第 2 章 熱方程式 57
2.11 解の漸近挙動
t → ∞ のとき、何が起こるか? 解の振る舞い (解の
ぜんきんきょどう
漸近挙動, asymptotic behavior と いう)を考えよう。
2.11.1 同次 Dirichlet 境界条件の場合 — 熱方程式の解の指数関数的減衰
同次Dirichlet 境界条件を課した初期値境界値問題 (H-IBP) の解u について、
tlim→∞u(x, t) = 0 (x∈[0,1]),
48v(x, t) := (B−A)t+B−2Ax2+Axという関数が、熱方程式と非同次Neumann境界条件を満たすことは容 易に確認出来る。ゆえに、w(x, t) :=u(x, t)−v(x, t)は熱方程式と同次Neumann境界条件を満たす、というの が要点。
が成り立つ。このことを証明をしておこう。解の減衰 (0 へ収束すること)は、公式 u(x, t) =
X∞ n=1
bne−n2π2tsinnπx において、lim
t→∞e−n2π2t = 0 であることから、明らかのようであるが、
tlim→∞
X∞ n=1
bne−n2π2tsinnπx= X∞ n=1
tlim→∞bne−n2π2tsinnπx
のような無限和を取る操作 X∞ n=1
と、極限を取る操作 lim
t→∞ の順序の可換性は一般には成り立た ないことであるから、証明を要することである。ただ 0に収束することを示すだけならば、級 数が一様収束していることを証明すればよいが、せっかくだから、より詳しい結果を導こう。
定理 2.11.1 ((H-IBP) の解の指数関数的減衰) uが (H-IBP) の解ならば、任意に δ >0 を固定するとき、
(2.11.1) |u(x, t)| ≤Ce−π2t ((x, t)∈[0,1]×[δ,∞))
を満たす定数C が存在する。特に u(x, t) は t → ∞ のとき、x につき一様に、指数関数 的に減衰する。
「指数関数的に減衰する」
関数v(t)が、ある正数 C,τ に対し、
|v(t)| ≤Ce−t/τ (十分大きい t)
のように指数関数 Ce−t/τ で上から評価されるとき、「v(t)は指数関数的に 0に収束する」、 または「v(t) は指数関数的に減衰する」、という。
定理の証明 まず
bn= 2 Z 1
0
f(x) sinnπx dx から
|bn| ≤2 Z 1
0
|f(x) sinnπx|dx≤2 max
0≤x≤1|f(x)| Z 1
0
dx= 2 max
0≤x≤1|f(x)|=:M.
次に
u(x, t) = e−π2t X∞ n=1
bne−(n2−1)π2tsinnπx
であるから
|u(x, t)|=e−π2t
X∞ n=1
bne−(n2−1)π2tsinnπx ≤sup
n |bn|e−π2t X∞ n=1
e−(n2−1)π2t
≤M e−π2t X∞ n=1
e−(n2−1)π2t. ゆえに任意の正数 δ に対して
|u(x, t)| ≤M e−π2t X∞ n=1
e−(n2−1)π2δ ((x, t)∈[0,1]×[δ,∞)).
そこで X∞
n=1
e−(n2−1)π2δ <∞ であることを示せばよいが、これは
e−(n2−1)π2δ ≤e−(n−1)π2δ=rn−1, r=e−π2δ<1 より、収束する等比級数 P∞
n=1rn−1, 0< r <1を優級数に持つことから明らかである。
2.11.2 同次 Neumann 境界条件の場合
結果だけ書いておく。
tlim→∞u(x, t) = a0 2 =
Z 1 0
f(x)dx.
より詳しくは
(∀δ >0) (∃C > 0) (∀(x, t)∈[0,1]×(δ,∞)) u(x, t)− a0 2
≤Ce−π2t.
