第 6 章 共時的な観点から見た日中逆接表現の文法化
6.1 共時的な観点から見た日本語逆接表現の文法化
6.1.1 共時的な観点から見た「けど」の文法化
接続助詞・接続詞「けど」は、日常会話で最も多く使われる逆接表現である。加えて、
会話で用いられる「けど」は、「でも」などのほかの逆接接続表現と比べると、多岐に渡る 機能を持っている。以下では、共時的な観点から「けど」の使い方を文法化のプロセスに 則って検討する。
6.1.1.1 “Content Textual Component”としての「けど」
本節では、“Content Textual Component”に該当する「けど」の会話例を分析する。
多くの場合、この段階の逆接表現は、後続する発話者の発話と先行する自分の発話の内 容の間には逆接または対立関係があることを示すが、先行する発話が言語化されていない 発話者の想定である場合もある。この段階に該当する接続助詞・接続詞「けど」の例とし て会話例 6-1〜会話例 6-3を分析する。
会話例 6-1
行 発話者 発話内容
1 CM2 まあ、むかし立ったのはあれだね。
2 AM2 むかしか、どれだね?
3→ CM2 あの:目玉焼きを作ってもらうときに、いつも俺は半熟にしてって言って
んだけど、
4 BM2 うん。
5 CM2 いつもなぜか親がこう完熟で出してくるのね。
会話例 6-1では、「腹がたつこと」について3人が話している。Cの発話は3行目と5行 目に分かれているが、3行目の「けど」に注目されたい。3行目の、半熟の目玉焼きを食べ たいとCが親に伝えたという事実と、5行目の、親がいつも完熟な目玉焼きを出すという 事実は矛盾している。この例の接続助詞「けど」は、単に3行目と5行目の節間の背反関 係を示している。「けど」に先行する発話内容とほかの会話参与者(AとB)の発話内容と の逆接関係は読み取れない。よって、この会話例は“Content Textual Component”として分類 する。
会話例 6-2
行 発話者 発話内容
1 L1F お金も大事だよね。
2 K1F うん。
3 L1F 結婚する:
4 K1F そりゃないよりは。
5→ L1F そりゃあ、hh 付き合うんだったら別にいいけど、結婚するんならお金 は大事だよ。
会話例 6-2は、交際相手の条件としてお金が重要かどうかについて話している。Lは、
「付き合うとき」と「結婚するとき」を対比させ、前者の場合は重要ではないが後者の場 合は大事であるという意見を表明している。会話例 6-1と同様、5行目の接続助詞「けど」
も同一発話者Fの発話内容の中にある対立関係を表している。ただし、会話例 6-1と異っ ているのは、会話例 6-2の接続助詞「けど」が示している節間の関係は、逆接関係ではな く対比関係であるという点である。したがって、この例は“Content Textual Component”に該 当すると思われる。
第5章で述べたように、接続助詞「けど」は、歴史的な変化を経て、独立した接続詞と しても使われるようになった。接続詞「けど」は、日常会話にもしばしばみられる。会話 例 6-3を見られたい。
会話例 6-3
行 発話者 発話内容
1 1JMA どうやった?
2 1JMB うん?
