• 検索結果がありません。

第 4 章 コンストラクションに基づく複合動詞の考察

4.5 個々の日本語語彙的複合動詞における全体的な性質

4.5.1 形式の面における全体的な性質

第三章で,複合語には複合語に埋め込まれた形以外では単独で存在しない拘束形態素 がある場合があり,それを説明するにはコンストラクション形態論の概念を用いる必要 があると論じたが,複合動詞においても同様の分析が適用できる。例えば,表 4-2 は,

複合動詞でしか使われない動詞や動詞語形を示したものである。「思し示す」や「褒め そやす」などのように,現代日本語では単独で使用されない動詞,及び,「引っ張る」

や「ひん曲げる」,「引っこ抜く」などのように,V1 が本動詞と思われる動詞の連用形 ではないばかりか,単独で使われるときには見られない語形を示している。このような 拘束形態素は日本語の語彙的複合動詞に多く存在している。

表 4-2 複合動詞における拘束形態素(計 536 語) 出現

位置

拘束形態素

(特殊語形) 拘束形態素を含む複合動詞 合計

(例)

V1 忌み- 忌み嫌う 1

生い- 生い茂る 1

思す- 思し召す 1

駆けずり- 駆けずり回る 1

囲い- 囲い込む 1

かち- かち合う 1

(かっ-) かっぱらう 1

かなぐり- かなぐり捨てる 1

かぶり- かぶりつく 1

くり- くり抜く 1

こじ- こじ開ける 1

こびり- こびりつく 1

さらけ- さらけ出す 1

しがみ- しがみつく 1

しけ- しけ込む 1

支- 支払う 1

しゃくり- しゃくりあげる 1

洒落- 洒落込む 1

知れ- 知れ渡る 1

透き- 透き通る 1

せき- せき止める 1

せっ- せっつく 1

せめぎ- せめぎ合う 1

反っくり- 反っくり返る 1

たくし- たくし上げる 1

たぐり- たぐり寄せる 1

猛り- 猛り立つ 1

つい- ついばむ 1

でっち- でっち上げる 1

(出っ-) 出っ張る 1

なし- なし崩す 1

並み- 並み居る 1

煮えくり- 煮えくり返る 1

にじり- にじり寄る 1

(抜きん-) 抜きん出る 1

のけ- のけぞる 1

のめり- のめり込む 1

はやし- はやし立てる 1

干- 干上がる 1

(引っこ-) 引っこ抜く 1

ひねくり- ひねくり回す 1

ひれ- ひれ伏す 1

ぶり- ぶり返す 1

(振る-) 振る舞う 1

ふんぞり- ふんぞり返る 1

ふん- ふんだくる 1

ぼっ- ぼったくる 1

へし- へし折る 1

へばり- へばりつく 1

まかり- まかり通る 1

まくし- まくし立てる 1

まとわり- まとわりつく 1

むしゃぶり- むしゃぶりつく 1

むせび- むせび泣く 1

滅- 滅入る 1

めり- めり込む 1

もぎ- もぎ取る 1

守り- 守り立てる 1

(揺さ-) 揺さぶる 1

(揺す-) 揺すぶる 1

(寄-) 寄越す 1

揺り- 揺り動かす,揺り起こす 2

すげ- すげ替える,すげ変わる 2

(くっ-) くっつく,くっつける 2

急き- 急き込む,急き立てる 2

はみ- はみ出す,はみ出る 2

持て- 持て余す,持て成す 2

えり- 選りすぐる,選り分ける 2

おびき- おびき出す,おびき寄せる 2

(かい-) かい出す,かいつまむ 2

なぎ- なぎ倒す,なぎ払う 2

ひっくり- ひっくり返す,ひっくり返る 2

より- 選り出す,選り抜く 2

ねじ- ねじ伏せる,ねじ曲がる,ねじ曲げる 3 (吹っ-) 吹っかける,吹っ切れる,吹っ飛ぶ 3 分かち- 分かち合う,分かち与える,分かち持つ 3 入り- 入り浸る,入り混じる,入り交じる,入り乱れる 4 のし- のし上がる,のし上げる,のし歩く,のしかかる 4 ずり- ずりあがる,ずり上げる,ずり落ちる,ずり下ろす,

