4. ゲルーシアの物語
4.2. ゲルーシアへの従順
4.2.1. 裁判制度におけるゲルーシア
4.2.1.1. 町の統治者と裁判員
町の裁判員に関する規定は、モーセが定めた国制を書き留めたとする大きな物語単位に含まれ ている(AJ 4. 199-301, esp. 215-218)。裁判員の選出方法の規定の直前には、各町の「統治者(あ るいは役人、ἀρχή)」の設置が定められているので、まずそれを見てみよう。
各町には(καθ’ ἑκάστην πόλιν)統治者として(ἀρχέτωσαν)、長い間徳を(τὴν ἀρετὴν)実践し 廉潔な生活を(τὴν περὶ τὸ δίκαιον)送ってきた(οἱ ... προησκηκόντες)七名の男子(ἄνδρες ἑπτὰ)を置き、それぞれには(ἑκάστῃ δὲ ἀρχῇ)レビ人の部族の男子二名を部下(ὑπηρέται)と して任命する(διδόσθωσαν)。
(AJ 4. 214、秦訳)
各町の統治者として、徳の実践を基準として、七名の男子が任命され、彼らの下にはレビ人の部下 が配属される、というのである。
155 橋場訳、27頁。
57 さて、その統治者と並んで、各町にはさらに、裁判を行う(δικάζειν)人、すなわち裁判員(οἱ δικασταί)も設置される(AJ 4. 215)。各町は、統治者だけでなく、裁判員という役職をも必要とする のである。私がここで注目したいのは、それら裁判員たちの選出方法である。
おまえたちは、町の住民のために(ταῖς πόλεσιν)裁判を行う使命を(οἱ δικάζειν)おびた人
(οἱ ... λαχόντες)には、最高の敬意を払わねばならない。すなわち、彼らの前では、何ぴとも 罵言を吐いたり、横柄な態度をとったりすることは許されない。なぜなら、高位の人に敬意を 払うことは、人に慎みを教え、かりそめにも神を軽んずるようなことを控えさせるからである。
(AJ 4. 215、秦訳)
興味深いことに、ここでは裁判官の選出方法が、抽籤で選ばれた者たち(ホイ・ラコンテス、οἱ
λαχόντες)という単語で示唆されている。Feldmanはοἱ δικάζειν λαχόντεςを「裁判をする立場に就い
た者たち(those who have obtained the position of judging)」と訳した上で、「ヨセフスはこれらの裁 判員がどのように選出されるのかについて詳細を述べることをしない」とコメントしている156。 Thackerayは「裁判を管理する任を負う者たち(those to whom it shall fall to administer justice)」と 訳す157。
他方、『アテナイ人の国制』を手元に置く私たちは、『ユダヤ古代誌』のその言葉遣いに、モーセ の国制の特徴を見出すことができる。『アテナイ人の国制』ではランカノー(λαγχάνω)という単語は、
クレーロオー(κληρόω)と並んで、とりわけ重要である。なぜなら、それは民主制を象徴する抽籤を 指し示す単語だからである158。たとえば、民主化の初期段階におけるドラコンの国制下では、「参 政権保有者から(ἐκ τῆς πολιτείας)」抽籤で選ばれた者(τοὺς λαχόντας)が、「評議員を務めた
(βουλεύειν)」とされている。また五〇〇〇人会議は、三〇歳以上の市民で構成される四つの評議 会のうち、「抽籤に当たったもの(τὸ λαχὸν)が現任評議会として職務を遂行する(βουλεύειν)」という 案を提起する(AP 30. 3)。民主化の最終段階に達したアテナイにおいて、「裁判を行う(δικάζουσι)
のは抽籤に当たった〈人々〉(οἱ λαχόντες)」とされる(AP 57. 4)。その選出方法を大まかに言えば、
部族ごとの小箱に、裁判員資格保有者が、「黄楊の木でできた名札」を投じ(AP 63. 3)、そこから引 き当てられた名札の所有者、すなわち「抽籤に当たったもの(τοὺς εἰληχόντας)」が各部族の裁判員 に任命される(AP 64. 1-3)。
『ユダヤ古代誌』のヨシュア物語においては、カナンの土地を各部族に割り当てるために、ヨシュ アが籤を引き(κληρώσαντος)、ユダ族がある範囲を引き当てた(λαχοῦσα)とされている(AJ 5. 81)。
サウルを王に任命する際にも籤引(κλῆρος)という方法が採用され、まず氏族単位で抽籤が行われ、
マテリ族が「籤に当た(り)(ἔλαχεν)」、次いで個人レベルで抽籤が行われ、こうしてサウルが王とし
156 L. H. Feldman trans., Judean Antiquities 1-4, Josephus; Translation and Commentary, vol. 3, (Leiden: Brill, 2000), p. 409.
