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微分方程式歴史覚え書き

ドキュメント内 偏微分方程式入門 2013 (ページ 187-191)

第 3 章 Laplace 方程式、 Poisson 方程式 137

A.2 微分方程式歴史覚え書き

付 録 A 歴史的なことなど

A.1 数学についての言葉

von Neumann 全集の最初の論文 “The Mathematician” から (授業で翻訳を紹介した ことがあるけれど、著作権の問題でここでは原文を引用する)

— that mathematical ideas originate in empirics, although the genealogy is sometimes long and obscure. But, once they are so conceived, the subject begins to live a peculiar life of its own and is better compared to a creative one, governed by almost entirely aesthetical motivations, than to anything else arid, in particular, to an empirical science. There is, however, a further point which, I believe, needs stressing. As a mathematical discipline travels far from its empirical source, or still more, if it is a second and third generation only indirectly inspired by ideas coming from “reality,” it is beset with very grave dangers. It becomes more and more purely aestheticizing, more and more purely l’art pour l’art. This need not be bad, if the field is surrounded by correlated subjects, which still have closer empirical connections, or if the discipline is under the influence of men with an exceptionally well-developed taste.

But there is a grave danger that the subject will develop along the line of least resistance, that the stream, so far from its source, will separate into a multitude of insignificant branches, and that the discipline will become a disorganized mass of details and complexities. In other words, at a great distance from its empirical source, or after much. “abstract” inbreeding, a mathematical subject is in danger of degeneration.

John Louis von Neumann (1903–1957) の業績: 量子力学の数学的基礎づけ、最初のコン ピューター ENIAC, プログラム内蔵式コンピューターEDSAC の開発、数値解析の父、ゲー ムの理論の創始者、原爆の爆縮レンズの発明…

A.2.1 微分方程式のはじまり — Newton

Newton (Isaac Newton, 1642–1727) は微分積分学の創始者、力学の創始者(あるいは理論物 理学の創始者)として有名だが、力学の問題を解くために多くの微分方程式を解いている(最短 降下線の問題、懸垂線1)。著書『プリンキピア・マセマティカ』(自然哲学の数学的原理, 1687 年出版)の中で万有引力の法則を仮定すると惑星の運動に関するKeplerの法則2が導かれるこ とを証明した3。プリンキピアは微積分を使わない古典的な書き方で書かれているが、本質的 には運動方程式 (それは2 階の常微分方程式である)を解くことによって解決された。

ニュートンのプリンキピア・マセマティカに関する解説としては、筆者の目に止まった本の 中から、Gamov [21],ガ モ フ チャンドラセカール [45], Arnold [2] をあげておく。[21] には現代の普 通の物理学の言葉で、ニュートンがいかに万有引力の法則を発見し、Kepler の法則を証明し たかが書いてある。[45] はプリンキピアを真っ正面から読解するという本である。[2] は著名 な力学系の研究者である著者による歴史読み物である。

Newton からライバル Leibniz への手紙

以下は遠山 [51] に載っている話。Newton は1676 年10月に次のような暗号文(鍵はない ので作った本人にしか解けやしない) を Leibniz (Gottfried Wilhelm Leibniz, 1646–1716) に送ったそうである。

aaaaaa cc d æ eeeeeeeeeeeeee ff iiiiiii lll nnnnnnnnn oooo qqqq rr ssss ttttttttt vvvvvvvvvvvv x

これは並べ替えによって

Data æqvatione qvotcvnqve flventes qvantitates involvente flvxiones invenire, et vice versa.

