第 2 章 熱方程式 57
2.4 最大値原理と解の一意性
型的な例であり、解の存在は Fourier の方法(後述) で示せるが、解の一意性やデータに関す る連続性は、最大値原理 (後述) という定理を用いることになる。
脱線: 連立1次方程式の解の存在と一意性
高等学校までの数学では、方程式の問題を解けと要求された場合、実際に解を表現する 式を求めるのが普通であった。ところが、一般には、問題の解を具体的な式で表現するこ とがいつも可能であるとは限らない。それどころか、解の存在と一意性の証明は、あくま でも別物であることに注意しよう。筆者が大学一年生で、線形代数学を学んでいる時に、
次の定理と証明に出会った。
定理 行列 A が正則のとき、方程式Ax=b の解は x=A−1b.
証明 Ax=b の両辺に左から A の逆行列 A−1 をかけると x=A−1b.
逆にx=A−1b のとき、Ax=A(A−1b) = (A A−1)b =Ib=b.
この定理も、証明中の式変形も、きわめて明解だが、当時の私には、証明の二行目がな ぜ必要であるかが理解できなかった(本当に納得するまで何カ月もかかった)。実は一行目 では、「もし方程式の解が存在すると仮定すると、それはA−1b 以外にはありえない」とい うこと(いわば解の一意性)しか証明しておらず、解の存在は証明できていないのである。
二行目の議論によって、解の存在が確かめられたわけである。線形代数のような簡単な問 題においては、解の一意性と解の存在は、ほとんど同じ方法 (逆行列の性質の利用) で証 明できたが、偏微分方程式の問題では、そうは問屋が卸さない。
熱方程式の QT における古典解の条件
(1) u は QT = [0,1]×[0, T] で連続。
(2) ut,ux, uxx は Q◦T = (0,1)×(0, T]で存在し、連続。
(3) Q◦T で ut=uxx が成り立つ。
我々は、初期値境界値問題(H-IBP) を、t について [0,∞) の範囲で考えているが、技術的 な都合から、考察の範囲を一時的に QT に限定するのである12。
定理 2.4.1 (熱方程式の解の最大値原理 (maximum principle)) v =v(x, t)が、熱方程 式のQT における古典解ならば、
max
(x,t)∈QT
v(x, t) = max
(x,t)∈ΓT
v(x, t), (2.4.1)
min
(x,t)∈QT
v(x, t) = min
(x,t)∈ΓT
v(x, t).
(2.4.2)
QT は R2 の有界閉集合であるから、コンパクトであり、その上で連続な関数 v は、必ず最 大値と最小値を持つことに注意しよう。考察の範囲を QT にしぼったのは、このように最大 値、最小値の存在を保証するためでもある。
証明 最大値について証明する (最小値についても同様に証明できる)。 λ:= max
(x,t)∈ΓT
v(x, t) とおき、
(2.4.3) v(x, t)≤λ ((x, t)∈QT)
の証明を目標とする。そのため
w(x, t) :=e−t(v(x, t)−λ) とおくと、まず明らかに
w≤0 (ΓT 上) であるが、さらに
(2.4.4) wt+w=wxx (Q◦T 上)
という微分方程式が成り立つことがわかる(実際v =etw+λ より、vt=etv+etvt,vxx =etwxx が得られ、これを熱方程式vt=vxx に代入して etwt+etw=etwxx. et>0であるから、両辺 を et で割れば (2.4.4)が得られる)。
主張: QT 上 w≤0. (これが分かれば(2.4.3) が分かる。)
12細かい注釈: Q◦T が、普通の意味でのQT の内部(0,1)×(0, T)ではなく、長方形の上辺(ただし端点は含ま ない)を含めるのは、この上辺は、もともと偏微分方程式を考えている範囲[0,1]×[0,∞)の内部(0,1)×(0,∞) に属するからである。
主張の証明 µ:= max
(x,t)∈QT
w(x, t)とおき、µ≤0を背理法で証明する。正の最大値が(x0, t0)∈ QT で到達されると仮定する:
µ=w(x0, t0)>0.
条件 w≤0 (ΓT 上)より (x0, t0)6∈Γ であるから、(x0, t0)∈Q◦T である。それゆえ、(2.4.4)に (x, t) = (x0, t0) を代入して得られる等式
wt(x0, t0) +µ=wxx(x0, t0) において、以下の 3 つが成り立ち、矛盾が導かれる。
(1) 左辺第1 項 ≥0.
(まず 0 < t0 ≤T に注意する。関数 w(x0,·) : t 7→w(x0, t) は t =t0 で最大値となるわけ であるが、0< t0 < T であればwt(x0, t0) = 0 となるし13、t0 =T であればwt(x0, t0)≥0 である。実際t =t0 = T で最大であることから、∀t ∈ [0, T) w(x0, t)≤ w(x0, t0) である から、∀h ∈ (−T,0) に対して w(x0, t0 +h)−w(x0, t0) ≤ 0. ゆえに (h < 0 に注意して) w(x0, t0 +h)−w(x0, t0)
h ≥0. これから wt(x0, t0)≥0 が得られる14。) (2) 左辺第2 項 >0.
(これは背理法の仮定であった。) (3) 右辺≤0.
(0< x0 <1 ゆえ、関数w(·, t0) :x7→w(x, t0) は内点x0 で最大値を持つことになるから、
良く知られた定理によって、wx(x0, t0) = 0 であるのみならず、wxx(x0, t0) ≤0 が成り立 つ。実際、もしもwxx(x0, t0) >0 ならば、w(·, t0) は x0 で狭義の極小値をとることにな り、x0 で最大値をとることと矛盾する。)
であるから、左辺 >0, 右辺≤0となり矛盾が生じる。ゆえに µ≤0であり、QT 上w≤0が 成り立つ。 [主張の証明終り]
上の主張から(2.4.3) はすぐに導かれる。ゆえに max
(x,t)∈QT
v(x, t)≤λ= max
(x,t)∈ΓT
v(x, t).
