第 6 章 共時的な観点から見た日中逆接表現の文法化
6.1 共時的な観点から見た日本語逆接表現の文法化
6.1.2 共時的な観点から見た「でも」の文法化
本節では、接続詞「でも」が談話標識まで文法化した現象に注目して、前節と同じ手法 で具体的な会話例を分析する。6.1.1.2で述べたように、逆接接続表現の最も基本となる段 階は“Content Textual Component”である。まず、“Content Textual Component”に該当する「で も」の例、およびその次の“Interactive Textual Component”に該当する例を提示する。そして、
“Procedural Textual Component”にまで発達した例があるか否かについて確認する。
6.1.2.1 “Content Textual Component”としての「でも」
「でも」は「けど」とともに談話場面の接続詞の基調であり、日常会話で中心的に使わ れている(岩澤 1985)。逆接接続詞としての最も基本的な使い方は、会話例 6-9〜会話例 6-12会話例 6-11に示される。
会話例 6-9
行 発話者 発話内容
1 BF8
なんか知らないおばさんに:あの:帰ってくる時あの宮城から戻る時に、何 かうちは:集団、あっ集団じゃなくって、なんつうの団体で:ディズニーラン ドこれから行くんですけど:お弁当があまったんで:食べてくれませんかっ て来たのね。
((省略))
2 BF8 なんか:子供たち、何か、小学校小学生ぐらいなんだけど。
3 AF8 へえ:えじゃ小学生のお弁当?
4→ BF8 でも小学生にしては少ないの:、あの:クラスとかにしては少なくて。
会話例 6-9では、Bが新幹線で知らない人からお弁当を食べるように勧められた経験に ついて語っている。2行目で、「小学生ぐらいの団体」だという自分が受けた印象を述べた あと、4 行目で、小学生のクラスにしては人数が少ないという疑問を表明した。この後続 発話内容は先行するBの発話内容を覆しており、前後の逆接の関係が認められる。この「で も」および続きの発話はAに対して何か反論しているとは考えにくく、対人的な特徴はな いと言える。以上のような説明から、この例は内容的な接続であり、“Content Textual Component”に入ると判断する。
次の例は、逆接関係ではなく対比関係として理解される。
会話例 6-10
行 発話者 発話内容
1 1JMA 情けは人のためならず
2 1JMB ほらならんやんhhuh
3 1JMA あれ
4 1JMB Huhhuh
5 1JMA あれ?
6 1JMB うん?
7 1JMA 結局自分のためか
8 1JMB うん
9 1JMA 自分のために
10 1JMB hhuhh
12 1JMA 人のために何かをするんだhhhuhhuhuどう?hhu
14 1JMB いやいやいや意味が分からない。矛盾しとるんや。自分のために、人
のために、結局みんなのためにhhuh
15 1JMA 本心は自分のために
16 1JMB hhhuh本心は自分のために
17 1JMA そう
18→ 1JMB でも周りで見せかけには、人のために
20 1JMA そうだ
この例では、2人は「情けは人のためならず」ということわざについて話している。「で も」が結んでいるのは、16行目と18 行目で示される「情けは人のためならず」の意味で ある。「自分のため」という本心と「人のため」という建前で表される対比関係が、「でも」
によってより顕在化されている。このような対比関係も、単なる同一発話者Bの発話内容 の中に現れる接続関係であり、対人的な行為は行われていない。
会話で「でも」が現れる位置について見ると、以下のような現象が観察された。「でも」
は常に発話の冒頭に置かれる。「でも」を冒頭に発することによって、通常、話し手が前述 の発話と異なる見方や相容れない見解を出してくることが聞き手に予想される。しかし、
会話例 6-11のように文中に現れる例、会話例 6-12のように文末に現れる事例もみられた。
会話例 6-11
行 発話者 発話内容
1 4JMA うちの研究員も言ってたけど、やっぱ、高くても野菜とかいいもん食べ
たほうがいいみたいな
2 4JMB いや、そう思いますけどね
3 4JMA なんか体壊すと、結局全部ダメになるからみたいな
4 4JMB あ::
5 4JMA あそうやな:みたいな思ったけど。いや食べてないわ。唐揚げと-
6 4JMB いやそう-。確かに
7→ 4JMA 野菜はでも最近気をつけてるけどね結構
8 4JMB そうそう
9 4JMA 食べるようにしている。
この例では、健康な食事に関する話が中心となっている。1行目、3行目、5行目のAの 発話からは、体によいものを食べようとは思うが唐揚げを食べてしまうという事実が分か る。しかし、7行目で「でも野菜は最近気をつけてる」と話を続けた。5行目と7行目の内 容の対立関係を「でも」によって作り出している。また、7行目のAの発話は、Bに対す る反論ではないことは明確である。以上のことから、これは“Content Textual Component”
の例と考えられる。ただし、本来冒頭に位置するはずの「でも」は、主語の「野菜は」の 後に現れている。
会話例 6-12では、「でも」は発話の最後に置かれている。
会話例 6-12
行 発話者 発話内容
1 6JFA あ大濠ぐらいあ::家の近くのめっちゃしょぼい花火大会はあるけど
3 6JFB 打ち上げる?
