4. ゲルーシアの物語
4.4. 消えるゲルーシア
ゲルーシアの失墜の象徴となったギベア事件は士師の時代の初期に発生した。士師の時 代の次に始まるのは、大祭司エリが統治する時代である。「サムソンが死ぬと、大祭司エリ がイスラエル人の指導者になった」(AJ 5. 318)。そして大祭司エリの死後は、サムエルが「た だ一人で一二年間ヘブル人の民を統治し、指導した。その後はサウルとともに一八年間民 を指導した」(AJ 6. 294)。この大祭司エリの時代が、『ユダヤ古代誌』の前半部におけるゲ ルーシアの最後の登場場面である。次にゲルーシアが言及されるのは、アンティオコス三 世の書簡においてである(AJ 12. 142)。
私たちは先にルツ物語におけるゲルーシアの役割を見た(本稿4.2.1.3参照)。ルツ物語に おいて語られるのは、『ユダヤ古代誌』の時代序列に従えば、ギベア事件の後、エリの時代 初期の出来事である。これから私たちが読む神の箱の物語は、ルツ物語の後の出来事とさ れる。ギベア事件においてすでに権限を失っているゲルーシアは、この物語ではどのよう に描かれているのだろうか。そしてゲルーシアはヘブル人(イスラエル人)の大衆とどの ように関わるのだろうか。
大祭司エリの時代にペリシテ人とイスラエル人がアペクの町で衝突し、イスラエル人が 敗北する(AJ 5. 352)。ペリシテ人に対する勝利を望むイスラエル人は、契約の箱を戦場に 持ち込もうとする。
完敗を恐れたヘブル人は、ゲルーシアの長老たちと大祭司に使いを出し、神の契約の 箱を持って来るように言った。彼らは契約の箱があれば敵を圧倒できると考えたので あるが、自分たちが受ける災禍を決定した神がそんな箱よりもはるかに大きな力をも っていることや、その箱がそこにあるのも、実は、神があってのことであることには 全く無知であった。
(AJ 5. 353、秦訳)
ここではヘブル人たちが、ゲルーシアと大祭司に(τὴν γερουσίαν καὶ τὸν ἀρχιερέα)伝令を 出し、契約の箱を持ち出すように命じて(κελεύοντες)いる。大祭司とゲルーシアは、モー セが民に有益な助言を与えることを期待した役職である。しかしここでゲルーシアと大祭 司は、民にいかなる助言も与えていない。ヨシュアの時代(AJ 4. 315; 5. 1)にゲルーシアは、
エリコの町の攻囲作戦において、契約の箱をかつぐ大祭司と共にエリコ市の城壁を周る(AJ
5. 22)。しかしこの戦闘において彼らは戦場に姿を現さない。
ヘブル人が契約の箱を持ち出そうとした動機を、ヨセフスは、「彼らは契約の箱があれば 敵を圧倒できると考えた」と描写している(AJ 5. 353)。そのような案を提出しているのは、
ゲルーシアでもなくヘブル人である。戦いに勝つための最善策を考え出す主体は、指揮官 でもゲルーシアではなく、大衆自身なのである。
しかも、ヘブル人たちがゲルーシアと大祭司に命令を出して(κελεύοντες < κελεύω)いる。
73 ここでの一文をThackeray訳は “the Hebrews sent word to the council of elders and to the high
priest to bring the ark of God…” と訳し、秦訳は「持って来るように言った」と訳す。しかし、
ゲルーシアと民の間の権力関係に注目する私は、ケレウオー(κελεύω)の使役的なニュアン スを強調したい。その動詞はしばしば二者間の命令と服従の関係を強調するからである。
たとえば、『アテナイ人の国制』では、僭主ペイシストラトスが一人の男が土地を耕してい るのを見て、「従者の若者に命じてその土地から何が獲れるのか尋ねさせた(ἐκέλευσεν)」(AP
16. 6)。アルタパネスはクセルクセスの「命令も受けずに(οὐ κελεύσαντος)」ダレイオスを
絞殺したために、クセルクセスに咎められることを恐れる(Pol. 5. 1311b30-40)。『ユダヤ古 代誌』の神は、光に向かってあらわれよと命じている(ἐκέλευσεν)(AJ 1. 27)。モーセは民 に集会に集まるよう命じ(AJ 4. 37)、コラはモーセが独裁者のような命令を出していると憤 る(AJ 4. 22)。その単語の主語がここではヘブル人となっている。ヘブル人はゲルーシアと 大祭司に対して、支配する者として振舞っているのである。そのようにして民衆はゲルー シアの権力を凌駕している。
神の箱を奪ったペリシテ人はさまざまな災禍に見舞われたため、それをイスラエル人に 返還することを決定する。「ペリシテ人の五大都市――ガテ、エクロン、シケロン、それに ガザとアシドド――の指導者たちが集まって対策を協議することになった」(AJ 6. 8)。その 会議には、「理解力と聡明さの点で抜きんで、過去に充分の信頼をかち得ていた人たち」も 出席し、意見を提出している(AJ 6. 10)。「ペリシテ人は、この言葉をもっともであると判 断し、ただちにそれを実行して結果を見ることにした」(AJ 6. 13)。ここでペリシテ人は、
