第 4 章 コンストラクションに基づく複合動詞の考察
4.5 個々の日本語語彙的複合動詞における全体的な性質
4.5.2 意味の面における全体的な性質
4.5.2.2 分析的だが合成性を失っている例
分析的でない例のほかにも,分析的だが合成性を失っている例が存在する。例えば,
「立ち会う」や「落ち着く」などがそうである。これらの複合動詞の全体の意味は後述 するように,構成要素のV1と V2からアルゴリズム的に導き出すことはできないが,
全体の意味からV1とV2の果たす意味的な役割を理解することは可能である(複合語に おける合成性と分析性についてはCoulson 2001: 159-161を参照)。「立ち会う」とは,誰 かが何かを行う特別な場に「立ち」それを見届けることである。そして,その場には他 の誰かがいることが前提となっており,その意味で誰かと「会う」のだと理解される。
同じように,「落ち着く」は<精神状態が安定する>という意味だが,何かが「落ちて」
地面に「着く」と,最終的には動きが止まり安定することからメタファー的にその意味 を理解することができる(cf. Lindstromberg 2010: Ch. 16)。
従来,合成的ではない例としては「取り締まる」のような分析的ではない例を挙げる ことが多かったが,本研究では,「立ち会う」「落ち着く」「引き立てる」「押し殺す」な どの分析的な例も,合成的でない例だと考える。このような例は日本語の語彙的複合動 詞に多く存在しており,「引き立てる」や「押し殺す」のように抽象的な意味でのみ用 いられるもの(表4-3),そして,「立ち会う」や「落ち着く」のように,特定の意味解釈 のみを許すもの(表 4-4)に分けられる。これらの複合動詞データベースにおける用例数 も合わせて示す。
表 4-3 抽象的な意味でのみ用いられる例(計 50 語)
複合動詞 用例数 例文
当てつける 438 {自分の無能さ/*ダーツ}を当てつける。
当てはまる 2148 彼の異常行動は認知症の症状に当てはまる。
??パネルが枠に当てはまる。
歩み寄る 1651 {相手/*コンビニ}に歩み寄る。
打ち切る 2472 {契約/*頭}を打ち切る。
打ち消す 1859 {不安/*照明}を打ち消す。
埋め合わせる 1327 {損失/*壁の隙間}を埋め合わせる。
押し殺す 1538 {気持ち/*虫}を押し殺す。
押し進める 1415 {計画/*台車}を推し進める。
押し通す 1528 {主張/*排水管}を押し通す。
落ち入る 1120 {錯覚/*穴}に落ち入る。
落ちこぼれる 1274 {生徒/*水滴}が落ちこぼれる。
落ち込む 3279 気持ちが落ち込む。
*穴に落ち込む。
落ち着く 3063 心が落ち着く。
*風に飛ばされた洗濯物が地面に落ち着いた。
落ち着ける 1764 {心を/*地面に}落ち着ける。
かいつまむ 495 {要点/*石}をかいつまむ。
食い下がる 1337 太郎は必死に食い下がった。
??警察犬は犯人に飛びついて食い下がった。
返り咲く 1396 {前首相/*桜}が返り咲いた。
繰り広げる 1729 {戦い/*糸}を繰り広げる。
こき下ろす 1479 {ライバル製品/*稲}をこき下ろす。
締め切る 2589 {募集/*頸動脈}を締め切る。
擦り寄る 1501 {権力/*壁}に擦り寄る。
出し抜く 1508 {ライバル/*棒}を出し抜く。
畳み掛ける 1133 {質問/*シート}を畳み掛ける。
立ち上げる 3143 {事業/*棒}を立ち上げる。
立て替える 1925 {借金/*棒}を立て替える。
突き詰める 1321 失敗の原因を突き詰める。
*隙間を綿で突き詰める。
突き止める 2039 犯人の居場所を突き止める。
*泳いでいる魚をモリで突き止める。
積み立てる 2225 {退職金/??レンガ}を積み立てる。
貫き通す 1541 {信念/*心臓}を貫き通す。
照らし合わせる 1528 {結果/??鏡}を照らし合わせる。
