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生徒による授業評価実施の背景

第 5 章 総合的考察

5.1 生徒による授業評価実施の背景

本研究は,教師が授業を改善するための取り組みに着目している.

授業の目標が達成される「良い授業」には,生徒の視点と教師の視点が存在する.生徒 の視点により授業評価が実施され,その結果を教師の視点で自己評価する.両者の視点 の共通点や相違点を理解することにより生徒による授業評価の信頼性を高め,生徒のよ り良い変容に寄与することを目的としている.

信頼性を高めることの必要性は,生徒による授業評価には不安を抱く教師が存在して いることにある.その不安がどの様なもので,どの様なことに起因しているのかに関し て,導入と実施の経緯を振り返り考察を行なう.

「ゆとり教育路線」の総決算とされる,高等学校学習指導要領(平成 10~11 年改訂) には,学力の低下に対する懸念の声が多く寄せられた.その結果,「ゆとり」よりも「確 かな学力」を重視した高等学校学習指導要領(平成20~21年改訂)への改訂が行われた.

この改訂の間,学校教育を取り巻く環境にも大きな変化があった.

教育に関する社会問題の解決に向け,学校には「開かれた学校」として保護者や地域 社会との連携,不満や要望の受け皿のために,自己評価が求められた.自己評価とは,

「教職員が目標などを設定し,実行し,自ら評価を行なうもの.」のことである.

更に,教員の資質の向上,納税者としての国民・住民に対する教育の結果を説明する 指標としての役割が自己評価に加えられ,現在に至っている.

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自己評価が求められた当初,その実施は,「行なう努力をするもの」であった.次第 に,「学校の責務」に変わり,現在は「行なうものであり,結果を設置者に報告するも の」として,義務付けられている.

授業に対しても自己評価が求められ,その結果に基づき,改善に取り組むことになっ た.授業に求められた自己評価の対象は,評価指標や数値目標として授業の良し悪しな どを計る「生徒による授業評価」である.

生徒による授業評価の代表的な効果として,次の3点が挙げられる.

(1) 授業改善のポイントをより的確に知ることができる.

(2) 生徒が授業に対する興味・関心を高めることができる.

(3) 授業改善の取り組みを保護者などに知らせることにより,学校との信頼関係を強め ることができる.

これに対し,次の3点が代表的な課題として挙げられている.

(1) 実施に際して注意が必要なことに関する課題.

(2) 生徒による授業評価そのものに対しての授業者たる教師の不安に起因する課題.

(3) 結果を受けて改善に活かす際の課題.

先行研究では,効果を利点として捉える教師の意見よりも,課題(2)の様な不安の声 が多く挙げられている.課題(1)は,実施方法を改善することにより乗り越えることが できるが,課題(2)は教師の感情的な不安である.

この感情的な不安は,次の様な原因が考えられる.

第1に,生徒による授業評価が,外発的に導入され実施に至ったことに対する負の感 情に起因するものである.社会背景を受けての学習指導要領の改訂や,自己評価の法制 化に至る経緯を見ていくと,現場の教師の意見を反映させる機会は,微々たるものであ った.こうした外発的な導入に対する不満や反発が少なからずあったと考えられる.

第2に,生徒を評価する立場である教師にとって,「評価される立場」の経験は極め て少ない.この被評価者と評価者の逆転に起因する不安が存在する.この不安は,「生 徒の評価能力への不安」,「評価の信頼性への疑義」といった教師の声として実際に挙げ

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第3に,授業評価の結果への不安から,生徒への迎合に対する危惧が考えられる.裏 を返せば,教師個人または教師組織の,自信の無さの表れでもある.

しかし,これらの不安があるものの,授業の改善を目的としている以上,教師は,生 徒による授業評価の導入と実施に強く反対し難い立場に立たされていた.

事実,内発的な背景により生徒による授業評価を実施している学校では,教師からの 不安はあまり出されていなかった.

内発的な実施によるものか,外発的な実施によるものかは,生徒による授業評価を活 用することの成否を左右する背景であると言える.

課題(3)は,生徒による授業評価が,既存の授業改善の取り組みと大きく異なるため, どの様に対応して良いのか分からないことに起因している.伝統的に,授業を改善する ために行われている「研究授業」とは,「授業を観察する状況が存在しない」,「検討・

分析は個人の自己評価のみによって行われる」点で大きく異なる.研究授業の機会が減 っていること,校務や部活動の指導などによる教師の多忙化などにより同僚性を基にし た問題解決や経験の伝播も少なくなっている.

生徒による授業評価が導入された当初,多くの教師は,外発的に導入され,評価され る立場に対しての不安を抱き,結果をどの様に改善に活かすべきなのかを模索しなけれ ばならないという状況に置かれていた.

評価を分析することについての課題も存在する.結果を組織的に改善に活かしている 学校は,内発的な取り組みの存在が大きな要因となっていた.しかし,学校評価の一環 として外発的に制度化されている多くの学校では,個人が結果を抱え込み,自己評価を 行なっている.評価の結果は,教員同士の他者評価にも繋がるため,公表し難い性質のも のである.そのため,良い評価であっても,ノウハウを共有し難く,悪い評価の場合は手 助けを求めにくい状況下に置かれてしまう.

効果として挙げられている利点は,教師にとって納得できるものであり,魅力的なも のである.導入するための準備としての研究は,都道府県の研修センターレベルで行わ れていた.また,都道府県によっては,試験的に先行実施し利点を確認し,課題を解決す るための取組みも行われていた.しかし,蓄積の無い取り組みであるため,どの様に活か すのかといった,方向性を含め誰も正解を誰も判断できない状態のまま導入することに なったのである.結果として,外発的な導入と実施を,内発的なものと同様の必要性を感

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じられず,かつ,共有することができなかった.そのため,効果としての利点よりも,課題 が勝ることになってしまったと考えられる.

現在は,歴史は浅いものの,各学校や教師の取り組みの蓄積,研究の成果により,課 題は徐々に収斂されてきている.また,生徒の評価能力が向上してきたことも考えられ る.そのため,導入初期の頃の様な,強い不安はあまり聞かれなくなった.

しかし,不安が解消されたことに起因しているのか,諦めに近い無力感によるものな のかは判断することができない.少なくとも,前述した生徒による授業評価の課題が,

解消されたとの報告はなされておらず,教師の抱く不安は現在も存在し,生徒による授 業評価の活用はまだ模索されている状況であると言える.