5. 海辺と荒野の民主主義
5.3. 祭司の始祖
5.3.5. 籤引の大祭司
第一回目の選出で、アロンは「彼の徳が他のだれよりも、そのような高位を受けるにふさわしかっ たから」として、大祭司に選ばれている(AJ 3. 188)。「その出生、預言者の能力、弟の徳行によって、
だれよりもこのような高位に適した人物であったから」である(AJ 3. 192)。少なくとも第一回目の選 出において大祭司職は優秀者を体現した地位であった。しかし、資格審査と銘打たれた第二回目 の選出では、大祭司職請求者たちの中から、神に最も気に入られる犠牲を捧げた者が選ばれた。
そして第三回目の選出では、判断基準は明かされず、単に部族名が刻まれた杖が選ばれる。なぜ レビ族の名が刻まれた杖が芽吹いたのかは謎のままである。それが神の裁断であることは間違い なく、モーセの陰謀によるのでもないことも明らかであるが、神の選出の根拠が不明であるため、
「不思議な光景」と形容される(AJ 4. 66)。
国制の発展という観点でこの一連の大祭司選出を巡る騒動を解釈するならば、大祭司職はいよ いよ民衆に近づいているように見える。二度目と三度目の選出が民の不満に応じて開催されてい ることを考慮すれば、そのような性格を帯びるのも当然であろう。古くは王たるアブラハムに遡り、王 のごときモーセに下ってきた大祭司権は、今や民衆全体を候補者に巻き込む公共の要職となった のである。「ここにいる大衆のすべてが、実は同じように名誉を受ける資格をもっている」というモー セの原則に偽りはないように見える(AJ 4. 25)。
ユダヤ国制史の末期、モーセのその原則をさらに純粋に解釈し、大祭司職を大衆に平等 に分け与えようとした者たちが、ユダヤ戦争の主人公ゼーロータイである。『ユダヤ戦記』
において「野盗たち」と呼ばれる彼らは、「神の聖堂を自分たちの要塞とし」、そこを「暴 君として支配するための聖所」とする(BJ 4.151)210。神殿がヘブル国家の新政権の拠点と なっているのである。彼らもまた独自に大祭司の選出を行う。ゼーロータイと呼ばれる革 命家集団と大祭司アナノスとの間に緊張が生じるなか(BJ 4.151, 162, 193, 197)、ゼーロー タイは籤引によって大祭司を選ぼうとするのだ(BJ 4.155)211。
210 J. J. Price, Jerusalem under Siege (Leiden: Brill, 1992), p. 86は、神殿の丘の占拠は、「ゼーロータイとその 同志たち」が、自らの勢力を拡大するためにとった行動の三段階のうちの最初のものである、とする。
その次の段階は、ファンニの大祭司選出であり、第3段階は、政治的重要人物の逮捕と処刑である。た だしこの順序は、ヨセフスが、ゼーロータイの不信心を強調するために実際の出来事の発生順を操作し た結果であるとする。
211 Priceは、この新大祭司の選出を、ローマ支配への抵抗の表現と解釈する。彼らはこのとき、大祭司職
の任命権を奪取することで、これまでそれを掌握してきたローマ政府とヘロデ王家の権威を貶めること ができた、という。すなわち、ゼーロータイの反ローマと反ヘロデ王家の態度がこの物語から読み取れ る、というのである(Ibid., p. 86)。D. M. Rhoads, Israel in Revolution: 6-74 C.E. (Philadelphia: Fortress Press, 1976), p. 106 は、籤による新しい大祭司の選出は、ゼーロータイ政府の民主的な傾向と平等主義とを反 映している、と述べる(C. Roth, “The Constitution of the Jewish Republic of 66-70,” Journal of Semitic Studies,
vol. 9 (1964), p. 315も参照)。ここで目指されているのは、彼ら自身の手になる、「民主的な大祭司体制」
である(Rhoads, Israel in Revolution: 6-74 C.E., p. 107)。M・ヘンゲル『ゼーロータイ』、197頁は、ここで のゼーロータイは「セレウコス時代以来中断されていた、合法的な、サドク家の血統を再び認めさせる ことを企てたのであった」、と言う。
112 愕然としている市民を試し、自分たちの力を(τὴν αὑτῶν ἰσχὺν)試みるために
(δοκιμάζοντες)、彼らは大祭司たちを(τοὺς ἀρχιερεῖς)くじで(κληρωτοὺς ὄυσης)決 めようとした(ἐπεχείρησαν ποιεῖν)。彼らは大祭司職がかつては(πάλαι)くじで
(κληρωτὴν)決められていたと主張し(ἔφασαν)、「旧い慣習」(ἔθος ἀρχαῖον)を彼ら の陰謀の口実とした。
(BJ 4. 152-154、秦訳)
これより前に、野盗たちはすでに独自に(ἐπ’ αὐτοῖς)大祭司の挙手選出を(τὰς χειροτονίας τῶν ἀρχιερέων)」行っている(BJ 4.147)。「彼らは代々大祭司が選出されていた一族の権威を無視し、
卑賤の者たちを(ἀγενεῖς)大祭司に立てた」(BJ 4. 148)。しかし彼らは、独自の選挙だけでは飽き 足らず、籤引による選出を採用するのである。その目的は「自分たちの力を試みるため」である。自 分たちの力を信じ、それを増大させることは、『ユダヤ古代誌』と『アテナイ人の国制』のテクストに共 通する民主主義の根本原理である。