取り崩す 2245 {貯金/*積み木}を取り崩す。
寝返る 1683 敵に寝返る。
*彼は眠れずにベッドの上で何度も寝返った。
張り切る 1731 彼は勝負事になると俄然張り切る。
*ワイヤーを張り切る。
引き起こす 2860 {問題/*倒木}を引き起こす。
引き出す 2742 生徒からやる気を引き出す。
??タンスから荷物を引き出す。
引き立てる 1781 {味/*倒れた柱}を引き立てる。
引き取る 3540 家族に見守られて,息を引き取った。
*縄をぐいっと引き取った。
引き分ける 1920 ホームでライバルチームと引き分けた。
*動線を引き分ける。
ふっかける 1541 {値段/??息}をふっかける。
踏み切る 2554 値上げに踏み切る。
*アキレス腱を踏み切る。
振り込む 3384 {お金/*バット}を振り込む。
振り絞る 1457 {声/*タオル}を振り絞る。
見合う 2023 仕入れコストに見合う価格で販売する。
*二人はしばらくの間お互いを見合った。
向き合う 2789 現実と向き合う。
?? 電車で対面の席に座った二人はしばらくの間無言で 向き合った。
持ち上がる 1803 {問題/*荷物}が持ち上がる。
持ちかける 1841 {投資/*タオル}を持ちかける。
盛り上げる 2395 {合コン/??土}を盛り上げる。
盛り返す 1442 {勢力/*土}を盛り返す。
渡り合う 1513 世界の強豪と互角に渡り合う。
*二人は川を渡り合った。
割り出す 2042 {犯人/*クルミ}を割り出す。
表 4-4 特定の意味以外の解釈は成立しない例(計 47 語)
複合動詞 用例数 例文
言い立てる 1420 {ありもしないこと/*目標}を言い立てる。
言いつける 438 {用事/*条件}を言いつける。
言い寄る 1522 好きな子に言い寄る。
*役所に文句を言い寄る。
言い渡す 2014 {判決/*文句}を言い渡す。
居座る 1805 友達の家に居座る。
*一分間ベンチに居座った。
落ち合う 1617 {現地で/*崖から}落ち合った。
思い込む 3303 自分が正しいと思い込む。
*家族のことを思い込む。
思い知る 1870 {自分の限界/*答え}を思い知る。
思い詰める 1407 {人生/*内容}を思い詰める。
降り立つ 1744 彼は転勤で初めての地に降り立った。
*毎日バスに乗って自宅の前に降り立つ。
食い込む 2344 バッグが肩に食い込む。
*食べ物を胃に食い込む。
買い付ける 1971 フランスからワインを買い付ける。
*エアコンをリビングに買い付けた。
噛み合う 2405 {話/?野良犬}が噛み合った。
こき使う 1340 {部下/*槍}をこき使う。
差し入れる 528 ケーキを差し入れる。
*目薬を一滴差し入れる。
差し向ける 1517 {助けの手/??傘}を差し向ける。
立ち会う 2076 妻の出産に立ち会った。
*出先で偶然友人に立ち会った。
立ち寄る 1993 {銀行/*壁際}に立ち寄る。
食べ歩く 1467 全国のラーメン屋を食べ歩く。
*買ったばかりのアイスを食べ歩く。
使い回す 1664 {部品/*腕}を使いまわす。
付き合う 7408 {二人/*条件}は付き合った。
連れ込む 2044 彼女を部屋に連れ込んだ。
*妻をレストランに連れ込んだ。
連れ添う 1380 {病弱な夫/*飼い犬}と連れ添う。
出会う 5011 {運命の人/*被害}に出会う。
出直す 978 一から出直す。
*忘れ物をしたため,家を出直した。
出回る 2869 {インターネット/*道}に出回る。
出向く 2574 {裁判所/*良い方向}に出向いた。
出戻る 1936 離婚して実家に出戻る。
*忘れ物を取りに部屋へ出戻る。
取り寄せる 2018 他大学から資料を取り寄せる。
*テーブルの上にあるリモコンを取り寄せる。
成り上がる 1336 {社長/*高校生}に成り上がる。
似合う 9115 {雰囲気/*親}に似合う。