3 1JMA 単位的には取りやすそう?文化人類学
4 1JMB 文化人類学?単位-テストがむずい、
5 1JMA あ::
6→ 1JMB けど授業めちゃくちゃ面白いっていうタイプ
Aは、1行目から3行目にかけて、「文化人類学」の授業が単位をとりやすいか、Bに質問 をしている。4行目と6行目がBの答えとなっている。4行目の「テストが難しい」とい うマイナス面と、6 行目の「授業が面白い」というプラス面が対立関係として示されてい る。したがって、この例も“Content Textual Component”に入る。
接続詞「けど」と接続助詞「けど」は、ともに逆接関係を示す機能を持っている。しか し、会話での使用率に関しては、接続詞の「けど」より、明らかに接続助詞の「けど」の ほうが頻繁に使われている。量的結果を先取りしていえば、筆者が収録した400分間の日 常雑談では、「けど」類の接続表現は全部で593回観察できた。そのうち、接続詞として使
われたのはわずか22回(3.71%)であった。
6.1.1.2 “Interactive Textual Component”としての「けど」
“Interactive Textual Component”は、発話者とほかの会話参与者との人間関係にポジティブ またはネガティブな影響の主観的態度や感情、評価などと関連しており、場合によって、
発話者と会話参与者との対人関係に働きかける。これを基準として、この節では、
“Interactive Textual Component”に該当する接続助詞「けど」(会話例 6-4)と接続詞「けど」
(会話例 6-5)の例を提示する。
Schiffrin(1987: 175)は、英語の“but”は、話し手が自分の主張を維持する時、または相手
の先行発話に対して不同意を表明する際にしばしば用いられると述べる。日本語の逆接接 続表現も同様である。矢野・伊藤(1999)は、初対面の女性同士の対話に使われている同 意また不同意表現を品詞別に抽出してまとめた。不同意表現は、(1)「相手発話へ相反する 文を接続する接続詞(でも、けど等)」、(2)「相手発話への不同意、意外感を表す感動詞(い や、いえ、えっ等)」、(3)「相手発話への不同意を表す自立語(違う、思いません等)」の 3種類に分けることができる。各表現の平均出現頻度を比較した結果、(1)「相手発話へ相 反する文を接続する接続詞」の出現率が最も高いことが明らかになった。次の会話例 6-4 は、接続助詞「けど」の不同意表明の例である。
会話例 6-4
行 発話者 発話内容
1 1JMA コダックはいいと思うよ
2 1JMB コダック可愛いと思うよ俺も
3→ 1JMA か-可愛くはないけどな
4 1JMB 可愛くはない?いや、可愛くないコダック?
5 1JMA ない。断定
6 1JMB 断定?
この会話では、あるゲームのキャラクター「コダック」について話している。Bはコダ ックは可愛いと思っているのに対し、Aはコダックは可愛くないと主張した。2 人は気楽 な雰囲気で自分の感想を表明しているが、会話の最後まで2人とも異なる立場を主張して
いる。したがって、ここの「けど」はBに対するAの反対の意見と共起するため、この例 の「けど」は“Interactive Textual Component”として認められる。
相手の話に反する意見を述べる際、接続詞「けど」をターンの冒頭におく会話例もしば しばみられる。会話例 6-5では、一発話中に接続詞「けど」と接続助詞「けど」を同時に 用いている。
会話例 6-5
行 発話者 発話内容
1 BM11 あの、来てから:出るまで一言も喋らない人結構いる。
2 AM11 あ::あ::
3 CM11 うん
4→ AM11 いや、けどなんかそれ便利っつかそこ買うんだけど。○○屋に
5 BM11 あ::
6 AM11 なんか気もうすごい気:遣わなくていいじゃん
7 CM11 あ::
この断片では、ある飲食店でバイトしているBが、無愛想な客について文句を言ってい る。それに対して、Aは、まず4行目で「いや」で否定し、続いて「一言も喋らなくてい いという点は客にとっては便利である」という自分の意見が文頭の接続詞「けど」によっ て導かれる。この A の意見は、B の意見と異なる。文頭の「けど」は“Interactive Textual Component”の基準に合うと思われる。
なお、この例では、冒頭の接続詞「けど」に加えて、文末にも接続助詞「けど」が用い られている。文末の「けど」は自分の意見を和らげると説明される。つまり、これはあく までも自分の意見であり、相手に押し付けないために使われていると言える。このような
「けど」は先行する自分または話し相手の発話内容との逆接関係ではなく、自分の主張を 緩和することによって、話し相手に対する配慮を示していると言える。接続助詞「けど」
のこのようないわゆる談話標識的な働きについては次節で分析する。
6.1.1.3 “Procedural Textual Component”としての「けど」
会話例 6-5の4行目に現れた接続助詞「けど」のように、“Content Textual Component”と
も“Interactive Textual Component”とも見なしえない「けど」の例があった。そのような例で は、逆接表現がつなぐ前後の発話に「逆接」もしくは「対比」の関係が認められない。発 話者は、相手のことを配慮しながら後続発話を続ける。この場合、逆接表現は和らげる機 能を果たす談話標識と見なし、“Procedural Textual Component”と呼ぶこととする。以下では、
