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第 4 章 コンストラクションに基づく複合動詞の考察

4.3 日本語語彙的複合動詞の認知的な動機付け

4.3.1 複合事象を表す日本語語彙的複合動詞の認知的な動機付け

4.3.1.2 因果関係による必然的な共起性

通性が見られる。このような特性から,背景型は因果関係に近いものとして考えられる。

由本 (2008, 2011) においては,「見落とす」のような「~落とす」を[xi FAIL IN

[Event(z)]]というLCSで表される。この場合,V2「落とす」はV1が表す事象に失敗 するという意味を表し,V2「落とす」はV1が表す事象を項として取るため,補文関係 にあると考えられている。本研究では松本 (1998) と同様に,「~落とす」は<動作主が 何かを捕獲しようとしていることを背景として,それを逸してしまう>ということを表 すものだと考える。そのため,「見落とす」などは補文関係のように,事象を項に取る のではなく,捕獲の際に逸した対象を項として取るものだと考える。「~落とす」のよ うな背景―具現型については,5.2で詳しく検討する。

以上で因果関係という共通の認知的な動機付けがある三つのタイプを見てきたが,複合動 詞が因果関係に基づいて成立するには,一方の動的プロセスによってもう一方の何らかの変 化を伴う動的プロセスが発生する場合に限られる。加えて,二つの動的プロセスに共通する参 与者が存在する必要がある(Matsumoto 1996a: 230-231, Talmy 2000: 485)。

本研究はこのように,同時性以外に,V1 と V2 には何かしらの因果関係による必然的 な共起性が必要であると考えることで,従来の「同時性」というアプローチからでは排 除できなかった「*笑い歩く」や「*考え走る」「*歌い洗う」「*立ち読む」「*立ち食う」

を説明できるようになる。これらの因果関係についてはあとで詳しく見ていく。

このタイプに含まれる日本語語彙的複合動詞は,従来様態型だとされていた「駆け登 る,駆け降りる,舞い降りる,滑り降りる,駆け上がる,歩きまわる,舞い落ちる,舞 い上がる」など,そして,「並列型」だと言われてきたものの中で,類義関係ではない と思われる「泣き叫ぶ,泣き暴れる,泣き騒ぐ,すすり泣く,愛し慈しむ,恋い慕う,

光り輝く,笑いはしゃぐ,悩み苦しむ,思い悩む」などがある。本研究ではこの二つの タイプをそれぞれ「様態―移動型」と「同時発生型」とする。「様態―移動型」と「同 時発生型」は共にV1とV2が表している動的プロセスがある因果関係に基づいて同時 に発生・知覚されるため,同じ「因果関係による必然的な共起性」というタイプである と考えることができる。

因果関係による必然的な共起性というタイプは,単一の時間的な区切りの中で起こっ た一つの複合事象を分析的に捉えて言語的に表現したものであると考えられる。例えば,

「(木の葉が)舞い落ちる」が表しているのは,木の葉がひらひらと下方へ移動すること である。V1「舞う」という動詞が表している「ひらひらと」という様態は下方移動する 際の様態であり,移動とそれに付随する様態は同時に起こるものであり,同時に知覚さ れる。「舞い落ちる」は,木の葉がひらひらと落ちることを認識し,その特徴的な様態 を表現するために,分析的に様態と移動を別々の動詞で表したのである。「泣き叫ぶ」

も同様で,「泣いたから叫ぶ」のではなく,「(何らかの刺激により)泣きながら叫ぶ」こ とであり,「泣く」という動的プロセスと「叫ぶ」という動的プロセスは同時に知覚さ れる。「泣き叫ぶ」では,泣きながら叫んでいることを分析的に二つの動詞で表してい る。そのため,このタイプに属するものは「V1ながらV2」と言い換えられる。

同時発生タイプは因果関係による必然的な共起性に動機付けられており,「様態―移 動型」と「同時発生型」という二つのサブタイプに分けられると述べたが,「様態―移 動型」はさらに「共通原因様態」と「共通目的様態」という二つのサブタイプに分ける ことができ,同様に「同時発生型」も「共通原因事象」「共通目的事象」の二つのサブ タイプに分けられる。

図 4-6 「因果関係による必然的な共起性」に動機付けられた複合事象のタイプ

次節より,「因果関係による必然的な共起性」の各タイプを見ていく。

4.3.1.2.1 様態―移動型

様態―移動型のコンストラクションは[Vi-INT-Vj-INT]V↔[Ej-MOTIN A MANNER OF Ei-MAN] (Ti=Tj)で あり,V1とV2は共に自動詞で,V1はV2が表す移動事象の際の様態を表している。Eiが様 態を表すイベントで,Ejが主体移動のイベントである。そして,このタイプdの様態―

移動型は全部で 147 語(4.18%)ある。様態―移動型は,(14)における「舞い落ちる」「転 がり落ちる」のように,ViとVjは共に自動詞である。

(14) a. あたりには芳香が漂い,花びらがひらひらと舞い落ちて,えもいわれぬ光景であ

る。 (BCCWJ 楠山春樹 『老子のことば』) b. 小指の先ほどの大きさの瓦の破片が屋根を転がり落ちた。

(BCCWJ 雑賀礼史 『リアルバウトハイスクール』)

