規定があるに とどまる。
37 い。
なお、訴訟当事者である原告(母親)については、裁判所に手話通訳の手配を依頼す ることは可能であり、その場合の費用は、訴訟費用に含まれ敗訴者負担となる86。支援 者である傍聴人についての手話通訳、要約筆記についてはこれに含まれない。
ⅳ) 訴訟への行政による公費の手話通訳派遣
訴訟については、行政による公費の手話通訳派遣制度の派遣対象に含まれるが、本件 では、裁判の相手方である高松市に対し、手話通訳の派遣を申請することは事実上困難 である。
ⅴ) 訴訟費用、弁護士費用について
訴訟費用については、敗訴者負担である。訴訟費用には、裁判所に納める印紙代、原 告(母親)についての手話通訳費用等が含まれる。
弁護士費用については、それぞれの当事者負担である。
高松手話通訳訴訟では実質的な損害額が、5140円なのにもかかわらず、実際にはそれ を大きく上回る費用がかかっており、支援者からの寄付金で運営している。
このように日本の制度では、仮に訴訟を提起すれば、法的義務が認められ勝訴する事 案である場合でも、費用面の負担が大きく、訴訟による差別の是正が困難である。
④ 日本が目指すべき制度
ⅰ) 情報アクセス・コミュニケーションの権利の全体的、全国的な法的保障
まず、いかなる制度設計においても、高松手話通訳訴訟における専門学校の保護者説 明会や裁判の場合のように、地域や対象によって、情報取得、コミュニケーションの権 利が保障から外れてしまう谷間が存在する制度であってはならない。
米国の場合は、それぞれ専門学校と裁判所が、「効果的なコミュニケーション」を保 障する法的義務を負う主体となっている。
これに対し、日本の制度は、過渡期にあり、特に差別解消法による合理的配慮の提供 の義務付けと行政による公費の手話通訳・要約筆記派遣制度の関係は、検討していかな ければならない課題である。しかし、これまで、公費の手話通訳・要約筆記派遣が、地 域において多く利用され、大きな役割を担ってきたことから、その環境を生かした制度 設計が必要であると思われる。
86 民事訴訟法第61条、154条1項本文、民事訴訟費用法。高松手話通訳訴訟は訴訟当事 者である原告の母親については、この方法で行っている。
刑事訴訟についても、刑事訴訟法176、181条但書、刑事訴訟費用法により、通訳費用は 訴訟費用となるが、被告人の経済状況によっては、免除することが認められる。