第 5 章 通時的な観点から見た日中逆接表現の文法化現象
5.1 日本語逆接表現の史的変化
5.1.1 接続詞・接続助詞「けど」の通時的変化
接続助詞・接続詞「けれども」の史的変遷について詳述した研究は非常に多い。接続助 詞「けれども」は、何らかの已然形「-けれ」と逆接の接続助詞「ど(も)」が結合したこと が通説となっている(遠藤・小野・長田・松井・村上・山口 1970: 69、西田 1978、小林 1986:
366、尾谷 2005、浅川 ほか 2014: 399など)。接続助詞「けれども」までの変化は図 5-1の
ように図式化することができる。
段階 1 2
語 けれ + ども(ど) → けれども(けれど)
品詞 已然形 逆接の接続助詞(古代日本 語)
逆接の接続助詞(現代日本 語)
図 5-1 接続助詞「けれども」の通時的変遷(1)
一方、已然形「-けれ」の語源に関する定説はまだない。シク活用形容詞の已然形語尾説、
打ち消し推量の助動詞「まじ」の已然形語尾説と過去の助動詞「けり」の已然形語尾説な どの説がみられる。
「けれども」の起源について、「まい」の已然形「まじけれ」に「ども(ど)」52が付く形 から変わってきたと主張するのは、湯沢(1936)と西田(1978)である。西田(1978)は、
「けれども」の用法の発達を室町時代後期から江戸時代後期まで辿った。その発達は以下 の4つの時期に分けられる。
I. 発生期:室町時代後期53(推量の助動詞「まい」「う」に下接した例がみられる。
「まいけれども」の形が「けれども」の起源ではないか。)
II. 発達期(一):江戸時代初期54(「まい」「う」の他、「たい」「た」などの助動 詞、また形容詞、動詞、動詞型活用の語に下接した例がみられる。)
III. 発達期(二):江戸時代中期55(すべての活用語に下接する可能性をそなえるよう
になり、用例数も増加する。)
IV. 確立期:江戸時代後期56(接続助詞としてのみならず、接続詞・終助詞としても用 いられ、「けども」のような語形も現れて、いっそう現代語化する。)
(西田 1978: 49)
52 「ども」は、事実を表す用言・活用連語について、拘束しない意味の連用修飾語(節)を造るに用いる。
これはまた「ど」とも言う(湯沢 1936: 521)。
53 期間:1336年-1573年
54 期間:1603年-1691年
55 期間:1692年-1779年
56 期間:1780年-1867年
各時期の資料を調査した結果、発生期、つまり室町時代後期から江戸時代初期までの時期 における「けれども」の形は、例 5-1に現れる「まいけれとも」または「まじいけれとも」
であった。後に、発達期に入って、助動詞(例 5-2)、形容詞(例 5-3)、さらに動詞型活用 の語(例 5-4)にも付くようになった。江戸中期に至っては、「けれども」を取る動詞の範 囲がさらに拡大し、一般化が高まり、「けれども」は接続助詞として定着しつつあった。完 全に定着したと言われるのは江戸後期の確立期である。
例 5-1
女ノ訴訟スル事ハ有マイケレトモ詩人カカウ作ソ [毛詩抄一・53才]
(西田 1978: 50)
例 5-2
いかやうにもしたいけれとも われらたいくわんのやくなれば [捷解新語(原刊)・四 22才]
(西田 1978: 52)
例 5-3
うれしいけれど あまりな事じゃ [雑兵物語上36ぺ]
(西田 1978: 53)
例 5-4
すめぬとおもわしゃるけれとも このやうすおもそさかたに くわしう申さいてはなら ぬことゆゑ [捷解新語(改修)・四34才]
(西田 1978: 53)
上に述べた西田(1978)の主張に従えば、接続助詞「けれども」の成立過程は、図 5-1 からに図 5-2精緻化することができる。
段階 語 説明
1
まい(まじい)けれ まい(まじい)の已然形(古代日本語)
+
ども(ど) 逆接の接続助詞(古代日本語)
↓
まい(まじい)けれども(ど) [まい(まじい)けれ] + [ども(ど)]
↓ ↓
[まい(まじい)] + [けれども(ど)]
2 たい/た/べい/うれしいけれども 助動詞/形容詞/動詞型活用の語+けれども
