第 3 章 文法化理論について
3.3 文法化のプロセスと一方向性仮説
これまでの研究では、文法化に伴う変化のプロセス26がいくつか提案されている。ここで は、代表的な3つを紹介する。
まず、文法化に伴う形態的な変化の連鎖として最も広く知られているのは、Givón(1979)
が提案した(1)の図式である。
25 Hopper(1991)は文法化の5つの原則を提案している、すなわち、Layering(重層化)、Divergence(分岐
化)、Specialization(特殊化)、Persistence(保持化)およびDe-categorialization(脱範疇化)である。Layering
(重層化)とは、新しい層が現れた時、必ず古い層がなくなるのではなく、新しい層と関わりながら相互に共 存すると考えられる(Hopper 1991: 22)。
26 「文法化の経路」または「文法化の連鎖」といった呼び方もみられる。
(1) 談話 > 統語 > 形態 > 形態音韻 > ゼロ
Givón(1979: 209)
この図式では、各語彙項目は、談話的機能から出発し、歴史的変化を辿った結果、語の形 態構造の一部になるほど独立性がなくなり、最後には消えていくという過程が示されてい る。しかし、最近の文法化研究は、形態の変化のみならず、意味・機能の変化に着目して いると言われる(ナロック 2005)。
次に、意味変化の傾向として、Heine et al.(1991)が提案する次のプロセス(2)が挙げ られる。
(2)身体 > 物体 > 過程 > 空間 > 時間 > 性質
Heine et al.(1991: 159) 大堀(2005: 13)
この傾向は、様々な言語にみられる変化を説明できる。日本語の「ところ」が、場所を意 味する名詞から出来事の進行中を表す助動詞への意味変化も好例である(青木 2011)。
3つ目はTraugott(1982、1989)によって提案された(3)の図式である。Traugott(1982)
は「主観化」(subjectification)という概念を取り入れ、文法化の過程において、“Propositional Component”、“Textual Component”と“Expressive Component”という3つの段階(成分)を設 けた。
(3)Propositional Component > Textual Component > Expressive Component
Traugott(1982: 257)
秋元(2001)の用語に従えば、この3つの段階は日本語では「命題的」なもの、「テキスト 的」なもの、「感情表出的」なものと呼ばれる。さらに、文法化の過程で、ある一方の機能 的/意味的部門から他方の部門への移行があるとすれば、その移行は Propositional Component > Textual Component > Expressive Componentであり、その逆ではないという一方 向性仮説もよく知られている(Traugott 1982: 256)。
(2)と(3)のプロセスの違いについて、大堀(2005)は次のように述べる。(2)は「文 法化の主たるプロセス、すなわち脱語彙化に関わるもの」であるのに対し、(3)は「文法 要素として確立した後に発達する多機能性をよりよく捉えるもの」である(大堀 2005:14)。
本研究が扱う逆接表現は、すでに文法要素の範囲に入っているため、第6章での日中逆接 表現の共時的分析では(3)のモデルを用いる必要があるだろう27。
Traugott(1982)はこのモデルについて、次の図 3-1を示している。
Propositional
component Textual
component Expressive
component Lexical items
Gram. 28 prop.29 marker
a) less pers.30 b) more pers.31
Gram.
text marker
a) less pers.
b) more pers.
Gram.
expr.32 marker
a) less pers.
b) more pers.
Dummy marker ø
図 3-1 Traugott(1982)における文法化モデル
Traugott(1982: 257)(注は筆者による)
これはHalliday and Hasan(1976)に基づいたモデルである。このモデルの3つの段階は、
それぞれ異なるものを指している。1番目の“Propositional Component”33とは、それについて 具体的に語ることのできるものを指す。真理条件34と密接に関連する部分以外、具体的に は、時間や空間の指示表現および人称指示詞なども含まれる。2番目の“Textual Component”
に含まれているのは多様な接続表現であり、それらはテキストやディスコースの展開、い わゆる結束性と緊密に関わっている。最後の“Expressive Component”35とは、先行発話との 結束性を保ちながら、中心的な働きとして発話者の主観的態度や感情、もしくは評価など を表出するために用いられる資源である。“Propositional Component”から“Expressive
27 接続表現の多機能について、Sweetser(1990)は“content”、“epistemic”、“speech act”という3つのドメイ ンに基づいて論じた。しかし、本研究は接続表現がどのように談話標識的な機能まで変化したかに着目して分 析するため、Traugott(1982)が提案した文法化のモデルを用いた。
28 Grammaticalized
29 propositional
30 less personal
31 more personal
32 expressive
33 Halliday and Hasan(1976)では“ideational”と呼ばれる。
34 内田(2012)によれば、“but”や“so”などの談話連結詞は真理条件に貢献するものではない。
35 Halliday and Hasan(1976)では“interpersonal”と呼ばれる。
Component”まで、意味の抽象度は次第に高まっていき、文法化が進んでいくとされている。
また、場合によっては、実質的な意味が全く消失し、Dummy marker、あるいは意味を持た ない ø になることも考えられる。
Traugott(1989)はPropositional Component > Textual Component > Expressive Componentと いう変化プロセスに伴う特徴の1つとして、「表現の意味は次第に話し手の考え、態度が反 映される主観的な意味へ変化していく」(Traugott 1989: 35)という傾向があると述べる36。
なお、「文法化」の変化過程はランダムではなく、1つの方向に沿って進んでいくと考え られている。これは「一方向性仮説」と呼ばれる。段階Aと段階Bがある場合、文法化は 必ず段階 Aから段階Bへという方向で進んでいく。BからAへという逆方向のケースは ない(Hopper and Traugott 1993: 116)。しかし、近年この仮説に対する反論も示されている
(Matsumoto 1988、Narrog 2012など)。