この結果を物理的に解釈すると、「針金は熱的に外界と遮断されているので、各点における 温度は、初期温度分布で持っていた熱量を、針金上に一様に分配した場合の「平均温度」に指 数関数的に近付いていく」、となる。
2.11.3 一般の場合 — 定常解への収束原理
熱方程式もどきの方程式では、多くの場合、
定常解への収束原理
t→ ∞ のとき、解は定常解に指数関数的に収束する。
が成り立つ49。ここで、定常解 (steady solution)とは、時刻 t によらない解、という意味で
49この「定常解への収束原理」も、一般に通用する用語ではなく、ここだけの用語である。でもこういう言葉 を用意しておくと、物事が言葉で表せてより理解しやすくなるのだ、と私は信じている。
ある50。例えば、非同次問題の節で、特解として t を含まないものを探したが、あれらは定常 解だったわけである51。
実際、同次Dirichlet 境界値問題(H-IBP)、同次Neumann境界値問題(N-H-IBP) において も、この「定常解への収束原理」は成り立っている。
確認 (H-IBP) に対応する定常解の方程式は
0 =v′′, v(0) =v(1) = 0
であり、定数関数 0は確かにこの方程式の一意解である。また (N-H-IBP) に対応する定常解 の方程式は
0 = v′′, v′(0) =v′(1) = 0
であり、収束先である定数関数 a0/2 は確かにこの解である(この問題には解の一意性はない が、それでも v ≡const. であることは簡単に分かる)。
以下では、もう少し複雑な(非同次 H-IBP)
ut(x, t) = uxx(x, t) +F(x) (x∈(0,1), t >0), u(0, t) =A, u(1, t) =B (t >0),
u(x,0) =f(x) (x∈[0,1]).
の場合にも「定常解への収束原理」が成り立つことを確かめよう。
すでに見たように、
v′′(x) =F(x) (x∈(0,1)), v(0) =A, v(1) =B を満たす v =v(x) と、
wt(x, t) = wxx(x, t) (x∈(0,1), t >0), w(0, t) = w(1, t) = 0 (t >0),
w(x,0) =f(x)−v(x) (x∈[0,1])
を満たす w = w(x, t) を用いて、u := w+v で定義した関数 u が解になる。w については、
指数関数的に 0に収束することが分かっているから、
tlim→∞u(x, t) = v(x) (x∈[0,1]), より詳しくは
(∀δ >0) (∃C >0) (∀(x, t)∈[0,1]×[δ,∞)) |u(x, t)−v(x)| ≤Ce−π2t が得られる。
50波動方程式においては、定常解は違った意味になる。混同しないように注意。
51というわけで、あそこで出て来たvは、単に解を求めるための手段として得た特解という意味以上のものを 持っているわけである。
注意 2.11.2 (常微分方程式とのアナロジー) 常微分方程式論において、上の定常解に対応す る概念と言えば、力学系の平衡点である。力学系
(2.11.2) dx
dt =F(x) の平衡点とは
F(x∗) = 0
を満たす x∗ のことと定義されるが、平衡点 x∗ に対して、
x(t) :=x∗
で定義した定数関数 x(t) を考えると、これは (2.11.2) の解になっている (つまり時間によら ない解になっている)。力学系の平衡点の分類理論というものがあったことを覚えているだろ うか? 簡単のために F(x) =Ax (A は行列)の場合、すなわち定数係数線形常微分方程式
dx dt =Ax
を考えると、0は平衡点で、これがどういうタイプであるかは、A の固有値を調べることで判 定できた。例えば固有値の実部がすべて負であれば、初期値が何であっても
tlim→∞x(t) = 0
が成り立つ (平衡点0 は沈点である)。と、ここまで書くと勘の良い人は分かるかもしれない が、(H-IBP) を解く際に現れた (同次 Dirichlet 境界条件つきの微分作用素 d2/dx2 の)固有値
−n2π2 はすべて負であった。熱方程式とそれを少し修正した方程式の解の多くが、定常解に 収束してしまう原理との関係が見えてきただろうか?
メモ 熱方程式と非同次Dirichlet, または非同次Neumannの場合の話を書いておくべきだ。
とりあえず結果のみ。前者の場合
tlim→∞u(x, t) =v(x) = (B −A)x+A.
後者の場合
tlim→∞u(x, t) =
a0
2 +Ax= Z 1
0
f(x)dx+Ax− A
2 (A =B のとき)
−∞ (A > B のとき)
+∞ (A < B のとき)