第 1 章 波動方程式 17
1.4 初期値境界値問題
1.4.1 問題の設定
有限の長さの弦の振動あるいは有限の長さの細い管内の空気の振動のモデルである、有界区
間 [0, L] における波動方程式の問題を考える。解を一つに定めるには、初期条件だけでは不十
分で、境界条件(boundary condition) と呼ばれる、空間領域の境界 {0, L} における条件を 指定することが多い。ここでは、ρ =ρ(x) (>0), ϕ = ϕ(x), ψ =ψ(x) を与えられた関数、T を与えられた正定数として、
ρ(x)∂2u
∂t2(x, t) =T∂2u
∂x2(x, t) ((x, t)∈(0, L)×(0,∞)), (1.4.1)
u(0, t) =u(L, t) = 0 (t∈(0,∞)), (1.4.2)
u(x,0) =ϕ(x), ∂u
∂t(x,0) =ψ(x) (x∈[0, L]).
(1.4.3)
を満たす u=u(x, t)を求めよ、という問題(以下この問題を(W-IBP)で表わす)を考えよう。
このように初期条件と境界条件を満たす微分方程式の解を求めよという問題を初期値境界値 問題 (initial boundary value problem) または混合問題 (mixed problem) と言う。
境界条件は (1.4.2)の代りに、
(1.4.4) ∂u
∂x(0, t) = ∂u
∂x(L, t) = 0 (t∈(0,∞))
という条件を考えることも多い。(1.4.2)のように未知関数 uの値そのものを指定する境界条 件を Dirichlet 境界条件 (Dirichlet boundary condition), (1.4.4) のように未知関数 u の 導関数の値を指定する境界条件を Neumannノ イ マ ン 境界条件 (Neumann boundary condition) と呼ぶ。
我々は当面、次のように定義される古典解を考えることにする。
(W-IBP) の古典解の条件
u が (W-IBP) の古典解であるとは、次の (1), (2), (3) を満たすことをいう。
(1) u∈C2((0, L)×(0,∞))∩C([0, L]×[0,∞)).
(2) ut,ux は [0, L]×[0,∞) で存在して連続。
(3) 上の方程式(1.4.1), (1.4.2), (1.4.3) を満たす。
((1) と (2) はまとめてu∈C2((0, L)×(0,∞))∩C1([0, L]×[0,∞)) と書けば良いように思 えるかもしれない。(1) というのを書く気分は、「定義域で連続、微分方程式の階数 k だけ定 義域の内部で Ck 級」ということで、基本的な定理の証明に必要なだけの滑らかさを補足的に 与える (2) とは、性格が異なるのであろう。)
1.4.2 (W-IBP) の解の存在
この問題の解の存在については、ひとことで言うと、Fourierの方法を用いて解が構成できる。
ここでは、簡単のため特にρ(x)≡ ρ (定数) とした場合を考えよう(一般の場合は、例えば
ペトロフスキー [68] を見よ)。c:=p
T /ρ とおくと、問題は 1
c2
∂2u
∂t2(x, t) = ∂2u
∂x2(x, t) ((x, t)∈(0, L)×(0,∞)), u(0, t) =u(L, t) = 0 (t∈(0,∞)),
u(x,0) =ϕ(x), ∂u
∂t(x,0) =ψ(x) (x∈[0, L]) となる。
ここでは結果のみを掲げておく(導出は、第 2 章で詳述する熱方程式に対するFourierの方 法の議論を参考にすれば良い)。
u(x, t) = X∞ n=1
ancosnπct
L +bnsinnπct L
sinnπx L , an = 2
L Z L
0
ϕ(x) sinnπx
L dx, bn = 2 nπc
Z L 0
ψ(x) sinnπx
L dx (n ∈N).
