• 検索結果がありません。

現代中国語における“其实”の文法化

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 152-158)

第 7 章 逆接を表す「というか」と “ 其实 ” について

7.2 中国語の“其实”

7.2.2 現代中国語における“其实”の文法化

本節では、これまでの分析と同じように、“Content Textual Component”、“Interactive Textual

83 “它的”を意味する。日本語の「その」の意味である。

84 “果实”を意味する。日本語の「果実、実」の意味である。

85 『クラウン中日辞典』(三省堂)による訳。

Component”と“Procedural Textual Component”に該当する“其实”の使用例を分析していく。ま ず、会話例 7-6は“Content Textual Component”の例として挙げられる。

会話例 7-6

行 発話者 発話内容

1 AF1 还有什么虾、海鲜类,尤其是,尤其是虾,以前我不知道,以前我-我-看 那个新鲜的那种白灼虾嘛,闻-闻着味道,就跟那种虾仁啊,味道是完全不 一样,就虾仁就有一股,我一开始吃以为它腐烂的那种臭味儿呢。

2 BF1 不是。

3 AF1 然后后来我觉得,啊所有的虾仁都是一个,都是那个味儿。

4 BF1 对。就是那个虾仁,你看像市场上你去买那种虾仁,它那个特红特大。你 感觉那个虾仁,就是颜色特别好,其实它已经,它是用那个福尔玛琳泡过 的。

日本語訳

行 発話者 発話内容

1 AF1 あと、海老ね。魚介類((の中))でも、特に、特に海老だよ。それまで私も 知らなかったんだけどね。前に私、私ね、新鮮な皮付きの海老の料理が 出てね、その香りが、あのむき海老とね、全然違うわけ。むき海老って なんか匂いが、私最初むき海老を食べたとき、腐ったような臭い匂いが すると思った。

2 BF1 いや。

3 AF1 そしてあとになって((分かったんだけど))、あ:むき海老はみんな同じよ うな匂いだってね。

4→ BF1 そうなのよ。むき海老はね、市場で出回っているむき海老、鮮やかな赤

でとても大きいあれ。あれ、色すごくいい、実はあれはホルマリン液に 浸かっていたからなのよ。

この例では、市販されているむき海老についてAとBが話している。4行目でBは、

「市場で出回っているむき海老は大きくて見た目もいい感じであるけど、それはホルマリ ン液に浸かっていたからである」と述べる。見た目からは新鮮な海老であると推測される

はずだが、事実は体に害があるホルマリン液に浸かっているという、この前後の対立関係 が“其实”によって示されている。この“其实”は、“但是”もしくは“可是”などの逆接表現に置 き換えても意味は変わらない。なお、“其实”は「むき海老の見た目がいい」と「ホルマリ ン液に浸かっていた」という対立関係があるBが述べた客観的事実をつなぎ、話し相手に 対して発せられたものではない。よって、このような会話例は“Content Textual Component”

に該当する。

しかし、“其实”の文法化が進むにつれ、主観化が起こる。それに伴う変化の1つとして、

“其实”の後続要素に客観的な事実ではない表現が現れくる。

会話例 7-7

行 発話者 発話内容

1 AF11 那你如果是考公务员就-,可以那个,一边那个考那个-硕士文凭啊什么,

博士文凭。

2→ BF11 嗯::其实我觉得考研究院跟考那个::公务员,

3 AF11 你就-

4 BF11 时间有点儿-赶不过来。

5 AF11 嗯:

6 BF11 因为毕竟都是十二月份嘛,不可能同时应付。

日本語訳

行 発話者 発話内容

1 AF11 じゃあさ、公務員試験を受けるなら、そっちも受験して、大学院の修士

とか博士も受験できるよね。

2→ BF11 うん::でも私は、大学院の受験とその::公務員の受験を一緒にやるのは、

3 AF11 だから-

4 BF11 時間的に-厳しいと思っている。

5 AF11 うん:

6 BF11 だってどっちも12月だからね、さすがに両立するのは無理だよね。

会話例 7-7で、Aは公務員と大学院入学試験を同時に準備することは可能だと考えてB

にアドバイスした。それに対してBは、“其实我觉得”と述べて「公務員と院の試験を同時 に受けるのは時間的に余裕がない」という自分の主観的な意見を提示する。この“其实”は、

逆接関係という結束性を作り出すとともに、先行発話や相手に対して異なる意見を述べる という対人関係的な働きもしている。したがって、会話例 7-7の“其实”は“Interactive Textual Component”に入ると思われる。

福原(2010)は、日本語の文末表現「じゃん」について、自分の個人的な内容について 話し手は「じゃん」を使ってあたかも一般論のように語ることがあると指摘している。そ れは、自分の考えや意見であっても、形式上一般論であることにしてしまえば、聞き手か ら反論されずに済むことができるだけではなく、相手から理解されたいという話者の気持 ちも表されると説明した。会話例 7-7の“其实”の発話者も、「じゃん」と同様の心理がある という説明が可能だろう。“其实”はもともと客観的な事実を述べる際に使う表現である。

