第 2 章 先行研究の概観
2.2 現代日本語と中国語における逆接表現に関する研究
2.2.2 現代中国語における逆接表現に関する研究
2.2.2.2 談話分析および会話分析の観点からの研究
会話に使われる「転折連詞」の振る舞いを談話、また会話分析の観点から捉えた研究と して Wang and Tsai(2007)、刘(2008)、方(2000)、姚(2012)、张(2014)、陈(2014)、 马(2010)がある。本節では、これらの先行研究を順番に紹介する。
Wang and Tsai(2007)は話し言葉データに現れた“只是”、“但是”、“不过”、“可是”という
4 つの逆接接続詞について、出現数を比較しながらそれぞれの特徴を整理した。共通点と
しては、“只是”を除いた3つ、“但是”、“不过”、“可是”は、いずれも逆接関係を示すほか、
新しいトピックの導入および不同意の表明という機能も備えている。また、話し言葉のデ ータの種類21による使用上の相違点として4点指摘された。1点目に、“可是”は最も典型的 な逆接接続詞であり、インフォーマルな会話に最も多く使われ、明確かつ直接的な対立を
表す。2点目に、“但是”はフォーマルなスピーチ、特にフォーマルなモノローグに多く使わ
れ、暗示的かつ非直接な対立を表す。3 点目に、“不过”はフォーマルな対談(インタビュ ー)には多く使われるが、フォーマルなモノローグにはそれほどみられない。4 点目に、
全体的に使用数の最も少ないのは“只是”で、インフォーマルな会話に最も多く使われてい る。
同じく、文体別に分析した研究として刘(2008)がある。“但是”は古くからの「転折連 詞」であるため書き言葉によく使われる。それに対し“不过”は副詞から転じてきた比較的 新しい用法であるため話し言葉によく使われるという。
しかし、本研究の結果からは、この2つの研究と異なる傾向が示された。扱ったデータ はインフォーマルな雑談であるが、“但是”、“不过”、“可是”という 3 つの逆接接続詞の中 で、“但是”の使用数は明らかにほかの2つを上回った。この点についての詳細な検討は第 6章に譲る。
新しい話題を導入したり、別の話題に切り替えたりする際に用いられる逆接表現の機能 に着目した研究として、方(2000)、姚(2012)、张(2014)、陈(2014)、马(2010)が挙 げられる。
方(2000)は、話し言葉における接続詞は必ずしも本義22で使われているのではないとい う従来の研究の見解を補足した。話し言葉では、“但是”、“不过”、“可是”の元の意味機能が 薄れて、「話題切り替え」と「ターンを取得」という談話構造を管理する機能にまで発達し た。それぞれの非本義として使われるケースの割合をまとめた結果は、表 2-7に示される 通りである。4時間の会話データのうち、「逆接」の意味が弱化して談話標識として現れる
“但是”、“可是”、“不过”の割合はそれぞれ33.3%、32.4%と40%であった。しかし、4時間
の会話データではまだ少ないと考え、本研究は7時間近くの分量で再検討する。
21 母語話者の個人経験談、カジュアルな会話、フォーマルなスピーチとフォーマルなインタビューという4 種類の会話データが使われた。
22 元の意義が薄れた意義。論理関係、事件の関係および時間的順序関係などを表さない意味用法。
表 2-7 方(2000)における“但是”、“可是”、“不过”の非本義的使用割合 逆接接続詞 総出現回数 非本義の出現回数 非本義の割合(%)
但是 63 21 33.3
可是 37 12 32.4
不过 10 4 40.0
(方 2000: 462をもとに筆者が作成)
姚(2012)は、複文の前後の関係を示す表現を“关系标记”(「関連マーカー」)と呼んで いる。日常会話では、“关系标记”は、元の意味が薄れ、新しい機能にまで拡張した現象が しばしばある。逆接関係を標記するマーカーには“不过”、“但是”、“但”、“可是”、“可”など が含まれている。具体的な分析対象として“但是”を取り上げ、話し言葉における機能を1)
談話の一貫性を保つ、2)新しいターンを作るまたはターンを奪い取る、3)話題を組み立 てる(元の話題に回帰する、異なる話題に切り替えるなど)、4)話し手の立場を表明する という4つにまとめた。その上で、“但是”を「逆接標識」より「対比標識」と捉えるべき だという立場を示した。
张(2014)は、方(2000)と姚(2012)の議論を踏襲し、“但是”の非本義機能を「注意を 引き起こす」、「対比/比較」、「話題転換」などに分けている。しかし、「対比/比較」は逆接 接続詞の本義だと考えてよいと思われる。また、“但是”は必ずしも内容上の矛盾を示すの ではなく、発話者の心理的矛盾や戸惑いを反映する場合もしばしばあると指摘する。3 つ の小説の会話文に現れる“但是”、“可是”、“不过”の談話標識的用法を抽出し割合を算出し た結果、談話標識的用法の最も多いのは“但是”であり、2番目に多いのは“不过”で、最も少 ないのは“可是”であった。しかし、方(2000)でも示唆されたように、話し言葉ではこの 割合はさらに高くなると予測できる。
陈(2014)は、インタビューの文字化資料を用いて“但是”の談話標識的機能を分析し、
上述の分類とは異なる分類を提案している。それは、「話題転換」、「元の話題に戻る」、「タ ーンを交代」、「ターンを維持」という4つの機能である。马(2010)は、会話データをも とに、“但是”の抽象化現象を「口癖」の一種として捉え、それは「文法化」の結果だと主 張している。
話し言葉における中国語逆接接続詞を考察した研究では、“但是”、“可是”、“不过”が談話 標識まで抽象化していった現象が詳細に議論されてきた。しかし、その3つの表現を統一 的に説明した研究はまだ少ない。また、それらの文法化現象と日本語の逆接表現との間に
どのような共通点および相違点があるのかという疑問についても、議論の余地がまだ残さ れている。