逆向きの不等式は当然成り立つ15から、
max
(x,t)∈QT
v(x, t) = max
(x,t)∈ΓT
v(x, t).
最大値原理は、証明も初等的だし、見たところ単純な定理であるが、非常に幅広い応用があ る。様々な深い結果を導くために使うことができるが、ここではごく簡単なものをあげてお こう。
13微分可能な関数f が内点aで極値を取ればf′(a) = 0.
14これは、内点で極値を取れば微分係数が0、という定理の証明(の半分)を実行したことになっている。
15QT ⊃ΓT であり、「広い範囲の最大値の方が、狭い範囲の最大値よりも大きいか等しい」ので、 max
(x,t)∈QT
v(x, t)≥ max
(x,t)∈ΓTv(x, t).
系 2.4.2 (順序の保存, 比較定理) u, w がともにQT における熱方程式の古典解で、Γ 上 u≥w をみたすならば、QT 上でu≥w.
証明 v :=u−w とおくと、v は QT における熱方程式の古典解になる。実際 vt = ∂
∂tv = ∂
∂t(u−w) = ut−vt =uxx−wxx = ∂2
∂x2(u−w) = vxx. ゆえに最大値の原理から
min
(x,t)∈QT
v(x, t) = min
(x,t)∈ΓT
v(x, t)
であるが、仮定から ΓT 上で v ≥0であり、上式の右辺は 0以上である。ゆえに min
(x,t)∈QT
v(x, t)≥0.
すなわち QT 上 で u≥w.
系 2.4.3 (正値性の保存) v が QT における熱方程式の古典解で、ΓT 上 v ≥ 0 を満たす ならば、v は QT 上 v ≥0 を満たす。
証明 (実は定数関数0 が熱方程式の古典解であることに注意すれば、上の系2.4.2 の系であ
るとも考えられる。しかし直接証明しよう。) 最大値の原理より min
(x,t)∈QT
v(x, t) = min
(x,t)∈ΓT
v(x, t)≥0 であるから、QT 上 v ≥0.
系 2.4.4 (熱方程式の初期値境界値問題 (H-IBP) の古典解の一意性) 熱方程式の初期値 境界値問題 (H-IBP) の古典解は一意である。
証明 u1,u2 をともに初期値境界値問題(H-IBP) の古典解とする。任意にT >0を取って固 定して、QT に制限して考える16。v :=u1−u2 とおくと、v は QT における熱方程式 vt=vxx の古典解になり、ΓT 上でv = 0 が成り立つ。ゆえに
max
(x,t)∈QT
v(x, t) = max
(x,t)∈ΓT
v(x, t) = 0, min
(x,t)∈QT
v(x, t) = min
(x,t)∈ΓT
v(x, t) = 0
であるから、QT 上 v = 0. すなわち QT 上 u1 =u2. T は任意ゆえ u1 =u2 on [0,1]×[0,∞).
以下の説明は軽く読み流してもらえれば十分である。
16この後、すぐに順序の保存を用いて、u1 ≥u2, u1 ≤u2 からu1=u2 としても証明できるが(わかります
か? )、ここでは最大値原理から直接証明しておく。
発展1: 強最大値原理 上に掲げた最大値原理は、Q における最大値は Γ で生じることを主 張しているだけで、最大値が Q◦ でも生じることを否定はしていない (「Q◦ では最大値を取 らない」とは言っていない)。実際、v ≡定数 の場合は、どこも最大値なわけで、Q◦ の点で も最大値になっている。実は、Q◦ で最大値を取りうるのは、このような (定数関数の)場合し かないという定理が証明できる。それを強最大値原理という。
発展2: 最大値原理は色々な方程式について成り立つ かなり広い範囲の 2階の微分方程式17 に対して(強) 最大値原理が成り立つ。例えば、定理3.3.1(調和関数に関する最大値原理)や、
複素関数論における次の定理など。
命題 2.4.5 (正則関数の絶対値に対する最大値原理) D は複素平面 C の有界な領域で、
f: D→Cは連続、かつ f は D で正則とするとき、
max
z∈D |f(z)|= max
z∈∂D|f(z)|, min
z∈D |f(z)|= min
z∈∂D|f(z)|.
もっと強く、D の内部で最大値または最小値が到達されるならば、f ≡定数.
一方、熱方程式を一般化した (空間をn 次元にして、1 階微分の項をつけた) ut=4u+
Xn j=1
bj(x, t)∂u
∂xj
について、上の定理と同じ形の最大値原理を証明するのは簡単である(本当に簡単であるから、
自分でやってみるとよい。さらには、強最大値原理も成り立つ。)。0階の項 c(x, t)uを含めた ut=4u+
Xn j=1
bj(x, t)∂u
∂xj +c(x, t)u
については、最大値原理はそのままでは成り立たない (c≤0 や、最大値の符号についての条 件を加えるなど、若干の修正が必要になる)。ただし、順序の保存、正値性の保存、解の一意 性は成り立つ18。もっと一般に、線形でない
ut=4u+ Xn
j=1
bj(x, t)∂u
∂xj +F(x, t, u(x, t))
の形の方程式に対しても、(適当な仮定の下で) 順序の保存や解の一意性は証明できる。
なお、2階の項 4uについても一般化ができる (どういう一般化が可能か説明に少し手間が かかるので省略しただけである)。
最大値原理については、Protter-Weinberger [82] が便利なテキストである。