この段階を示す会話例 6-6〜会話例 6-8について説明する。
会話例 6-6
行 発話者 発話内容
1 AM7 鯉あれヘルペスだっつってたね、ヘルペスだったっけ?なん-鯉なんつ ってたっけ?
2 CM7 えーっと
3 AM7 病気は
4 BM7 わかんない。あれなんなんですか? ウイルスですか?
5 AM7 なんだろうね。
6 CM7 うん
7 BM7 なんであれ殺さなきゃいけないの
8→ AM7 そう。だから生き残った鯉は強い鯉だからさ:そこから子供を作ればい
いと思うんだけどね。
9 BM7 うん。だよね
10 AM7 うん
11 BM7 そしたらもう鯉ウイルス
12 AM7 あの死ん-死んだやつを処分するのはいいんだけどさ
13 BM7 うん
14 CM7 うん
会話例 6-6では、鯉がウイルス感染で大量に死んだことについて話し合っている。7行 目でBは「なんで殺さなければならないの」という疑問を表明した。続く8行目で、Aは
「生き残った鯉は強い鯉だから」殺さなくてもいいという意見を述べている。会話の流れ から判断すれば、「けど」と共起する Aの発話は、先行する自分の発話またはほかの会話 参与者の意見と対立しているのではなく、「すべての鯉が処分された」という事実との対立
を示していると思われる。そういった意味では、8 行目のターン末の「けど」は、会話例 6-4の不同意表明の「けど」に比べて、「逆接」の意味が明らかに弱い。このような「けど」
は、自分の主張をやわらげる働きとして解釈できる(曺 2000)。発話の終わりに接続助詞 をつける場合、発話は形式的には終わっていない。よって、発話者の主張や意見などが聞 き手に断定的に聞こえることを避けることができる(Okamoto 2011)。
話し相手の発話に対立する意見を表明するという行為をある種の「主観的」行為と捉え れば、会話例 6-6のように、文末に使われる「けど」は「間主観的」行為と見ることがで きる。小野寺(2017)の説明によれば、「主観的」とは発話者自身の見方・判断・態度を示 す意味を指す。それに対して「間主観的」とは、「主観性を持つ人ともう一人の人の間のこ とがらを指す」、また「間主観的な意味」というのは「話し手の相手(聞き手)に対する配 慮や関心を帯びた、聞き手指向的な意味」(小野寺 2017: 4-5)である。下記に示す会話例 6-7 と会話例 6-8 に現れた接続助詞「けど」からも発話者は間主観的な行為を行なってい ると窺える。
会話例 6-7
行 発話者 発話内容
1 1JMA 俺一から四、一から三、一から四、一から三、一から四ってとるけん
2 1JMB あん。なるほどね
3 1JMA もう本当いっぱいになると思うよ。まあ:まあ、ま時間割によるけどね
4 1JMB まね、それはあるね。時間割に取りたいっていうけど取れないっていう
授業もあるね
5 1JMA うん、そうそうそう
6→ 1JMB え、俺、なぜか知らないけど、芸術学を取ることになりそうやけど、一
緒に受けない?
7 1JMA 芸術学?
8 1JMB 芸術学
9 1JMA お前が?
10 1JMB うん
11 1JMA 美的センスないよ
12 1JMB hhuhhh