第 3 章 生徒による授業評価の回答基準についてのケース・スタディ 101
3.4 考察とまとめ
3.4.1 考察
「授業の分かり易さ」についての潜在的基準は,対象者によって異なっている.例え ば,対象者Bは理解し易さを重視しているのに対し,対象者 Eは問題を別の視点から 考えられることを重視している.一方,「分かり難い」についての潜在的基準は共通して いる可能性がある.「分り易さ」についての潜在的基準の違いは,何を持って「分かる」
と判断しているのか,どこまでの理解を「分かる」と判断しているのかが反映されてい ると考えられる.
第2章において,教師にとって「授業が分かる」ことには,「学習についていけない 生徒を少なくしよう」という「消極的理由」と,より質の高い学びを理解することであ る「積極的理由」の存在を指摘している.その上で,学習者によって「分かる」ことの 捉え方が異なる可能性を確認する必要があると述べたが,その異なりが学習者の「分か る」の潜在的基準に反映されていると考えられる.
一方,「分かり難い」については,「授業が分かる」ことについての「消極的理由」と
「積極的理由」の区別無く,「説明が無いため分かり難い」,「理解できないため分かり 難い」など分からないことそのものを潜在的基準としていた.
「授業秩序は保たれているか」の潜在的基準については,学校生活に適応する過程で 自ずと身に付ける価値,規範,態度といった,行動様式に関わる潜在的カリキュラム(旗
2002)が大きな影響を与えると考えていた.しかし,「とても保たれている」状態の基準
は,潜在的カリキュラムによる授業秩序ではなく,「主体的学びができているか」とい う自身の学びの状態が満足できるものであるかを潜在的基準としていた.この状態は,
潜在的カリキュラムによる授業秩序が維持,または,その状態を逸脱していたとしても
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教師がコントロールできる状態であることが考えられる.
「とても保たれている」が生徒自身の状態を基準としているのに対し,「全く保たれ ていない」は授業規律が成立していない状態,および,その状態を改善できない教師に 対しての評価を潜在的基準にしていると考えられる.そのため,授業規律を確立するこ とを目的とした改善のみではなく,主体的学びが成立するためには必要な改善を平行し て取り組む必要があると考える.
「理解を確認しながら授業を進めているか」に関しては,「理解するための工夫があ る」という教師の姿勢,「自分が理解できたかどうか」という達成度を潜在的基準とし ていた.一方,「理解の確認をしてくれない場合」に関しては,「生徒への確認を行う必 要が無い」とした教師の判断を基準としている.つまり,自分の理解の度合いを確認し たいという生徒の主体的学びが意図的に断ち切られた場合を「確認してくれない」状態 としている.これは,「単に確認することを忘れた」,「時間が不足したため確認するこ とができなかった」という,意図的では無い場合や不可抗力の場合よりも強い不満であ った.
「意欲的に取り組める授業であるか」の質問項目に関しては,その要因を授業の雰囲 気,自分の姿勢,教師の姿勢など何に求めるかによって潜在的基準が異なっている.尺 度間の比較において,例えば「とても意欲的になる内容である」が前述の様な潜在的基 準であったのに対し,「ある程度意欲的になる内容」については自分の成績を潜在的基 準としていた.対して,「全く意欲的になれない内容である」という最も低い評価の基 準は,生徒の主体性が断ち切られている状態を潜在的基準としている.
質問項目の「意欲」をどの様に理解するのかによって,潜在的基準や,教師側の解釈 が異なってくる.授業に臨む意欲,学習意欲,数学に対する意欲など様々な「意欲」が 存在する.そのため,どの様なことに対する「意欲」を尋ねているのかが分かる様な質 問項目を設定する必要があると考えられる.
「授業中の声の聞き易さ」の質問項目に関しては,声の大きさではなく,強弱,熱意 を感じるといった話し方を「とても聞き易い」の潜在的基準としている.また,「全体 を見ている」,「教師の発言が生徒に語りかける発言となっている」といった話す際の身 振りもこの尺度に反映されている.