問 ϕ が C4 級、ψ が C3 級で、ϕ(0) =ϕ(1) =ϕ′′(0) =ϕ′′(1) =ψ(0) =ψ(1) = 0 が成り立つ とき、上の u は (W-IBP) の解であることを示せ。
ヒント: an, bn=O 1
n4
(n→ ∞) が成り立つ。
余談 1.4.1 (音の物理学) 上の解の公式の物理的な意味を大急ぎで説明しよう。級数の各項を
構成する
ancos nπct
L +bnsinnπct L
sinnπx L
は両端を止めた弦の固有振動を表わす関数である (時間の経過とともに(xの関数としての)グ ラフがどう変化するか思い浮かべよ24)。n= 1 に対する固有振動に従って振動する弦は25、い わゆる基音(fundamental tone)を発する。n >1なるn に対応する振動成分は倍音(harmonic overtone) と呼ばれるものである26。固有値の平方根 nπc
L は角振動数 (angular frequency) に 相当し、それを 2π で割った nc
2L が振動数 (周波数, frequency) であるが、これが基音の振動 数 c
2L の整数倍になっているのは、1 次元の振動の特徴である(そのため級数の和u(x, t) が、
t について周期 2L
c の周期関数になっている: u
x, t+2L c
=u(x, t))。2 次元, 3次元の振動 では、振動数は一番低い振動数の整数倍になるとは限らない。このことを
弦の音が太鼓の音よりも耳に心地好いのはそのせいだ
24各点は単振動(調和振動)するが、それだけでなくグラフの「形」が変らず(相似というべき?)、高さが「一 斉に」単振動している。
25形が、サイン・カーブの半周期分で、高さが単振動する。
26怪しい説明の補足: 例えばいわゆる時報にも採用されているラの音は440Hzであると言われるが、ピアノの 鍵盤でラのキーをたたくと、440Hz以外に、その整数倍の880Hz, 1320Hz, 1760Hz,· · · の音が出て来る(弦楽器 は 1次元の波動現象だから)。だから 1オクターブ上のラのキー(基音880 Hz)を鳴らないようにそっと押さえ ておいてから、ラのキーを強く叩くと、上のラのキーの弦が共振して鳴る。あるいは、振動しているギターの弦 の中心を指で押さえると、奇数の倍音 (基音も含む)がみな消えて、音の高さが2倍になる。
と説明する人もいる (そうか、とは思うけれど証明できることではないなぁ)。旋律を奏でる 楽器のほとんどは 1 次元の振動現象を利用したものである(弦楽器、管楽器)。
Mathematica で固有振動を見る
c=1; L=1; u[n_, x_, t_] := Sin[n Pi x/L] Cos[c n Pi t/L]
Animate[Table[
Plot[{u[n, x, 0], u[n, x, t]}, {x, 0, L}, PlotRange -> {-1, 1}], {n, 1, 3}], {t, 0, 2L/c, 0.01}]
余談 1.4.2 (境界条件の意味) 上ではDirichlet境界条件の場合を扱ったが、もちろんNeumann 境界条件
∂u
∂x(0, t) = ∂u
∂x(L, t) = 0
も考えることができる。高等学校の物理学で波動現象について学んでいる人のために補足し ておくと、Dirichlet 境界条件は固定端反射 (reflection from a hard boundary) の場合、
Neumann 境界条件は自由端反射 (reflection from a free (soft) boundary) の場合に相当 する。コンピューターで数値実験をする機会があれば(G.7.3 参照)、是非とも試してみてその 違いを見てみることを勧める。
1.4.3 (W-IBP) の解の一意性
波動方程式の解の一意性の証明には、以下に示すように「エネルギー」を導入して、その 保存則を利用する27。証明はまったく数学的であるが、物理的な意味を持つ補助関数を導 入するところが面白い28。
運動エネルギーEk =Ek(t),位置エネルギー Ep =Ep(t), 全エネルギーE =E(t) を以下の ように定義する:
Ek(t) := 1 2
Z L 0
ρ(x)ut(x, t)2dx, Ep(t) := 1
2 Z L
0
T ux(x, t)2dx, E(t) :=Ek(t) +Ep(t) = 1
2 Z L
0
ρ(x)ut(x, t)2+T ux(x, t)2 dx.
27後で熱伝導方程式の古典解の一意性を証明するために「最大値原理」を導入するが、波動方程式については、
最大値原理のような定理は成立しない。
28独り言: 物理的な考え方をすんなり認めれば極めて自然な補助関数となるわけだが、それをしないと正しい ことは分かるが、どうやって思い付いたのか謎の証明、となるだろう。
定理 1.4.1 (波動方程式の解のエネルギー保存則) uを (W-IBP) の古典解、ϕ ∈C1[0, L], ψ ∈C[0, L] とするとき、E は定数である:
E(t) = E(0) = 1 2
Z L 0
(ρ(x)ψ(x)2+T ϕ′(x)2)dx (t >0).
