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第 3 章 理論的背景

3.1.3 語レベルのコンストラクション

図 3-4Verhagen (2009: 144)におけるコンストラクションの定義

Verhagen (2009) が述べているように,ある直接観察できない意味・概念を指し示す

トリガーとなれるのは,具体的な形式だけではない。具体的な形式が指し示す意味・概 念もまた別の意味・概念を指し示すトリガーと成り得るのである。したがって,本研究 では具体的な音韻的形式だけでなく,文法的なカテゴリーなども抽象的なものではある が形式の一つとして考える。そうすることによって,第四章で述べるように,日本語の 語彙的複合動詞と統語的複合動詞の区別が可能になるだけでなく,V1 と V2 の特定の 意味関係に対応する文法的な形式を設定することができるようになる。

表 3-3 サイズと複雑さの異なる様々なコンストラクションの例(Booij 2010: 15) Example

Word

Word (partially filled) Complex word Idiom (filled)

Idiom (partially filled) Ditransitive

tentacle, gangster, the post-N, V-ing

textbook, drive-in like a bat out of hell believe<one‟s>ears/eyes

Subj V Obj1 Obj2 (e.g. he baked her a muffin)

従来の形態論は主に二つのアプローチに分けることができる。一つは形態素ベースの アプローチで,ある複雑語(complex word)は形態素の合成として分析される(Lieber 1980, 1992, Selkirk 1982, Di Sciullo&Williams 1987など)。このアプローチの問題点としては,

複雑語を構成する形態素がその語以外において存在しない例が多く見られることが挙 げられる。例えば,英語のacceptable, affordable, approachable, believable, doableのよう

なV-ableは,他動詞と-ableという接尾辞が合成したものとして分析できるが,applicable

における動詞語根 applic-は本来基底となる動詞 apply とは異なる。さらに,amenable,

ineluctableなどにおいては,基底となる動詞が存在しない(Booij 2013を参照)。このよう

なものはいわゆるクランベリー型形態素(cranberry morpheme)と呼ばれるもので,複合語 の構成要素としては存在するが,単独では用いられないものである。

形態論のもう一つのアプローチは語ベースのアプローチで,既存の語に基づいてその 形態を分析するものである(Anderson 1992, Aronoff 2007など)。Booij (2013) によると,

コンストラクション形態論が用いる語ベースのアプローチでは V-able の語は既に存在 しているものに基づいて次のように分析される。

(5) acceptacceptable, afford affordable,

approach approachable, believe believable, do doable

(5)にある語を左側と右側に分けて分析すると,両者に意味的な対応関係が共通して 見られることが分かる。つまり,右の列にある語は左の列の語が表す動作が実現可能で あることを共通して表していると分析できる。そして,これらの用例における,形式と 意味の対応関係に基づいて一般化することで,以下のようなスキーマを形成することが できる(Booij 2013: 256)。

(6) [VTRi -able]Aj ↔ [[CAN BE SEMi-ed]property]j

(TRは他動詞を表し,SEMは対応する構成要素の意味を表す)

スキーマ(6)は既存の-able で終わる形容詞を一般化したものであり,それらの予測可 能な一般的性質を表している。V-ableはほとんどが他動詞である。従って,コンストラ クションの形式はデフォルト的には[Vtri -able]Ajである。これはあくまでデフォルトで あり,少数の例外が許される。しかし,例外となるものも,その意味は他動詞的なもの である。例えば,自動詞と他動詞の両方の用法を持つ多義語のplaydebateはスキー マ(6)に埋め込まれると他動詞の用法を選択する。そして,laughableとunlistenableのよ うな本来自動詞であったものに他動詞の読みを強制する。さらに,clubbableのように,

[N-able]の 場 合 も , ス キ ー マ(6)に よ っ て 他 動 詞 の 読 み が 動 機 付 け ら れ る 。

amenable,ineluctableのような例は,意味においてはスキーマ(6)と対応しているため,形

式的に異なる下位スキーマを形成していると考えることができる。

それだけではなく,スキーマ(6)に基づいて,新たに V-able の形容詞を作り出すプロ セスを説明することができる。例えば,最近のインターネットの文化の発展から作り出 されたblogという動詞はスキーマ(6)に基づいて,blogable„worthy of being blogged‟とい う新たな形容詞を作り出すことができる12

このようなスキーマ(6)は部分的な空きスロットがある「コンストラクション的イデ ィオム(constructional idiom)」である(Jackendoff 2002, Booij 2009, 2010, 2013を参照)。コ ンストラクション的イディオムにおける固定された要素は単独で使用されるときには

12 注意したいのはblogableがスキーマ(2)の意味から意味拡張しているという点である。blogable は<~することができる>という意味から<~することに値する>と意味拡張しているが,これは

readable, writableのような場合にも見られるもので,-ableの多義であると思われる。このような多義

の場合は下位スキーマ(Boas 2003におけるmini-constructionを参照)を形成していると考える。

見られない意味を持つ場合がある。このような複合語に埋め込まれた形でしか見られな い意味を「拘束意味(bound meaning)」という。例えば,オランダ語のreuse(reus „giant‟

という語にlinking elementとしての-eがついたもの)は複合語の前項として,名詞や形容 詞と結合することで,単独で使われる際には見られない„great‟と„very‟という意味を持つ (Booij 2013: 259)。

(7) a.reuse-N

reuze-idee „great idea‟

reuze-kerel „great guy‟

reuze-mop „great joke‟

reuze-plan „great plan‟

b. reuse-A

reuze-aardig „very kind‟

reuze-leuk „very nice‟

reuze-gemeen „very nasty‟