寝込む 1629 風を引いて家で寝込んだ。
*布団に寝込む。
寝違える 1498 {首/*ベッド}を寝違える。
乗っ取る 2393 {会社/*自転車}を乗っ取る。
飲み歩く 1351 銀座のバーを飲み歩く。
*買ったばかりのジュースを飲み歩く。
引き合わせる 1515 {友人/*扉}を引き合わせる。
引き渡す 2303 {犯人/*縄}を引き渡す。
振り当てる 1056 {番号/*バット}を振り当てる。
振り付ける 556 {曲/*塩}を振り付ける。
触れ回る 1184 {周囲の人/*各地の文化}に触れ回る。
葬り去る 1388 {敵/*亡くなった父}を葬り去る。
見かける 2544 {不審者/*太陽}を見かける。
申し込む 5039 {決闘/*お礼}を申し込む。
持ち寄る 1687 {手料理/*不満}を持ち寄る。
呼びかける 3246 {協力/*名前}を呼びかける。
呼び込む 2137 客を店に呼びこむ。
*犬を家に呼びこむ。
割り込む 1588 {平均/*お皿}を割り込む。
表4-3にある例のように,抽象的な意味でしか用いられないという,複合動詞化に伴 って起こる「意味の抽象化」とでも言うべき現象には程度性が見られる。例えば,『複 合動詞データベース』を検索すると,「洗い出す」や「突き動かす」などは,複合動詞 化されると,抽象的な意味で使用される傾向が高いが,まだ具体的な意味でも使われて いる(「洗い出す」は目的語を取る950例の中で具体的な目的語は「石」や「汚れ」など の21例のみ;「突き動かす」は838例中,「腰」や「粒子」など27例)。一方,「{味/*
倒れた柱}を引き立てる」や「{気持ち/*虫}を押し殺す」などにおいては,複合動詞 化されると,もはや抽象的な意味でしか使われなくなる。
次に,表 4-4 のような例は,抽象的な意味でのみ使われるという制限を持たないが,
ある特定の意味以外の解釈は成立しない。「言い渡す」を例に説明すると,もしこの複 合動詞が合成的に形成されたものだとしたら,「*太郎は{情報/秘密/予定}を友人に 言い渡した」というように言えてもいいはずなのに,「言い渡す」はもっぱら判決やリ ストラ,処分などのような公的な処置の場面で用いられ,V1とV2から合成可能な,他 の意味は成立しない。同様に,「*道端で偶然友人に立ち会った」や「*忘れ物を取りに 家に出戻った」とは言えず,これらの複合動詞は特定の場面(本研究で言うところのフ レーム)と結びついている。
表4-3にあるものは本来具体的なことにも抽象的なことにも使えるという,程度性が あるものであるのに対し,表4-4のものはどちらかと言えば最初からある特定の複合事 象を表すために二つの動詞を選んで複合動詞を作ったと思われる。例えば,「言い寄る」
は初めから求愛行為を表すために,求愛行為を最もよく表すことができる,何か甘い言 葉を「言う」ことと,想っている人のそばに「寄る」ということから「言う」と「寄る」
を選んで複合動詞化したと思われる。
このように,本来ならば合成可能な意味が成立しない,という特異な性質も合成的な アプローチからは説明できず,複合動詞(または複合語)が全体として持っている性質だ と考える必要がある。表4-3と表4-4のような例は個別動詞レベルのコンストラクショ ンとして考えられる35。
複合動詞に見られるこのような非合成的な性質について,図 4-16 が示すように,複 合動詞の産出と理解から説明しよう。
35 非合成的なものには,複合動詞全体の項が構成要素の項ではないものも見られる。例え ば,「ラーメン屋を{*食べる/*歩く/食べ歩く}」「バーを{*飲む/*歩く/飲み歩く}」「夫 と{*連れる/*沿う/連れ添う}」「掃除を{*言う/*つける/言いつける}」のように,こ れらの例は複合動詞全体の項構造が構成要素の項から作られるとする影山 (1993) や
Fukushima (2005) などの説では説明できないものである。この問題は5.4節で改めて検討す
る。