というラテン語の文になり、その意味は

「いくつかの流量をふくむ方程式が与えられているとき、流率をもとめること、

また逆に流率から流量をもとめること」

となる。遠山先生の解釈によると「流量から流率をもとめるのは微分であり、逆に流率か ら流量をもとめることは微分方程式を解くことなのである」。つまり Newton は自分が微 分方程式を発見 (発明?) したことをライバルには教えずに、自分が発見したという証拠を 残しておこうとした、ということなのでしょう (なかなか世知辛いですね)。

1なお、最近の学生はこの手の物理にうといので、参考書を紹介しておく。高桑[41]は、大学初年級の物理学 に現われる常微分方程式を数学的に簡潔に説明してあり、多分現在の数学科の学生にも読みやすいと思われる。

2Yohannes Kepler (1571–1630) は偉大な天文観測家である Ticho Brahe (1546–1601) の助手であったが、

Brahe の死後に彼の観測結果を整理分析することで有名なKepler の法則を発見した。第一、第二法則は 1609

年に、第三法則は1619年に発表された(第三法則の発見には、Napierによる対数の発見(発明というべき? 出 版されたのは1614年)が本質的に役に立ったらしい)。

3見方によっては、プリンキピアは、ただ一つのこと(Keplerの法則)を証明するために書かれた書物であり、

それを書くために微分積分学、力学を打ち立てる必要があった、つまりKeplerの法則を証明するために微分積 分学と力学が作られた、となるであろう。

(Newtonの力学に関する仕事の先駆けとしては、有名なGalileo Galilei 4 (1564–1642,イタ リアの Pisa に生まれ、イタリアの Arcetri にて没する)がいる。「運動」が彼によってはじめ て数学的に取り扱われるようになったが、微積分のない時代であるから、大変な苦労をしてい る。有名な落体の法則については、ガリレオ・ガリレイ著, 今野武雄, 新田節次訳, 新科学対話

(下), 岩波文庫 33-906-4, 岩波書店 (1948) で読むことができる。)

A.2.2 波動方程式

もっとも簡単な偏微分方程式の一つである1 次元波動方程式 utt =uxx

について、すでにテイラー (Brook Taylor, 1685–1731, 英国の Edmontonに生まれ、Somerset House にて没する) は x∈[0,1] の範囲で考える場合に「定常解」

u(x, t) = sinπtsinπx を発見していた (1715)。ダ ラ ン ベ ー ル

d’Alembert (Jean Le Rond d’Alembert, 1717–1783, Paris に生まれ、

Paris にて没する) は、後に彼の名前を冠されて d’Alembert 解と呼ばれることになった

u(x, t) =f(x−t) +g(x+t) (f, g は任意の関数)

を発見した (1747,発表は 1750)。直後にオイラー (Leonhard Euler, 1707–1783, Basel に生ま

れ、St Petersburgにて没する)が初期値問題の解の公式を与えた。続いて1753年にダニエル・

ベルヌーイ (Daniel Bernoulli, 1700–1782, オランダの Groningen に生まれ、スイスの Basel にて没する)が定常解の合成である級数解

c1sinπtsinπx+c2sin 2πtsin 2πx+c3sin 3πtsin 3πx+· · · を発見した。

A.2.3 熱伝導方程式

Fourier (Jean Baptiste Joseph Fourier, 1768–1830, フランスのAuxerre に生まれ、Parisに て没する) は熱伝導方程式を発見しただけでなく、Fourier の方法を用いて解くことに成功し た。『熱の解析的理論』 (1807, 1811, 1822) にまとめられている(邦訳 [65] がある)。

4当時の有名なイタリア人は、姓でなく名前でよばれる習慣があった。

Fourier の熱理論

Fourier は、後に否定されたカロリック説(熱を元素のようなもの「熱素」カロリック (化学で

有名なラボアジェの命名) —であるとして考える) に基づいて熱理論を考えたそうである。そうい うわけで、Fourier は間違った理論に基づいて議論をしたとも言える。しかし、

一般には熱量が保存されるわけではなく、エネルギーが保存されると考えるべきであ るが、化学反応や摩擦熱などを考慮に入れる必要がないような限定された状況では、

確かに熱量は保存されるので、あたかも元素であるかのような取り扱いが可能である ので、その場合は Fourierの議論は正しいわけである。『熱の解析的理論』の中の一節には次のよ うに書かれているという。

