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第 4 章 コンストラクションに基づく複合動詞の考察

4.1 コンストラクションを用いた日本語複合動詞の先行研究

コンストラクションを用いて日本語複合動詞を分析した先行研究に野田 (2009) と 松本 (2011),Matsumoto (2012) がある。これらの先行研究においては,複合動詞を構成 要素の単純な総和ではなく,構成要素に還元できない意味を有する独立したゲシュタル ト的な複合体として捉えている。本研究もこの考え方に従う。

4.1.1

野田 (2009)

野田 (2009) は分析可能性の高い複合動詞を対象として,個々の複合動詞の意味を分

析し,そこからボトムアップ的に抽出した(現代日本語において確立していると考えら れる)13の構文的意味を提示している。

(5) 野田 (2009) における複合動詞の構文的意味

構文的意味①:<移動主体が,ある動きV1 を伴い,ある移動V2 を実現する>

(例:「駆け上がる」)

構文的意味②:<移動主体が,何らかの対象に対する働きかけとしてのある行為 V1 を,反復的もしくは(長期)継続的に伴い,ある移動V2 を実現 する>(例:「売り歩く」)

構文的意味③:<移動主体が,ある行為もしくは状態変化V1 を伴い,かつその行 為もしくは状態変化V1 の結果として,ある移動V2 を実現する>

(例:「焼け落ちる」)

構文的意味④:<変化主体が,ある行為もしくは状態変化V1 の結果として,ある 状態変化V2 を実現する>(例:「歩き疲れる」)

構文的意味⑤:<変化主体が,他者や,他の事物からの働きかけによって生じる,

ある動きV1 の結果として,ある変化V2 を実現する>

(例:「突き刺さる」)

構文的意味⑥:<使役行為者が,ある行為V1 により対象に働きかけ,その結果と して対象にある使役行為V2 を実現させる>(例:「打ち上げる」) 構文的意味⑦:<主体が,ほぼ同時に,ある事態V1 及び別の事態V2 を実現する

>(例:「光り輝く」)

構文的意味⑧:<主体が,ある事態V1 を,継続的であり程度性・徹底性が高い事 態V2 として実現する>(例:「晴れ渡る」)

構文的意味⑨:<主体が,本来ならば実現するはずの,もしくは実現すべきある事 態V1 を,未遂・不成立に終えるV2>(例:「{食べ}残す」)

構文的意味⑩:<主体が,ある事態V1 を,ある期間もしくは習慣的に継続する V2>(例:「{走り}続ける」)

構文的意味⑪:<複数の主体が,ある事態V1 を,同時もしくは交互に(ある期 間)継続するV2>(例:「{話し}合う」)

構文的意味⑫:<主体が,ある事態V1 を始動するV2>(例:「{食べ}始める」) 構文的意味⑬:<主体が,ある事態V1 を完了・完遂するV2>

(例:「{歌い}終わる」)

例えば,「駆け上がる」「飛び下りる」「走り回る」などには共通した意味特徴が見ら れ,これらの複合動詞からボドムアップ的に<移動主体が,ある動きV1 を伴い,ある 移動 V2 を実現する>という構文的意味①を抽出でき,「打ち上げる」「切り倒す」「叩 き壊す」などからは<使役行為者が,ある行為V1 により対象に働きかけ,その結果と して対象にある使役行為V2 を実現させる>という構文的意味⑥を抽出できる,という ように分析している。このような構文的意味は,構成要素の合成という観点からでは説 明できないものであり,複合動詞をコンストラクションとして認める必要があることを 示している。

野田 (2009) はさらに,これらの構文的意味の相互関係をメタファーやメトニミーの

ような比喩に基づく拡張として捉える。それによって,複合動詞全体を図4-1のような 複数の構文的意味によって形成される構文的多義ネットワークとして示している。

図 4-1 複合動詞における構文的多義ネットワーク

野田 (2009) では,複合動詞の意味的な連続性を捉えるために,「駆け上がる」「打ち

上げる」のような語彙的複合動詞と「走り続ける」「食べ始める」のような統語的複合 動詞を連続的なものとして,まとめて扱っているが,本研究では両者の形態的・概念的 な違いから,両者を区別し,語彙的複合動詞だけを扱う。