ずり下がる

5

仕- 仕上げる,仕掛ける,仕込む,仕立てる,仕留める,

仕向ける,仕分ける

7

(突っ-) 突っかかる,突っかける,突っ切る,突っ込む,

突っ立つ,突っ走る,突っ撥ねる,突っ張る

8

召し- 召し上がる,召し上げる,召し抱える,召し出す,

召し使う,召し捕る,召し取る,召し寄せる

8

(引っ-) 引っかかる,引っ掻く,引っかける,引っ被る,

ひっくるめる,引っ越す,引っ込む,引っ込める,

引っさげる,ひったくる,ひっつく,ひっぱたく,

引っ張る

13

繰り- 繰り上がる,繰り上げる,繰り合わせる,繰り入れる,

繰り返す,繰り替える,繰り越す,繰り込む,

繰り下がる,繰り下げる,繰り出す,繰り延べる,

16

繰り広がる,繰り広げる,繰り回す,繰り戻す

V2 -ふためく 慌てふためく 1

-ほうける 遊びほうける 1

-ぼれる 老いぼれる 1

-習わす 言い習わす 1

-ふらす 言いふらす 1

-ながらえる 生きながらえる 1

-ひしぐ 打ちひしぐ 1

-召す 思し召す 1

-延べる 繰り延べる 1

-はだかる 立ちはだかる 1

-こくる 黙りこくる 1

-はむ ついばむ 1

-古す 使い古す 1

-くわす 出くわす 1

-じゃくる 泣きじゃくる 1

-すかす なだめすかす 1

-そべる 寝そべる 1

-支える 差し支える 1

-つくばる 這いつくばる 1

-巡らす 張り巡らす 1

-連れる 引き連れる 1

-痴れる 酔い痴れる 1

-すぐる 選りすぐる 1

-すさぶ 吹きすさぶ 1

-まける ぶちまける 1

-にじる 踏みにじる 1

-しきる 降りしきる 1

-しめる 煮しめる 1

-そやす 褒めそやす 1

-わびる 待ちわびる 1

-透く 見え透く 1

-くびる 見くびる 1

-びらかす 見せびらかす 1

-初める 見初める 1

-とれる 見とれる 1

-まがう 見まがう 1

-囃す 持て囃す 1

-なます 焼きなます 1

-退く 立ち退く,飛び退く 2

-交う 行き交う,飛び交う 2

-こける 眠りこける,笑いこける 2

-さす 言いさす,読みさす 2

-あぐむ 打ちあぐむ,攻めあぐむ 2

-のめす 打ちのめす,叩きのめす 2

-盛る 出盛る,燃え盛る 2

-たくる ひったくる,ふんだくる,ぼったくる 3

-おおせる 隠しおおせる,逃げおおせる,やりおおせる 3

-つかる 言いつかる,仰せつかる,見つかる 3

-あぐねる 打ちあぐねる,考えあぐねる,攻めあぐねる 3 -こがれる 思い焦がれる,恋い焦がれる,待ち焦がれる 3

-そびれる 言いそびれる,行きそびれる,買いそびれる,

見そびれる

4

-違える 思い違える,掛け違える,聞き違える,差し違える,

取り違える,寝違える,履き違える,踏み違える,

見違える,読み違える

10

-入る32 開け入る,歩み入る,痛み入る,討ち入る,押し入る,

恐れ入る,落ち入る,驚き入る,思い入る,折り入る,

駆け入る,感じ入る,消え入る,聴き入る,聞き入る,

食い入る,くぐり入る,込み入る,差し入る,忍び入る,

染み入る,進み入る,攻め入る,絶え入る,立ち入る,

突き入る,付け入る,溶け入る,飛び入る,取り入る,

眺め入る,流れ入る,泣き入る,寝入る,乗り入る,

這い入る,恥じ入る,引き入る,吹き入る,踏み入る,

見 入 る , 滅 入 る , 分 け 入 る , 詫 び 入 る , 割 り 入 る 45

-込む 上がり込む,遊び込む,当て込む,暴れ込む,編み込む,

洗い込む,合わせ込む,生け込む,射込む,鋳込む,

入れ込む,植え込む,歌い込む,撃ち込む,打ち込む,

写し込む,写り込む,埋まり込む,埋め込む,売り込む,

描き込む,えぐり込む,追い込む,老い込む,覆い込む,

送り込む,押さえ込む,抑え込む,教え込む,押し込む,

落ち込む,落とし込む,躍り込む,踊り込む,覚え込む,

思い込む,泳ぎ込む,織り込む,折り込む,折れ込む,

飼い込む,買い込む,抱え込む,かがみ込む,書き込む,

掻き込む,隠し込む,掛け込む,駆け込む,囲い込む,

囲み込む,貸し込む,担ぎ込む,噛み込む,刈り込む,

枯れ込む,考え込む,気負い込む,聴き込む,聞き込む,

着込む,刻み込む,鍛え込む,決め込む,斬り込む,

切り込む,切れ込む,食い込む,崩れ込む,汲み込む,

組 み 込 む , 食 ら い 込 む , 繰 り 込 む , く る み 込 む , く わ え 込 む , 消 し 込 む , 削 り 込 む , 蹴 り 込 む , 転 が り 込 む , 転 げ 込 む , 刺 さ り 込 む , 差 し 込 む ,

251

32 「気に入る」「日の入り」「果汁入りのジュース」「飛んで火に入る夏の虫」などのイディ オム的な表現にも「いる」という語形が見られるが,これも「いる」がイディオムに埋め込 まれたため,現代日本語に生き残ったものだと考えられる。