157 Thackeray trans., Jewish Antiquities, Books I-IV, p. 579.
158 H. G. Liddell and R. Scott comp., A Greek-English Lexicon (Oxford: Oxford Univ. Press, 1996), p.1022によれば、
その一義的な意味は「籤によって得ること(obtain by lot)」である。
58 ての職務を引き当てる(λαγχάνει βασιλεύειν)159。このように、『ユダヤ古代誌』においても、ランカノ ーという語は、籤を引き当てる行為を意味するのである。その単語が、『ユダヤ古代誌』第4巻では モーセが制定する裁判員に用いられているのである。
抽籤という選出方法においては、選ばれる者の能力や出自、財産高などは判断基準とされない。
モーセの定める裁判員制度においても、裁判員は籤を引き当てた者であるので、直前に言及され る支配者(アルケー)とは異なる役職だと判断できる。なぜなら、支配者の方は「長い間徳を実践し 廉潔な生活を送ってきた」人物が選ばれるからである。抽籤制度によってはそのような人物を選ぶ ことはできないだろう。抽籤制は、権限がある限られた集団に集中することを防ぐ。翻って、大衆の あらゆる者が、支配すること(ἄρχειν)に与る機会を得られるのも抽籤制の特徴である。
『ユダヤ古代誌』のモーセは、町の裁判員を抽選で選ばせることにより、裁判の権限を民に分け 与えている。しかもこの裁判員制度では、下級裁判所ないしは地方裁判所が最終的な宣告を下す ことが原則とされており、エルサレムの上級裁判所ないしは中央裁判所に移審される場合は限定さ れている。
もし裁判官(οἱ δικασταὶ)が、取り扱っている事件にいかなる宣告を下すべきか判断に窮した ときは――人間にはそうしたことがしばしば起こるものである――、その事件を(τὴν δίκην)そ のまま聖なる都に(εἰς τῆν ἱερὰν πόλιν)移し(ἀναπεμπτέτωσαν)、大祭司、預言者、そしてゲ ルー シアの 長 老 た ち(ὅ τε ἀρχιερεὺς καὶ ὁ προφήτης καὶ ἡ γερουσία) が合 同 して
(συνελθόντες)審理し、適当と思われる判決を宣告しなければならない。
(AJ 4. 218、秦訳)
ここでは、地方裁判所が裁定に窮した時に限り、「大祭司、預言者、そしてゲルーシアの長老たち が合同して審理する」と定められている。つまり、訴訟を起こすことを望むヘブル人は、直接エルサ レムの中央裁判所に訴えを提起するのではなく、まずは抽籤で選ばれた裁判官たちの判決を求め なければならないのである。
裁判員が籤引きで選ばれるという制度の意義を、『アテナイ人の国制』との比較を通して考えると、
荒野のヘブル人の国制が民主的な性格を帯びており、国制制定者のモーセ自身がそれをよしとし ている、ということを意味する。この点で、『ユダヤ古代誌』のモーセは、『政治学』で描かれるソロン のようである。
彼が行ったのは、法廷の構成員が(τὰ δικαστήρια)あらゆる市民のなかから(ἐκ πάντων)選 ばれるようにすることによって、民主制を立ち上げたことである。ソロンを非難する人々もいる
159『ユダヤ古代誌』では、サウルは王になるまでに、計四段階の選考を経験している。一度目は神による 直接指名(AJ 6. 49-50)、二度目は、私がここで紹介した、民全員が参加する籤引き(AJ 6. 61-62)、そし て三目は民による承認である(AJ 6. 66)。第四回目の選出について『ユダヤ古代誌』は、「サムエルが第 二回の選挙でサウルの王国を確認する必要があると宣言すると…」と述べている(AJ 6. 83)。第四回目 の選挙では、預言者が彼の王位を確認する(AJ 6. 83)。したがって、『ユダヤ古代誌』のサウルは、抽籤 のみで、すなわち資質を問われずに王位についているのではない、ということになる。
59 理由はここにある。つまり、籤引で選ばれる人々(κληρωτὸν)からなる法廷に万事を裁く権限
(κύριον)を与えることによって、〔国制の〕その他の部分を台無しにしたからである。(中略)し かし、このことはソロンの意図に応じて起こったというよりも、むしろ偶然の結果であると思わ れる。
(Pol. 2. 1274a1-9, 10-19、神崎他訳)
『ユダヤ古代誌』第4巻第215節の「裁判を行う使命を帯びた人」という語に対する、私の上述の 解釈がもし容認されるなら、ヘブル人の国制は、多数者が支配に参加できる機会を与える仕組み を持っていることになる。それゆえ、たとえ彼らが人々の中から選ばれているからといって、彼らを軽 蔑してはならない、と規定されるのである。彼らに対しては「最高の敬意を(ἐν πάσῃ τιμῇ)払わねば なら」ず、「高位の(ἐν ἀξιώματι)人」として接せねばならない(AJ 4. 215)。これもまた、ヨルダン川を 渡った後のヘブル人の国の政治理念の一側面である。
大祭司とゲルーシアと預言者は、そのような裁判官が判断に窮したときに最も適当な判断を下す ために設置されているのである。したがって、ゲルーシアによって構成される裁判制度は、必ずしも ゲルーシアに権限を集中させることを目的としているのではない、と言えよう。ヘブル人の裁判制度 は、大祭司、ゲルーシア、預言者、民が一丸となって維持、運営していくものなのである。