3 ↓
居る/腹がたつけれども より一般的な動詞 + けれども
4 ↓
けれども 逆接を表す接続助詞(現代日本語)
図 5-2 接続助詞「けれども」の通時的変遷(2)
この変化過程は、Traugott(1993)で分析された方向を示す句から未来時制に発達した英 語の“be going to”と関連させて、文法化の観点から考えることができる。助動詞“be going to”
の変化過程は図 5-3が示している通りである。
連辞的(Syntagmatic)軸 メカニズム:再分析 第一段階 be going [to visit Bill]
進行 方向を示す動詞 目的を表す節 第二段階 [be going to] visit Bill
(再分析) 時制 行 為 を 表 す 動 詞
第三段階 [be going to] like Bill
(類推) 時制 一般動詞
第四段階 [gonna] like/visit Bill
範列的(Paradigmatic)軸 メカニズム:類推
図 5-3 助動詞be going to の発展
(ホッパー・トラウゴット 2003: 78 図3.2)
第一段階における “be going to visit Bill”という節の構造は [be going] [to visit Bill] である。
つまり、境界線は [be going] と [to visit Bill] の間に存在する。第二段階では、境界線は [be
going to] と [visit Bill] の間に移動した。このような構造上の変化は、「再分析」という文法 化のメカニズムによるものである(ホッパー・トラウゴット 2003)。
同様に、接続助詞「けれども」の段階1においても再分析が起きていると言える。段階 1において、境界線は已然形 [まい(まじい)けれ] と逆接助詞 [ども(ど)] の間にあっ た。再分析を経て、段階2では、境界線は [まい(まじい)] と [けれども(ど)] の間に 移動した。つまり、[まい(まじい)けれ] [ども(ど)]という構造が徐々に[まい(まじい)]
[けれども(ど)] に変わっていって、その結果、「けれ」と「ど(も)」との境界線は完全
に消失した。
また、“be going to”の発展の第二段階から第三段階までの過程では、“be going to”に下接 する動詞の種類は “visit”のような行為を表す動詞から“like”のような一般動詞まで範囲が 広がった。ここで働くメカニズムは「類推」である。再分析が文法化の最大のメカニズム とすれば、類推は第二のメカニズムと言える。「類推は、言語体系そのものや言語社会にお ける規則の広がりを起こし、表層構造を変化させるが、規則変化はもたらさない」(ホッパ ー・トラウゴット 2003: 43)。
「けれども」については、時代とともに、「けれども」に後続可能な要素が、助動詞、形 容詞といった限られた品詞から品詞全般にまで一般化していった。これは図 5-2の段階3 に相当する。このような一般化は、受容クラスの拡大とも呼ばれる。Himmelmann(2004)
は文法化の特徴として3つのタイプを提案している。
a. 受容クラス拡大
文法化が進んで、その文法項目と共起する品詞の語種類が増える現象を指す。
b. 統語的拡大
文法化が進むと、その文法項目が以前には現れえなかった統語的位置でも使用可能 となる現象を指す。
c. 意味的・語用論的拡大
文法化を受ける要素の機能が広がり、使用されうる意味的・語用論的状況が拡大す る現象を指す。ランダムな方向へ機能変化するわけではなく、文法的機能を獲得す る方向へと拡大する点に注意されたい。
Himmelmann(2004: 31-32)米倉 訳(2017: 14)
つまり、段階2から段階3にかけて、「類推」というメカニズムの働きにより、「けれども」
と共起できる表現の種類は豊富になり、言い換えれば、「けれども」の受容クラスが拡大し ていった。以上の分析から、接続助詞「けれども」の発展過程では再分析と類推の両方が 働いていたことが確認できる。