ここで注意したいのは,日本語複合動詞で従来様態型だと言われていたものの中には,

同時性という観点から見ると,様態型ではなく,因果関係の原因―結果型だとするべき ものがある。例えば,「飛び上がる,飛び出る,流れ出る」などはV1が移動の様態を表 しているとも考えられるが,これらの複合動詞における二つの事象は同時的に知覚され

るのではなく,時間的順序がある。そのため,例えば「カエルが箱から飛び出た」を言 い換えるときには,「カエルが箱から飛んで出た」と言えるのに対し,「カエルが箱から 飛びながら出た」とは言えない。「飛び上がる,飛び出る,流れ出る」などにおいては,

V1という事象が起こったことでV2という事象が発生したのであり,その点において,

「舞い落ちる」などとは違い,因果関係に基づくものであると考えられる。

前述したように,様態―移動型には「共通原因様態」「共通目的様態」という二つのサブタイ プがある。以下において各サブタイプについて説明する。

4.3.1.2.1.1

共通原因様態型

まず,「共通原因様態」というタイプだが,このタイプには以下のようなものがある。

(15) d1. 共通原因様態型:

舞い落ちる,舞い上がる,舞い散る,舞い込む,舞い飛ぶ,滑り落ちる,流れ出る,

漂い出る,転がり込む,転がり落ちる,流れ下る,はしゃぎ回る,逃げ回る など

共通原因様態型は(16)と(17)のように,V1とV2 の表している事象がある共通の原因によっ て引き起こされたものである。

(16) 太郎はバランスを崩したために{滑った/落ちた/滑り落ちた}。

(17) 落ち葉は風に吹かれたことで{舞った/上がった/舞い上がった}。

図 4-7 共通原因様態型における事象の時間順序と意味関係

図 4-7が示すように,このタイプは,ある共通の原因によって,V1 とV2の表す事象が必然的 な共起性を持つことになり,一つの複合事象として認識されるようになると考えられる。

この共通原因様態型には周辺的なものとして,V1-V2 全体が表す移動事象が一つの特定 の原因によって引き起こされる,というのがある。

図 4-8 [V1-V2]V全体と対応する共通原因様態型における事象の時間順序と意味関係

(18) [V1-V2]V全体と対応する共通原因様態型:

さまよい歩く,浮かれ歩く,暴れ回る,群れ飛ぶ,群れ泳ぐ,群れ立つ,燃え移る など

通常の共通原因様態の場合は,V1とV2が同じ原因を共有していたが,この周辺的なもの は,(19)のように,[V1-V2]V全体が表す事象が特定の原因を持っている。

(19) いいことがあったので{浮かれた/??歩いた/浮かれ歩いた}。

また,(20)の「群れ飛ぶ」や「群れ泳ぐ」「群れ立つ」のような複合動詞があるが,これらの例は 群れて移動するという動物の習性に基づくものであり,[V1-V2]V全体が「本能」という特定の原 因に基づいている29

(20) 鳥は,仲間に紛れることで捕食者に狙われる確率を下げる,という本能から{群れる/??

飛ぶ/群れ飛ぶ}。

4.3.1.2.1.2 共通目的様態

次に,共通目的様態というタイプがある。このタイプはある共通の目的のために,V1 の表す 様態とV2の表す移動を行った,というものである。

(21) d2. 共通目的様態型:

泳ぎ回る,走り回る,駆け回る,歩き回る,飛び回る,駆け上がる,駆け下りる,

駆け寄る,駆け回る,見回る,走り寄る,攻め上がる,持ち寄る など

29 動物が群れ行動を行うのは,群れを作ることで一つの大きな個体であるかのように捕食 者を幻惑し,また群れの中にいることで捕食される可能性を低くする希釈効果などにより 捕食者を回避することと,摂餌の効率を高めることが挙げられる。またサケ科魚類では大 群の形成により母川へ回帰する確率が高まることが知られている(上田 1990, 有元 2007)。

本論文では本能を動物の意志とは関係なく働くものとして考えているが,もし動物が意思 的に群れ行動を行っていると考えるならば,あとで述べる「特定目的様態型」となる。

共通目的様態のタイプは(22)と(23)のように,V1とV2の表す事象がある共通の目的を持って いる。

(22) 金魚は,散らばった餌を食べるために,水槽の中を{泳いだ/回った/泳ぎ回った}。

(23) 学校に不審者がいないか確認するために,あたりを{見た/回った/見回った}。

図 4-9 共通目的様態型における事象の時間順序と意味関係

では,なぜ同じ目的を持つ二つの事象が複合事象として認識されるのかというと,それは 我々の行動というものが本来目的志向であり,同じ目的を持っている限りにおいて,一つの事 象として認識されるからである。

They (Events) are directed toward a goal; the goal of a wedding is to formalize a union, and the goal of breakfast is to sate one’s hunger. (Zack et al. 2007: 273)

例えば,キリスト教式の結婚式は細かく分けると,「参列者着席」→「新郎入場」→「新婦入場」

→「新婦の引渡し」→「聖歌(賛美歌)斉唱」→「聖書朗読,祈祷」→「結婚の誓い」→「結婚指 輪交換」→「誓いのキス」→「結婚の宣言」→「結婚証明書に署名」→「聖歌(賛美歌)斉唱」→

「新郎新婦退場」という複数の事象から構成されているが,これらの事象は共に「結婚する」と