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第 4 章 コンストラクションに基づく複合動詞の考察

4.2 日本語語彙的複合動詞の階層的スキーマネットワーク

と述べている。この点では,これらの研究も本質的にコンストラクション形態論と共通 するものである。

Langacker (1987: 57) などが主張しているように,コンストラクションの考え方では,

言語は「慣習的な言語的単位の構造化された目録(a structured inventory of conventional

linguistic units)」であるため,個別の動詞も抽象的なスキーマも同じコンストラクション

と認められる。コンストラクションという共通の概念として見なすことで,個別動詞レ ベルのコンストラクションとコンストラクション的イディオム,そしてさらに抽象的な 意味関係のコンストラクションや主語一致のコンストラクションとの連続性を捉える ことができるのである。

図 4-3 日本語語彙的複合動詞の階層的スキーマネットワーク

(SIMP=単純和語動詞, REN=連用形, SUBJ=主語, OBJ=目的語, E=イベント, T=イベントの発 生時間, INT=自動詞, TR=他動詞,AGT=意志的な動詞, CHG=変化を表す動詞, CAUS.CHG=使 役変化動詞, MAN=様態動詞, MOT=移動動詞, ↕=形式と意味の対応関係, 矢印の点線=派生 関係, 点線=下位スキーマ間の意味的な対応関係)

図 4-3 の一番上に位置する[Vi-SIMP.REN-Vj-SIMP]V↔ [Ei IS CONCEPTUALLY RELATED TO Ej] (SUBJi=SUBJj)は日本語語彙的複合動詞のスーパースキーマに相当するもので,形式とし ては,和語単純動詞Viの連用形と和語単純動詞Vjの組み合わせで,中高型の複合動詞 アクセントを有する(窪薗・大田 1998を参照),というものである25。この形式に対応す る意味は,Viが表すイベントEiとVjの表すイベントEjに概念的な関連性がある,とい うもので,Viと Vjの主語が一致する必要がある。そして,このスーパースキーマの下 には大きく二つの異なるタイプに分けられる。一つはEiとEjが因果関係にあるもので,

もう一つはEiと Ejが意味的に類似しているものである。この二つのタイプはその成立 の認知的な動機付けが根本的に異なっている。

また,図4-3においては,a. 原因―結果型とb. 手段―目的型のように,さらに下位 スキーマが存在する場合がある。a. 原因―結果型の下位スキーマには,「打ち上げる」

のような手段型の複合動詞に基づいて「自動詞化」というプロセスによって作られたと 考えられるViとVjの主語が一致しない「打ち上がる」のようなものがある。デフォル ト継承の考えでは,下位スキーマは必ずしも上位スキーマの全ての特性を継承するとい う必要はなく,特異な性質を持つ場合は,その下位スキーマ固有の性質としてレキシコ ンに登録すればよい。「打ち上がる」のようなものはa. 原因―結果型の下位スキーマa1 として捉えられる。同様に,「酔い潰れる」のような原因型複合動詞と「舞い上がる」

25 語彙的複合動詞と統語的複合動詞の違いについてだが,語彙的複合動詞が図 4-3 のよう に[V-V]Vという形式を持つのに対し,統語的複合動詞は補文構造を取り,後項動詞は前項動 詞を主要部とする節を項として選択する。例えば,語彙的複合動詞である「書き上げる」は,

「太郎が小説を書き上げた」という場合において,V2「上げる」は<対象を完成させる>と いう意味で,その項は主語となる「太郎」と目的語となる「論文」である。一方,統語的複 合動詞の「書き終える」は「太郎が論文を書き終えた」という場合に,V2「終える」の主語 は「太郎」だが,もう一つの項は「論文」ではなく,「太郎が小説を書く」という節であり,

<太郎が[太郎が小説を書くこと]を完了させた>という意味を表す(影山2012を参照)。ただ し,語彙的複合動詞の中にも一部「死に急ぐ」「売り渋る」などのような V1 が表す事象を 項として取るものがある。このようなものは図4-3には含めていない。

のような様態型複合動詞に基づいて,「他動詞化」というメカニズムによって形成され たと考えられる「酔い潰す」「舞い上げる」が存在する。この二つの主語不一致型のタ イプはそれぞれb. 手段―目的型の下位スキーマb1とb2に相当する。そして,下位ス キーマb1とb2はV1の主語とV2の目的語が同一物を指す,という項の同定関係が存 在する。このような主語不一致型の複合動詞がどのような条件において,どのようなメ カニズムによって形成されるのか,ということについては第七章で詳しく検討する。

図4-3は日本語語彙的複合動詞のスーパースキーマと,各意味関係のタイプのスキー マを表したものだが,実際はさらに複雑な階層構造を持つ。図 4-4 を例に説明すると,

階層構造の一番上には[Vi-SIMP.REN-Vj-SIMP]V↔[EiIS CONCEPTUALLY RELATED TO Ej] (SUBJi=SUBJj)

というスーパースキーマがあり,その下に意味関係のスキーマ[Vi-Vj]V↔[EiIS CAUSALLY RELATED TO Ej],またその下に,意味関係の下位スキーマである手段型[Vi-TR-Vj-TR]V↔[E

j-CAUS.CHGBY Ei-AGT]がある。さらに,手段型の下位スキーマとして,V1が空きスロットで,

V2が「取る」という動詞に固定されている[Vi-TR-toru]V↔[Eget/removeBY Ei-AGT]というコン ストラクション的イディオムがある。一番下の階層においては,「乗っ取る」のように,

合成的に全体の意味を作り出すことができないため,ひとまとまりとしてレキシコンに 登録されていると考えなければならないものがある。本研究はこのような非合成的なも のを個別動詞レベルのコンストラクション[not-toru]V↔[take over]で捉える。

図 4-4 日本語語彙的複合動詞の階層性

以下において,4.3 で意味関係のスキーマ及びその下位スキーマの認知的な動機付け について検討し,4.4では複合動詞のコンストラクション的イディオムを考察する。4.5 では個別動詞レベルのコンストラクションとして見なす必要がある非分析的・非合成的 な性質を有する複合動詞を見ていく。