一方,聞き取り難い基準には,「眠くなる」,「内容が理解できない」という生徒自身 の状態が反映されている.つまり,「授業中の声の聞き易さ」の潜在的基準は,低い評
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価になるにつれ授業を受けている自身の姿勢の変化が反映されている.この項目につい て,対象者の一人が,「声が小さくて聞こえないという状態は,あまり無い」と指摘し ている.対象校が「生徒による授業評価」を取り入れたころには,「声が小さくて聞こ えない.」ために,この項目に低い評価がなされることがあったが,ここ数年はそうい った指摘が少なくなってきているそうである.こうした潜在的基準の変化も,授業改善 の成果の一つであると考えられる.
「板書は見易いか」の質問項目に関しては,板書されている文字や図の見易さよりも,
写して作成したノートの満足度が潜在的基準に反映されている.「とても見易い」の潜 在的基準には,「余白をどの位空けると良いのかを指示してくれる」,「統一性がある」
といったノートが整理されていることが十分条件として設定されている.一方,口頭で の説明が中心である場合や,「板書が明らかに整理されていない場合は,低い評価とな っていた.これは,授業の内容を理解することに加え,ノートに板書の内容を整理する ことの負担が低い評価として反映されていることも考えられる.
3.4.2 まとめ
生徒が授業を評価する際,評価のための質問項目に対して,その尺度を潜在的基準に より判断している.しかし,その潜在的基準は授業に何を求め,質問項目をどの様に捉 えるのかによって異なっており,対象者それぞれが抱く「良い授業」を基にした評価が 行われている.
また,潜在的基準は,授業の技術,教師の姿勢,生徒自身が授業を受ける姿勢,生徒 の理解状況などによっても異なっている.こうした異なった背景をもつ潜在的基準が,
一つの尺度スケールによって数値化されている.そのため,「とても良い」,「良い」,「や や良くない」,「とても良くない」といった尺度は,共通の順序尺度によって評価されて いるものとは言い難い.
しかし,最も良い評価については,学習者自身の学びが主体的なものになっているか どうかが潜在的基準となって判断されている.質問項目の内容は,教師の姿勢や授業技 術といった生徒にとっての外的要因について評価を求められている.実際には,そうし た外的要因を越えた主体的な学びの有無によって判断されている.
一方,最も良くない評価については,質問項目の内容に沿った潜在的基準により判断
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また,注意を要することとして,潜在的基準の変化が挙げられる.「授業中の声の聞 き易さ」の質問項目に関して,生徒による授業評価が導入された初期は声が小さいく聞 こえ難いことが低い評価に反映されていた.しかし,授業の改善などが進むにつれ,評 価の対象が声の大きさではなく,抑揚や視線,身振りなどを含んだ話し方を対象とした ものに変化している.授業の改善が進むにつれ,生徒が評価する潜在的基準も変化して いることが考えられる.
以上のことから,生徒が授業を評価する際の基準について,次の3点を明らかにする ことができた.
(1) 生徒は評価する際に,自分にとっての良い授業を潜在的基準とし,評価を行なっ ている.
(2) 評価基準は,一つの尺度スケールに対し,異なった潜在的基準によって評価され ることがある(順序尺度としての厳密性は存在しない場合が多い).
(3) 最も良い評価は,生徒の主体性が満足されている状態を潜在的基準としている.
生徒による授業評価をより授業改善に活かすために,生徒の学びに必要な内容を質問 項目が反映しているのか,質問項目が授業改善の時系列的変化に対応できているのかな どを注視した評価項目自体の改善も求められる.こうした取り組みに,学習者である生 徒の視点や潜在的基準を取り入れることが,より良い授業を目指す上で必要となる.ま た,このことは,授業の改善のみではなく,授業を生徒と共に築くことにより協働性や 責任感などの資質の育成にも繋がることが考えられる.
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