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第 5 章 意味フレームに基づく複合動詞の考察

5.3 背景フレームとフレーム要素の役割

5.3.3 意味形成に関わる事象参与者

本節では,事象参与者というフレーム要素がどのように複合動詞の意味形成に関わる のかを見ていく。従来の複合動詞の先行研究においては,項の同定が重要な関心事であ った。影山 (1993: 107) は複合動詞の結合において,「押し開ける」のように,V1とV2 が完全に同じ項構造を持つ場合,V1 と V2 の外項同士と内項同士が同定(identification) あるいは同一指標化(co-indexation)を受けると主張した(内項と外項については Williams 1981などを参照)。この「項の同定」の問題と関連して,由本 (2011) は「泣き落とす」

のような自動詞+他動詞の複合動詞について, V1が一つの項(主語)しか取らないため,

V2 の目的語に当たる項は V1 と同定されることなく,そのまま複合語の目的語として 受け継がれると述べている。

しかし,複合動詞の意味の正確な記述のためには,単なる項の同定以上の意味的な関 係の記述が必要になる。項として実現するとは限らない,事象参与者への言及が必要な のである。では,「泣く」が関わる複合動詞から見ていこう。

まず,「泣き落とす」について考えよう。この複合動詞において,V2 の目的語に当 たる被動作主の項は,確かにV1の項と同定されないが,一つの意味的な要素として見 るとV2の被動作主はV1の事象参与者として理解される必要がある。V2「落とす」の 項である被動作主が V1「泣く」という事象に参与していなければ,「泣き落とす」は

意味的に成立できない。誰かに対して泣くことでその人を説得する(落とす)のであって,

一人で泣いても誰一人説得できないだろう。〈説得〉という背景フレームをV1「泣く」

とV2「落とす」が共有しているために,【説得する相手】という要素はV1「泣く」の

「周辺的事象参与者」として見なすことができる。

(27)の「泣き腫らす」も同様で,V2「腫らす」の目的語である「目」はV1「泣く」の 項ではないが,周辺的事象参与者として「泣く」という事象に参与する。

(27) 眼をまっ赤に泣き腫らしちゃったわ。 (『銀座春灯』 BCCWJ)

さらに,例文(28)における「泣き濡れる」や「寝静まる」のように,複合動詞におけ るV1と V2の主語が一致しなければならないという「主語一致の原則」に反する例が ある(松本 1998: 72-74を参照)。

(28) a. 少女の顔は泣き濡れている。 (BCCWJ 宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー』)

b. 朝の早い長屋は寝静まっている。 (BCCWJ 森村誠一 『虹の刺客』)

これらの複合動詞は主語一致の原則に反するだけではなく,そもそもV1と V2には共 通する項が存在しない。これはMatsumoto (1996a) で主張されている複合動詞のより一 般的な結合制約として考えられる,複合する二つの動詞の表す出来事に共通の参与者 (ここでは項を指す)が必要であるという「参与者共有の原則」にも反している。本研究 は「泣き濡れる」のような共通する項がない複合動詞が成立するには,【涙】のような 隠れている共通の意味的な要素が必要だと考える。第二章で示したように,「泣く」は

<涙を出す>ことを意味しており,V1「泣く」が表す事象において【涙】は項ではないが 必要な参与者であり,これが V2「濡れる」のデ格と一致する。また,「泣く」の主語 と「濡れる」の主語とは同一ではないが,後者は前者の一部分でなければならない。

同様のことは,「寝静まる」についても言える。「二階の子ども部屋は寝静まってい る」における「寝静まる」はV1の項(子ども)がV2の事象(子ども部屋が静まる)に参与 する必要があるとも考えることができる。子供が一階のリビングで寝ているために,二 階の子供部屋が静まっていても「二階の子供部屋は寝静まっている」とは言えない。

加えて,(29)における「座り潰す」というような表現がある。

(29) 質問:女性の方で自分のお尻と体重で何かを座り潰した事のある人いますか?

回答:柔らかいものでしたら,パンです。それから…手鏡は二回ほどやっちゃい ました(笑) (http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1326379418)

「座る」はニ格で表される着点としての場所を項として取るが,「パン」や「手鏡」な どの空間性を持たない具体名詞は,「??パンに座る」のように直接「座る」の項とはな れず,「パンの上に座る」といったように,「の上」をつけることで空間化される必要 がある。したがって,(29)におけるV2「潰す」の対象である「パン」や「手鏡」などは,

Langacker (1991) の行為連鎖(action chain)に基づくと,「座る」が表す事象においてはニ

格で表される着点の場所と言うよりは,「座る」という動作のエネルギーが及ぶ対象と して考えることができる。

その上,この場合「パン」や「手鏡」はDowty (1991) の直接目的語として実現する項 である,いわゆる典型的な被動作主(Proto-Patient)の条件の中の「CHANGE OF STATE」,

そして「CAUSALLY AFFECTED」に当てはまる50。このように,意味的に考えると,V2

「潰す」の目的語の【対象】である「パン」や「手鏡」は, V1「座る」という事象に おいても,【着点】ではなく,【対象】として参与していることを示唆する。

また,[他動詞-他動詞]Vの「見回す」,「見上げる」,「見交わす」,「見返す」,「見 渡す」,「見通す」,「見下ろす」,「見据える」において,この場合,「太郎は部屋 を見回した」のように,後項動詞は視線の使役移動を表し,その意味上の目的語は複合 動詞全体の目的語である「部屋」ではなく,「視線」である(松本 1998: 62-63)。このよ うなV2の意味上の目的語である「視線」は,「見る」においては周辺的事象参与者と して事象に参与する。

