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第 3 章 理論的背景

3.1.2 コンストラクションの形式についての再考

ここで一つの問題点が残っている。それは,コンストラクションの定義は形式と意味 のペアリングであるが,二重目的語構文における[Subj V Obj Obj2]のような文法的なカ テゴリーの組み合わせを,一つの形式と見なしてよいのだろうか,ということである。

コンストラクションにおける形式がどのようなものを指すのか,という問題点につい て,Langacker (2005)はGoldberg (1995)やCroft (2001) における項構造構文を対象に,次 のように指摘している。Langacker (2005)は図3-2のように,項構造構文に対応する形式 について,自身が提唱するCognitive Grammarは音韻的な構造(phonological structure)し か認めていないのに対し,Goldberg (1995) のConstruction GrammarやCroft (2001) の

Radical Construction Grammarにおいては,文法的な形式(主語や目的語など)も含むとし

ている。

図 3-2Cognitive Grammar と(Radical) Construction Grammar における異なる形式の概 念(Langacker 2005: 105)

その上で,文法的な形式をコンストラクションの形式とすることについて,以下のよ うに,1) 文法的な形式は具体的な音形を持たないため,それをコンストラクションの 形式とするのは妥当ではない,そして,2) 文法を表すコンストラクションの中に文法 形式を含めるのは循環論法に陥る,という二つの問題点を指摘している。

In what sense, for instance, is categorization as a noun a matter of form?

Categorylabels do not appear in the speech stream, and since ordinary speakers haveno conscious awareness of grammatical classes or class membership, thelatter can hardly be said to have a symbolizing function. There is alsosomething less than straightforward about saying that grammar resides inconstructions, defined as form-meaning pairings, and also saying that

certainaspects of grammar constitute a major part of the form.

(Langacker 2005: 107)

こ の 問 題 点 に つ い て は Goldberg (2006) に お け る 使 役 移 動 構 文(Caused Motion Construction)を例に説明しよう。使役移動構文とはsneeze the foam of the cappuccinoなど のような例として具現化される構文である。

表 3-2 Goldberg (2006: 73) における使役移動構文

Form Meaning

Subj V ObjOblpath/loc X causes Y to MoveZpath/loc

Goldberg (2006)は[Subj V ObjOblpath/loc]が使役移動構文の形式だとしているが,斜格の 経路(path)と場所(loc)は一定の形式を持つものとは考えにくく,あくまでも概念的なも のである。

Verhagen (2009)はこの問題に対して,コンストラクションを一つの記号として捉え直 すことで説明している。記号を形式と意味のペアリングとして考えた場合に,その形式 には二つの側面があって,一つは記号の観察できる一面(例えば音韻的な形式)を指して いるが,もう一つの側面としては,ある直接観察できない何かを指し示す「トリガー」

という役割がある。記号の形式をトリガーとして考えたときに,記号をシニフィアン(表 すもの)とシニフィエ(表されるもの)のペアリングとして定義することができる。この定 義において,ある意味(または概念)を指し示すことができるのは必ずしも具体的な形式 である必要はない。次の図を見てみよう。

図 3-3 ‘Protection’という概念を表す傘(Verhagen 2009: 135)

この図はオランダの保険会社で使われているものだが,傘という視覚的なイメージ (直接知覚可能な形式)から,<体が濡れないように雨を防ぐもの>という概念を呼び起 こすが,そこからさらに<危険から身を守るもの>という概念を連想させる。抽象的な

<危険から身を守るもの>という概念は直接傘という視覚的なイメージと結びついて いるのではない。<危険から身を守るもの>という概念は,傘というイメージが喚起す る<体が濡れないように雨を防ぐもの>という概念がトリガーとなって,呼び起こされ るものである。下図のように,記号における形式と意味の対応関係は直接なものだけで なく,ある形式によって喚起される意味が媒介として別の意味を呼び起こすという,間 接的な対応関係が存在する11

11 「メトニミー」的な関係に相当する(Verhagen 2009: 139)。

図 3-4Verhagen (2009: 144)におけるコンストラクションの定義

Verhagen (2009) が述べているように,ある直接観察できない意味・概念を指し示す

トリガーとなれるのは,具体的な形式だけではない。具体的な形式が指し示す意味・概 念もまた別の意味・概念を指し示すトリガーと成り得るのである。したがって,本研究 では具体的な音韻的形式だけでなく,文法的なカテゴリーなども抽象的なものではある が形式の一つとして考える。そうすることによって,第四章で述べるように,日本語の 語彙的複合動詞と統語的複合動詞の区別が可能になるだけでなく,V1 と V2 の特定の 意味関係に対応する文法的な形式を設定することができるようになる。