誘い込む,敷き込む,仕込む,沈み込む,沈め込む,

忍び込む,絞り込む,仕舞い込む,染み込む,絞め込む,

締め込む,閉め込む,しゃがみ込む,しゃれ込む,

洒落込む,信じ込む,吸い込む,すすり込む,滑り込む,

住み込む,刷り込む,擦り込む,座り込む,ずれ込む,

背負い込む,咳き込む,急き込む,攻め込む,注ぎ込む,

剃り込む,倒し込む,倒れ込む,炊き込む,叩き込む,

畳み込む,立ち込む,建て込む,立て込む,頼み込む,

食べ込む,貯め込む,溜め込む,たらし込む,垂れ込む,

抱き込む,騙し込む,黙り込む,散り込む,使い込む,

突き込む,つぎ込む,作り込む,創り込む,造り込む,

漬け込む,付け込む,突っ込む,包み込む,つなぎ込む,

積み込む,詰め込む,吊り込む,釣り込む,連れ込む,

照り込む,溶かし込む,解け込む,溶け込む,綴じ込む,

跳び込む,飛び込む,泊まり込む,採り込む,取り込む,

摂り込む,怒鳴り込む,流し込む,流れ込む,泣き込む,

殴 り 込 む , 投 げ 込 む , な だ れ 込 む , 悩 み 込 む , 鳴らし込む,握り込む,逃げ込む,煮込む,縫い込む,

塗り込む,寝かし込む,寝込む,ねじり込む,粘り込む,

眠り込む,練り込む,覗き込む,飲み込む,のめり込む,

乗り込む,這い込む,入り込む,掃き込む,履き込む,

運び込む,挟み込む,走り込む,はたき込む,話し込む,

はまり込む,はめ込む,払い込む,張り込む,貼り込む,

冷 え 込 む , 引 き 込 む , 弾 き 込 む , 引 き ず り 込 む , 浸り込む,引っ込む,引っ張り込む,ひねり込む,

封じ込む,拭き込む,吹き込む,含み込む,老け込む,

塞ぎ込む,伏せ込む,踏み込む,降り込む,振り込む,

触れ込む,へたり込む,放り込む,掘り込む,彫り込む,

惚れ込む,舞い込む,曲がり込む,巻き込む,紛れ込む,

負 け 込 む , 曲 げ 込 む , 混 ざ り 込 む , 混 じ り 込 む , 混ぜ込む,招き込む,迷い込む,丸め込む,回し込む,

回り込む,磨き込む,見込む,むせ込む,めかし込む,

めり込む,申し込む,潜り込む,持ち込む,もつれ込む,

揉み込む,盛り込む,漏れ込む,焼き込む,やり込む,

呼 び 込 む , 詠 み 込 む , 読 み 込 む , 割 り 込 む

斎藤 (1992) ではV1が「引く」の複合動詞について分析しており,「引く」が複合動 詞のV1に埋め込まれた際の具体的な形式が「ひき」,「ひっ」,「ひん」,「ひっこ」とい う四種類があることについて,形態素を記述の基礎とする従来の形態論の立場から,こ れらの形式をどのように位置付けて扱うべきかが大きな問題点として残ると述べてい る。表4-2にある複合動詞の拘束形態素は単独では存在しないため,それ自体を語彙項 目とは見なせない。また,「慌てふためく」や「黙りこくる」,「立ちはだかる」などに おいて,「ふためく」「こくる」「はだかる」などのような構成要素はこの特定の複合動 詞にだけ見られるものである。このように,「込む」や「入る」など一部のものを除い て,拘束形態素の多くは結合できる動詞が極めて限られており,生産性がない。加えて,

「~込む」は日本語語彙的複合動詞の中で最もタイプ頻度の高いV2であるが,拘束形 態素である。「~込む」のようなものをどう扱うのか,ということも問題となる。

コンストラクション形態論の観点から見ると,複合動詞はそれ自体が一つのコンスト ラクションとしてレキシコンに登録される。「おびく」や「そやす」など,かつて存在 していた語は現代日本語では単独で使われなくなったが,「おびき出す」や「褒めそや す」などのように,複合動詞に埋め込まれた形で現代に生き残ったと考えることができ る。同じように,「ひっ」,「ひん」,「ひっこ」という接頭辞が存在すると考えるよりも,

「引っ張る」や「ひん剥く」,「引っこ抜く」などが[V1-V2]Vとしてそのままレキシコン に登録されていると考えるほうが妥当である。ひとまとまりとしてレキシコンに登録さ れていることによって,「引っ張る」や「ひん曲げる」,「引っこ抜く」の全体的な意味 から,下線部と本動詞の「引く」が関連付けられる33。V2「込む」や「入る」などのよ

33 Akita (2012),史 (2013) によると,V1が音便形の複合動詞は非正式/ぞんざいに表現す

るという文体的性質など,合成的に説明できない性質を有する。