50 Proto-Patientという概念については5.4で改めて説明する。

図 5-10 「見回す」のイメージスキーマ

(左の○は認知主体,右の○は対象,白い矢印は使役,黒い矢印は移動の方向,点線の

○は抽象的放射物,各要素を繋ぐ点線は対応関係を表している)

松本 (1998: 61-62) で述べているように「照りつける」,「にらみつける」,「怒鳴

りつける」などのいわゆる「強意の「つける」」も同様である(姫野 1975も参照)。これ らの複合動詞は何らかの抽象物(光,視線,言語メッセージ)を移動させる事象を表すも のであるが,これらの抽象物は目的語としては現れない。このような抽象物も V1「照 る」,「にらむ」,「怒鳴る」が表す事象に参与する必要がある。

このように,複合動詞の意味の正確な記述には,項の同定よりもより細かな,事象参 与者というフレーム要素への言及が必要である。

5.3.4 V1

V2

の取る対象が異なる場合の意味形成

次に,関連事象というフレーム要素の必要性を示すために複合動詞の V1 と V2 の対象が 異なる場合において全体の意味がどのように形成されるのか,ということについて検討する。

通常の複合動詞は V1 とV2 の主語が一致するだけでなく,目的語も同一である場合が多 い。例えば,「ドアを蹴り破る」や「石を持ち上げる」などはV1とV2の目的語が同じ対象を指し ている。しかし,複合動詞の中には,一部V1とV2の指す対象が異なるものが存在する。その 例として,「洗い落とす」や「割り入れる」などが挙げられる。

(30) a. 熱いシャワーが,汗を洗い落として行く。 (BCCWJ 赤川次郎 『愛情物語』) b. ボウルに卵を割り入れて泡立て器でほぐし砂糖とラム酒を加えて,砂糖が溶けるまでよ

く混ぜる。 (BCCWJ 舘野鏡子 『お菓子作り入門』)

上の例のように,「洗い落とす」や「割り入れる」のような V1 と V2 の対象(「洗い落とす」V1:

体,V2: 汗; 「割り入れる」V1: 卵,V2: 卵の中身)が異なる場合,全体の複合動詞の意味が どのようにして合成されるのかは大きな課題であった(影山 1996,浅尾 2007, 由本 2011を参 照)。

例えば,影山 (1996) は「卵を割り入れる」について次のように述べている。

(31) 行為 状態変化の産物 位置変化 x CONTROL [y BECOME [[y BE AT-STATE] and [y’ BE AT-PLACE]]]

この概念構造で,y を「卵」,y’を「卵の中身」とすると,y とy’は完全に同一物で はないものの,全体と部分の関係にあるという点で,同一物相当と見なすことが でき,したがって概念構造で合成されたときに,内項(yとy’)の同定が許される。

(影山 1996: 235-236)

また,由本 (2011) によると,このタイプの複合動詞の形成には,目的語の知識のみが関わ るのではない。例えば,「割り入れる」の場合は,「卵」についての知識,すなわち〔殻と黄身・白 身の中身からなる〕という情報だけでは不十分で,それに加えて,「割る」という動詞が卵を目 的語とした場合,<殻を壊す>という意味になるという知識があるからこそ,「割る」ことによって

「入れる」のは卵の中身であるという解釈が導かれるのであるという。そして,結果として,二つ の目的語が同一の物体であるかのごとく同定され,「割り入れる」という複合動詞が容認される と考えられると述べている(由本 2011: 157-158)。

しかし,「割る」という動詞が卵を目的語とした場合に<殻を壊す>という意味になるとしても,

「入れる」の対象が殻を含まないものであるという解釈はどのようにして生じるのか,という疑問 が残る。

結果構文(resultative constructions)でも同様の問題が項の同定の観点から分析されている。

例えば,Kratzer (2005) は下のドイツ語の例を挙げて分析している。

(32) Die Teekanne leer trinken.

the teapot empty drink

‘To drink the teapot empty’

(32)におけるTeekanne (teapot)leer (empty)の項であるが,trinken (drink)の項ではない。

このような場合において,項として結ばれる「ティーポットが空になる」という結果を引 き起こすには,「飲む」の対象が「ティーポット」ではなく,「ティーポットの中身」でなけ ればならない。このように,Teekanne は trinkenの項ではないが,因果関係による推論 で結果構文として成立できると分析している。

このような因果関係による推論は例文(28a)の「汗を洗い落とす」の意味形成を説明す ることができる。項として結ばれる「汗を落とす」はこの場合「洗い落とす」という事 象における結果事象である。この結果事象を引き起こすには,「洗う」の対象が「汗」

ではなく,必然的に「汗のついた体」となる。

しかし,上述の分析は「卵を割り入れる」には適用できない。この場合,「卵」という 名詞句はV1とV2両方の項であるため,項として結ばれるのは「卵を入れる」と「卵を 割る」という二つがある。「卵を割る」という表現については,「卵の殻を割る」とい う意味を表しているとする。ここで問題になるのは,「卵を入れる」という表現におい て,実際に入れるのは何か,ということである。そのためには,項として結ばれる「卵 を割る」を見る必要がある。「卵を割る」というのは「割り入れる」という事象におい ては,結果事象ではなく,原因となる事象でもない。「卵を割る」という事象は「卵を 入れる」という結果事象の準備事象に相当するものである。この場合において,「卵を 割る」という準備事象となる事象が起こったとして,「入れる」のが卵ではなく卵の中身 であるとは導き出せない。なぜなら,これは因果関係に基づく推論によって得られる 様々な結果のうちの一つに過ぎないからである。「卵を割る」という準備事象に基づく結 果としては,「入れる」ものは卵全体でもいいし,卵の殻だけでもいいのである。このよ うに,「卵を割り入れる」という事象において,「入れる」のが卵の中身であることは因果 関係による推論からでは導き出すことができず,我々が持っている,卵を調理する際の