証明 簡単のため、区間の端点も込めて u は C2 級であると仮定して証明する。そう仮定す ると、積分記号下の微分が容易に正当化できて
d
dtE(t) = d dt
1 2
Z L 0
ρ(x)ut(x, t)2+T ux(x, t)2 dx
= 1 2
Z L 0
∂
∂t
ρ(x)ut(x, t)2+T ux(x, t)2 dx
= Z L
0
[ρ(x)utt(x, t)ut(x, t) +T uxt(x, t)ux(x, t)]dx
= Z L
0
[T uxx(x, t)ut(x, t) +T uxt(x, t)ux(x, t)]dx
=T Z L
0
[uxx(x, t)ut(x, t) +uxt(x, t)ux(x, t)]dx となる (u が波動方程式を満たすことを用いた)。
境界条件
u(0, t) = u(L, t) = 0 (t ∈(0,∞)) から
ut(0, t) = ut(L, t) = 0 (t∈(0,∞)) が導かれるので、
Z L
0
uxx(x, t)ut(x, t)dx= [ux(x, t)ut(x, t)]x=Lx=0 − Z L
0
ux(x, t)utx(x, t)dx
=− Z L
0
ux(x, t)uxt(x, t)dx.
ゆえに
d
dtE(t) =T Z L
0
0dt= 0.
これから E(t) は t によらない定数である。特に E(t) = E(0) = 1
2 Z L
0
ρ(x)ut(x,0)2+T ux(x,0)2 dx
であるが、初期条件 ut(x,0) =ψ(x) と、u(x,0) = ϕ(x)より導かれる ux(x,0) =ϕ′(x) より結 論を得る。
(一般の場合)ε ≥0, t≥0 に対して、
Eε(t) := 1 2
Z L−ε ε
"
ρ(x) ∂u
∂t 2
+T ∂u
∂x 2#
dx
とおく。まず明らかに
lim
ε↓0 Eε(t) =E0(t).
そして ε >0に対して、
d
dtEε(t) =T ∂u
∂t
∂u
∂x
x=L−ε x=ε
=T ∂u
∂t(L−ε, t)∂u
∂x(L−ε, t)−∂u
∂t(ε, t)∂u
∂x(ε, t)
. 古典解の定義により、∂u
∂t
∂u
∂x は [0, L]×[0,∞) で連続であり、境界条件から x= 0, L のとき 0 となるから、ε ↓0のとき t∈[0,∞)に関して広義一様に
d
dtEε(t)→0.
これから Eε(t) は、ε= 0 のときも t で微分できて、
d
dtE0(t) = 0 であることが分かる。すなわち
d
dtE(t) = 0.
問 任意の T >0 を固定する。ε →0のとき、t ∈[0, T] について一様に d
dtEε(t)→0 が成り 立つことを示せ。(ヒント: compact 集合上の連続関数は…)
系 1.4.2 (波動方程式の初期値境界値問題 (W-IBP) の古典解の一意性) ϕ ∈ C1[0, L], ψ ∈C[0, L] とするとき、(W-IBP) の古典解は一意である。
証明 二つの解 u1, u2 があったとすると、v :=u1−u2 は ρ(x)∂2v
∂t2 =T∂2v
∂x2 ((x, t)∈(0, L)×(0,∞)), v(0, t) = v(L, t) = 0 t∈(0,∞),
v(x,0) = 0, vt(x,0) = 0 (x∈[0, L]) を満たす。このときエネルギーは
E(t) = 1 2
Z L 0
"
ρ(x) ∂v
∂t(x, t) 2
+T ∂v
∂x(x, t) 2#
dx≡ 1 2
Z L 0
[ρ(x)·0 +T ·0]dx= 0.
これから (被積分関数は非負なので、積分して 0ならば、実は恒等的に0でなければならない)
∂v
∂t(x, t) = 0, ∂v
∂x(x, t) = 0 ((x, t)∈[0, L]×(0,∞)).
ゆえに v は [0, L]×[0,∞)で定数であり、
v(x, t)≡v(x,0) = 0.
すなわち u1 ≡u2 である。