しかし、この例でBは、「公務員と院の試験を同時に受けるのは時間的に厳しい」ことを、

あたかも一般的な事実や認識であるかのように位置付けて、自分の考えとして述べている。

このようにして、発話者は自己の主張を正当化している。また、この例でみられるように、

“其实”は“我觉得”と頻繁に共起する。すでに述べたように、“我觉得”は主観的な立場やス タンスを表明するための標識である。したがって、“我觉得”と共起する“其实”は、客観的 な事実を導く場合に比べて主観性が高まっていると言える。

さらに、これまで分析してきた日中逆接接続表現、また日本語の「というか」と同様の 文法化プロセスで、“其实”も話題を変える談話標識的な機能にまで発達した。

会話例 7-8

行 発話者 発話内容

1 BF7 我后来觉得其实身材最好的是后来又搬-搬过来的.那个可能说她家里有什 么。

2 AF7 啊:就是跟((人名))很较劲的那个。

3 BF7 对对,就是两个人比做pie的那个。

4 AF7 嗯嗯。

5 BF7 我觉得那个:看上去挺-挺舒服的,但是就是说话太冲了。

6→ AF7 其实我觉得看到现在就是,我最喜欢的一-一-一个场景就是-是迈克跟苏珊

结婚的那个地方。就是第三季最后他们不-就是-迈克为了给苏-因为你想苏

珊的婚礼跟((人名))两个是很近的。

日本語訳

行 発話者 発話内容

1 BF7 その後私が一番スタイルがいいと思ったのは、あとで引-引っ越してき た、あの家の事情がありそうな彼女。

2 AF7 あ:確か((人の名))とかなり競い合っていたあの人だね。

3 BF7 そうそう。二人でパイ作りを競い合っていたあの((人ね))。

4 AF7 うんうん。

5 BF7 私はあの人は:見た目はわ-割といいけど、言い方がちょっときついと思 う。

6→ AF7 私今まで見てきて、い-い-一番好きなシーンはMeacleとSusanが結婚し

たシーンかな。シーズン3の終わりに、彼ら-MeacleはSusanのため((を 思って結婚式をしたでしょ))、だってSusanの結婚式が((人の名前))二人 の結婚式に近かったじゃない。

この例では、AとBは「デスパレートな妻たち」というアメリカのドラマについて話し ている。5行目までで2人はその中の一番スタイルのいい女優について話していたが、6行 目でAは突然話の方向を変え、自分が一番好きなシーンに関する意見を出す。こういった 場合の“其实”も、“我觉得”との共起が非常に多く観察された。この例の場合、話し手は相 手に対して異なる意見を持ち出すのではなく、その時点で自分が言いたいことについて話 したいだけである。この場合、“其实”のもとの「事実、実際には」という意味がさらに希 薄になっていると言える。会話例 7-9も同じ使い方である。

会話例 7-9

行 発話者 発話内容

1 AF9 那倒是,也,对对对,如果你一个年轻的人他素质比较高的话,他也是-就 是那种-反正我觉得一个人的素质很重要。但是,但是怎么说呢,就是低的 那种,那种没有素质的人,其实也不怨他,他就分辨不出来。有的你说是 他知道的话,他故意那就是坏人了,他就是那种不好;问题是,他可能就

是,他就是怎么说,他就是不知道那个所谓的好,那种…

2 BF9 这种理论就是:长得丑不是你的错,出来吓人就是你的错!

3→ AF9 反正我觉得有时候,其实,其实是,其实是什么,就是局外人看出来了这

个人真悲哀,连一些,就是,就是觉得你活著太觉得是一件很悲哀的事。

你就是分不清什么,就感觉是什么,一个读书人对於一个就是,一个白丁,

就是一个没有文-文盲来说是,就是说,你怎么就是理解不了这本书里面 讲的内容的之深,之好,之:

日本語訳

行 発話者 発話内容

1 AF9 それはそうだよね。そうそう、もし若い人が教養もわりとよかったら、

その人も-つまりその-とにかく、教養はすごく重要だと思う。でも、で もなんというかな、教養が低い人、教養のない人の方ね、実際の話、教 養がないのはその人のせいじゃない、((物事の是非が))分かってないだ けなのよ。もし分かってて、故意にそうするのなら悪いやつよ、そうい う人は悪い人。でも問題は、そういう人は多分、なんていうか、つまり、

その、物事の所謂いい悪いが分かっていないんじゃないかって思う。そ いう:

2 BF9 そういうのはつまり、『見た目の醜さは本人のせいではないが、人前に 出て人を驚かせるのは本人の責任である』ということだね。

3→ AF9 まあ私も時々ね、その、なんか、つまり、周りの人がその人の不幸を分

かるのに、こういうことですら、つまり((周りの人が))その人が生きて ることを不幸なことだって思うのよ。それなのに、本人はどうしても分 からない。その感じはなんか、教育を受けてない人、知識人が文盲に対 して、なんでこの本の良さと内容の深さなどが分からないんだろうって いうのと似ている。

3行目のAの発話では、“其实”が3回繰り返され、フィラー的に使われている。ここか ら、Aが言葉を探している様子が窺われる。そして、続く内容は、客観的な事実ではなく、

全てAの主観的な感想と評価である。このように、話し手は自分が話したい内容を持ち出 しながら会話の方向を少しずつ変えていく。

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 152-158)