4→ 6JFA 大濠ぐらいしか。うん。めっちゃしょぼいでも。
会話例 6-12 は、A の家の近くで行われる花火大会に関する会話の断片である。3 行目で
「打ち上げる?」というBの確認に、Aは4行目で「うん」と受け止めたあと、「めっち ゃしょぼいでも」と続けた。ここで対立しているのは「打ち上げる」という事実と「花火 大会の規模は小さい」というAの評価である。4行目のAの発話はBの意見に対して発せ られたものではなく、先行する A の自分の発話と対立しているため、“Content Textual Component”であると考えられる。
ここまでは、「でも」と共起する発話と対立関係を成す内容が言語化されている例を分析 した。しかし、対立関係を成す内容が言語化されていない「でも」の使い方もある。それ を提示する前に、まず逆接表現「しかし」と「それにしても」が持っている「感動詞的」
と言われる使い方について説明する。
会話例 6-13
状況:[聞き手が帰ってきた矢先に、その帰りを待っていた話し手が発した言葉である。]
「しかし、遅いな、不良娘ちゃん。」
(ドラマ シナリオ)
会話例 6-14
状況:[真夏の昼日中。しばらく汗を書きながら歩いたあと]
「しかし/それにしても、暑いなあ、今日は。」
(日本語記述文法研究会 2009: 80)
会話例 6-13と会話例 6-14では、先行する話題がないまま、逆接を示す接続表現「しかし」
と「それにしても」が発話者の感動した気持ちを表している。小池(1997: 200)は、この ような「しかし」と「それにしても」は「感動詞で独立語である」と主張する。しかし、
「しかし」と「それにしても」は単独で使うことができないため、感動詞であるとは言い 難いと思われる。本研究で扱った会話データにも、上述した「しかし」と「それにしても」
と似たようなふるまいをする「でも」の例が観察された66。
会話例 6-15
行 発話者 発話内容
1 4JMB 東急とか分かります?
2 4JMA あ::東急の不動産あるね。うんうん。
3 4JMB あれすごい。今、東急、渋谷、いやあの東急-
4 4JMA 〇〇やっけ?
5 4JMB そう東京のもうあの辺りはもう、渋谷はもう
6 4JMA 全部東急みたいな?
7 4JMB 全部東急がしてますね
8 4JMA まじか?すごいな
9 4JMB 二子玉川を全部東急がこうか-買い取って、全部開発してもう
10→ 4JMA うん、うんうん、うん。あれすごいよなでもあの開発
66 「でも」のこのような使い方は日常会話で頻繁に用いられていると思われる。本研究では1例しか観察さ れなかったが、データの限界と考えられる。また、接続詞「けど」にもこのような使い方が見られなかった。
11 4JMB もう今は、すごいです東急は
この会話では、東急という企業による渋谷周辺の再開発プロジェクトについて話してい る。「でも」は、10行目のAの発話ターンの途中に現れている。しかし、Aのこの発話に は、先行する会話内容との間に矛盾あるいは不一致はまったく認められない。この「でも」
は「東急会社が行なった再開発プロジェクトがすごい」というAの感動した気持ちを強調 して示していると考えられる。上記の3つの例に現れる「しかし」、「それにしても」また
「でも」は、いずれも発せられた会話内容の何かに背反する関係を示す為に使われている のではないと考えられる。むしろ、言語化されていない、発話者の自己想定、あるいは期 待と異なることを際立たせるために用いられているのだと捉えられる。
ただし、会話例 6-15の「でも」と会話例 6-13と会話例 6-14の「しかし」、「それにし ても」と全く同じ使い方であるとは言い難い。なぜなら、会話例 6-13と会話例 6-14の「し かし」は発話の冒頭に現れているのに対し、会話例 6-15の「でも」は会話の流れの中で現 れている。しかし、会話例 6-16が示すように、「でも」を会話の冒頭で使う例もある。
会話例 6-16
状況:[授業が終わって食事に行く相談をしているときに、ふと思い出したように]
「でもさあ、今日の授業だけどさ、先生、試験範囲じゃないって言ってたけどホントかな あ。」 (日本語記述文法研究会 2009: 80)
状況説明の部分から、この発話の直前には「食事に行く」について相談していたことが 分かる。会話の内容の流れからは、ここの「でも」は異なる2つの話題をつなぐ働きをし ているように見える。しかし、この「でも」も「先生が今日の授業は試験範囲じゃないっ て言ってた」という出来事に対立して、発話者が疑いと不安を持っていることが気持ちを 表している。本研究では、このような「でも」も“Content Textual Component”に該当すると 判断する。
6.1.2.2 “Interactive Textual Component”としての「でも」
前節では“Content Textual Component”と思われる「でも」の会話例を観察したが、本節で は“Interactive Textual Component”の段階に進んでいる例を分析する。