「熱の性質については、不確かな仮説しかおくことができないが、その結果が取り出 されるような数学法則の教えることは、すべての仮説から独立している。それらは一 般の現象から共通に見出され、そして正確な実験によって確かめられる基本的事実の 注意深い検証だけを必要としている。したがってまず最初に、観察の一般的結果を明 示し、計算すべき量に正確な定義を与えて、計算の基礎とすべき原理を打ち出すこと が肝要である。(訳は志賀浩二著「無限のなかの数学」岩波新書 (1995)から引用した)

Fourier の手紙

(FourierFourier級数を発見・発明したと言うわけだけど、そんなに単純ではないらしいという

こと)

「私の理解では、この展開法を一般の関数にも適用できると思うのです。別の方法で同じ方程式

ϕ(x) = sinx Z

ϕ(x) sinxdx+ sin 2x Z

ϕ(x) sin 2xdx+· · ·

に達しましたが、これは以前に得ていたものなのです。この部分の私の結果は、2年前にビオ(M. Biot) とポアソン(M. Poisson) に送りました。当時、彼らは偏微分方程式の積分を三角関数や指数関数の 級数で表現する方法を知っていたのに、それを指摘しなかったのです。ダランベール(d’Alermbert) やオイラー(Euler)は解を三角関数で展開するために私のような積分を用いていたのです。この事 実について私は全くの無知でした。あるいは完全に忘れていたのかも知れません。第3の定理の証 明に挑戦していたときに、

ϕ(x) =a0+a1cosx+a2cos 2x+· · ·

の両辺にcosx dxを掛けて0 からπ まで積分するという方法を利用したのです。最初にこの方法 を確立した数学者を引用するべきなのですが、知らないのは残念です。ダランベールやオイラーの 研究に関しては、たとえ彼らがこの展開法を知っていたところで不完全な使い方しかしていないの ですから、加えることはできません。彼らは、任意の…関数がこの種の展開で解けるはずはないと 信じていました。私が熱の理論を解く際に直面した第1の問題のように、定数をコサインの三角和 で展開するなどといったことをした人はいないように思われるのです。また、この展開が意味を持 つような極限を見つけることも必要でしょう。たとえば、方程式

x

2 = sinx−1

2sin 2x+1

3sin 3x+· · ·

x π からになるともはや成立しないことも確認されるべきことです。しかしながら、右 辺はそこでも収束しており、ただ、その和がx/2 と異なり、…」

(この訳もケルナー [27] (高橋陽一郎訳)から引用した。)

A.2.4 Laplace 方程式

ラ グ ラ ン ジ ュ

Lagrange (Joseph Louis Lagrange, 1736–1813)が流体力学の論文 (1760) の中で言及したの が最初だと言われている (重力ポテンシャルでないのは意外な感じがする)。名前の元となっ た Laplace (1749–1827)ラ プ ラ ス 自身は極座標表示された Laplace方程式を 1782 年の論文で、直交座 標表示されたLaplace方程式を 1787 年の論文で発表している(Kellog [83]の p. 123 を見よ)。

Laplace方程式の境界値問題の解の存在を示すためのDirichlet原理は、Gauss (Carl Friedrich Gauss, 1777–1855), Lord Kelvin (William Thomson, 1824–1907), Dirichlet (Peter Gustav Leje-une Dirichlet, 1805–1865)等によって「知られていた」が、有名になったのは Riemann (Georg Friedrich Bernhard Riemann, 1826–1866) が学位論文 (1851) の中で写像定理の証明に用いた ことによる。

A.2.5 Poisson 方程式

ポ ア ソ ン

Poisson (Simeon-Denis Poisson, 1781–1840) の 1813 年の論文に現われた(Kellog [83] の p. 156 を見よ)。

ドキュメント内 偏微分方程式入門 2013 (ページ 187-191)