「けれども」には、「類推」と捉えられるもう1つの変化がある。「けれども」のバリエ ーションの1つに「けれど」があるが、これについては、「も」が省略されたとする見方が ある(鈴木・林 1973)一方で、「ども」と「ど」が共存したことによる類推形と捉えたほ うが適切だという見方(土井 1969、浅川 ほか 2014)もある。「ども」と「ど」は異なる 形式だが意味機能は同じであるため、「けれど」は必ずしも「けれども」の省略とは限らず、
「ども」と「ど」の「共存による類推形」57だと考えることも可能であろう。
江戸後期から明治期にかけて、例 5-5のような「けど」の語形も現れるようになった(西 田 1978、宮内 2007)。
例 5-5
いなか者じゃと言はんすけど、京恥ずかしいうまい盛り、一口くはずにおかれぬめんす
(忠臣金短冊、第四)
(湯沢 1936: 506)
話し言葉では、明治時代は助詞「けれど」が優勢で、大正時代以降は助詞「けど」が優勢 になると言われる(浅川 ほか 2014)。ホッパー・トラウゴット(2003: 172)によると、
「語彙項目と接語が語幹、接辞として融合し形態素化するとき、さまざまな音韻変化が起 こる。それらは、音韻減少である場合が多い」。例えば “be going to”について、図 5-3か ら分かるように、第4段階で音韻減少現象が起こり、実際の話し言葉では“gonna”という 形で使われている。この見方によれば、「けど」は「けれど」が音韻的変化と考えること ができる。
使用率に関して、金沢(1994)は、「けれども」類の使用は江戸後期から「ど(も)」を 上回り、明治後期には「ど(も)」より圧倒的に多く使われるようになったと述べる。現代
57 「も」を伴わない語形「けれど」の成立は、やや降るようであるが、位相の問題がからんでおり、「けれ ども」の省略形というよりも、「ども」「ど」共存による類推形とみるべきだろう」(土井 1969: 416)。「語形と しては、「けれども」が古く、「けれど」は、逆接の接続助詞に「ども」・「ど」の二形があることの類推によっ て生じた」(浅川 ほか 2014: 399)。
日本語に至っては「ど(も)」はすでに使われなくなっている。同じ意味を持つ新しい形式 と古い形式が競合し、結果として古い形式が喪失に向かう。このように、古い形式が新し い形式に取って代わられる現象は、文法化理論では「更新」と呼ばれる(ホッパー・トラ ウゴット 2003)。
先述したように、日本語の接続詞のほとんどは接続助詞から転成してきた(川越 2003な ど)。例 5-6のように、句読点が加えられていないため断言することはできないが、接続詞 として用いられる「けれども」は江戸時代中期ごろにはすでに観察できるという指摘があ る(西田 1978)。
例 5-6
成程おめへのいゝなさることを聞やしちゃァ く一御尤さ けれど又わたしがいふ訳を もちっとは聞分てくんなせへし [洒・辰巳婦言538ぺ]
(西田 1978: 58)
伝統的な文法化の考え方では、独立性の高い内容語から独立性の低い機能語へ変わると いう一方向性が唱えられてきた。しかし、接続助詞から接続詞に転じるという日本語の例 は、一方向性の仮説に対して疑問を投げかける。Matsumoto(1988)は、一方向性の仮説に 対する反例として、日本語の接続助詞「が」を用いて説明した。
例 5-7
a. 太郎は若いが、よくやる。
b. 太郎が若い。が、よくやる。
(Matsumoto 1988: 340 例 3-1を再掲)
例 5-7のaでは、「が」は接続助詞として前文についている。ところが、bでは、「が」は 独立して文頭に立つ接続詞である。この2つの例は、文法化の一方向性に逆行する現象と して捉えられている。
加えて、「されども」に代わって接続詞として現れる形として、「けれども」、「けれど」
のほか、「それだけれども」、「だけれども」もみられる。西田(1978)は、それらは助動詞
「だ」に「けれども」が後続することが多く、徐々に「だけれども」が1つのかたまりと して再分析された結果かもしれないと述べている。