4.1.2 松本 (2011), Matsumoto (2012)

松本 (2011) や Matsumoto (2012) は日本語複合動詞をコンストラクション形態論の 観点から分析し,複層的な制約が必要だとして,主語一致のスーパー(上位)スキーマと 意味関係のスキーマを中心に,日本語の語彙的複合動詞を階層的スキーマネットワーク で示している。

図 4-2 松本 (2011) における日本語語彙的複合動詞の階層的スキーマネットワーク

松本 (2011) によると,複合動詞は,その構成要素のみから予測されない意味を持つ。

複合動詞のV1とV2 は原因―結果,手段―目的などの特定の意味関係にあり,複合動 詞の意味にはこのような意味関係を表す意味が含まれている。例えば,手段型の動詞は

<V2 BY V1>という意味を表す。ところが,BYのような意味関係は,特定の構成要素

と結びついておらず,複合動詞というコンストラクションの意味であると言える。その ため,原因―結果,手段―目的のようなV1とV2の意味関係を複合動詞のイベントス キーマとして捉えられる。複合動詞の意味にBYのような意味関係を表す意味が含まれ ているというのは,二つ(またはそれ以上)の意味・概念を組み合わせることで,構成要 素にない意味・概念が生じるということである。このことは,前章で見た。

そして,松本 (2011) は日本語の語彙的複合動詞で認可される主要イベントスキーマ のスーパースキーマ(一般的な上位スキーマ)として,主語一致のスキーマが存在する,

としている。しかし,主語一致のスキーマに適合すれば複合動詞として成立するわけで はない。

(6) 主語が一致するが複合動詞として成立しないもの(Matsumoto 2011) a. V1がV2の付帯状況(付随姿勢)

立ち食いする→*立ち食う 立ち読みする→*立ち読む b. 連続的行為

ひき逃げする→*ひき逃げる c. 反復的行為

上がり下がりする→*上がり下がる 行き来する→*行き来る

(6)のように,主語が一致しても複合動詞として成立できるわけではないため,図4-1の

ような下位スキーマのリストが必要である。

また,「打ち上がる」や「舞い上げる」のような主語が一致しないものは,主要イベ ントスキーマの派生スキーマと考えられるが,派生スキーマでないものは主語が一致す る必要があるため,日本語語彙的複合動詞の一般化を捉えるため上位スキーマも必要で あるという。

4.1.3 個別動詞レベルのコンストラクションの必要性

本節で見てきたように,コンストラクションを用いた先行研究においては,具体例か ら一般化された抽象的なスキーマを中心に検討している。しかし,本研究では慣習化の 影響を考慮し,構成要素から予測できない性質を持つ具体例の一部(「取り締まる」「立 ち会う」「引き出す」「言い渡す」など)についても,個別動詞レベルのコンストラクショ ンと見なす必要があると主張する。このような構成要素の合成という観点からでは説明 できない複合動詞の全体的な性質については4.4節で詳しく検討する。

Chomsky (1970) やHalle (1973) などにおいても,語彙的な語形成過程によって形成さ

れた output は,何らかの形で辞書(レキシコン)に登録されると考えられている。影山

(1993: 355) においても,語彙部門における語形成は活発なものから不活発なものまで

様々な段階が存在するが,最も活発なものでも,その派生結果は辞書に登録されている

と述べている。この点では,これらの研究も本質的にコンストラクション形態論と共通 するものである。

Langacker (1987: 57) などが主張しているように,コンストラクションの考え方では,

言語は「慣習的な言語的単位の構造化された目録(a structured inventory of conventional

linguistic units)」であるため,個別の動詞も抽象的なスキーマも同じコンストラクション

と認められる。コンストラクションという共通の概念として見なすことで,個別動詞レ ベルのコンストラクションとコンストラクション的イディオム,そしてさらに抽象的な 意味関係のコンストラクションや主語一致のコンストラクションとの連続性を捉える ことができるのである。