籤を民衆政治の象徴とみなすなら、ここでのゼーロータイたちは、民主制こそがヘブル人の由緒 正しき国制だと主張していることになる212。籤引の結果を『ユダヤ戦記』は次のように描写する。
野盗たちはエニアキンと呼ばれる大祭司一族の者を呼び出すと、大祭司を(ἀρχηιερέα)くじ で選出した(διεκλήρουν<δια-κληρόω)。くじをたまたま引き当てたのは野盗たちの不法をとく に身をもって示していたファンニと呼ばれる男だった。彼はアフティア村のサムエルの子で、
大祭司の家系でないことは言うにおよばず、大祭司職の何たるかをはっきりと理解せぬ田舎 者だった。野盗たちはその村から気乗りのまったくしない彼を引きずってきて、舞台の上での ようにその役柄にふさわしい聖なる式服を彼にまとわせ、その折の所作を教え込んだ。彼ら にとってはこの恐ろしい不敬神な所業も所詮遊びであり、気晴らしにすぎなかった。法がこの ように弄ばれているのを遠くから目撃した他の祭司たちは涙を抑えることができず、聖なる地 位の崩壊を嘆くばかりだった。
(BJ 4. 155-157、秦訳)
ゼーロータイは、大祭司選出の公平性と平等主義をより確実なものとするためか、候補者のなか に「エニアキンと呼ばれる大祭司一族の者」を含める。ところが、結果的に籤を引き当てるのは、大 祭司の家系に属さないファンニという人物である。しかも彼はその職を務めることに「気乗りの全くし ない」者である213。
212 歴代誌上24章5, 7節(LXX)では、祭司の諸家系が「籤によって(κατὰ κλήρους)」編成されている(J.
C. VanderKam, From Joshua to Caiaphas [Minneapolis: Fortress Press, 2004], p. 488)。
213 かつてヤラベアム王は、「望む者」全てが大祭司の候補者になれる制度を作り出した(AJ 8. 228)。
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『政治学』は、民主制の特徴の一つとして、「公職はいかなるものも終身職とはしない」ことを挙げ る。「もしそのような公職が古い時代の変革を免れてなお残っているならば、そこから権力を剥奪す る と と も に 、 選 挙 (έξ αἱρετῶν) で は な く 籤 引 で (κληρωτοὺς) 任 命 す る も の と す る 」 (Pol.
1317b40-1318a10)。ゼーロータイは太古の要職である大祭司を籤引で選ぶことにより、それを自ら の民主政府の要職の一つへと改革するのである。
私たちはこれまで荒野での大祭司職の選出をめぐる騒動の記事を読んできたが、そこでは大祭 司職を民衆に対して開かれたものにしようという動きがあった。『ユダヤ戦記』のゼーロータイは、そ れをさらに発展させ、大祭司を籤引で選ぶ。ゼーロータイは、「ここにいる大衆のすべてが、実は同 じように名誉を受ける資格をもっている」というモーセの指針に忠実であろうとしているように見える。
彼らはモーセの国制の最も熱狂的な信奉者であり、彼らはユダヤ戦争において荒野の旅を再現し ているのである。そうすることにより、かつては王のもとにあった権限を民衆に分配しているのであ る。
『アテナイ人の国制』のアテナイにおいてバシレウスやポレマルコスは、もともとは王に集中して いた権限を分割して引き継ぐことによって歴史に現れた役職であった(AP 3. 1-3)。それゆえにバシ レウスとポレマルコスは新しいアテナイ国でも父祖伝来の祭事を司る(AP 3. 3)。それらは古い時代 には終身であったが、その任期は一〇年間に切り詰められる(AP 3. 1)。彼らはかつて「名門かつ 富裕である者から任命された」が(AP 3. 1)、新しいアテナイ国では、各部族から一名「抽籤で任命 する」と定められる(AP 55. 1)。それらの役に就く者は他の役人と同様に、資格審査を受けなけれ ばいけない(AP 55. 2)。このようにバシレウスとポレマルコスが掌握する祭儀の執行権は、アテナイ の国制史において、王政、寡頭制、民主制の変転を経験している。王の権限が大衆の手に渡った のである。
ヘブル人の国制の大祭司も同様に、アブラハムの手からモーセの手に渡り、コラの騒動と民衆 の反乱に経て、アロンのもとに辿りつく。アロンが、第二回目の選出では民の挙手選出により――
実質的には神が選んだのであるが――、そして第三回目の選出では全国民の中から杖の奇跡に よって選ばれたことにより、大祭司職は民主的な側面を持つようになる。さらにこの歴史に『ユダヤ 戦記』を接続するならば、その要職は、ユダヤ国制史の最後には、ゼーロータイによる民主政府の 下での選挙改革の洗礼を受けることになる。
コラは大祭司職を富裕な者に委ねるべきだと主張した。他方モーセは民の指導者たる自分こそ が受けるものと期待した。そして第一回目の選出では、出生、能力、弟の徳行という判断基準から 大祭司職はアロンの手に委ねられた。紆余曲折を経てゼーロータイが大祭司の選出権を掌握する と、それは「大祭司の家系でないことは言うにおよばず、大祭司職の何たるかをはっきりと理解せぬ