イスラエル人とは対照的に、民衆にではなく、ある資質を備えた者たちに判断を委ねてい る。そのようにして彼らは自国を守るのである。
他方イスラエル人は思慮に欠けた行動によって自らに災いを招く。神の箱がベテシメシ というユダ部族の村に運び込まれると、「全村民(πάντες)」が、「契約の箱を見ると歓喜に つつまれ、すぐに仕事を中断して、(中略)神に盛大な犠牲を捧げ、にぎやかな祝宴をもっ た後、荷車と雌牛どもを燔祭として焼き尽くした」(AJ 6. 14-15)。
しかし、きわめてはげしい神の怒りが、ベテシメシ村の七十人の者たちの上に臨んだ。
神は祭司でもない彼らが、特権もないのに(οὐκ ὄντας ἀξίους)契約の箱に近づき、そ れにふれたことを責めて、その命を奪われたのである。村民は、これら犠牲者たちの ために嘆き悲しんだ。神によってもたらされた不幸だけに、彼らの嘆きも大きく、各 自が自分を見舞う運命を考えて悲しんだ。そして、彼らは自分たちには契約の箱を置 く資格がない(ἀναξίους)と宣言し、ヘブル人の集会に使いを送って、契約の箱がペ リシテ人から返されたことを報告させた。ヘブル人は報告を受けると、それをベテシ メシ村の近隣のキリアテ・ヤリムの町に運び込んだ。そこには、正廉と神への奉仕で 評判の高いレビ族のアビナダブが住んでいた。
(AJ 6. 16-18、秦訳)
74 ペリシテ人に奪われた契約の箱が帰還した後でも、ヘブル人は主導権を握り続けようと する。主の契約の箱の帰還は、「ヘブル人の集会に(πρὸς τὸ κοινὸν τῶν Ἑβραίων)」報告され る(AJ 6. 17)。その場面にもはやゲルーシアは存在せず、それに代わって「民会(τὸ κοινόν)」 が主たる意思決定機関となっている。その箱をどこに移動させるかを決定するのはゲルー シアではなく、ヘブル人の集会である。ゲルーシアは民衆によってその決定権を奪われた のである。こうして民衆とゲルーシアの立場は逆転する。今や主導権は民衆の手に移った のである。
ヘブル人たちは祭司の権限にも手をつけてしまう。「神は祭司でもない彼らが、特権もな いのに契約の箱に近づき、それに触れたことを責めて」、ベテシメシ村の七〇人の者たちを 殺す(AJ 6. 16)169。そのような災厄をもたらしたのは、村民たちの歓喜である。彼らには ペリシテ人の指導者たちのような判断力がない。
この出来事の後、「イスラエルのすべての民(τοῦ ... λαοῦ παντὸς)は、神への奉仕にきわ めて熱意のあることを示して、祈願と供犠を捧げる(AJ 6. 19)。荒野におけるように民はま た自立心を育み始める。こうした民の自立を見て取ったサムエルは、荒野のモーセのよう に民に訓戒を与える。「預言者サムエルは、彼らの真摯な態度を(προθυμίαν)見て、そうし た状態にあるときが、彼らに自由と解放を説き、それのもたらす幸福について語る絶好の 機会であると判断した」(AJ 6. 19)。ここでサムエルが評価しているのは、民の熱意(προθυμία)
であり、思慮深さではない。
神はようやくおまえたちに恵みを垂れ、友好的になりはじめておられる。ただ自由や 解放という言葉に憧れるだけで満足し、現実にそれをおまえたちのものにする適切な 手段をとろうとしない。おまえたちは支配者の追い出しを夢想するだけで、相変わら ず隷属行為を続け、彼らをいつまでもその地位にのさばらせている。もっと公正にな るのだ。おまえたちの心中からすべての不正な思いを取り去り、すべてのよき思いを もって神に立ち返り、いつまでも神を敬い続けるのだ。もしおまえたちがそのような 生活を送れば、おまえたちに繁栄がもたらされ、今の奴隷状態を脱して敵に勝利を収 めるだろう。おまえたちが手にしようとしているこうした幸福は、武器や、個人の武 勲や、多数の援兵によるのではない。神が与えると約束されているのは、それらで得 られる幸福ではなく、徳と公正な生活によって得られる幸福なのだ。わたしは、神の そうした約束の保証人になろう。
(AJ 6.20-21、秦訳)
この演説を聞いた民は、サムエルの指導に頼るようになる。そして再度ペリシテ人が攻め 上ってくると、サムエルに助けを求める(AJ 6. 24)。サムエルは神の介入を呼び求め、さら
169 祭司でない者が箱に触れたために死ぬという筋書きには、祭司の立場を擁護しようとするヨセフス自身 の態度が表れているという解釈もある(Attridge, The Interpretation of Biblical History, p. 176-178)。